からっぽのなみだ
私がそこにたどり着いた時にはもう、既に事は終わっていた。
どうしようも無いほど、終りを告げていた。
「ああああああああああああああああああっ!」
泣いている。
何かが啼いていた。
一際損壊が激しいその場所は、昼間私達が案内された明峰園の応接室だった。
何故そこに彼女が居たのかは分からない。
それに私も、この部屋へ一直線で来たのだけど、その理由もまた分からない。
ただの勘。
何となく被害の酷そうな場所へと向かっていたら、自然とここにたどり着いた。
そして、彼女と再会した。
「・・・・・・・・・」
いや・・・
彼女らと。
あの警察署で遭遇した三機の機械のうち、中くらいの目つきの悪さが印象的だった彼女が、今、床に伏して泣いている。
いや、機械である彼女が泣いているなど、有り得ない。
しかしそれでも、と私は思ってしまう。
有り得ない事だと頭では理解していても、その姿を見れば誰だってそう思うだろう。
あぁ、この子は今、悲しんでいる、と。
そして。
「ぅぁああああ・・・」
泣き喚いている彼女の周りに散らばる、人間の破片。
否。
機械の部品。
私はその一つに目を奪われていた。
「・・・そうか」
間に合わなかったのか。
体中の力が一気に抜けていくのを感じた。
深い悔恨などでは無い。
ただただ虚しさだけが込み上げてきた。
「・・・・・・・・・すまない」
それは、子供の頭のようだった。
電灯の明かりが無く薄暗い室内だったけど、今は周りを覆う炎のせいでそれがはっきりと見える。
そして、その無残なほど破壊し尽くされた顔もまた、彼女と同様に見覚えのある顔だった。
無邪気な笑顔が頭に蘇る。
その愛くるしい笑顔に、あの時は少なからず心を穏やかにしたものだ。
・・・・・・・・・
それもまた、過去の事。
今の彼女は、ただの鉄クズだ。
だけど・・・
破壊し尽くされたその小さな体を痛々しく思うのもそうなんだけど。
それ以上に私の胸を締め付けたのが・・・
「ぁぁあああああああっ!」
彼女の咆哮がさらに大きくなる。
それを聞くと、一層胸が張り裂けそうになる。
・・・・・・・・・
だってさ・・・
「・・・・・・・・・本当にすまない」
そいつ、笑ってるんだぜ。
体中を引き千切られても。
首だけになっても。
顔のど真ん中に風穴開けられても。
それでも、最後の最後まで、笑ってさ・・・
まるで・・・
何をされたって
君がどんな風になっても
あたしはずっと
君の事がすきだよ
そう言っているように見えたんだ。
どれくらい時間が経ったのだろう。
今なお燃え続けている炎に、着ている服が耐えきれなくなり、熱さがだんだんと体内に侵入してきた。
それでも私は身じろぎ一つせず、ただ黙って彼女を見つめる事しか出来なかった。むしろ、それしか出来ない。
それ以上は、どんな事をしようが、目の前の彼女を傷付けてしまう。
傷付けなければ、何も前には進まない。
傷付けずに事を収められる時期は、とっくの昔に終わっている。
後は、とことん傷付くだけだ。
肉体的にも、精神的にも。
まぁ、それが彼女に在るのであれば、の話だけど。
そう、思っていた。
不意に、
「ぅぁあ・・・・・・ッ!」
彼女の泣き声が止んだ。
バッと勢いよく頭を起こし、立ち上がろうとしている。
そのお陰で、今まで床に伏していた顔がようやく私の目の前に現れた。
「・・・・・・・・・」
突然立ち上がり、周りをきょろきょろし始める彼女。
「・・・・・・っ!」
私はその彼女の姿に、凄まじい違和感を感じた。
「・・・あぁ、あんたか」
彼女が音声を発した。
どうやら私の姿を認識したらしい。
本当に、今まで気付いていなかったかのような反応だった。
「どうした?そんな顔して」
私が感じた違和感。
「・・・ていうか、何であんたがここにいんだよ」
やはり・・・
「気分わりぃ・・・とっととどっかに行ってくんないかな・・・」
彼女は、
「・・・どっか行かないと、あんたもこいつみたいになるよ」
機械だった。
・・・・・・・・・
彼女の顔は、泣いてなどいない。
有り体に言えば無表情に近いそれ。
目つきの悪さは相変わらずだけど、さっきまで泣いていた奴の顔では無かった。
何事も無かったかのように私の姿を認識し、その私に対して声を上げている。
足元に散らばるそれを、気に懸ける様子も無い。
やはり、機械は機械。
泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだり、は幻想だったのか。
本当に、何かの為に泣いていたように見えたのは、幻想だったのか。
「・・・・・・く」
頭が痛くなる。
何が真実なのか解らない。
いや、真実は痛いほど分かりきっている。
彼らに心など存在しない。
機械に在るのは、命令と行動指針だけ。
それに従って、彼らは動いている、筈。
だけど・・・と、私は先程の光景を思い返す。
小さな亡骸を見つめ、力の限り啼いていた彼女の姿を。
私はしっかりと、この目で見たのだ。それは疑いようもない現実だった。
それを見て、私は少なくとも、彼女に同情した。
悲しいだろうね、と。
それすらも、真実ではないというのなら。
心とは一体何なのだろう。
「・・・あたしさ」
と、そいつが語り出す。
「ここ数日なんか変なんだよ」
無表情は変わらない。
声色すらも平坦で、そこに何の意図があるのか見当もつかない。
「・・・・・・・・・」
「あたしの記憶の所々に欠落があるし。気が付いたら人は死んでるし。妙に落ち着かないし、気分わりぃし」
その口元が、ニィ・・・と吊り上がる。
「しまいにゃ・・・ヒヨコまでぶっ壊してるし」
あははは。
と彼女は声を上げて笑った。
多分、そういう表情を意図的に作っているだけだろう。
本当に笑っているとは思えない。
笑える状況でも、笑える体でもない筈だ。
「・・・だからなんだ」
私は初めて口を開いた。
「はは・・・あぁ、いや・・・別に何でもねーよ。ただの独り言だ。あんたに言った所でこの気分がどーなる訳でもねーしな」
彼女はまだ作った笑みを崩さない。
そして。
その歪んだ笑顔のままで、
「なぁ、あんた・・・・・・すずめは元気か?」
そいつはそう言った。
一瞬、何を言い出すのかと思ったが、直ぐに答える。
多分、それだけが唯一の真実なんだろう。
「・・・・・・よく笑うようにはなったよ」
「・・・そうか」
見つめ合う、私と燕。
ただ黙ってお互いの顔から眼を逸らさない。
轟!と、炎が私達の間を掠めていく。
時間が経てば経つほど、火の勢いは増すばかり。
長居すれば、それだけで死ねるだろう。
だけど、今、この場から離れてしまえば、もう二度とこの燕という機械の少女には出合えないような気がした。
そしてそれは、私達にとって必ず不幸になる結果しか生まないだろう。
そう。
彼女とは、今この場で何らかの決着を見なくてはならない。
そうしなければ、彼女はまたどこかで同じことを繰り返す。
何となくそんな気がするのだ。
「・・・・・・・・・?」
気が付けば、いつの間にかあの不快な耳鳴りが消えていた。
「あぁ、わりーな・・・さっきまで垂れ流しだったから、今切った」
言いながら、そいつが私の元へと歩み出した。
「でさ、あんたは何でここに来たんだ?あたしを壊しにか?」
「・・・・・・・・・」
答えない。
答えられない。
明確な目的を持ってここに来た訳ではないのだから。
ただ、この学校で起きている災禍が自分たちと無関係ではないような気がしたから。
それだけ。
だから、誰かのピンチに駆け付けるヒーローでもなければ、悪を倒す正義の味方でも無い。
ただの愚者。
愚か者だ。
彼女が私の眼前に迫ってくる。
「まぁ確かに。今のあたしの状態がとてつもなく危険だって事は、自分でも理解しているよ。気が付きゃ人はぶっ殺してるし、物は壊すし。その記録が無いからァー・・・・・・・・・」
カション・・・
「・・・・・・?」
突然、彼女の言葉が途切れた。
ァー・・・・・・・・・
言葉の途中を延々と発している。
目の前まで歩いていた筈の彼女の体が、次の一歩を踏み出そうとした所で不自然に止まったのだ。
右手を前に出し、左足を少し上げた状態。
普通の人間なら有り得ない、不自然な体勢で彼女の体が停止している。
「アァーーー・・・・・・・・・」
「・・・おい、どうした?」
奇怪な音を上げ続ける彼女に、声をかけた。
「・・・ァー・・・・・・」
無反応。
先程までしっかりと私を捕捉していた彼女の眼は、今何処を見ているのかすら分からない。
私の後ろ側。私の頭の後ろ側を見ているような、それよりも、もっと先を見ているような、そんな虚ろな瞳。
光を失ったその虚ろな瞳が、何故か私の恐怖を駆り立てた。
「・・・なぁ、おい」
と、恐る恐る彼女の体に手を差し出そうとした瞬間。
キィン・・・!
「・・・ッ!」
彼女の瞳に光が宿った。
彼女の目が、カッと見開かれる。
しかしその光は、さっきまでの物とは全然違うモノだった。
「・・・起動開始まで残り87%・・・」
それこそまさに、機械的な音声で、
「・・・疑似表層人格の削除を実行。・・・終了まで残り2分」
突然、何か訳の解らない事を喋り出した。
「おい!一体、何がどうしたんだよ!」
訳も分からず、声を荒げていた。
彼女は停止した姿勢のまま、何かをブツブツと呟いている。
その姿は、先程までの目つきの悪い、ガラの悪そうな喋り方だった少女とは似ても似つかない。全くの別物だった。
そこに在るのは、完全なる機械だった。
「疑似表層人格の削除を確認。損傷個所、許容範囲内」
彼女の瞳の光がチカチカと明滅を始める。
「・・・・・・・・・」
私はどうして良いか分からず、ただ黙ってその様子を見ているしか無かった。
「起動開始まで残り6%」
何が起きているのかは分からないが、相当にまずい事が起りそうな予感しかしない。
「・・・・・・・・・」
火事の只中に在っても、私は冷や汗が吹き出すのを止められなかった。
嫌な予感が足元から這い上がってくる。
「起動準備完了。敵生体の捕捉」
背後から死の予感が忍び寄る。
ジィー・・・・・・・・・
異様な光を放つ彼女の目が、その時初めて私を認識しているのだと気付いた。
「・・・・・・・・・」
あの耳鳴りによる吐き気とは、また違った吐き気が胃の奥からせり上がってくる。
あぁ、マジでやばい。
吐きそうとか、気持ち悪いとか、嫌な予感とかそんなんじゃなくてさ。
「・・・殺す気か!」
死にそうな気しかしない。
そう思った瞬間には、既に行動していた。
「・・・これより、敵勢力の鎮圧を開始します」
勘と言うモノはかくも素晴らしいモノだと、その時ほど感じた事は無かったよ。
私はその時、彼女が動き出すよりも先に動いていた。
その場から右にタックルするように体を無理やり横へと投げたんだ。
その一瞬後。
ゴボッ!
背後から凄まじい音が上がる。
床を転がりながらその音のした方に目を向ける。
「・・・・・・・・・」
戦慄。
もうもうと土煙を上げる向こう側に、彼女のシルエットがあった。
ゆらゆらと、渦巻く炎に映し出されたその影は、恐怖のせいかより一層大きく凶悪な物に見えた。
そしてその揺らめく煙が晴れた時、私は現実を見てしまった。
どうしようもない事実を突き付けられた気分さ。
軽く失禁。
「・・・ぅわ」
見れば、私の立っていた床が丸ごと抉り取られている。
見事なクレーターだ。
その中心に彼女は拳を突き立てていた。
けれど、それすら視界の端に追いやってしまう程、彼女の姿は常軌を逸していた。
それはある種、神々しさを覚えるほどだった。
「敵生体の破壊に失敗。兵装の転換を推奨・・・・・・確認。以降は第二、第六兵装の併用を許可」
何やら不穏な事を彼女が呟いている。意味は分からないが、私の死亡確率が上がったのは間違い無いと見て良いだろう。
くるりと彼女の首が私の方を向く。
「・・・ひ!」
やべ、どーしよ。
マジ怖いんだけど。
反射的に、腰に携えた小太刀を握り取っていた。
「・・・・・・・・・」
これ、武器になるのか?
チラッと自分の得物を見てみるが、正直、小枝のようだった。
笑。
しかし何も無いよりマシか。
鞘から刀を抜く。
刃渡り八十センチも無い、短い日本刀。
攻撃用ではなく、主に防御用の保険としての意味合いが強い小太刀。
その切っ先を、なけなしの勇気で彼女に向けた。
一方の彼女。
陽炎のように揺らめく彼女の右手には柄の無い刃のみの刃物が。
刃の形状から察するに、それは私の小太刀と同じ日本刀のようだった。
それが腕の中を貫通して、掌からスラリと伸びている。
そして左手には、・・・というか彼女の左腕には手首から先が付いてなかった。
その代わりについていたのが、五つの筒。
瞬間、理解した。
銃口。
「・・・嘘だろ」
大小それぞれ口径の違うその銃口が、私の頭部を捉えていた。
もう失禁どころの騒ぎじゃない。
過ぎたる恐怖で、もはや膀胱が破裂してしまいそうだった。
このままでは、私の股間がビショビショになってしまうぞ・・・
「・・・・・・・・・」
彼女はその銃口を私に向けたまま、目だけで私の右手を凝視している。
私の手に握られた、反抗の意志に。
「敵生体の抵抗を確認。戦力の解析・・・・・・本作戦に支障無し」
短く判断された。
ほらね。
やっぱりだ。
これじゃどうにもならないってよ。
自慢の愛刀も、やっぱただの小枝だったか。
「・・・仕方ないか」
やはりここは・・・
キュッ!
地面を蹴る音。
瞬きなんかしていない。
ずっと、彼女を見ていた。
けれど、
「・・・ッ!」
追いつけなかった。彼女の姿が一瞬だけ消える。
考える暇も無かった。
感じる時間すら。
気付けば、彼女の顔が私の目の前に在った。
遅れて、先程まで彼女の居た位置から猛烈な土埃が舞う。
ただ移動するだけで、これだけの破壊力。
一瞬前まで五メートルほど離れていた私と彼女の間は、気付いた時には目と鼻の先まで縮められていた。
相手の呼吸を感じるほどの近さに。
無論、彼女は呼吸をしない。
感じるのは、ただただ冷たい殺意だけ。
殺すと決めた相手を、ただ殺すだけ。それだけ。
その無機質な瞳が、私の顔を覗き込んでいた。
・・・・・・・・・
その時だよ。
私はここにきて、ついに気付いてしまったんだ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
その一秒を何百倍、何万倍かに引き伸ばしたような感覚。
ゆっくりとした時間の流れ。
その中に私と彼女は居た。
もう分かりきっていた事なのだけれど、彼女はその時既に、右手の仕込み刀を私の腹へと刺している所だった。
五つの銃口はブラフ。
そこに注意を向けさせて、一瞬で刺殺するつもりだったらしい。
・・・・・・・・・
て言うかむしろ、彼女が目の前に居た時点で刺さっていたんじゃないかな。
あまりにも短い時間だったから、それをどう捉えようが差異は無いのかもしれない。
どっち道刺さっていたんだろうから。
しかし、その痛みが私の痛覚を刺激する前に、私は一つ大きな事実に気付いたのだ。
一秒にも満たないその瞬間に。
「・・・何だよ。ぃ・・・意外と、可愛いじゃないか」
不謹慎。
「・・・?」
一瞬、彼女の無表情がわずかに歪んだ気がした。
何言ってんだ?こいつ。みたいに。
・・・うん、多分私の思い過ごしだろう。彼女は機械。ここにきて、さらに機械らしい行動を取っている彼女に限って、そんな変な所作は見せないだろう。
だがしかし。
それで良かった。
その時は、彼女が私の傍で一瞬でも止まってくれればそれで良かった。
彼女の方から私に近付いてくれたのは、幸運と言うほかない。
それが彼女の犯した、唯一の失敗だった。
初めから銃による攻撃をしていれば、それで片がついた筈だ。
私をハチの巣にして、はい、終了。
何の苦もなく目的を達成できただろうに。本当に、運の無い奴め。
それに私では、彼女の速度に追いつけないだろうから。
おかげで・・・一矢くらいは報えるかも知れない。
グイッと空いていた左手を彼女の首に回す。
そして、力の限り彼女の首を自分の体へと引き寄せた。
まるで、彼女を抱き寄せるかのように。
以外にも、彼女の体は柔らかいものだった。
しかしそのせいで、どてっ腹に刺さっていた刀がさらに深く食い込んでいく。
「ぅ・・・」
い、痛いじゃないか。
なるほど、刀というモノは刺さるとこんな感じなんだな。
熱い。
刀身が炎にさらされて初めから熱かったのかも知れないが、それとはまた別に全身に広がる様な熱さを覚えた。
これが、痛みによる熱さなのか。と、少々間の抜けた事が頭に浮かんだ。
ま、ホントにどーでも良い事だった。
右手に握った刀をくるりと持ちかえる。
順手を逆手に。
そして・・・
ドシュ!
彼女の背中めがけて一気に刺した。
刃は何の抵抗も無く彼女の体を貫いていく。
その感触は、まるで人間を刺しているかの様だった。
本当に彼女は機械なのだろうか?と思うくらいに、彼女の体は何の抵抗もせず刃を受け入れていく。
そして無論、その先に待つのは密着した私の胴体だ。
想定内。
構うものか。
むしろ初めからそのつもりだ。
チク・・・
切先の感触があってから、
ズプ・・・
腹部に異様な侵入を感じるまでおよそ時間という概念は無かった。
ほぼ同時。
その位の勢いで、彼女を背中から刺したのだ。
両腕で彼女の体を抱きしめる形になった。
「ぅ・・・ッ!」
口内に鉄の味が広がる。
思わず吐き出しそうになるそれを、無理やり飲み込んだ。
凄まじい吐き気だった。
「・・・・・・・・・」
彼女は抵抗しない。
その程度であれば、自分にとってダメージでは無いとでも言いたげに。
ただ押し黙って、私の顔を覗き込んでいる。
・・・・・・・・・
あ、やっぱこいつカワイイ。
目つきの悪さもさ、ここに至って見ればこいつの個性かもな。
それくらいは許容しよう。
整った顔立ちの前には、どんなモノでもプラスに変換されるのだ、とここにきてようやく私は真理にたどり着いた。
・・・・・・・・・
いや、うん。
そういう状況じゃないって事は痛いほど分かっている。
実際に痛いしね。
彼女の刺した刀と、私が彼女もろとも貫いた刀。都合二本の刃が私の腹に突き刺さっているんだから。
そりゃ痛いよ。
多分、四、五分後にはコロッと死んでる筈だ。
ツゥ・・・と、私と彼女の間を渡す刃の刃先から血が滴り落ちている。
感覚が戻るにつれ、嫌な感触も追い付いてくる。
ジワリと血が滲み出てくるのが手に取るように分かる。
「対象の生命維持に欠損を確認。・・・以降は銃撃掃射による対象の抹消を実行します」
シャクン・・・と音を立てて、彼女の仕込み刀が手の中に収まっていく。
「・・・・・・ッ!」
引き抜く瞬間、これまでに無い痛みが私を襲った。
スッと彼女が私の腕の中から離れていく。
私もそれを拒まなかった。
小太刀の柄から手を離し、その場にドシャッと崩れ落ちる。
うん、まぁ・・・私が抵抗したとしても彼女は私から離脱したんだろうけど。
それに、彼女を繋ぎ止めておく必要も、もう無い。
彼女が乱暴に飛び退かなかっただけ有り難いかな。
無理やり離れてもらっても痛いだけだしね。
「・・・・・・・・・」
彼女が私の刀を背に刺したまま、私を見降ろしている。
その姿が、何とも勇ましかった。
「掃射開始」
カチャ。
装填音。
嫌な音だ。
「・・・・・・・・・」
私は向けられた五つの銃口を黙って見ていた。
五つの銃口の内、何処から発射されるんだろうか?
それとも、全ての銃口から同時掃射するのだろうか?
まぁ、どっち道・・・死ぬんだろうけど。
「なぁ・・・」
私は床に倒れたまま、
「・・・一ついいか?」
「・・・却下します。対象との交渉の許可はありません」
無視する。
「お前・・・もうすぐ、死ぬぞ」
「・・・?」
・・・カシャン。
ひとりでに、彼女の背中に刺さった私の小太刀が床に落ちた。
背中からヘソの上あたりを貫通していた刀がひとりでに落ちるなど、普通ならば有り得ない。
そう、普通の刀なら。
・・・・・・・・・
名も無き名刀。
龍精根の一族に伝わる、唯一の遺産。
その切れ味は、私が柄を握ってなければ、自らの重みによって勝手に対象を切断していく程だ。
「・・・・・・・・・」
彼女の胸から下にかけて、一筋の線が走る。
そしてそこから、ズルリ・・・と色んなモノが飛び出してきた。
それは内臓だったり、明らかに生物のモノではない硬質の物だったり、血液だったり、機械だった。
その大小、色とりどりの物が彼女の腹の裂け目から床へ落ちていく。
彼女の内容していたモノを見ると、確かに、彼女の半分は生身の人間である事が窺えた。
「・・・・・・・・・」
無論、それが彼女に致命傷を与えたとはこれっぽっちも思っちゃいない。
それで彼女が怯む様子も無いしね。
ただ黙って、裂けた自分の腹を確認しているのみだ。
「損傷個所の確認・・・」
冷静に、今起きた事に対し対処を始めていた。
だが、もう遅い。
「・・・腹部の損傷を確認。活動維持への支障48%」
彼女の眼が私の方を向く。
「敵生体の著しい衰弱を確認。追撃は不要と判断。これより破損器官の修復の為、一時撤・・・」
踵を返そうとして、彼女の動きが止まった。
その瞬間、ここぞとばかりに、
「・・・ふはは。私を誰だと思っているのだ」
私は燃え盛る部屋の中、床に大の字になって笑った。
はぁ・・・はぁ・・・
と、次第に息が荒くなる。
ただでさえ酸素の少ない空間に、私の息は絶え絶えだった。
そろそろ本気でヤバい。
死ぬ。
・・・・・・・・・
そしてそれは、彼女も同様だった。
「・・・・・・・・・ァ・・・ナ、イブ・・・に異常、ハッ・・・生・・・」
切れ切れになる彼女の音声と、ピクピクと震えだす彼女の指先。
恐々と、彼女が自分の両の手を確認している。
「感覚、器官・・・の消失を確・・・ニン」
グギギギ・・・
と嫌な音を立てて、彼女の首が私の方を向く。
「・・・テ、敵セイ体のッ・・・こゥ・・・ウゲキ、と判断・・・ショッ!ショー・・・サイ不明・・・これよ、リ・・・」
彼女が無理に体を動かそうとしている。
しかし、もうその動きは先程までのようにはいかない。不自由そのもの。
彼女の体の色んな部分が悲鳴を上げ、彼女自身がそれを押さえつけているようだった。
・・・それでも。
彼女の体は、それ以上動く事はなかった。
ビクンッ!ビクンッ!と痙攣しながら、それでも、まだ抗おうとしている。
「テ・・・テッ・・・・・・タ、ァ・・・アガ・・・アガガガガ・・・・・・・・・ッ!」
彼女の体が小刻みに震えだす。
異様なまでに光を放っていた彼女の瞳も、激しく明滅を始めた。
時に強く。
時に限り無く弱弱しく。
「私の刀は・・・私が使用する事で真の力を発揮する・・・ぅ・・・わ、私の仕事は・・・・・・ハァ、万物を・・・」
「アアアアアアアアア・・・」
もう、彼女は終わりだ。
「ば、万物を・・・・・・自然に還す事だ」
ギ・・・ギギ・・・
彼女の体が軋みを上げる。
ギィ・・・
グラリ、と彼女の体が斜めに傾いていく
そして。
ガシャン・・・
大きな音を立てて、彼女が頭から床に倒れこんだ。
ピクピクと、彼女の指先が小刻みに震えている。
まだ懸命に動こうとするその口から、
「ァアア・・・ス、スス・・・ススス・・・・・・」
何かが発せられている。
「・・・・・・・・・ぅ」
体を捩って体勢を変える。
床を這うようにして、彼女の元へと近づいた。
「ス、ずめぇ・・・すずめェッ!」
ガタガタと震えながら彼女が誰かの名を叫んでいた。
「ヒッ・・・ヒヨコッ・・・は!ヒヒヒ・・・ヒヨコはどこだ!」
彼女の瞳に、僅かだが光が戻った。
「ヒヒヒ・・・ヒヨコ!・・・ヒヨッ・・・こ!ヒヨコヒヨコヒヨコ・・・」
叫びながら、彼女の震える手が虚空を彷徨っていた。
「・・・・・・・・・」
本当にこういう結末しか、私は選択できなかったのだろうか?
深い後悔が、その時初めて私の心に生まれた。
だってさ・・・
「・・・・・・ごめんよ」
徐々に彼女の体が朽ちていく。
「あぁああ・・・あぁぁぁああ・・・・・・」
空を彷徨う指先から。
強靭な脚力を誇るつま先から。
彼女の体が崩れていく。
自然と同化していく。
「ぁぁああぁぁぁあぁ・・・・・・ぃぁ」
どんどんその声が小さくなる。
声が、震えている。
「ぃ・・・ぁ・・・ぃ・・・・・・や、だ」
彼女が唇を食いしばる。
不自然なほど真っ白な歯が、唇に食い込んでいた。
そこには、
「ぅぁあ・・・ぁぁぁ」
一人の少女が、確かに居た。
「・・・ひぃ・・・・・・ん」
泣いていた。
死にたくないと。
別れたくないと。
色んなモノから。
「・・・・・・・・・」
多分。
「すずめぇ・・・・・・ひ、よ・・・・・・」
友達と。
ずっと一緒に居たいと。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フッ・・・と、その瞬間彼女の瞳から光が消えた。
彼女の身体は、既に半分程になっていた。
手足が無くなり、胴体と頭だけになった少女は、それでも、何かを求めて必死で生きようとしていた。
最期の最期で、何かを取り戻したのだろう。
「ほんとに・・・ごめん・・・ね」
かくいう私も、そろそろ限界だった。
失血し過ぎたらしい。
本当に気が遠くなってきた。
意識が朦朧とし、呼吸をしているのかどうかすら怪しい。
「・・・・・・ぁ」
死ぬ。
・・・・・・・・・
・・・まぁいいか。
とりあえず、燕という機械が消滅した事によって当面の危機は回避した筈だろう。後は、あの少年に任せるのも一興だ。
案外、しっかりとした少年だしね。
彼女たちを任せても、多分大丈夫だろう。
しかし、何故、この機械の少女は突然こんな破壊活動なんかを起こしたのだろうか?
それだけは分からずじまいだった。
一か月前のあの襲撃から一切接触が無かったのに、ここにきて突然のこの騒ぎだ。恐らく例の通り魔事件も、この燕という機械のせいだろう。
ま、それも犯人が居なくなれば万事解決か。
死んだ人には、申し訳ないけど。
この学校の生徒や先生、近隣の皆様とかにも。
「ぁあ・・・」
気持ち良くなってきた。
ここまで来ると、周りの炎も気にならないな。
むしろ温かくて心が安らぐよ。
この炎に巻かれて灰になるのも・・・悪くないか。
「・・・・・・・・・」
目を閉じる。
そろそろ時間らしい。
・・・・・・・・・
それでは、また来世でお会いしましょう。
次週、「 撃滅変態☆龍精根 」は、『魅惑の果実・・・その名はバイアグラ』
をお送りします。それではお楽しみに!
正義の力だ!アナル☆ユー!