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中学生の妄想と、エロと、性癖


 当たり前のようでいて、ふと考え出すと、不可解で仕方が無いこの世界。

一体どのように成り立っていて、どこを基準にしているのか。

考え出すと答えの無い、そもそもが考えるような知能すらも無い私だけど、そうしてふと疑問に思うと出口の無い迷路に入っていくような、そんな嫌な焦燥感に駆られてしまう。

どうして突然そういう疑問を思いつくのかも謎だが、それ以上にその疑問は謎だらけだ。解らないと分かっていて思い付き、当然のように解らないまま終わっていく無意味な思考。

私は時々、どうして自分はここに居るんだろう?・・・とつい思ってしまうのだ。

就寝前とか。食事の時とか。

当り前のように喋っている目の前の家族を、ふと、どうしようもないほど遠く他人のように感じる時が、ね。

・・・あ、いや違うか。

慣れ親しんだ誰かを他人のように感じるのではなく、自分自身を別の何かに感じてしまうような。鏡に映る自分の姿を上手く認識できなくなるような。

うん。そんな感覚。

・・・・・・・・・

とまぁ、そんな与太話みたいな私の戯言的妄想は、覚醒と甘・・・


「・・・起きて下さい。旦那様・・・」


くぐもった声が聞こえた。

しかし、熟睡の最中にあった私の耳はその音を上手く拾い切れなかったみたいだ。まだ夢と現実の境でうろついている私の意識は、その声に直ぐには反応しなかった。

代わりに。


モゾモゾ・・・


奇妙な感触だけが、妙にハッキリと、夢見心地な私の頭でも認識出来た。

「・・・ん・・・」

意識が徐々に鮮明になって来る。


モゾモゾ・・・


その感触も、次第にリアルになっていく。

誰かが私に触っている。何となく、それだけは分かる。

だけど、寝起きの頭はそれ以上の思考を行わない。

甘く、怠惰な眠気がそれを邪魔しているのだ。


モゾモゾ・・・


そうして私が惰眠を貪っている間にも、その『何か』は私の体を触っていた。

・・・何処を?

そう思った瞬間に・・・

ガバッ!

急速に目が覚めた。

「・・・キャッ」

小さな悲鳴が聞こえた。

突然起き上がった私に驚いたのか、その『何か』がビクッと震えた。

「・・・・・・・・・」

寝ぼけた頭で部屋を見渡す。が、そこには人影らしいものは見当たらなかった。

無論、そんな事は分かりきっている。

「・・・・・・・・・」

至極残念な気持ちで、自分のベッドに視線を戻した。

不自然。


(ドキドキ・・・)


あぁ、その膨らみは不自然と言うほか無かったよ。

私の下腹部、この場合は股間と言った方が正しいか。掛け布団で覆われたそこが、妙に盛り上がってたんだよね。

「・・・(ビクビク)」

しかも、時折小刻みに揺れてるし。

その様子を見て、はぁ・・・と何とも言えない気分になった。

「・・・・・・」

私がそうして声を掛けようかどうしようか迷っていると、おずおず・・・といった感じで細い脚が布団の中から出てきた。

勿論、私の足では無い。

「・・・・・・・・・」

とりあえず、黙って見届ける事に。

「・・・ぃ・・・しょ・・・っ」

そいつは脚だけ床に着けると、ごそごそと布団の中で何かをしていた。

時折、彼女の手が私の足やらナニやらに触れていた。その度に何となく興奮を覚えなくも無かったが、如何せん寝起きだったからか、意外にも私は冷静を保っていた。

そして十数秒後。

何事も無かったかのように、

「・・・お早う御座います。旦那様」

するっと布団の中から出てきやがった。

澄ました顔で私のベッドの傍らに立っている。

「うん。おはよう」

多少、彼女の髪が乱れているのはご愛嬌か。

その私の使用人は目を泳がせながら、

「なかなか旦那様が起きて下さらなかったもので・・・」

と、平静を保った振りをしている。

自身の正当性を主張しているのだろうか?

ま、そんな事はどうでも良いけど。

と、私はそんな事をぼんやり思いながら、ちょっとからかうつもりで咎めるような視線を彼女に向けていた。

「・・・ッ」

あ、目を逸らした。

やっぱり、起こしに来たというよりはイタズラ目的だったのか。

淫らな奴め。

「・・・えと、お食事の準備が出来てます」

と、淫らな少女はそう言って、何事も無かったかのように部屋から出ていこうとする。

その後ろ姿が、まるで万引きでもした後の中学生みたいに恐る恐るといった感じだったので、私は無性に彼女を苛めてやりたくなった。

「・・・・・・」

・・・けど、

「・・・五分経ったら行く」

コテン。

やっぱりまだ眠い。

彼女の良心に付け込んで、罪悪感を煽りつつ少女の痴態を辱めたい気分でもあったが、如何せん・・・眠い。

私のナニも、ほら、この通りさ。まだ眠ってる。

触ったぐらいじゃ起きもしないよ。

それに起きて直ぐさま飯って気分でも無かったしね。

「・・・・・・・・・」

そんな自堕落な私を、せろりはどう思ったのだろうか?

部屋のドアの前で、一人寂しそうにこっちを見ている。

再び眠りに就こうとしている私を。絶対に五分では起きてこない私を。

次第に冷めていく朝食の前で、寂しそうに私を待つ少女。

それが容易に想像できた。

せろりもそれが分かっているからこそ、切ない視線を送っているのだ。

そんな彼女の姿がいたたまれなくて、

「・・・分かったよ。すぐ行く」

やっぱり甘くなってしまう。

「・・・ッ!」

その時の彼女の表情は想像するまでも無い。

良い顔。というやつだ。

「ふぁあ・・・あ、そうだ・・・コーヒーも淹れといて・・・熱いやつね」

仕方無く、といった感じで再び起き上がる。

「もちろん、用意しております」

うん。それでこそ、うちのメイ・・・使用人だ。

・・・・・・・・・


そんな感じで、その日も始まった。

昨日と同じような、大して変わり映えのしない、今日という一日。

ダラダラとした雰囲気を隠そうともしない私と、いつも通り家事を性欲的にこなすせろり。すずめちゃんは学校に行ったのかな。

朝飯を食って新聞を読み(形だけ)、昼飯を食って散歩に行き(気分だけ)、夜飯の前にすずめちゃんを迎えに行き、皆でお風呂に入る夢を見ながら就寝する。

まぁ、そんな感じの一日さ。

そう。


それが一番の幸せなのさ。


本当に・・・ね。




 あの明峰園での激闘の末、入院する羽目になった私だが、意外にもその入院生活は楽しいものだった。

毎日のように採血しに来る看護婦。

ああ、彼女はとても脚の細い女性だった。黒いストッキングなど効果的だね。

毎日のように彼女の脚を凝視していた。

ああ、楽しかった。

毎日決まった時間に病人食を運んでくる看護婦。

ああ、あの飯は不味かったなぁ。

飯は不味かったけど、その看護婦は、うん良かった。

線の細い彼女は、眼鏡を掛けていたんだ。赤い縁のやつね。

それが殺人的に似合っていた。どうでも良い話だけど、ナースに眼鏡って鉄板じゃないかな。それともその人によるのかな?

あ、いや・・・いやいや、そんな事は無いだろう。

万人に適用出来る筈だ。ナースに眼鏡。

うん。

ナースに眼鏡。もはや諺だね。

ああ、楽しかった。

あと、傷の経過報告などをしに、カルテを片手にやって来る偉そうな女医さんも、うん、美しかった。

まぁ、偉そうな雰囲気はちょっと勘弁して欲しいけど(私は偉そうな人間が苦手だ)、その風貌だけは、美、という一文字に尽きたよ。

看護婦とは違った白衣を纏いたるその肢体は、グラマラス。

見ているだけで、マジで性的に興奮する。

興奮しすぎて傷口も開くさ。

そりゃ傷の経過も思わしくないだろうさ。

そのせいで彼女がいつも不機嫌だったのも分かっていた。頷ける。

不機嫌ついでか、彼女はいつも蔑むような目で私を見ていたよ。

・・・というのは、些か自意識過剰だろうか?

もともとそういう視線を他人に向ける人だったのかもしれないし、もしかしたら視力が悪くて睨むようにしないと物が見えなかったのかもしれない。

まぁ、どちらでも構わないけど。

どっちでも一緒さ。

そのきつい視線で睨まれたりしたら、白衣恐怖症の私なんかは直ぐに血圧が上昇して、傷口が開こうというモノさ。

それで彼女の機嫌も悪くなる。

彼女の機嫌が悪いと、私もビクビクしてしまって傷口が開く。そしたらまた機嫌が悪くなる。そのせいで傷が。機嫌が。傷が。グラマラスな肢体にナニが。固く。細い脚にナニが。固く。ナースにナニが。眼鏡に。白衣に。・・・・・・

・・・・・・・・・

ああ、楽しかった。

本当に楽しかった。

・・・・・・・・・



 「・・・・・・?ずいぶんと楽しそうですね」

「え?あ・・・あぁ」

現実に一時帰宅。

目の前の女の子が不思議そうに私を見ていた。

「何か思い出してらっしゃったんですか?」

ニコッ。

笑顔でそう訊かれる。

「あー・・・うん。そんなとこ」

私は曖昧に答え、止まっていた箸をまた動かしていた。

笑顔の少女はそんな私を嬉しそうに見つめ、自分もその小さな手で箸を進めている。

「・・・・・・」

もぐもぐ。飯を食いながら私は深く反省した。

猛省。

朝食の最中、私は一体何を思い出していたんだろうか。

ナースと楽しい病人生活・・・

あー・・・なんかのタイトルみたいで嫌だな。

恥ずかしい。

それを彼女に・・・今私が思い出していたアレを、絶対に悟られる訳にはいかない。

・・・というか、正直に伝えるべきではない。

話せば、どれ程彼女が失望する事か。

あ、いや・・・せろりもどちらかと言えばコチラ側の人間だから、別にそこまで気にする必要はないんじゃないか・・・・・・いや。いやいや。

やはり彼女も純粋なティーンエイジャー。いかに性に興味があろうとも、こんな成人男性の看護婦への造詣など、興味どころかドン引きだろう。

互いに相容れない。

そんな気がする。

かたや単純な異性への興味。

かたやシュチュエーションによる、コスチュームエロス。

互いに性への好奇心という点では同じかもしれないが、せろりと私ではベクトルが違う。

ノーマルとアブノーマル。

ソフトとハード。

水と油。

・・・・・・・・・


「・・・ハッ」


カチカチ・・・

気が付けば、私の手は震えていた。

二本の箸が茶碗の上で小刻みに震えている。

「・・・?」

せろりが、?な感じで首を傾げていた。

「どうかなさいました?」

彼女のつぶらな瞳が、私を責め立てていた。

そして、気付く。

先程の私の考えは誤りだったのだと。

「いや・・・気にするな」

気丈に振る舞う。

何事も無かったように、白米を口に運ぶ。

うん。美味い。まっさらな白い味だ。

まるで、そう・・・目の前の少女のような味とでも表現しようか。

まっさらで清い味。清廉潔白。

そう、今になってようやく気付かされた。

これこそが彼女の色なのだと。

純白。

まさに彼女のエロスとは白米なのだ、と。

純粋な興味と本能の赴くままの欲求。

まさに白米。

そして・・・


「・・・くちゃくちゃ」

私はこのめかぶだ。

母なる大海の味が、口いっぱいに広がっていく。

ご飯のお伴としては最良のパートナーであるこのめかぶ。

しかし、その食感はあくまでねちゃねちゃだ。


ねちゃねちゃのくちゃくちゃ。


そう。

それが私。

私のエロス。

ねっとりと絡みつくようなエロースこそ、私なのだ。

現実に、そのような嗜好が、確かに私の中には存在する。

他人では反応すら示さないような事例でも、私は確かに興奮を覚えていた。

「・・・ああそうか」

ポツリ。

「?」

突然呟いた私に箸を止めるせろり。

「・・・ごめんな、せろり」

「??」

「一緒にして悪かった」

「???」

「けど、めかぶは体に良いんだ。海産物が体に良いのは常識だろ?」

「え、えぇ・・・まぁ」

何言ってんだこいつ・・・みたいな目でせろりが私を見ている。

久々だな。

そんな風に私を見るのは。

その視線を少しばかりチクチク感じながらも、私は努めて普通に朝食を済ませた。

最後まで彼女は何か得心いかない表情だったが、まぁ気にするほどの事でもないだろう。

白米が、こんなに尊い味に感じた朝も珍しいな。



 「・・・で、今日の予定は?」

「ありません」

「ん、分かった」

朝の業務連絡終了。

朝食後、五秒で終わった。

さて今日も一日暇が決定した訳だが・・・

うーん・・・何をしようか。

「あ、そういえば」

と、せろりが思い出したように口を開く。

「旦那様が入院してた病院から請求書が来ています」

ごそごそ。

せろりがエプロンの前掛けのポケットから一枚の封筒を取り出す。

「・・・あー」

そういやまだ入院費や治療費やら何やら、払って無かったっけ。

私はそういうの疎いから、全てせろりや不知火に任せてるんだよね。

というか、退院してからもうかれこれ・・・

・・・?

かれこれ・・・

・・・・・・・・・?

・・・何日か経っていたからすっかり忘れていた。

というか、至極面倒臭い。

およそ成人した一般の大人が出さないであろう、だらしのない声を出しながらその封筒を受け取る。

「・・・・・・」

手に取り一応差し出し人を確認する。

:卯津記念病院・・・

確かに私の入院していた病院だ。

裏と表をチラチラと見ながら、封筒の中身を取り出した。

それは丁寧に三つ折りにされた請求書だった。

そこには事細かに、点滴だの投薬だの施術費だのが書かれていたが、それを見る気も、詳細を確認する気も起きなかった。

すー・・・と視線を一番下の欄に向かわせ、結局幾ら払えば良いのかだけを確認する。


ー合計 二十三万千三百円


・・・・・・・・・

「・・・うん。せろり、お願い」

つい、とその請求書を封筒ごと少女に返す。

その差し出された紙を、少女がじっと見つめていた。

「・・・支払いは現金でよろしいですか?」

と彼女はまるで何処かの店員のような口調でその請求書を受け取った。

「いや、それだと銀行に行かなきゃいけない。今家に現金が無いから・・・ちょっと待ってろ・・・」

私は言って、居間の一角、電話が置いてある机の引き出しから紙の束を取り出す。

それは幾枚もの紙(ものすごい高級そうな厚紙)が端の方で纏められていて、それを一枚ずつ切り離して使う・・・いわゆる小切手だ。

その一枚に先程の請求書に書かれていた金額を書き入れ、ピリッと切り取ってせろりに渡した。

「支払いはこれで頼む。買い物のついでに行っといてくれ」

私は軽く手を振り、これで終いとばかりに責任を放棄した。

そんなダメな大人を、それでもまだ旦那様と呼んでくれる少女は、

「かしこまりました。・・・しかし病院で小切手なんか使えるんでしょうか?」

と、何か根本的な疑問を投げかけてきた。

ひらひらと一枚の厚紙を見つめながら、首を傾げるせろり。

「・・・さぁ?病院で金払った事無いからなあ」

と、元も子もない事を言ってしまう私が、そこに居た。


 「・・・行ってきます」

少女は使用人服のまま外に出掛けていく。

行ってらっしゃいと、寝巻のままそれを見送る家主。

何となく、あぁ自分って最低だな・・・と感じてしまう。

まぁ感じるだけだけど。

・・・・・・・・・




せろりが家を出てから早一時間と三十分くらい。

時計を見ればもう十一時を回っていた。

私はそれまで、ずっと居間のソファでくつろいでいた。

新聞を読みながら、ごろごろ。

内容なんてこれっぽっちも頭に入っていないが、何となく新聞を読むという行為だけで人間らしい生活をしているような気分になる。

まぁ、仕事柄・・・というか性格上、世間ズレしているせいかその内容に関してもちっともピンとこないんだけど。

何処のナントかという会社がどうしただの、政治がどんな政策を謳っているだの、流行りの俳優が事件を起こしただの・・・

そんな社会の事象を活字で読んでも、全然イメージできない。

「・・・・・・・・・」

と、そんな気分でボーっと新聞を読んでいたが、

「?」

ふと、ある記事に目が留まった。



 ・・・団法人、芹沢技術開発研究所の新所長・・・

・・・前所長、芹沢篤氏死去後初めて公の場に・・・



「これって、確かすずめちゃんの・・・」

記事の内容を読む前に、その目に飛び込んできた名前に私は反応していた。

芹沢篤。

あの・・・

・・・?

・・・・・・・・・

・・・ッ!

?・・・?・・・

・・・・・・・・・

・・・何カ月か前に出席したパーティの主催者だったか。

技術という物の強大さをこれでもかという程私に見せつけた、科学の最先端。

機械。人形。彼はそれをロボットと呼んでいた。

その自身の生み出した技術を多くの人間に主張し、喝采、そして賞賛された。

しかし、そこで実の娘に殺害された、哀れな父親。

記憶の中にあるその芹沢篤という人間については、そんな所だ。

それが今頃になって何故世間の話題にあがるのだろうか・・・?

と、そこで唐突に思い当たった。

「ああ、あれか」

先日・・・というよりももっと日数は経っているだろうが、何週間か前に起きた機械による襲撃事件だ。

すずめちゃんが編入する筈だった明峰園という学校をめちゃくちゃに破壊したあの事件。その被害は学校の敷地だけに止まらず、周辺の住民にまで死者が出たぐらいだ。

その前にも機械の彼女達は警察署を強襲しているが、その時は幸いにして死者が出なかったらしい。

恐らくその警察署の襲撃に関しても何らかの記事になったのだろうが、今回の学校への破壊活動は、その規模が違うのだろう。

その記事にはこう書かれている。



 財団法人、芹沢技術開発研究所の新所長・甲斐渉氏は先の某学園襲撃事件に関しての全ての責任を認め、昨日未明に逮捕。襲撃に関しては同研究所が保有する精密機械のトラブルが原因だと供述をしている。

しかし、検察への供述の際、未だにそのトラブルが解決していないという供述も残しており、予断を許さない状況が続いている模様。

本日の午後三時より会見を開くと発表。

前所長、芹沢篤氏死去後、初めての公の場での会見となる。

・・・・・・・・・



 「・・・トラブル、ねぇ」

ポイっと、新聞をテーブルの上に放り投げる。

そんな言葉で済まされる程、アレは簡単なものだろうか。

被害の範囲は学校とその周辺にまで及んでいた筈だ。

学校は半焼。後から聞いた話だが、その日のその時間帯に、近隣では自動車事故も多発したらしい。

人的被害。考えるまでも無く甚大。

死んだ人間は百を超えるだろう。

こんな小さな町のほんの一角で、大量の人間が死んだ。

そのほとんどが、学校に通っている学生達だという事実もまた、この事件に悲惨な影を落としている。

・・・とはいえ、

「責任の取りようも無いか」

ボソッと本音が漏れた。

ここまで被害の大きな、最早事件というよりは災害に近い此度の出来事を、誰かに責任を取らせようとする事自体、既に不毛なのかも知れない。

「・・・・・・・・・」

それこそ不謹慎だと思うのだが。

自分が死ななくて良かった。

家族が無事でほんとに良かった。

そう思えて仕方が無いくらいなのだ。

「・・・うん」

ほんと良かった。

そう・・・思うしかあるまい。

納得せざるを得ないのだ。

「しかし、良くもまぁこれだけの事件の後に顔を出せるものだな」

時計をチラリと見る。

まだ十二時前といった所だ。

直接この事件に関わっているという訳では無いが、製造元であるという事で責任を追及され、逮捕に至った研究所の現所長が今日の昼の三時から会見を開くらしい。

まぁ、ロクでも無い奴だろうという事は何となく想像つくけど。

そいつが何を言うのか興味が無いでもなかったが、

「・・・テレビ無いしなー」

残念である。

家にはテレビなる最先端の家電製品が無いのである。

勿論そんなハイクオリティな情報端末があったとしても、世間に興味が無い私は見たりはしないだろう。

「もう少ししたらせろりも帰って来るかな」

また時計を見る。

針はほとんど動いていない。

先程から二分も経っていない。

けど、この時点で、私は既に待ちぼうけになっていたのだ。

新聞は飽きた。

散歩も面倒臭い。

掃除は、しない。

「・・・早く帰って来ないかな」

母親の帰宅を待つ子供の気持ちが、今、何となく分かった気がした。


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