何も出来ない中年
拘置所の廊下を、不知火少年と並んで歩く。
かなり狭い廊下だった。その狭い廊下の中央を、私達は歩いている。
外側の壁には頑丈そうな鉄格子付きの窓。
反対の壁には、拘留室のドアが狭い間隔で並んでいた。
そのドアに四角い覗き窓。
これにもまた、丁寧に小さな格子が設置してあった。
私はその四角い小さな窓を、なるべく見ないように歩いている。
そうして、奥の方へと歩いていたら、
・・・ガチャリ
突然、突き当たりの部屋のドアが開いた。
そのドアの中から一人、警察官が出てくる。
そいつは廊下に出て私達を見るなり、
「・・・身元引受人の方ですか?」
と、低い声で聞いてきた。
プラス疑いの視線。
「・・・・・・・・・」
その視線の怖い事。
なんかもう、蛇に睨まれた蛙状態だったよ。
でも、隣の奴が何とかその場をしのいでくれた。
「はい、この方が身元引受人を請け負ってくれた、龍精根様です」
私の顔を指差しながら、丁寧にそう挨拶した。
「・・・・・・・・・」
何故かその言葉に、警察官が黙ってしまう。
腕を組んで足元をじっと見つめている。いや、睨んでるよ。
うわぁ・・・
絶対に身元を疑われているよ。
まあそりゃそうだろうけど・・・
だって、無職の大人が身元引受人だよ?
それに名前。
ふざけているとしか思えないよね。まったく。
そんな事をつらつら考えていたら、足元をじっと見詰めていた警察官が、
ふぅ・・・
と一つ息を吐いた。
「・・・こちらが面会室になります」
と、警察官は、先ほど自分が出てきた部屋を指差した。
私はてっきり、私の素性について色々な事を聞かれるんじゃないかとハラハラしていたのだが、この警官は嫌にあっさりと私達を部屋に案内してくれた。
この人は、無駄な事は一切言わない主義らしく、
「・・・どうぞ」
それだけ言って部屋のドアを開けた。
その開いたドアの中から、より一層重たい空気が流れてくる。
その空気を肌で感じながら、私は隣の少年と顔を見合わせた。
少年の顔には、何とも言えない緊張感が漂っている。
こく・・・こく。
一、二度頷き合ってから、私はその部屋に入った。
「・・・・・・・・・」
彼女は既にそこに居た。
ていうか、この面会室とやらには彼女しか居なかった。
彼女の顔をちらりと見やる。
しかし、彼女の目線はこちらに向いていなかった。
じーっと、床の一点だけを見つめている。
彼女は・・・
すずめは無表情だった。
「また会ったね、すずめちゃん」
軽く、そう挨拶をする。
ガラスで仕切られた部屋。
こちら側に私と不知火。椅子が二つ。
あちら側にすずめちゃん。椅子が一つ。
私達はまだ立っているが、すずめは既にその椅子に座って待っていた。
彼女の格好は、あのパーティーで見たのと同じ服装だった。
控えめなパーティードレス。
けれど、この警察署の雰囲気に馴染まない服装である事は、間違いなかった。
多分、あのパーティー会場で事件を起こした後、そのままこの警察署に連行されたのだろう。
「あ・・・」
私の挨拶に、それまで下だけを見つめていたすずめが顔を上げた。
「勃起丸さん・・・」
その瞬間、私の存在に気付いたかのような表情。
あ、来てたんだ・・・気付かなかったよ。みたいな。
そんなすずめの様子を痛々しく思いながらも、
「こんばんは。気分はどう?」
勤めて明るく、そう訊いた。
「・・・・・・・・」
すずめは少し目を伏せながら、首を横に振った。
「・・・まぁ、そうだろうね」
私は言いながら、用意されていた椅子に腰を下ろした。
不知火も続けて座る。
一枚のガラスを通して、重い沈黙が流れていた。
そこで私は、訊きたい事をいっぺんに聞いてしまいたい、という誘惑に駆られてしまう。
でも、分かりきっている事を聞いても、仕方無いという事も、分かっていた。
多分、彼女を傷付けちゃうだけだしね。
だから私はあえて、これからの事を彼女に聞いた。
「・・・それで、君はこれからどうするつもりだい?」
真剣な表情で、すずめを見つめる。
「・・・それは・・・」
すずめは視線を逸らし、口ごもっていた。
「私を身元引受人に指名したって事は・・・・・・私はこれから、君の保護者になるって事だよ?」
分かってる?
そう訊いた。
多分、すずめは今回の事件で、そう重い刑を科される事はないだろう。
あくまで私見だけど。
すずめはまだ未成年だし、あの父親の裏事情を加味すれば、検察も深くは追求しないのではないだろうか。
実刑は付くだろうけど、それでも執行猶予が出るはずだ。
・・・・・・・・・
すずめちゃんの保護責任者になるという事は、その執行猶予期間を、私が面倒見なければならない、という事だ。
それは見方によれば、迷惑の押し売りのような物だけどね。
まったく。はた迷惑も良い所だよ。
だけど・・・
「私は別に構わないけど・・・すずめちゃん・・・・・・君はそれでいいの?」
私的には、面倒な人間が何人増えようと、もう気にしない。
私の周りには、既に、面倒な人間がわんさか居る。隣の不知火もその一人だ。
それよりも、女性に囲まれた生活の方が、何だか甘美に思えてきた。
せろりにすずめちゃん・・・
ムフフ・・・
・・・・・・・・・
いや・・・うん、違うよ。
そういう事じゃなくて。
すずめちゃんは、もうこの不知火君とお付き合いしていて、だから・・・
手が出せなくて・・・
うん・・・それも違うね。
・・・・・・・・・
だから何で!
私はこう・・・不謹慎な事しか頭に思い浮かばないんだっ!
もっとさ、空気読もうよ。ねぇ。
・・・嫌になる。
自分で自分が。
・・・・・・・・・
すずめちゃんがうちに来ると楽しいよ・・・とかさ、そういう事考えようよ。
「私は・・・その・・・」
すずめが何か言おうとしている。
私は思考を現実へと引き戻した。
「・・・勃起丸さんに助けて欲しかった・・・んだと、思います」
目を瞑り、一生懸命絞り出した声だった。
その言葉に、もはや偽りはないだろう。
「・・・そう」
頷く。
私に助けて欲しかった・・・ね。
多分、色んな意味で・・・だろうな。
父親の事もそう、妹の事もそうだし、おそらく、自分の事に対しても何かしら助けを求めていたのだろう。そして、これからの事も。
出会ったばかりの私に・・・だ。
まったく、人が良いのか虫が良いのか。
「・・・ま、私が言い出した事だしね」
と私は一つ息を吐いて、背もたれに体重を乗せた。
そして、あの会場でのひとコマを思い出す。
助けてやろうか?
・・・て言ったしね。
自分の言葉には責任を持たなきゃいけないし。
「良いよ。うちにおいで」
「・・・え」
その瞬間、少しだけすずめの瞳が輝いた。
「でも・・・いいんですか?」
そう口では言っているが、すずめの表情はどんどん明るくなっていく。
その顔を見て、私も不知火も少しだけ安心した。
「良いも悪いもない・・・これは保護観察だ。君の処遇と言った方が良いかな」
「あ・・・そ、そうですよね」
と、すずめはまたシュン・・・としてしまう。
当たり前の事だが、この子は殺人を犯している。
事情がどうであれ、その罪は償わなければならない。
・・・まぁ、不法に死体処理をしている私が言えた義理じゃないけど。
「大丈夫だよ」
と、そこで初めて不知火が口を開いた。
ムカつくほど、優しい語りかけだった。
「すずめは確かに罪を犯した・・・けど・・・それをちゃんと償えばいいんだ」
しっかりとした口調でそう言った。
その言葉に、すずめは・・・
「・・・不知火君・・・」
一番良い顔をした。
・・・・・・・・・
あぁ、何だろう!
すごい、敗北感。
私は要らなかったみたいだね。まったく。
勝手にやってろよ。
「ま、不知火の言う通りだ」
でも私は大人だ。
そんな事では、駄々を捏ねたい。
いやごめん、間違えた。
捏ねない。
「君はそれを、しっかりと噛み締めた上で、これからの人生を生きていかなければいけないよ」
それだけは、真剣に言ったつもりだ。
「・・・はい」
私の言葉に、すずめも深く頷いた。
よし、これで言う事は言ったな。
「後は・・・裁判所の判決を・・・・・・」
・・・・・・ん?何だ?
そこまで言って、私は何かに気をとられた。
不意に壁の方を見てしまう。
いや・・・
気をとられた・・・って言い方は正確じゃないかもしれない。
正確には、何かが聞こえた。
・・・ような気がした。
何か、耳鳴りのような・・・
・・・フィーン・・・
「・・・・・・・・・ッ!」
聞こえた。
今はっきりと、部屋の外から。
何かの音が。
最初は、空調の音か何かだと思っていたが、どうも違う。
不審に思い、私は会話を中断して、面会室を見回した。
すると、
「・・・・・・・・・ぅ」
「・・・・・・・・・耳が・・・」
不知火とすずめちゃんが、二人して渋い顔をしている。
そして二人とも、自分の耳を押さえていた。
「・・・・・・どうした?」
隣の不知火の肩に手を置く。
不知火は耳を押さえながら、
「えぇ・・・何か、こう・・・圧迫されるような・・・」
苦笑いを浮かべていた。
「・・・・・・・・・」
嫌な予感しかしない。
苦しむ二人を横目に、私は椅子から立ち上がった。
立ち上がる瞬間・・・
キンッ・・・
また音。
でもそれは、先ほどの音とは違う、どこか張り詰めた音だった。
その音が、私の後ろ側・・・入り口の扉の向こうから聞こえたのだ。
振り返るまで、ほんの一、二秒。
その時間を、私は死ぬほど長く感じた。
目を横に向ける。
・・・扉に亀裂が走る。
首を横に回す。
・・・扉がこちらに向かって膨らみだす。
体ごと、後ろを振り向く。
・・・粉々になった扉が、私達に向かって弾け飛んだ。
「・・・・・・・・・」
それを、避ける事すら出来ずに、私は呆然と見送っていた。
私の横を飛び散っていく扉の破片たちが、私や不知火に当たらなかったのは、後になってみれば奇跡としか言いようのない事だった。
一瞬後、私の後ろで盛大な音が鳴り響いた。
部屋を二つに区切っていたガラスが勢い良く崩れたのだろう。
振り返れば、そこはもう、一つの部屋だった。
そこかしこにガラスの破片が散らばっている。
砕け散ったガラスの向こうで、すずめが訳も分からずに椅子の下で頭を抱えていた。
ガラスのあった場所に背を向け、小さく体を丸めている。かわいい。
いや・・・それ、正解だよ。
そうしてなきゃ大怪我じゃ済まなかったはずだ。
実際私も、一瞬遅れて体を丸めたしね。
・・・・・・・・・
しかし・・・
と、私は体を起こした。
そして、砕け散った扉・・・というか、もはやそこはただの吹き抜けになっているが、そこを見据える。
一体何が起きたのか。
未だに何も分からない状態だが、誰かが起こしたという事だけは、はっきりしていた。
何故ならそこには、その誰かが居たから。
扉の向こう側からこちらを見るようにして立っている。
その影が、三つ。
この扉を破壊した張本人であろうそいつらは、驚いた事に全員、女の子だった。
「たっすけにきったよー!すずめちゃーん!」
「うるさい、ヒヨコ」
「お迎えに上がりました、雀様」
三人がそれぞれ、何かを言っている。
だけど良く聞こえない。
扉が砕け散る瞬間、爆発音にも似た物凄い音がしたので、私の耳はキーンと鳴りっぱなしだった。
「ん?何だ・・・こいつら?」
三人の中の一人が、鋭い目つきで私と不知火を見ている。
まるでゴミでも見るかのような目つきだった。
「放って置きなさい。私達には関係の無い人物です」
また一人・・・かなり背の高い女性が、私達を見下ろしながらそう告げた。
言いながら、その背の高い女性はつかつかと私達の横を抜けていく。
そして、部屋の半分を仕切る壁を乗り越え、すずめの前で立ち止まった。
「さぁ、雀様。私達と一緒に帰りましょう」
と、まだうずくまっていたすずめに、すっと手を差し伸べた。
その言葉に、すずめが顔を上げる。
「え・・・かもめ?」
顔を上げた瞬間、彼女の顔が僅かに明るくなる。
「かもめ・・・!・・・どうしてここに・・・」
明るくなったと思いきや、すぐに困惑。
背の高い女性に手を差し伸べられながら、すずめは何やら迷っている様子だった。
「貴女をお守りする為です。雀様」
きっぱりと、そいつは言い切った。
「そだよー」
「・・・どうでもいいけどさ、さっさと帰ろうぜ・・・こんな所」
後ろの方から二つの声。
背の高い彼女とは対照的に、小学生くらいの子供。
それと中ぐらいの普通の女の子。
いや、訂正。柄の悪い女の子だ。
目つきが怖い。
しかし・・・
この三人は本当に、私達の事などまるで気にしていなかった。
まるで空気。
そこかしこに転がる瓦礫と同じように、私達を無視している。
そんな中で声を上げても無視されそうだけど・・・
出さなきゃいけないんだろうな。
はぁ。
「・・・お前ら、ちょっと待て・・・」
私は勇気を振り絞って、そいつらに声を掛けた。
一斉に、彼女達が私の方を向いた。
「・・・・・・・・」
注がれる視線。
三つ分。
ああ、めっちゃ怖い。
「・・・お前らは・・・誰だ?どうしてここに来た・・・?」
状況が混濁しているのは分かる。
事実、私の頭は白濁している。失礼、混濁している。
・・・・・・・・・
突然現れた三人組。
破壊された部屋。
すずめの反応。
・・・・・・・・・
どれも、私の推測では理解が追いつかない。
追いつかないし分からないけど・・・
このまま静観していたら、恐らくすずめちゃんは、この三人に連れて行かれることだろう。それだけは何となく分かる。
断片的に聞こえた言葉だが、一緒に帰ると言っていたし。
すずめちゃんがそれを望むのなら、もうそれでいいのだが・・・
多分彼女は、それを望んでいない。
どうもこの三人とすずめちゃんは面識があるようだけど、だったら尚更、すずめはこいつらではなく私を選んだのだ。
身元引受人に。
今後の保護者に。
恐らく、こいつらにはそれが出来ない理由があるのだろう。
・・・・・・・・・
何となく、その辺の事は勘付いているのだけれども。
それよりも・・・
「・・・警察は・・・どうした?」
ここに・・・この警察署の拘置所に一般人が容易く入れるはずも無い。
こいつらが一般人かどうかは、甚だ怪しいけどね。
加えて、こんな破壊活動をすれば、それこそそのまま逮捕だ。
それなのに・・・
警察官が一人も駆けつけてこない。
「この署内の人間には、少しの間だけ気を失って頂きました」
すずめの前に居た背の高い女性が、初めて私の問い掛けに答えた。
「・・・どういう・・・事だ?」
気を失う?
と、その時、私はあの音を思い出した。
「生体ジャミング」
私の後ろで待機していた柄の悪い少女が、短く呟いた。
「それ聞くと、一時的に運動神経が麻痺して動けなくなる。・・・運が悪いと死ぬかもね」
何てこと無い瑣末な事だろ、みたいな言い方だった。
「だから、ここには誰もこねーよ」
吐き捨てる。
「・・・・・・・・・」
生体・・・ジャミング?
何だそれ?
そんなもの聞いたことも無い。
聞いた事が無いからこそ・・・私は確信した。
こいつらが何者なのか。
私は今日・・・いや、もう十二時を過ぎているだろうから昨日かな・・・
科学の進歩とやらを、まざまざと見せ付けられたばかりなのだ。
このすずめの父親に。
そして、こいつらの侵入の仕方。
はっきり言って尋常じゃない。
だからこそ、
「お前達は・・・機械、だな?」
断言できた。
しかし、その言葉に反応したのは、すずめ一人だけだった。
他の三人は・・・ちなみに不知火君は隅の方で黙っている・・・身じろぎ一つせずに、その場でじっと私を見つめている。
「あ、あの・・・勃起丸さん・・・これは・・・」
とそこまで言いかけて、彼女の言葉は制された。
すずめの前に立っている背の高い女性が、彼女の言葉を手で遮ったのだ。
「雀様・・・それは私達の口から」
そう言って、彼女は歩き出した。
「燕に雛・・・こちらに」
命令。
「はーい」
「・・・分かった」
従属。
私の後ろで待機していた二人の少女が動き出す。
まるで彼女の言葉に反応したかのように、迷い無く動いている。
その様子を、私は黙って見届けるしかなかった。
私の目の前に三人が並ぶ。
右から小さい女の子、柄の悪い少女、背の高い女性の順で。
容姿もそうだが、その表情も、三者三様だった。
にこにこ、ギロリ、冷ややか。
右端の女の子は良いとして、他二人は、明らかに私を敵対視してはいないだろうか。
うん・・・まぁ、多分してるだろうけどさ。
お友達になれそうな雰囲気じゃないしね。
せっかく、みんな可愛くて綺麗なのに・・・
惜しいな。
・・・・・・・・・
・・・と危ない、また変な事を考える所だった。
「あなたの言う通り、私達は、こちらにいらっしゃる雀様のお父様・・・・・・芹沢博士によって創造された機械・・・ロボットです」
突然、背の高い彼女が話し出した。
「・・・ろぼっと・・・?」
また聞き慣れない単語が出てくる。
「正確には生体ヒューマノイド」
真ん中の、柄の悪い少女が口を挟んだ。
「体の半分はあんたら人間と一緒だって事だよ」
「もう半分はきかいで作ったんだよねー」
と、隣の小さな子供が付け加えた。
「・・・・・・・・・」
押し黙ってしまう。
一体・・・何が何やら。
よく分からない単語もそうだが、それ以上に、目の前で喋っている彼女達が、人間ではない他の何かだ、という事が未だに信じられない。
「驚いているのも無理はありません。ですが私達は紛れも無く・・・機械です」
そう言って、背の高い彼女は足元に転がっていた扉の残骸を拾い上げた。
「・・・・・・?」
そしてその残骸を握り締めたまま、
ボグッ・・・
握り潰した。
「私は要人護衛を目的に作られた、機械・・・鴎です」
背の高い彼女・・・かもめと名乗った女性が私を見下ろしている。
彼女の握られた拳から、先ほど握りつぶした破片がぱらぱらと落ちていた。
「同じく・・・」
シャキン・・・
私の目の前に突然刃が現れた。
「戦闘用ヒューマノイド・・・燕」
つばめと名乗った柄の悪い少女の掌から、切れ味の良さそうな刃物が私の顔に伸びてきている。少しでも顔を前に出せば、私の顔は血だらけだっただろう。
シャクン・・・
と音を立てて、その刃は彼女の手の中に戻っていった。
腕に仕込み刀か・・・
物騒な奴だ。
「あ!あたしは・・・」
と、最後に小さな少女が自己紹介をしようしていたけど、
「なんだっけ?」
首を傾げてしまった。
「愛玩用だろ・・・」
隣のつばめがぼそりと呟く。
「あ、そうそう!それ・・・あいがんようヒューマノイド・・・でした」
よろしく、って感じで元気良く頭を下げている。
何となく、それに合わせてお辞儀を返してしまう。
こちらこそ、よろしくお願いしまーす。てな感じで。
・・・それにしても。
いやぁ、なんか良いねぇ・・・
はきはきした子供は大好きだよ。
ひよこちゃん、て言ったっけ?
かーわいいーなぁー・・・ったく。
今の状況、全部忘れて、君だけを持って帰りたいよ。
「・・・・・・・・・」
・・・うん、ダメだな。今の部分はダメな部分。
私はやっぱり、ダメな大人でした。
しかし、また愛玩用って・・・
あの親父は、一体何を考えているんだろうか。
チラッと、すずめの方を見てしまう。
しかもこんな子供にか?
・・・・・・・・・
まぁ、ニーズは・・・あるんだろうな。
世の中、結構危ないおじさん達が多そうだしね。
ちなみに、私は違うけどね。
さすがにこのくらい小さな子供だと、そういう不謹慎な事は出来ない。
出来ないし、しようとも思わない。
せろりくらいがちょうど良い。
あの子がちょうど良い。
せろりが大好き。
・・・・・・・・・
うん、私の不謹慎さは・・・どうやら治らないみたいだね。
どうしても、現状と違う事しか頭に浮かばないんだ。
困ったもんだよ。まったく。
「・・・ご説明したとおり、私達はあなた方一般人では到底対応出来ない程の科学力を持っています・・・」
おっと、少し妄想に耽り過ぎたみたいだ。
かもめさんがまだ喋っていらっしゃる。
「そして、雀様を守る為であれば・・・実力行使など、微塵も厭わないつもりです」
強く、宣言した。
その視線が私を射抜いている。
「・・・・・・・・・」
ゴクリ。
あぁ、反論したらマジで殺されそうな雰囲気。
「あなたがどこの誰で・・・」
かもめは私に向けて、
「雀様と、どういうご関係か存じませんが・・・」
右手を差し出し、
「・・・邪魔をすると言うのであれば」
ふわり、と手のひらを広げて、
「殺します」
握り潰した。
「・・・・・・・・・」
うわぁ、どうしよ。
殺されるんだって。
圧殺。そして、秒殺だよね。
この人の邪魔したら、あの手に握り殺されちゃうのかな・・・
ギュッて。
首ギュってされて、プチンってなるよね。
ああ。
嫌だ。
嫌な想像が私の頭を席巻し始めた。
でも、すずめちゃんを連れてかなきゃいけないし・・・
うーん・・・どうしよ。
そんな事を考えていたら、
「待って、かもめ・・・」
すずめが声を上げる。
「私は・・・あなた達とは、一緒に行けない・・・」
震える声で、そう言った。
その声に、かもめだけが反応する。
彼女は後ろを振り返り、すずめと向かい合った。
他二人は、私の方を見て動きもしない。
「・・・雀様、それはどういう事でしょうか?」
機械であるはずの彼女が、機械らしからぬ疑問の声を上げた。
「私達は、貴女を守る、という目的のため創造されました。だからこうやって、警察に拘束されている雀様を救出しに来たのです」
手を差し伸べて、そう主張した。
「分かってる・・・けど・・・」
すずめは退かない。
何か強い意志を持って行動しているように見える。
「私は・・・」
かもめの声が、少しだけ揺れた。
「貴女無しでは・・・意味の無い存在です」
悲しい言い方。
実際、彼女達機械にとっては、悲しい真実だろう。
「・・・・・・・・・!」
その言葉に、すずめは言葉を失った。
目を伏せ、複雑な表情を浮かべている。
だけど彼女は、
「・・・それでも」
顔を上げる。
かもめの目を見てはっきりと言い切った。
「私は行けない」
はっきりと。
「・・・・・・・・・」
沈黙。
長い沈黙だった。
それをいつ、誰が破るのかと私はドキドキしていた。
無論、私がそれを破れる訳が無い。
私はチキンなのだ。
無能でヘタレで臆病者。
そして、空気のように軽い存在。
あぁ、自分で言ってて、そこまで言う事無いだろ、って思ってしまう。
それぐらい、チキン。
チキンでカスの、チンカスだ。
・・・・・・・・・
あぁ、また汚い言葉を使ってしまった。
すみません。
・・・・・・・・・
「・・・分かりました。雀様がそう仰るのであれば、従うだけです」
と、かもめが体を翻した。
こちらを向く。
その冷たい瞳で、私のことを見つめている。
「・・・何処のどなたか存じませんが、雀様の事・・・宜しくお願いします」
そう言って、歩き出した。
自分達が破壊した扉の方へと。
「・・・燕、雛・・・帰りますよ」
命令。
「はぁーい・・・」
「・・・・・・・・・」
従属。
背の高いかもめの後を追うように、二人の少女が付いて行く。
去り際、
「・・・それと」
かもめが何かを言い出した。
「雀様の身に何か起きたら・・・その時は、真っ先にあなたを殺しに行きます」
くれぐれもお忘れなきよう・・・
言い残していった。
「じゃあね・・・すずめちゃん」
ばいばい、と小さなひよこが手を振っていた。
その後姿が何とも寂しげだったよ。
「・・・・・・・・・」
無言で、柄の悪い少女が私を睨みつけている。
・・・やめてよ、マジで怖いから。
「・・・・・・ちっ」
舌打ちまでしやがった。
だが二人とも、すぐにかもめの後を追って、私の視界から消えてしまった。
三人・・・いや、三機かな。
彼女達の居なくなった面会室に、再び静寂が訪れる。
今度のは、どうしたら良いか分かんない・・・そんな沈黙。
部屋中に散らばる、扉の残骸にガラスの破片。
立ち尽くす少女に、何も出来なかった、私と少年。
・・・・・・・・・
はぁ。
本当に死ぬかと思った。