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去勢戦隊何とかレンジャー


 「・・・ぁ・・・アナル、ユーッ!」

ガバッ!

起き上がる。

私は開口一番、そんな事を口走っていた。

虚空を指差しながら、私は一体何を錯乱していたのだろう。

「・・・ひっ」

傍らに居た少女が、ビクゥッ!と体を硬直させていた。

「ぁ・・・ぁあ・・・・・・」

ふらり。

突然めまいが襲う。

血が足りない。

そんな感じだ。

私は起こした体を、また横たえた。

「・・・・・・・・・ぅ、うう」

ズキズキする頭を抱えたまま、目を瞑った。

少し落ち着こう。

「ぅ・・・どこだ、ここは」

ぼやけた視線を周囲に向ける。

ぼんやりとだが、二人の人影が見えた。

「だ、旦那さま・・・まだ動かれてはいけません。お身体に障ります・・・」

私の傍に、見知った少女が駆け寄ってくる。

「せ・・・ろり?」

少女の顔が私の視界一杯に広がる。

「はい、せろりです・・・・・・良かった、もう目をお覚ましにならないかと・・・」

そう言って、彼女は赤くなった目の下を擦りながら微笑んだ。

見れば、目の下だけでなく、その小さな鼻の頭も赤くなっている。

「・・・・・・」

そうか。

私の為に泣いてくれたのか。

それを想うと胸に熱いモノが込み上げてきた。

「本当に・・・心配したんですから」

と、少し咎めるように彼女は言った。

「・・・悪かったよ」

ごめんな、と彼女の頭を撫でてやる。

「・・・はい」

彼女が小さく微笑んだ。



 せろりの頭を撫でながら、私は自分の置かれている状況を確認していた。

・・・・・・・・・

記憶は、あの燕という機械の少女が襲撃していた明峰園の一室で途切れている。

映像としては、朽ちていく彼女の姿を見たのが最後だ。

そこから先の記憶は一切無い。

気付いたら、ここで奇声を上げて目を覚ましていた。

・・・・・・・・・

見れば私は、真っ白なベッドの上に居た。

見上げれば、そこには、

「・・・知らない天井だ」

そう、全く見覚えのない部屋だった。

自分の寝室では無い。無論、屋敷の中にもこんな部屋はない。

こんな生活感のかけらも無い、小奇麗な部屋は私の屋敷には存在しない。

そこは分かりやすく言えば、病室だった。

真っ白なベッドにシーツ。

傍らの点滴。

唐突に蘇った五感を辿れば、確かに、病院独特の鼻につく匂いもあった。

「・・・・・・そうか」

私は助かったのか。

百パー死んだと思っていたのだが、どうやら生きている。

あの惨劇の中、生きて戻って来られたのか。

凄まじい安心感が、その瞬間、私の体中を満たしていった。

不意に、私はわき腹の辺りをさすっていた。

「ぃて・・・」

苦痛に顔が歪む。

そこには、私を満たす安心感とはまた別の、あの惨劇の爪跡が残っていた。

「あぁ!だめです!まだその傷は塞がっていません・・・」

せろりが慌てた様子で私の腕を握った。

「・・・あぁ悪い」

握られたその手を振り解きながら、ふと、部屋の隅で私をじっと見ている少女に目を遣った。

「・・・すずめちゃん」

彼女に声をかける。

「・・・・・・」

にこり。

彼女が微笑んだ。

私の生還に喜びを隠しきれないせろりとは対照的に、複雑な、笑みを浮かべている。

嬉しそうな、寂しそうな。

ホッとしたような、今にも泣きそうな。

そんな笑顔。

その気持ちは、嫌というほど理解している。むしろ私にとっては、その笑顔が私の胸をチクチクと責め立てているように見えた。

「・・・・・・・・・」

それ以上、何も言えなかった。

言うべき事など在る筈がない。

こうして私が無事帰還した事。

それが意味する事。

彼女にとっての、大きな喪失を意味しているのだろう。

大事な・・・友達との別れだ。

それでも、彼女は気丈に笑顔を作っているのだ。

その気持ちは、汲んでやらねば漢ではあるまい。

「・・・・・・ありがとうございます」

ただ一言、深々と頭を下げただけだった。

スカートの端を掴んだ指が白くなるまで。

震える指をそれでも押さえつけようとして、さらに震えてしまう事を隠しきれなくなるまで。


「それにしても」


突然、窓の外から声がした。

ああちなみに、今私達がいる病室はどうやら個室らしい。

簡素な造りのその部屋には私とせろり、すずめの三人しか居ない。

そしてベッドは一つだ。

つまり個室。

窓の外の景色を見る限り一階では無さそうだ。

外に広がるのは青い空とその下に広がる小さな街並みだけだし。

その窓の外から声がしたのだ。

「よっと・・・」

窓の縁に何者かの手がかかる。

時間帯によっちゃ軽いホラーだ。

だが外を見れば、燦々とお天道様が輝いていらっしゃる。

気持ちのいい午後の日差しだった。

とすると、私は一体どれ位眠っていたのだろうか。

と、余計な事にまで頭を使ってしまう。

そうこう思っている内に、そいつは窓の縁から、ひょいっと軽くジャンプするように病室に侵入してきやがった。

「・・・あ、お邪魔しまーす」

軽やかな着地と共に、軽やかな午後の挨拶。

「御機嫌麗しいようで、勃起丸様。いやしかし・・・今回ばかりは、貴方は死んだと思いましたよ」

不知火。

腐ったミカンだ。

一瞬でもこのにやけた少年に彼女たちを託そうかと考えた自分に、吐き気を覚える。

「それにしても、貴方様の悪運はやはり強かったようですね」

少年が屈託のない笑みを浮かべている。

「・・・あぁ、まったくだ」

言って、私はまたベッドに体を横たえた。

「それで・・・私に何の用だ?・・・よもや、お見舞いなどと下らない理由で来た訳じゃないだろ?」

私がそう訊くと。

「ええ、まぁ」

やはり笑顔で頷いた。

「一昨日の学校襲撃事件に関して、いくつか報告がありまして」

「・・・うん」

まぁ大方そんな所だろうとは思ったよ。

せろりもすずめちゃんも、その不知火の言葉を聞いて、少しだけ表情を硬くしていた。

「あの日、勃起丸様に連絡を入れた後、僕も急いでかの明峰園へと向かったんですが・・・僕がそこに着いた時には、もう、全てが終わっていました」

「・・・・・・」

色んな意味で、だろうな。

「それでとりあえず、勃起丸様を救出しなければ・・・と思って、炎がまだ燃え盛っていた学園に足を踏み入れようとした所・・・彼女に出会ったんです」

「・・・ッ!」

その不知火の言葉にいち早く反応したのは、意外にもすずめちゃんだった。

そんなすずめの反応を見て、一つだけ不知火が頷いた。

「・・・彼女って、まさか」

「ええ、多分勃起丸様の思い描いている人物に相違ありません。・・・その機械の彼女・・・自身を鴎と名乗っていましたけど、彼女が勃起丸様と、何やら機械の部品の集まりみたいな物を手にぶら下げたまま、校舎から出てきたんです」

「・・・そう、か」

なるほど。

自分が生きている理由はそれか。

「・・・助けられたのか」

しみじみとそう呟いてしまう。

けれど、何で彼女は私なんかを助けたりしたのだろう。

だって、そうだろ?

私は曲がりなりにも彼女らの同胞を殺害したのだ。

まぁ機械がそういった感情を持っているかなんて、人間の私には解らないけど、少なくとも、彼女に私を助ける理由も義務も無かったはずだ。

それなのに、何故・・・

「彼女が・・・」

不知火が口を開く。

「勃起丸様がもし目を覚まされたなら、こう伝えてくれと言っていました」

「・・・?」

「『燕のせいで多くの無関係の人間を巻き込んでしまった事を、彼女に代って謝罪します。そして、その損害をその身を以って集束させようとした貴方の行為は、他の人間だけでなく、燕自身も救ってくれた、と私は理解しています。

・・・本当に感謝しています』・・・とね」

不知火が思い出すような感じで、そんな風に彼女の言葉を私に伝えてくれた。

「・・・そうか」

私は・・・頷くしかなかった。

「彼女の行方は、依然として不明のままなんですが・・・」

「ああ、いいよ。とりあえずしばらくは放っとけ」

どうせ見つかりっこないし。

用があれば、と言うか問題があればあちらから接触してくるだろう。

それよりも、今は・・・

「・・・ふぁああ」

大きく欠伸をした。

「何か・・・眠い、な・・・」

瞼が重くなる。

やはり傷が治りきっていないからだろうか?体が非常にだるい。

「あ、旦那様・・・」

瞼を閉じる瞬間、せろりの心配そうな顔が視界の端に見えた。

「・・・そんな顔をするなよ、死ぬ訳じゃあるまいし」

目を閉じたまま、私は彼女にそれだけ言って、

「じゃ、おや・・・すみ」

ぐぅ。

また深い眠りについた。

・・・・・・・・・

私が突然寝てしまった後、病室内の少年少女達は少しの間だけおしゃべりをしていたようだ。

何となく気が抜けたのか、それとも私という年配者が寝ているからなのか、彼らの表情はいつにもまして年相応のはつらつとしたものだった。

それも十分程の時間だっただろうか、直ぐに不知火が、

「・・・おっと、もうこんな時間か、それじゃ悪いけど僕はここで失礼するよ」

腕の時計を確認しながら窓の方へと体を向けた。

「あ、不知火君・・・」

そんな少年の後姿を、何だかさびしそうに見送るすずめちゃん。

その差し出した手が、不安そうに虚空を握っていた。

彼は・・・不知火はそんな自分の想い人の姿を見もしないで、

「あ、そうだすずめ・・・」

「・・・?」

「今度、時間があったらさ・・・デートしようか?」

振り返り、ニカッといつもとは違う少年っぽい笑みを浮かべた。

「・・・ッ!」

その少年の言葉と笑顔を見て、すずめちゃんの顔がこれでもかという程輝いた。

「じゃ、また今度な」

返答は待たず、不知火は病室の窓から飛び降りた。

「・・・・・・」

すずめは少しの間、放心状態だった。

彼の去って行った窓を、いつまでも見つめている。

そんな彼女の後ろから、せろりが呆れたように呟いた。

「・・・あの人のこんな所が、正直面倒臭いですよね」

「そう・・・かな?・・・私は、そんな彼の性格が・・・好き、なんだけど」

頬を赤らめながら、少女は答えた。

「・・・・・・そうですか」

せろりは、そう言うと、病室のドアの方まで歩いて行く。

「じゃあ私も、今晩のお夕食の買い物がありますから、すずめさんもあまり遅くならないようにお願いします」

そう言って、病室を後にした。

彼女が去った後。

「・・・私も、帰りますね」

すずめちゃんが、眠る私に一言だけ言い残し、

「・・・ありがとう」

小さく、本当に小さな声で感謝の言葉をくれた。



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