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嫌よ嫌よも嫌なんです…不味いんです…  作者: 双鶴


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8話

料理教室の扉を開けると、香ばしい匂いが漂ってきた。智幸は少し緊張した面持ちで、美寿紀と並んで中に入った。蕎麦打ち教室とは違い、ここでは家庭料理や居酒屋風の肴、丼モノなどを学ぶ。講師は明るい女性で、「今日は親子丼から始めましょう」と声をかけた。


智幸は包丁を握り、鶏肉を切る。美寿紀は卵を割り、出汁を合わせる。二人で並んで作業するのは初めてだった。智幸は「出汁はこうやって火を止めてから入れるんだな」と呟き、美寿紀は「卵は半熟がいいんだよ」と笑う。互いに教え合いながら、親子丼が形になっていく。


試食すると、ふわりとした卵に鶏肉の旨味が染み込み、出汁の香りが広がった。智幸は思わず「うまい」と声を漏らした。美寿紀も「これならお店で出せるね」と嬉しそうに頷いた。二人の笑顔が重なり、教室の空気が温かく満ちていった。


翌週は天ぷら、さらに次の週は酒の肴になる小鉢料理。揚げ油の温度に苦戦し、衣が厚すぎて笑い合う。小鉢では味付けが濃すぎて講師に「居酒屋ならいいけど蕎麦屋にはちょっと」と指摘される。それでも二人で並んで学ぶ時間は楽しく、智幸にとっては蕎麦打ち教室とは違う温かさがあった。


一方で、智幸は蕎麦打ち教室も続けていた。休日の午前は蕎麦、午後は料理。粉にまみれ、包丁を握り、出汁を試す。学ぶことは山ほどある。だが、少しずつ「継ぐ」という言葉が現実味を帯びてきた。蕎麦の生地がまとまり、麺が細く切れるようになった時の達成感。料理教室で美寿紀と並んで笑う時間。その両方が、智幸の心を支えていた。


ある日の料理教室では、出汁巻き卵を作った。智幸は巻き方に苦戦し、形が崩れてしまった。美寿紀は「ほら、もっと手早く!」と笑いながら助け舟を出す。二人で何度も挑戦し、ようやく形になった卵焼きを切り分けると、断面からふんわりと湯気が立ち上った。講師は「上出来ですよ」と微笑み、二人は顔を見合わせて笑った。


練習を重ねるうちに、智幸は「料理を学ぶことは蕎麦を学ぶことにもつながる」と感じ始めていた。出汁の扱い方、火加減、素材の生かし方。蕎麦打ち教室で学ぶ技術とは違うが、根底には同じ「味を整える」感覚がある。料理教室での経験が、蕎麦への理解を広げているように思えた。


夜、二人で帰り道を歩きながら、美寿紀が言った。

「智幸、私ね、料理教室に通うのが楽しいの。お店のためっていうより、あなたと一緒に学べるのが嬉しい」


智幸は足を止めた。街灯の下で彼女の笑顔が輝いていた。

「俺もだよ。蕎麦はまだ不安だけど、こうして一緒にやってると、続けられる気がする」


二人の間に静かな温もりが流れた。料理教室で学んだ味は、まだ練習の段階にすぎない。だが、確かに二人の絆を深め、未来の店に向けた小さな一歩となっていた。智幸の胸には、希望と不安が入り混じりながらも、確かな自信が芽生え始めていた。


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