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機械の思考

 凄惨な幕引きとなった会見から少し時間が経った研究所。

その会場・・・というか本来は会議室・・・から少し離れた場所にある廊下を二人の男が歩いていた。

 「まぁ、こんなもんだろ」

と、彼は呟いた。

その隣で狼狽した様子のもう一人の人物が、

「しかし所長・・・あれは少々リスクが高かったのでは?」

おずおずと訊いてきた。

その言葉に、彼は至極つまらなそうに答えた。

「ふん。お前だって見ただろう。あの会見の最前列でな」

「いや、ですが・・・」

「あの一発の銃弾で、会見は即時中止。俺の体もそのままこちらが回収したのだ・・・露見する余地が無い」

反論を挟ませない口調で、彼はそう言い切った。

「それよりも・・・」

と彼・・・先程多くの記者達の前で自分の頭を撃ち抜いた張本人・・・甲斐渉はそこでピタリと足を止めた。

目の前には重厚な鉄の扉。

取っ手などの手を掛ける箇所が無い、全自動扉。

その脇に設置してある何かに、甲斐渉は手をかざした。

一瞬、ピッという電子音がしたかと思うと、


ガチャ・・・


何か錠が外れたような音がして、重苦しい扉が開いた。

「問題はこれだ」

彼は一歩その部屋の中に足を踏み入れる。

その後ろをもう一人の男もついて行く。


部屋には何本もの巨大な試験管のようなものが整然と並べてあり、二人はその中央に向けて歩いていた。

そしてそこに鎮座する一際大きな試験管の前で立ち止まる。

そこで甲斐渉はひどく苦々しい顔をした。

「・・・もう時間が無いな」

「はい、腐食のスピードが速すぎます。これを回収した時点で胸部から下が消失していた事も不可解なのですが、それよりも・・・ここで防腐処置を施しているにも拘らず、彼女の体が確実に腐敗している事です」

そこで男は一つ息を置いた。

一気に喋り過ぎたのか少しだけ肩が揺れている。

男は試験管の中を覗くように見ながら言葉を続けた。

「・・・現時点で約三ヶ月程度経過していますが、たったそれだけの時間で半分以上が消失しました。本来であれば彼女達が腐食を始めるのが機能停止から約二週間・・・無論それは彼女達の生体部分に限った話です。驚くべきは彼女達の機械部分までもが、同じように腐敗しているという事です。一体どういった事をすればこんなに腐食が進行するのか・・・」

「・・・」

彼はその男の話を聞き流しつつ、試験管の中身を見つめていた。

薄黄緑色の液体に満たされた試験管。

人間一人がギリギリ収まりそうなそのガラスの中に、一つ、人間の頭部が浮かんでいた。

「解析は?」

「・・・・・・絶望的です」

「・・・くそ」

忌々しく吐き捨てる。

「この試作品一号は特別だ。製造方法や使われている技術は、最早あの死んでいった馬鹿の頭の中にしか無いんだぞ!」

「それは・・・」

消え入りそうな声で男が何かを言おうとする。

だがそれは言葉にならず、ただ俯き黙るしか無くなっていた。

「・・・」

そうやって男達が沈黙している間にも、その試験管の中では静かに彼女の消失が進んでいた。

既に頭部の一部が無くなりかけている彼女は、まだあどけなさの残る少女であった。


「・・・俺達の技術では、これは作れない」


ポツリ。

甲斐渉は呟いた。

「俺達が作るのはあくまで兵器だ。機械で、機構で、心などまるで持たない・・・ただの道具だ」

それはどこか寂しさを感じさせる声だった。


試験管の前でうなだれる甲斐渉の隣で、彼の助手が声を挙げた。

「あ、あの・・・まだ諦めるのは早計かと。・・・前所長、芹沢氏の研究資料によると、最初期に造られた試作品一号ですが、それとほぼ同時に何体か、生体ヒューマノイドを実験的に製造したようなのです」

「・・・知ってるよ。第二世代と第三世代だろ」

つまらなそうに答える甲斐渉。

だからどうしたと言わんばかりの口調。

だがそこで、彼の顔にふと疑惑の色が浮かんだ。

「いや、待てよ・・・確かに俺らがこの研究に参加する頃には既に第四世代にシフトしていたからな・・・」

彼の頭の中に一つの仮説が浮かび上がる。

「ええ、その通りです。開発初期、芹沢博士自ら手掛けた彼女らなら・・・あるいは、と」

それを肯定するかのように助手が頷いた。

「しかし、その第二第三世代にしたってもう残っていない筈だ。この研究所で保管していたあの三体だって、芹沢所長が死んだあの日研究所ぶっ壊してどっかに消えた挙句、この間の暴動騒ぎで全部焼失しただろ」

嫌な事を思い出したのか、彼の顔がまた鬱になる。

「回収したは良いが損傷が激しく、そこから何も情報を得られなかった。回収した破片から第二世代の雛と燕、それから第三世代の鴎の物と確認した。それは俺も立ち会ったから間違いない」

断言するも、その顔色はややすぐれない。

「だからお前の言う可能性も、今や鉄クズだ」

甲斐渉は首を振り、その頭に浮かんだ仮説・・・可能性を否定した。

しかし、気の弱そうな助手はそこからまた一つの仮説を打ち立てる。

「所長。僕には一つ気がかりな事があるんです」

「・・・何だ」

甲斐渉は気だるそうに助手の顔を覗き込んだ。

「あの日、例の事件があった学校に足を運んだ際、確かに我々の研究所が製造したであろう機械の破片を発見しました」

確認するように助手は言う。

「後日調べた結果、所長が仰るようにその機械の破片は脱走した三体の生体ヒューマノイドの物と判明しました」

「・・・」

「しかしですね、損傷が激しいその破片、部品等があるのは至極真っ当な事なんですけれど、その中に一つだけ、明らかに異質なモノがあったんです」

「・・・あ」

そこで甲斐渉も思いだしたような顔になる。

「腕か・・・」

「はい。それです」

助手は力強く頷いた。

「確かにあの腕は損傷が少なかったな・・・」

回収した部品の中で、一つだけ焼失を免れていた外部の部品があった事を彼は思い出していた。

「ええ、僕達が回収した数ある部品の中で、第三世代・・・鴎の上腕部だけかなり綺麗な状態で回収していたんです」

「なるほど・・・」

少し考える風に腕を組む甲斐渉。

「確かに雛と燕は死んでいた。雛は頭部の中身をぶちまけていたし、燕の主要な内臓器の破片も確認した。恐らくあれでは機能しまい・・・」

彼が試験管の少女をチラリと見た。

「・・・だが、鴎は腕一本・・・か」

また少しだけ考えて、

「腕一本なら・・・支障は無い、か」

どちらを取るべきかを考えていた。

「可能性としてはかなり低い話ですが・・・」

自信なさげに顔を伏せる助手は、それでも何か確信を持っているように見えた。

「あぁ。仮にあの腕を自ら切り落としたと考えるなら、損傷が少ないのも頷ける。燃え盛る学園の中にあってあれだけの破壊に晒されたにも拘らず、あの状態ならな・・・もしかすると鴎は事件の後に自分の腕のみを学校に置いたのかも知れない。それなら、鴎が現存している可能性も出てくる」

甲斐は独り言のように喋っている。

「しかし、理由が分からんな。そういう行動理論を持っていたとしても、何の為だ?・・・それに、仮に何らかの理由で鴎が現存していたとしても、鴎に俺達の知らない技術が無ければ意味が無い。芹沢博士の技術が使われているかどうか、第一世代・・・試作品一号に繋がる情報が得られるかどうか・・・そこが問題だ」

厳しい口調でそう言ったが、その目は思いのほか力に満ちていた。

「いや・・・いやいや。しかし、これはかなり可能性のある話だぞ」

助手の提言など当てにしていなかった甲斐渉だったが、思わぬ所から可能性を引っ張り出されて少々驚いた様子だった。

「さっそく捜索の手筈を整えろ。鴎に繋がるものであれば何でも構わない。あと警察にも話をつけろ。奴ら、どうもこの研究所と仲良くなりたいらしいからな・・・適当に条件を飲んで協力を要請しろ」

「分かりました。直ぐに手配します」

言うが早いか、助手の男はすぐさま部屋を飛び出した。

試験管の立ち並ぶ薬品臭い部屋の中で、一人、甲斐渉は笑みを浮かべた。

「はは・・・まだだ、まだ終わって無い」

彼は笑う。

モノ言わぬ頭部だけの少女の横で。

精密に。

「ははは・・・」

緻密に。

「もう少しだ・・・もう少しで」

機構のように。


「心が手に入る」


彼は笑った。


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