龍精根勃起丸
『 龍精根勃起丸 』
「おお、今日も旦那様のナニがはしゃいでいらっしゃる」
開口一番、お前はいつもあけすけだなあ。
それに、そんな嬉しそうな驚き方をしなくても。
体を起こし窓に目を向ける。
外の景色がうっすらと白んできている。時計を見れば、まだ朝の6時ちょっと前。
はやい
顔を部屋の中に戻す。
私の寝室だ。
十二畳ほどの部屋に簡素な調度品がいくつかあって、その真ん中にベッドが配置されている。大人でも三人は寝られるくらい、大きなサイズのベッドだ。
私はその上で就寝している。
もちろん、いつも一人で。
目の前を見る。
…もごもご
私の半身を覆った毛布が、不自然に動く。
…もごもご
不思議と嫌悪感を抱かないのは、私が寛大だからか、それとも変態だからか、それは多分誰にも分からないだろう。もちろん、この私にも分からない。
がばっと、一気に毛布をめくる。
「ひゃう」
毛布の中に、嬌声を上げてきょろきょろしている少女がいた。
十四、五歳くらいだろうか小柄な奴だ。
そんな可愛らしい年頃の女の子が私を起こしに来てくれたのか、と思うと、何か感慨深いものが無いでもない。
起こしに来たついでに、いたずら心で毛布の中に入ったとしても、私は決して怒ったりはしない。しないのだが。
こっそり布団に侵入…それだけなら朝のアクシデント、他愛も無いハプニングとして片付けても良かったのだが、如何せん状況が悪い。
下半身がスースーする。
率直に言えばそれだけだった。
もう一度、目の前の状況を確認する。
もうなんだろう、色んな人に申し訳無い気分だ。
お母さんお父さん、それにこいつの親御さん。
なんかもうスイマセン。
目の前の少女と目が合う。
ヒッと一瞬引きつった顔を見せたが、すぐに取り繕う。
少女は私の股の間。ちょこんと行儀よく正座して、にっこり微笑んだ。
「あ、あの…おはようございます、旦那様」
「…おはよう」
挨拶を交わす。
少女と私。
むき出しのナニを挟んで。
もちろん私の下半身。いやあ朝の空気は冷たくて気持ちが良いなぁ。
「あ、あのぉ…」
少女が言いよどむ。
…もじもじ
心なしか赤面。
なんだ?ここにきて恥ずかしがっているのか?
大きな黒目が泳いでいる。
でも、違った。
「…今日もご立派でございます」
深々と、お辞儀をする少女。
「ああ、快調だ」
応える。堂々と。
当たり前だ。
たとえ誰の目に触れようと、揺るがない。微動だにしない。
不動の精神。
不屈の象徴。
少女と私。
間にそびえる雄雄しき槍。
「私の名は、龍精根」
そう、その名は体を現し、体を成す。
私が私であるが故。
神が授けた唯一の称号。
「…龍精根 勃起丸だ!」
高らかに宣言する。それに合わせて再び頭を下げる少女。
ナニを囲んだ少女と私。
厳かで、神聖な空気が部屋に流れ込む。
…ああ、神様。
今日も私は、あなたのお陰でビンビンです。
ここは九州の片田舎。卯津町という何も無い所だ。
人もまばらで店も無い。あるのは何軒かの民家と、森。
いや、山かな。
その山に囲まれたこの卯津町、町・・・と呼べるかどうかも怪しいくらい寂れた所に私は屋敷を構えている。
庭の四方を木々で囲った私の屋敷。
屋敷にしては小さい方かもしれないが、私はその小ぢんまりとした造りが気に入っている。特に拘ったのは屋敷をレンガで造ることだ。その赤茶色の外装が、小さい頃に読んだお菓子の家のようで、なんとも可愛らしい。
山の朝は夏でも冷え込むと言うが、確かに今朝は寒かった。
季節も夏から秋に移ろい、山の木々が赤や黄色に染まり、華やいでいる。
私の朝はその山を眺めることから始まるのだ。ベッドから起き、窓をあけ、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
この朝の習慣によって健全な肉体と精神を保っていると自負している。
自然に感謝だ。
ただ、今朝みたいに気分が下がることがあると、もうどうでもよくなる。
窓を開けても寒いだけだし。
はあ。
「それでは旦那様、朝食の用意が出来ましたらお呼びしますので」
それだけ言って、この屋敷の使用人は部屋から出て行った。
使用人。
そう、今朝私を辱めたのは、なんと私の使用人なのだ。
使用人、の少女、に、辱められた、いい歳の、大人。
私だ。
旦那様の体調管理も仕事の内ですので、とかそういう理由があっての行動なのだろうか。
いや、まぁ、それが通るのなら私だって雇い主の責任として、
今日の調子はどうだい?
とか言って、色々してみたい。
あくまで紳士的に。あくまで大人として。あくまでこの屋敷の主として。
うん、してみたいなあ。
…まぁ、私が本当に雇い主なら、の話だ。
とっくにそうしてる。
私がそんな恣意的な行為に出ないのは、あの使用人を雇っているのは、実のところ私では無いからだ。
ちなみに、この片田舎にあるレンガ屋敷は私の所有物である。
紛れも無く、私個人の財産だ。
建てたのは、私じゃあないけれど。
遺産ってやつだ。
私がそれを受け継いで住まわせて貰っている。
ただ、なにぶん一人で生活するには大きな家なので使用人の存在は必須だった。
だがその心配は無駄骨になる。
この屋敷に住む、と決まってから私は、それなら使用人を、と思っていたのだが。
誰が用意したのか・・・
この屋敷には元から使用人が居た。
いや、いつから居たのかは知らない。
ただ、今からおよそ5年前、私がこの屋敷に越してきた時には、もう居た、という話だ。
屋敷の玄関を、開けてすぐの顔合わせだった。
年端もいかない女の子が、せっせと廊下を雑巾で拭いていた光景を今でも思い出す。子供用が無かったのだろうか、だぼだぼの使用人服が汚れるのも構わず、ごしごししていた。黒髪でおかっぱの小さな顔。
大人しそうな瞳が、懸命に廊下のシミを見つめていた。
そいて気づいた。
ばっと顔を上げ、ヒッと息を吸い込む。悪戯を見つかった子供のような顔。
玄関で突っ立っていた私の顔を見上げ、
「あ、わわっ、も、申し訳ありません、すぐに片付けますっ」
手に持った雑巾をものすごい勢いでバケツに放り込み、そのままバケツを抱え廊下の奥へと走っていった。
そして十秒も経たないうちに玄関まで戻ってきた。
「はぁ・・・は、・・・ん・・・く、お、お待たせ、い・・・しました」
少女は膝に手を置き、肩で息をしていた。
御髪も崩れている。
だぼだぼの使用人服も妙に左側にズレていて、小さな肩が覗いていた。
瑞々しい白い肌だ。
乱れた呼吸、髪、衣類・・・
凝視。
不謹慎かも知れないが、私はその瞬間、出会ったばかりのこの少女に、色気、を感じてしまった。
年端もいかない、どころかまだ十にもなっていないであろう少女は、その年代では想像も出来ないほどの色気を醸し出している。
艶美。
そして、あろうことか大人の私を誘惑していた。
私はその時、何か悟りのようなものを感じたことを覚えている。
駄目だ。
駄目だ、だめだ、ダメだ。
こんな幼い子が大人を誘惑するなんて、世間様になんと申し開きをしたら良いものか。この屋敷を預かる身としての、それが最初の決意だった。
「きみ・・・名前は?」
優しく、極めて優しく肩に手を置いた。
「へ・・・?あ、え~と・・・」
少女が逡巡する。
見逃さず。
私は、誇り高き一族の血脈だ。弱きを助け、強きも助ける。
少女の迷いなど手に取るように分かる。
照れているんだろう。男の人に、しかも大人に。
そんな憧憬の的のような紳士に、突然、
君の名前は?
とか言われてみなさい。
私が逆の立場だったら、緊張と興奮で失禁してしまうかもしれない。
それに、こんな何処の誰とも分からない奴に、個人情報を開示することがどれほど危険なことか。
私だって、自分の本名を易々と他人に教えたりはしない。
この子はちゃんとそれをわきまえている。
なるほど。
しっかりした、利口な子じゃないか。
もう一度少女の顔を覗き込む。
目がうるうるしている。今にも泣きそう。
薄いピンクの唇が震えていて、これまた不謹慎だが、すごく美味しそうだった。
私のことが怖いんだね。
私の心は、その瞬間、慈愛で満ち溢れた。
だいじょうぶだよ。
私は怖くないよ。
安心だよ。
だから、
お友達に・・・
そんな気持ちを込めた、愛情一番の眼差しを彼女に向けた。
「・・・ふ」
ん?
何か言ったかこいつ。
小さくてよく聞こえない。
それまで口を震わせていた少女は、そこで意を決したのか、目を瞑って、
「ふじつ・・・せろり・・・・・・です」
はきだした。
・・・・・・
え、なに。今のが名前?
「ごめん、よく聞こえなかった。もう一回いいかな」
愕然。
少女の顔が凍りついた。本当は聞こえていたが、何と言うか、まぁ確認作業だ。
というより、ただの意地悪だ。
「・・・不実せろり、です!」
強い口調で。彼女は名乗りを上げた。目を瞑ったまま、体を震わせている。
その、胸の辺りで握り締めた小さな手がなんとも愛らしい。
「変わった名前だね」
至極普通に、平常心でそう告げる。
内心爆笑。
「せろりちゃん・・・で良いのかな?・・・・・・せろり・・・可愛い名前だね」
可愛すぎるだろ。いや、可哀想すぎるだろ。
何考えているんだこいつの親御さんは。絶対に苛められるだろう。
もっとマシな名前を…とか思っていたら、
「あ、あの・・・旦那様・・・ですよね」
確認するように。上目使いで顔を覗かれる。
ああそう言えば、まだ名乗ってなかったか。確かに、この状況じゃあ私が泥棒だと言っても不思議じゃなさそうだ。
「あぁ、私が旦那様かどうかは知らないが、これからこの屋敷の主になる人間であることは確かだ」
ちなみに、私にとってこの少女はいったい何になるのだろう。
使用人?
いや、ペッ・・・娘にしたい。
「はい、でしたら、やはり旦那様でいらっしゃいますね」
そこで、初めて少女は笑顔を見せてくれた。
何と言うか、本能的に「ただいま」って気にさせてくれる笑顔だ。
私的には、そこで、ただいま~、って気分のまま終わりたかった。
挨拶はおしまい、て感じにね。
靴を脱ぎ、玄関を上がり、何処が何の部屋なのかきょろきょろしていた。
その後ろをパタパタと少女がついてくる。
「あ、ですが旦那様」
そこで彼女は、取るに足らないことでも聞くように、軽く、
「わたくし、まだ旦那様のお名前を聞いておりません。」
何処と無く、期待に満ちた目だ。
「ん、ああそうか。うっかりしてた」
平常心。
「私の名前は、龍精根・・・」
言いかけて、はっとする。
さっき、この子の名前に爆笑していた自分を思い出していた。
「・・・・・・・・・」
せろりちゃんか・・・存外良い名じゃないか。
本当にそう思う。悪い所など改めて見れば何処にも無い。
意を決する。
「・・・龍精根 勃起丸だ」
沈黙。
せろりちゃんが、ぼけーっとしている。
え?なに?今のが名前?みたいな顔。
「・・・ぼっきまる、だ」
復唱。
何故か、せろりちゃんと視線が合わない。・・・なんでだろう。
前言撤回。
私には、人の名前について笑う資格などひとつも無い。
これっぽっちも。
何考えているんだこいつの親御さん・・・は紛れも無く私の両親だ。
苛められるのも私だ。
事実、苛められていた。
せろりはまだ帰ってこない。
後悔。
「・・・・・・・・・」
龍精根 勃起丸
おそらく、この世で最も不謹慎で、この上なく恥晒しな名前・・・なんだろうな。
光陰矢の如し。
五年という歳月は、それから瞬く間に過ぎていき、今に至る。
「どうかなさいましたか?いつになくご機嫌麗しいようで」
「ん?あぁ・・・・・・ちょっとな」
ぼーっとしていたらしい。
視線を前に戻す。
凝視。
「・・・・・・時間が経つのは、早いな」
ぼそり。
その言葉に、目の前の少女は首をかしげた。
テーブルの向かいに座った彼女が目を細めて私を見ている。
「時間?・・・そうですね、確かに」
少女は窓の外に視線を向けた。
「もう、秋ですね」
物憂げなその横顔に、あの日の面影が少しダブった。
色とりどりの落ち葉と、枯れ枝であふれ返った屋敷の庭だが、それがまた秋だなと感じさせてくれる。
私が言った、時間、とは少し違うが、確かに季節の移り変わりは、いつも早く感じてしまうものだ。
ただ、私が言ったのは季節のことじゃなくて、目の前の少女の事だ。
君のことだよ、せろりちゃん。
変わり果てた。もうそう言うほか無い。
あの日の君は何処に行ってしまったんだろうか。
私の思い出の中の君は、いったい何処に行ったんだ。
少女を見つめる。上から下まで。
あの艶やかだった黒髪は、今、金色に輝いている。ていうか、もう目に痛い。
可愛らしかったおかっぱも、今や見る影もなく伸ばし放題。
前髪は一応整えてはいるが、後ろ髪はもはや無法地帯だな。腰の辺りまで伸びているんじゃないだろうか。
髪の事については、それだけなら大人の階段を上がる最中に何かあった、で片付けてもいい。別に、黒髪が好きな訳でもない。金髪でもいい。
初めて会ってから五年。くらいか。
人は変わるものだ。
それが女の子なら尚のこと。変わらない方がおかしい。
昔は大きすぎた使用人服も、今ではちゃんと様になっているし、言葉遣いにも落ち着きが窺える。ちゃんと成長しているのだ。
特に最近では、胸の発育が著しい。
いや、そうじゃない。
そこではない。
私が一番気に病んでるのは、そんな所じゃないのだ。
この子が変わったと言うのであれば、それは外見ではなく、今朝のような行動であろう。
興味本位。
で、人さまの恥部を見て良いものだろうか。
こいつに言わせてみれば、体調管理です、とか言うのだろうが。
それに、その体調管理とやらが日常的に繰り返されている事実も、私は明言しなければならない。
風呂で、トイレで、は当たり前。
あろうことか仕事中も、食事中にも、その体調管理が行われている。
これは単なるセクハラじゃないのか。と、最近になってようやく、事の重大さに気付き始めた。
大体、その理屈が通るのなら、そこらじゅう性犯罪者だらけだ。
色んなことに興味津々な中学生とか、もう、みんな性犯罪者だよ。
ちなみに、せろり、お前も性犯罪者だ。いつか自覚してくれ。
思い出の中の君は、いつも一生懸命で、ひたむきで、素直な良い子だったじゃないか。それが、どう間違えば性犯罪者になるんだ。
私はこの社会を根底から矯正する。小さな決意をした。
「・・・それより、旦那様。いつまで私を見ているのでしょうか。早く召し上がらないと、朝食が冷めてしまいます」
「あ、ああ・・・」
そういえば、そうだった。飯だ。
無意味な決意をしたような気がするが。まぁ、それも小さき事。
テーブルの上の朝食が、美味そうな湯気を上げている。
今は、この至福の時を享受しようではないか。
「いただきます」
せろりはもう食べ終えたのか、私の顔をじっと見ている。
「うん、うまいな」
「光栄です」
「で、今日の仕事は?」
食いながら、訊く。
「・・・午後に、一件だけ」
「・・・・・・・」
沈黙。
「・・・そうか」
じゃあ、今日は久々の仕事になるな。
一ヶ月ぶり・・・くらいになるか。ここ一ヶ月は、「仕事は?」、「ありません」の繰り返しだったからな。
今日は久々に、真面目に働くとしよう。