表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌よ嫌よも嫌なんです…不味いんです…  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/24

7話

日曜の昼下がり、美寿紀は一人で実家の蕎麦屋に顔を出した。昼の客はひと段落した頃で、店内には常連客が二人ほど残っていた。湯気の立つ丼を前に、のんびりと箸を動かしている。


「お父さん、お母さん、聞いて!」

暖簾をくぐるなり、美寿紀は弾んだ声で切り出した。

「智幸ね、蕎麦打ち教室に通ってるの。それで、私も一緒に料理教室に行こうと思ってるの」


両親は目を丸くした。だがすぐに笑みが広がった。

「そうかい、それは嬉しいねえ」

「本気で継ぐ気があるなら、親としてはありがたいことだよ」


喜びの声が上がった。美寿紀は胸を張った。だが、父の顔が少し真剣になった。

「ただな……ウチにはウチのやり方があるんだ。長年やってきた味ってものがある。教室で習ったことをそのまま持ち込まれても困る」


母も頷いた。

「そうよ。伝統っていうのは大事だからね」


美寿紀は困ったように口をつぐんだ。せっかく明るく伝えたのに、両親の言葉には重みがあった。どう返せばいいのか分からない。


その時、店の隅で蕎麦をすすっていた常連客が口を開いた。作業着姿の中年男性だ。以前、智幸に「蕎麦はあんまりうまくねぇだろ」と言った人物だった。

「まあまあ、ご主人。どっちにしろ基礎は必要だよ。まだすぐに継ぐわけじゃないんだし、ここは二人の思った通りにさせてやったらどうだ」


父は驚いたように常連を見た。男は続けた。

「俺たち常連は、この店を支えたいと思って通ってる。だからこそ、若い二人が本気で学ぼうとしてるなら応援したいんだ。伝統は大事だが、基礎を知らなきゃ守れないだろ?」


母は少し考え込み、やがて頷いた。

「そうね……基礎を学ぶのは悪いことじゃないわね」

父もため息をつき、肩をすくめた。

「わかった。好きにやってみなさい。ただし、ウチの味を忘れないことだ」


美寿紀はほっとしたように笑った。常連客の一言が場を丸く収めてくれたのだ。


その夜、美寿紀は智幸に報告した。彼女は嬉しそうに話したが、智幸の胸には複雑な思いが広がった。

「ウチにはウチのやり方がある」――その言葉が重く響いた。伝統を守ることの難しさ。新しいことを学びながら、古い味をどう受け継ぐのか。自分にできるのか。


「必ずやり遂げる」


そう決意を新たにした。だが同時に、先行きへの不安も芽生えた。教室で学んだことと、店のやり方。その両方をどう融合させるのか。答えはまだ見えなかった。


智幸は静かに目を閉じ、心の中で未来の店の姿を思い描いた。希望と不安が入り混じったまま、次の一歩への覚悟が芽生えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ