18話
智幸の店は開店から数日が経っても、客足は伸びなかった。昼時でも空席が目立ち、通りを歩く人々は暖簾をちらりと見ても足を止めない。智幸は黙々と蕎麦を打ち続けたが、疲労と焦りが積み重なっていた。
ある夕方、美寿紀が暖簾をくぐった。エプロンを抱え、真剣な眼差しをしていた。
「今日から手伝う。放っておけない」
智幸は驚いたように顔を上げた。
「でも……君の両親が反対してる」
「わかってる。でも、私はあなたから離れたくない。店を盛り立てたい」
その言葉に、智幸の胸に温かさが広がった。二人は並んで厨房に立ち、試行錯誤を始めた。
美寿紀は接客を担当した。笑顔で客を迎え、蕎麦の説明を丁寧に添えた。智幸は蕎麦の香りを強めるために粉の配合を工夫し、麺の太さを揃える練習を重ねた。
最初の客は近所の主婦だった。美寿紀が「新しい蕎麦屋なんです。ぜひ味を見てください」と声をかけると、彼女は席についた。智幸の蕎麦をすすり、少し驚いたように言った。
「香りがいいわね。まだ荒いけど、頑張ってるのが伝わる」
その言葉に二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
翌日も、美寿紀は通りに立ち、声をかけた。少しずつ客が増え、店内に笑い声が響くようになった。智幸は厨房で汗を流し、美寿紀は客と会話を重ねた。二人の努力が、店に温かい空気を生み出していった。
夜、片付けを終えた後、美寿紀は椅子に座り、疲れた笑みを浮かべた。
「まだまだだけど、少しずつ前に進んでるね」
智幸は頷き、彼女の手を握った。
「君がいてくれるからだ。俺一人じゃ続けられなかった」
その言葉に、美寿紀の胸が熱くなった。両親の反対はまだ続いている。だが、二人で並んでいる限り、未来は少しずつ形を見せ始めていた。




