あなたの傍に
ドキドキキュンキュンを目指して見ました。
文章力はないですが…見てやってください。
「なぁ、綾。今日一緒に帰らねぇ?」
…知ってたよ。そろそろだってことは。
何年もあんたとずっと一緒にいるんだから。
あなたの傍に
「また?」
「なんだよ、その『また』って。一緒に帰るだけだろ?」
「何言ってんの。あんたは、帰るってことについてくるおまけがほしいだけなくせに。…今度は、誰?ま、だいたい想像はできてるけどね」
「あの…ここでは、話しにくいので、歩きながら話してもらえませんかねぇ?」
私は、その言葉に、自分たちがまだ学校にいることを思い出した。
ぐるっと見渡しただけでも、結構な人が残っている。部活がさっき終わったばかりだから仕方ない。
バスケ部の先輩たちがニヤニヤした顔でこっちを見ている。先輩たちのニヤケ顔に気付かぬ振りをして、「さようなら」と告げ、武の背を押して、学校を出た。
武は、学校を出るとすぐに、意気揚々と話してくる。そんな武の顔を見て、私は、気づかれないように小さくため息をついた。
私と武は幼馴染だ。家が隣で親同士も仲がいい。今でも夕食をどちらかの家で一緒に食べることも多い。赤ちゃんの頃から、高校2年生になった今でも変わらず私は武の隣にいる。
一緒にいるのが、「当たり前」だった。好きなお笑い芸人も一緒だし、好きなドラマも一緒。2人ともバスケが好きで、小学校の頃から、部活はバスケ。女子バスケも男子バスケも同じくらいの時間に終わるから、一緒に帰ることもよくあること。でも、それはたまたま会ったから、「どうせなら、一緒に帰る?」という感じというだけで、申し合わせて一緒に帰るなんてことはあまりない。
だから、今日みたいに「一緒に帰ろう」と言われるのは稀だ。稀と言っても、3カ月に一回くらいのペースであるんだけど。 武の「一緒に帰ろう」には、裏がある。「恋の相談に乗って」という裏が。
武はもてる方だと思う。顔も格好いいし、運動神経もいい。勉強の方は、いつも赤点ギリギリだけど。それでも、性格はやさしいからやっぱり、もてると思う。
でも、鈍感だ。付き合っても、相手の気持ちを読み取るなんてことができないから、簡単に相手の機嫌を損ねてしまう。そして、彼女より友人を優先してしまう。しかも、その友人が私の時も多々あるから、彼女は怒ってしまうのだ。彼女より女友達をしかも、幼馴染の私を優先されたら嫌だろう。私なら嫌だ。
そもそも、藤倉綾という私の存在自体を警戒している彼女の前で、「今日は、綾と用事があるから」なんて、良く言えるなと思う。せっかく私が、「私はいいよ」と遠慮しても、「は?なんで」という始末。
彼女可哀想だ。そう思う。それは本当の気持ち。けれど、その反面、彼女より優先されたことが嬉しくて、笑顔になる。それも本当で、だから最低だっていつも思う。
武が好きだ。いつから?とか、なんで?とか聞かれてもわからない。気付けば、大好きだった。でも、いつも武には好きな人がいた。そして、私はいつも相談相手だ。
武が好きになるのは、ロングヘアーのやさしい感じの子。でも、無口と言うわけではない。話していない時は気付かないけど、一緒に話すと、楽しいタイプ。
ショートヘアーで、部活に燃えて、「恋」なんて知らないんじゃないか?とか友だちにからかわれるような私とは正反対の子ばかり。
だからね、言わないの。「好き」って。だって、怖いんだ。面と向かって、「ごめん」と言われるのが怖い。好きでいることも許されないのが一番怖いから。
「…んで…なんだよ……聞いてる?綾」
気付けば、武の顔が目の前にあった。覗き込んで、私を見ている。近すぎて、顔が赤くなる。 顔の赤さを気付かれないように、視線を逸らした。
「ごめん。聞いてなかった」
「…って、聞いてなかったのかよ」
「ごめん、ごめん。でも、どうせ、加奈ちゃんの話でしょ?」
「加奈」は、今回の武の想い人の名。「加奈」という言葉が出てきただけで、真っ赤になる武は可愛くて、憎らしかった。
「…伊藤さんってさ、付き合ってる人とかいるのかな?綾、結構仲いいだろう?」
「仲いいって言って…同じクラスなだけだよ?……でも、付き合ってる人いないって言ってた気がする」
「本当か?」
そう言って、武がガッツポーズをする。きっと、ここで「告白しちゃいなよ」と言えば、単純な武のことだから、「してみるよ」と言うんだと思う。けれど、私は言わない。
武の視線を追っていくと、いつもその先いる加奈ちゃんがいる。そして、その視線も、武に向かっていることを知っている。けれど私は背を押さない。そんな自分がとても卑怯な気がする。そんな自分が嫌になる。
「ねぇ、今日の相談はそれで終了?」
「ああ。色々聞いてもらって助かったよ」
「…じゃあさ、ここから別行動にしてもいい?」
「なんで?どうせ、ほぼ同じ所に帰るんだから、一緒に帰ろうよ」
「買いたいものがあるんだ」
「別に、買い物に付き合ってもいいよ?」
「え~ランジェリーショップに行くんだけど」
私は、笑いを含んだ声で言った。武の顔が赤く染まる。
「な、…そう言うことは先に言えよな」
「だから、別行動にしようってはじめから言ってたじゃん」
「それは、そうだけど…」
「ほら、話すことがないなら、ここでバイバイ」
「ああ。…あんまり遅くなるなよ?」
「はいはい。子どもじゃないんだから、大丈夫です」
「子どもじゃないから、危ないんだろ?」
武のその言葉に、私は一瞬言葉を失った。「女」扱いされたことが、嬉しくて。けれど、すぐにもとの調子に戻す。
「大丈夫だよ。ほら、さっさと帰る」
「わかったよ。じゃあ、また明日な」
「バイバイ」
武の姿が見えなくなると、私は、盛大なため息をついた。好きな人の恋の相談なんて。それも、1回や2回のことではない。武とずっと一緒にいる上、武が1人の人と続かないせいで、何回も武の相談を受けている。「もうそろそろ来るな」ということがわかるくらい。そのたびに、落ち込んでいる。
「馬鹿みたい」
「本当だな」
独り言だったはずの言葉に、誰かの声がかけられた。聞き覚えのある声。私は勢いよく後ろを振り返る。
そこにいたのは、長身の男。私の天敵、岡田智輝。高校1年、2年とも同じクラスであり、バスケ部という共通点のあるこの男は、私が武を好きなことを知っている。親友の明美ちゃんにしか話してないはずなに、なぜ、こいつが知っているのかわからないが、こいつはそれをネタに脅してくる。ノートを見せろ、日直の仕事を代わりにやれだとか。最近では、私とこいつがなぜが「仲がいい」と勘違いされ、一部の岡田智輝ファンから、軽い嫌がらせも続出している。通り過ぎる時に「ブスのくせに」とか言われるだけだけど。それでも、迷惑は迷惑だから、なるべく関わらないようにしたいのに、なぜかこいつはちょっかいを出してくる。
「岡田……くん」
精一杯の力でにらんだのに、岡田くんは全く気にせず、次の言葉を繋いだ。
「俺も、お前のこと、馬鹿だと思うわ、綾」
「…私、あなたに下の名前で呼び捨てにされるほど、あなたと仲いいつもりないんですけど」
「でもさ、俺がいることで、『武が好き』ってばれてないじゃん。むしろ感謝してほしいね」
「…ちょっと、声に出して言わないでよ!」
「なんのこと?」
岡田くんは私に、楽しそうな顔を向けてくる。
「…だから、あんた嫌い」
「面と向かって、良く言えるな、お前」
そう言って、私の髪をくしゃくしゃにした。傷ついてはいないようだ。少し、きつく言いすぎたかなと思ったけれど、これなら、あやまらなくてもいいだろう。
「で、なんで私が、馬鹿なわけ?」
「だって、馬鹿じゃん」
「だから、なんでよ?」
「好きな奴の恋の相談なんて、惨めじゃねぇ?」
「……あんたに言われなくたって、わかってるよ」
「……」
「何?急に黙っちゃって」
「お前…なんて顔してるんだよ?」
岡田くんにそう言われて、私はやっと気付いた。目頭が熱くなっている。前が見えにくい。涙が出る直前だった。
「お前馬鹿だろう?」
心底、呆れた、とでも言いたげな岡田くんの声。それに言い返そうとしたけれど、できなかった。びっくりしすぎて。だって、岡田くんが私の顎に手をかけて、顔を持ち上げているのだ。顔が近い。あ、この人やっぱり格好いいな、となぜか冷静に思った。
顔が徐々に近づいてくる。私は思わずに目を閉じた。すると、思っていた感覚は訪れず、ただ、目のあたりをごしごしと拭かれた。
「ハンカチ持ってねぇーから」
そう言って、岡田くんは手を顎から外した。
「あれ?もしかして、キスしてほしかった?」
「な、なわけないでしょ?」
「声がどもってますけど?」
「勘違いじゃないですかね?」
「そうですか」
ニヤケた顔に腹が立ったが、泣きそうになった手前、強くも出られない。
「そう言えば、お前、これから暇?」
「え?」
「はい。暇ね。ちょっと俺に、付き合えよ」
岡田くんは私の返答も聞かず、腕を掴んで、歩き始めた。
「ちょっと!まだ暇なんて言ってないでしょ?」
「お前に決定権あると思ってるのか?」
「は?」
え?何その俺様発言?むかつく。なのに、やっぱり、力では敵わない。掴んでいる手にそれほど力が入っているようには思えないのに、振りほどけなかった。
そして、腕を引っ張られて、連れてこられた場所は。
「ゲーセン?」
「そ」
「なんで、ゲーセン?」
私は首を横に傾げる。しかし、岡田くんは、そのまま手を引っ張って、どんどん中に入って行った。
「これ持て」
「はい?」
渡されたのは、銃の形をしたゲーム機械。ああ、あれだ。ゾンビとか出てきて、それをどんどん倒していく奴だ、と私の頭の冷静な部分が分析する。けれど、どうしても、私の頭の中は?マークでいっぱいだ。
「金入れたから、始まるぞ」
「ちょっ!…どうしたらいいわけ?やったことないっつーの」
「敵を撃てばいいだけ」
「このペダルは?何?…いつ踏むの?」
頭の中には?マークがいっぱいなのに、私はこの状況を楽しもうとしている。
そんな自分に驚いた。
「楽しむ気、満々じゃん」
「うっさい!…いいから、やり方教えてよ。私、負けず嫌いなの」
「ペダルなんか気にしなくても、何とかなるって。ほら、敵で出るぞ?」
私は、岡田くんの言葉に頷き、目の前の大きな画面を見た。敵に合わせて、引き金を引く。目の前の敵が倒れた。
「お、結構上手いじゃん」
私がゲームをしているのを傍観している岡田くんに何か一言言ってやろうと思ったけれど、次々出てくる敵に、岡田くんどころじゃなくなっていた。
「はい。ゲームオーバー。でも、楽しかっただろ?」
笑いかける岡田くんの顔は、いつものからかってくる顔ではなくて、少しだけ、ドキッとした。
「うん…まあ」
「んじゃ、次な」
「はい?」
私の手は、再び、岡田くんの手に繋がれる。レースゲーム、バスケのゲーム、格闘ゲーム…。色々なものに、連れてかれた。しかも、もちろん、全部負けた。けれど、なんだか、楽しかった。武のことを、忘れるくらい。もしかしたら、泣きそうになっていた私を元気づけるためにここに連れてきたのかな、と少しだけ自分に都合よく理解した。こいつ、悪い奴じゃないのかも、と。
十分に楽しんだあと、私たちは、ゲームセンターを出た。そのまま帰路につく。でも、岡田くんの家は、私の家と反対方向のはずだ。何も言わないけれど、家まで送ってくれるらしい。
「もうここが私の家だから。なんか…いろいろごめんね。…ありがとう」
「勝手に連れまわされておいて、お礼言っちゃうなんて、お前、M?」
「な!」
むかつくのか、恥ずかしいのか、はたまた両方が原因か定かではないが、私は顔に熱が帯びたのを感じた。
「…もういい。じゃあね。バイバイ」
「おい」
家に入ろうとしていた私の後ろから、声がかかる。
「何?」
「これ」
そう言って岡田くんに渡されたのは、手の平サイズのクマの人形。
「…」
「やる」
「くれるの?」
「だから、やるって言ってるだろう?」
「ありがとう」
「これでよかったよな?」
「え?」
「さっき、可愛いとか言ってただろ?」
そう言えば、ユーホ―キャッチャーの前を通った時、言った気がする。でも、小さい声で言っただけだ。ただの独り言。なのに、何で気付いてくれたの。しかも、気付かないうちに捕ってるなんて。この人が、好かれる理由がわかった気がした。
「おい、どうなんだよ?」
「あ…うん。これ。…ありがとう」
「別に。たまたま捕っただけだし」
「私が、可愛いって言ったやつわざわざ捕ってくれたくせに」
「な!…そういうわけじゃねぇよ」
「あ、赤くなってる。岡田くんも、可愛い所あるんだね」
「そんなんじゃねぇって言ってんだろ」
そう言うと、岡田くんは強引に私の腕を引っ張った。私は、岡田くんの胸に寄りかかる形になる。 耳を澄ますと、心臓の鼓動が聞こえた。
「ってか、何してんの?」
「この俺をからかった罰だ」
「はい?」
「つーかさ、お前、俺から、ただで物もらえると思ってるのか?」
「お金払えって?」
「金なんかいらねーよ」
次の瞬間、唇に何かが当たった。それが岡田くんの唇だと気付いたのは、岡田くんの顔がゆっくり離れていくのを見た時。
「これで、十分」
「…」
「んじゃ、また明日な」
「…って!ちょっと!い、意味が分かんないんだけど?からかうにしては、…度が過ぎてるよ」
「は?お前マジで言ってんの?」
「な、何が?」
「からかってねぇよ」
「え?」
「お前が好きだ。だから、キスした。ま、せいぜい俺のことだけ考えて寝な」
そう言って、岡田くんは軽く手を振り、背を向けて去っていく。今の流れでのキスをからかい以外で受け止める方が無理でしょう?このセリフさえ言わせてもらえずに。
人並みにファーストキスの理想はあったつもりだ。それなのに、付き合っているわけでもない人に、奪われるなんて。そもそも、岡田くんが私を好き、なんて。明日から、どういう顔をして会えばいいんだろう。
私は、そんな風に一晩中、本当に一晩中考えたのに。
「おはよう、藤倉」
教室に入ると、そんな風に簡単に岡田くんは私に接してきた。昨日は何もなかったような顔をして。
「…」
私はそれにむかついて、鞄を勢いよく机に叩きつける。
バンッ。大きな音が鳴った。周りが何事かと私を見てくる。けれど、どうでもよかった。私は、そのままクラスを出た。なんだか、いらないことを口走りそうだったから。今は岡田くんと同じ空間にはいたくない。
それなのに。
「何怒ってんだよ?」
そう言いながら、岡田くんが私を追ってくる。むかついたから、何も応えずそのまま速足で歩いた。屋上に向かう。朝の屋上には、誰も居ずに、私たちだけだった。
「だから、何怒ってんだ?お前」
「…昨日、キスしといて、よくそんなに普通に話しかけられるね」
皮肉たっぷりに言ってやる。けれど、岡田くんは私の言葉に笑みを浮かべた。
「な、何?」
「キスしたこと、じゃないんだ?」
「え?」
「キスしたことじゃなくて、今日の態度にむかついてんだな、お前」
「…」
「沈黙は肯定とみなす」
「……」
「へぇ~、俺に惚れちゃった?」
「な、なわけないでしょ?…って、近いよ!」
気付けば、岡田くんが私の顔のすぐ近くにある。その距離は十数センチ。思わす昨日のキスを思い出した。
「あれ?赤くなってますよ、綾ちゃん」
「そ、そんなこと…」
「なぁ、俺、今、力入れてねぇよ?」
「え?」
「お前が押したら、簡単に距離を取れる」
「何が、言いたいの?」
「嫌なら、抵抗しろ」
そう言って、岡田くんは私の顎を持ち上げた。
「5秒待ってやる」
「…」
「1」
「…」
「2」
「…」
「3」
「…」
「4」
「…」
私と、岡田くんが重なった。
「今回は、文句言えないな」
笑みを含んだ声が上から降ってくる。そして、岡田くんは私を置いて、1人教室に帰って行った。
「綾?」
聞き覚えのある声に、私は顔を上げる。
「…授業、終わったよ?」
目の前にいたのは、親友の明美ちゃんだった。私は、セカンドキスのあと、どうにか教室に戻ってきたらしい。授業を受けた記憶は全くないが、もう、放課後だった。
「どうしたの?」
心配そうに私を見つめる明美ちゃんに私はここ数日間に起きたことを洗いざらい話した。
「なんか、格好いいね」
「他人事だと思って」
「だって、他人事だもん」
「そりゃ、そうだけどさ」
「なんて、嘘だよ。…けどさ、綾の気持ちはもう決まってるんじゃないの?」
「え?」
「だって、岡田くんを受け入れたんでしょ?」
「で、でもさ…私、昨日まで武のこと好きだったんだよ?それなのに、キスしたからって気持ちが動くなんて…」
「キスだけじゃないんじゃないかな?」
「え?」
「岡田くんと言い争ってる綾は、いつも楽しそうだったし、それに、岡田くんになら、気を使ってなかったじゃん」
「…ま、一緒にいて、楽は楽かも」
「『好き』って時間じゃないし、見えないものでしょ?…武くんを知らない間に好きになってたように、岡田くんも知らない間に好きになってたんじゃないの?それが、昨日のことで表面化しただけじゃない?」
「でも、武への気持ちは?2人とも好きだったってこと?」
「その辺は綾の気持ちだからわかんないけどさ。でも、岡田くんと一緒にいる時の綾は、本気で笑っている気がする」
「…武といる時は?」
「無理してる」
「…」
「ま、じっくり考えてみなよ。私は、綾がどっちを選んでも、綾の味方だから」
「…うん。ありがとう」
明美ちゃんに話したことで、私は少しだけ落ち着くことができた。
まだ、自分の気持ちに整理が付いていないから、岡田くんに返事をできないでいるけど、それでも岡田くんは何も言わなかった。
以前と変わらず接してくれる。
けれど、少しだけ変わった。
岡田くんが、色んな女の子たちと一緒にいなくなったこと。私を「綾」と呼び捨てするようになったこと。それから私がその2つを少し嬉しいと思ったこと。
しかも、岡田くんファンからのいやがらせもなくなった。
岡田くんは私を呼び捨てにするし、最近では私たちが付き合っているという噂まで流れていて、私はいやがらせがもっとひどくなることを予想していたのに。
私は、都合のいい想像かもしれないけれど、岡田くんが私のために動いてくれたんだって思っている。
そして、そのまま、一週間が過ぎた。
一週間、私はずっと考えていた。
自分のこと。
武のこと。
岡田くんのこと。
今までにない位、頭を働かせた。
そして、今日、岡田くんに返事をしようと思っている。
今のままの関係は、とても居心地がいいけれど、それは私のエゴだと思うから。
「岡田くん」
私は、帰りのホームルームを終え、鞄の整理をしている岡田くんの席に近づいた。
「ん?」
「あの…さ。きょ、今日、…話があるから…。部活のあと、一緒に帰らない?」
「…わかった。じゃあ、部室の前な」
「…なんか、あそこだと先輩にからかわれそうだから、昇降口でもいい?」
「了解」
「ありがとう」
私は、そう告げると、そのまま一緒に部活に向かった。
顔が熱い。
「一緒に帰ろう」というのが、こんなに緊張することだと、初めて知った。
早く、汗と一緒にこの変な気持ちまで流してしまえればいい。そう思い、私は、体育館までの足を速めた。
しかし、
「綾」
その声に止められる。
「…武」
「あ、あのさ。…綾って、智輝と付き合ってるのか?」
「え?」
「さっき、教室で一緒に帰る約束してただろ?」
「あ、…うん」
「…で、付き合ってるのか?」
「えっと…」
私は返答に困った。
好きだと言われたけれど、まだ返事をしていない。
しかも、それを武に聞かれるのはやっぱり、つらかったから。
「…あいつ、もてるぞ」
「……そ、うだね」
「今まで俺が知ってるだけでも、数人と付き合ってる」
「…武、同じ部活だから、結構仲良かったもんね。色々知ってるんだね」
「あいつは、やめとけよ」
私は、一瞬固まった。
武の言葉が、「幼馴染を想って」言っている言葉ではない気がしたから。
「武…なんか変だよ?…それに、岡田くんは、やさしい人だから、武が心配するようなことはないと思う」
「綾、智輝が好きなのか?」
「…よく、わからない」
私は本音を言った。
一週間、ずっと考えていたけれど、結局出た答えは、「わからない」だった。
でも、
「でもね、…一緒にいてほしいとは思う」
その言葉に、武は一瞬目を大きくした。
私を勢いよく壁に押し付ける。顔の横には、武の両腕。
「ちょっと!」
頭を打った私は、文句を言おうと顔を上げた。
目の前には、武の顔。
そう言えば、岡田くんとキスした時も、こんなに近かったな、と場違いな感想が頭の中を流れた。
「…智輝がいいのか?」
「え?」
「俺より、智輝がいいのか?」
武の言葉に、私の身体は熱くなる。
喜びや照れ、などではなく、怒りで。
「何、それ?…武には、加奈ちゃんがいるじゃん。加奈ちゃんが好きなんでしょ?…私が、ずっと武の隣にいたから、武、武って言ってたから、それがなくなるのが嫌なだけでしょ?…そんな理由で『俺より』なんて、言わないでよ!!」
私は、全力で武の身体を押した。
けれど、所詮は男と女の力の差。
「…どいてよ!こんなところ、見られたら、加奈ちゃんに誤解されるよ」
「誤解されたくないのは、智輝に、だろ?」
「何言ってんの?」
「…俺さ、綾と智輝が仲良くなるの見てて、面白くなかった。友だちとられるとかそんな子どもっぽい理由なんかじゃなくて、綾が俺から、離れていく気がして怖かった。…だって、綾は、いつだって俺を見ててくれただろ?それが友だちとしてでも、俺は嬉しかった。綾の視線の先に、いられること」
「…」
「けど、最近の綾の視線の先にいるのは俺じゃなく、智輝だよね?…俺、それ見て、嫉妬したよ。それで、気付いた。…俺、綾が好きだ」
「え?」
私は、自然に下に言っていた視線を武に戻した。
武の顔がほんのり赤くなっている。
そして、きっと、私の顔も赤い。
「な、何?今更。…というか、加奈ちゃんは?」
声が上擦った。けれど、そんなこと、気にしてはいられない。
「たぶん、憧れだったんだと思う。伊藤さんが他の男子と話してても、嫉妬しなかったし。いいな、とは思ったけど」
「…勝手な事、…今更、勝手な事言わないでよ!!」
「いいじゃん。遅くねぇだろ?」
聞き覚えのある声が、耳に入ってくる。
声がした方を向けば、岡田くんが立っていた。
「岡田…くん?」
「智輝」
「武、俺たち付き合ってねぇよ。…それに、こいつお前のこと好きだし」
そう言って、私の方を指さす岡田くんが、なんだかすごく遠くに感じた。
「え?本当か?」
武が顔を覗き込んでくる。
「じゃあ、あとは2人でごゆっくり。部長には、ごまかしといてやるから。…あ、藤倉。今日、一緒に帰るのなしでいいよな?話、終わったし」
岡田くんはそれだけ言い残し、私の返事を聞かないまま、廊下の角を曲がった。
姿が見えなくなる。
「あ、綾?どうした?」
「え?何…?あ、あれ?どうしたんだろう?」
気が付けば、私の目から、涙が流れていた。
何回拭っても、止まらない。
「どうしたんだよ、急に?」
「…藤倉になってたね」
「え?」
「岡田くん、『綾』じゃなくて、『藤倉』になってた」
「綾…?」
「…武、私ね。武のこと、大好きだったよ。ずっと昔から。…だからね、武の恋愛相談受けるのとか、本当はとってもつらかったの」
「…過去形なんだな」
「武が傍にいないことには、慣れちゃったよ。…でも、岡田くんは、傍にいなきゃいやなの。岡田くんが他の誰かを選ぶの、いやなの」
「…ねぇ、綾?」
「ん?」
「俺がさ、もっと早くに、綾のこと好きだって気付いてたら、…綾は俺の傍にいてくれたかな?」
「…これからも、いるよ。友だちとして、幼馴染として」
「…そっか」
「うん」
「いいよ。行って…強引な真似してごめん」
そう言うと、武は、私の顔の横に合った腕を外した。そしてそっと、背中を押す。
私はその反動で数歩前に進み、ゆっくりと振り返った。
笑っている武がいる。
私が大好きな、笑顔だった。
「悔しいけど、智輝に負けたみたい。でも、…あいつに言っておいて。綾を泣かせたら、俺が奪うからって」
「…うん。ありがとう」
私は、そう告げると、全速力で走った。
試合の最中でもこんなスピード出したことないんじゃないかって思えるくらいの速さ。
そして、1人の背中を見つける。
届きそうもない大きな背中。
けれど、私は、その背中に思いっきり飛びついた。
「な、何すんだ、てめぇ!」
勢いに負けて前のめりになった岡田くんが振り返り怒鳴る。
「何すんだ!はこっちの方だけど」
私は、岡田くんの背中から離れ、前に回った。
岡田くんの目を真っ直ぐ見つめる。
「…綾?」
「さっきの何?何勝手に話しに入ってきちゃってんの?」
「…よかったな。武に告白されて。やっと長年の願いが叶うな」
「私の願い、勝手に決め付けないでよ」
「は?何言ってんだよ?お前の好きな奴は、武だろ?」
「そうだよ。私は武が好きだよ」
「…そうかよ」
岡田くんは、少しだけ顔を伏せ、また歩き出した。
廊下の真ん中に立つ、私の横を通り過ぎていく。
「でも!」
「…」
「でも、一緒にいてほしいのは。これから先、一緒にいたいのは、岡田くんだから。…一緒に帰ったり、デートしたり、キスしたいって思うのは、岡田くんだけだから!!」
何と言ったらいいか、わからなかった。
自分がとってもずるい気がしたから。
けれど、嘘は言っていない。
「ほしい」と思うのは、岡田くんだけ。
私は、そのままうつむいていた。
突然、腕を掴まれる。
温かい温度が伝わってきた。岡田くんの胸の中に、私がいる。
「お前さ、…なんで素直に『好き』って言えねぇの?」
少しだけ、からかう口調で岡田くんが言った。
「…好き」
「ああ」
「好き」
「…わかったから」
「私は、岡田くんが好き」
「…」
「す…」
その後の言葉は続かなかった。
岡田くんが私の唇を塞いだから。
「何回も言ってんじゃねぇ」
「岡田くんは?」
「は?」
「岡田くんは、私のこと好き?」
「…智輝」
「え?」
「智輝って呼んだら、教えてやるよ」
そう言って、もう一度岡田くんが私にキスをする。
さっきよりも深いキス。
それから、岡田くんの呼び方が「智輝」に変わり、私への気持ちを聞き出したのは、言うまでもない。
何かありましたら、コメントや評価をしていただけると光栄です。
春樹亮は、他にも作品を書いております。
気に入っていただけた方は、そちらの方も、読んでみてください。