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謝罪会見

 ・・・そこはとある研究所の一室。

普段は会議室として使われているその部屋に、現在、多くの人間がひしめき合っていた。

さして広くも無いその空間に、その大部分を占める大量のイスと、対面する長机が用意されている。

机の上には何本ものマイク。

その数が、この会見の大きさを物語っていた。


ざわざわ・・・


にわかに、その会場がざわめきだしていた。

電話で誰かと連絡を取る者や、録音機材の調子を確かめる者。

後方でカメラを携えて待っている人間達は、皆、腕の時計や会場であるその部屋の時計を何度も見返し、今か今かと待ち構えていた。

その時。


ギィ・・・バタン。


会場のドアが開き、誰かがその空間に足を踏み入れた。

会場の入り口、多くの椅子が並べられている方とは逆の、マイクが沢山設置してある長机の側のドアから。

その瞬間、会場を席巻していた浮足立った空気が一瞬で消えた。

皆一様に、そのドアの開いた方を注目している。


シィーン・・・


無音が広がっていく。

そんな無音の中、

カツコツ、とそいつの足音だけが響いていた。

そいつは迷う事無く、一直線で会場の端の長机の方へと歩いて行く。

そしてピタリとマイクの前で立ち止まった。

「さて、何を話そうか」

ぼそり。

そいつが口の中で何かを呟いたが、その声を目の前のマイクが拾う事は無かった。

皆が注目するその人物。

そいつは白衣を着た青年だった。

見た目は二十半ばくらい。毛質の柔らかそうな長い髪が印象的な、若い男だった。彼はその不健康そうな瞳で会見に集まった人間達を一瞥していた。


「えー・・・」


彼は用意されていた椅子に座る事無く、その場で立ったまま一つ咳払いをしてマイクに向かって話を始めた。

「今日は遠路はるばるこんな所まで足をお運び頂き、誠に恐縮です」

ほぼ棒読みだが、最初はそんな言葉から始まった。

一息入れて、彼の言葉は続く。

「まずは、この場を借りて被害を被った多くの方々に謝罪します」

間を開け、


「・・・本当に申し訳御座いません」


深々と頭を下げた。

その瞬間、パシャパシャッ・・・と何十ものシャッターが押された。

光の洪水のようなそのフラッシュを浴びながら、尚もそいつは頭を下げ続けた。

そして何十秒かの後、ようやくシャッター音もフラッシュも止んだ頃に、そいつは顔を上げた。

「先月末のあの痛ましい事件に関して、我々と致しましては一切の弁解の余地もありません。全て我が研究所の責任です」

神妙な面持ちでそいつは言う。

彼が口にした言葉を、記者達はすぐさま手帳やノートに書き写していく。

「我が研究所が保有する実験機の一部が、何らかの原因で異常をきたし、今回のような事故を引き起こしたものと、私どもは考えております」

重ねて、

「申し訳ありません」

頭を下げた。

彼がそうして頭を下げている最中に、一人の記者が手を挙げた。

「その原因とは?」

別にそんなつもりは無いのだろうが、どうしても詰問口調になってしまう。

そしてそれを受け止める側の、頭を垂れたままの彼はその質問に、

「現在調査中です」

その一言で答えた。

「・・・・・・」

質問をした記者が睨むような視線を、研究所の現所長・・・甲斐渉に向けていた。

すると直ぐに、

「あなた方が保有する、その実験機というモノは兵器では無いのですか?」

一人。

「警察は原因究明に関して消極的との話もありますが・・・」

また一人。

「被害に遭われた人達へ、今後どういった対応を?」

次々と質問をぶつけ始める記者達。

「・・・・・・・・・」

答える人間は一人だけだというのに、

「軍縮に対する明らかな違憲行為だッ!」

「警察と何を話したんだ!」

「死んで詫びろ!」

次第に、質問が罵声へと変化していく。


「・・・・・・申し訳・・・」


飛び交う怒号の中、責任を一番に問われている立場である彼が静かに呟く。

しかし、そんな彼の言葉を誰も期待してはいない。

記者達は皆立ち上がり、それぞれの気持ちを彼にぶつけてくる。

その一つ一つに応えられる訳も無く、彼は静かに頭を下げ続けるだけだった。

今にも誰かが飛びかかっていきそうな雰囲気だった。

実際、記者達の気持ちも分からないでは無い。

近年稀に見る大惨事だったのだ。

学校が一つ潰れ、人も大勢死んだ。

それは研究員である彼にしてみても痛いほど分かっている現実だった。

そして今現在、その研究所の所長という地位に籍を置いている彼にしてみれば、それが避けようも無い責任問題として降りかかって来る事もまた、分かりきっている事だった。

記者達の怒号は続く。

カメラのフラッシュも、より一層強くなる。

会見場は混沌としていた。

が。

「・・・申し訳ねー・・・て言ってんだろ」

・・・クズが。

ボソリ。

頭を下げたままの彼、甲斐渉が小さく漏らした。

今度は、しっかりとマイクに拾われた。

記者達が唖然とした表情になる。

ゆっくりと、甲斐渉が頭を挙げた。

その瞳には暗い感情が灯っていた。

そこからは、文字通り、彼の独壇場だった。


「死んだ人間には悪いと思ってるし、その責任も全部認めてんだ!これ以上何を望む?俺が死ねばそれで良いのか?それとも研究所の人間全員に腹切って詫びさせるか?」


ダンッ!

甲斐渉が白い長机を力強く叩く。

何か、ひどく鬱屈としたものを払うかのような拳だった。

「それで気が済むならそうしてやる。今ここで自分の頭をブチ抜いても良い」

そう言って、彼はおもむろに懐に手を入れた。

「そこで見てろ」

彼が何気なく取り出した、それ。

それが外気に触れた瞬間、記者達から一気に血の気が引いた。

彼の手に握られていた物。

黒光りするそれは、誰の目からも明らかな一丁の拳銃だった。

幾人もの人間の息を飲む声が聞こえた。

会場の温度が、五度くらい下がった。

誰かが声を挙げる。

しかし、その声を彼は意に介さない。

「・・・」

スッと敬礼をするかのような素早さで彼が拳銃をこめかみに当てた。

かと思った瞬間、


バンッ!


凄まじい音が会場に響き渡った。

「・・・キャァアッ!」

今度は息を飲む程度では済まなかった。

その瞬間、銃弾で打ち抜かれた甲斐渉の頭部は物凄い勢いで右から左に弾かれ、左側からは、大層色々なモノが飛び散っていった。

血や脳や何やら。

一瞬の出来事だった。

彼が白衣の懐から銃を取り出したかと思うと、次の瞬間、自決した。

あまりにも短い時間。

多分、銃を出してから三秒も経っていない。

一瞬で絶命した。

誰もがそう思った。

直後フラフラとバランスを失った体に伴って、


ドチャリ。


嫌な音と一緒に机に倒れ込んだ。

ダラダラと赤黒い血が真っ白な机を染めていく。


会場が停止したまま動かない。


責任を問われている研究所側の人間も、多くの記者達も。

撮影機器を携えたカメラマンたちも、一瞬、何が起こったのか分からずシャッターを押さえる事すら忘れていた。

しかし、それでもカメラマンたちの体は反射的にその瞬間を残そうとした。

数瞬遅れて、


バシャバシャパシャッ!


けたたましい音量と光が、会場を埋め尽くした。


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