嫁入りの朝、妹が侍女として押しかけてきました
嫁入りの朝。
澄み渡る空の青さは、まるで「これからの未来は晴れ渡っている」と告げているようだった―――なんて表現できればどれほどよかったか。
フェイリス家の嫡子、セリーナ=フェイリスは青空に向かって一度だけため息を吐くと目の前の光景を見据えた。
「本日からこちらで働かせて頂きます……セリーナお嬢様の妹。
ミレイユ=フェイリスでございます」
甲高く甘ったるい声色が、屋敷の玄関ホールに響いた。
侍女服をまとい、頭を深々と下げる少女。
にこりと笑えば使用人たちが「まぁ可愛らしい」と拍手する。
愛想が良く、仕草が可愛いく、見た目も―――私と瓜二つなはずのに可愛らしい。
二つ年下の妹。
ミレイユ=フェイリス。
彼女は懇切丁寧に、この場に集まった使用人たち一人一人に挨拶をして回る。
ぴょこぴょこと、まるで小動物のようにせわしなく動き回る姿に、一体何人の人が惑わされてしまっただろうか。
私はその何度も見た光景に目を細めた。
そして最後にミレイユは私たち夫妻の前にやってきた。
「お姉さま……お久しぶりです。
そして―――お兄様」
そう呼びかけるセリーナの夫、レオンハルトへ向けられた笑みは、どこか妖艶さをまとっていた。
その様子にセリーナは眉をぴくりと動かした。その瞬間だった。
「わっ!!」
ミレイユは侍女服の裾を踏みつけ、盛大に転んだ。
きっと着慣れない服に足が追いつかなかったのだろう。
そのままレオンハルトの胸へと倒れ込み―――
「きゃっ……」
抱きしめられる形となったミレイユは瞬間勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
だが―――
「相変わらずそそっかしいわね、ミレイユ」
「……ありがとうございます。お姉さま」
レオンハルトの代わりに―――いや間に割って入る形で抱きしめたセリーナ。
セリーナが冷淡に言い放つと、一瞬だけ妹の笑みは引きつき、不機嫌そうな色が帯びる。
その表情を見抜けるのは、姉の位置いるセリーナだけだろう。
(あなたはいつも爪が甘いのよ。
ほら化けの皮が剥がれる)
彼女が侍女としてこの屋敷で働きたいと言った時から、大方の目論見に予想がついていた。
狙いは私の旦那、レオンハルト=グランツ。
いや公爵家の妻としての立場が欲しかったのだろう。
昔からそうだった。
ミレイユは私が手に入れた【モノ】を欲していた。
おもちゃも、服も、友も、両親からの愛情も。全て。
「お姉ちゃんだから」はセリーナにとって呪いの言葉だった。
その言葉を理由に、あらゆることを妥協させられ、ミレイユに奪われ続けた。
だが唯一、両親ですら妹に渡さなかったものがあった。
それは嫡子としての上流貴族への婚約だった。
今まで妹に言っていた言葉がそのまま跳ね返ってくる。
「お姉ちゃんだから」。長女として婚約するのは当然のことだった。
それがミレイユにはどうも嫌だったらしい。
侍女としてグランツ公爵家へ入り、レオンハルト様を魅了し奪い去ろうという魂胆なのだろう。
ならば話が速い。
婚姻を済ませた私は既にフェイリス家の人間ではない。
つまりはミレイユの姉ではない―――のかもしれない。
ならば「お姉ちゃんだから」という呪いの言葉に従う必要はどこにもない。
一人の女性として、夫を奪おうとする雌猫に鉄槌を与えようじゃないか。
「くっくっく」
セリーナは思わず口元を押さえて笑う。
すると隣のレオンハルトが小首を傾げる。
「えらく上機嫌だね、セリーナ」
「いえ、久しぶりに妹の顔が見られて嬉しかったのです」
「そう?でも今の顔は……悪役令嬢が村娘を痛めつける直前の顔だったよ?」
「気のせいですわ。それに立場が逆でしょう?」
本来の悪役は目の前の妹だ。
ただ少しばかり悪知恵を働かせているに過ぎない。
レオンハルトは小さく笑ってセリーナの手を取った。
「そうかい。まぁ君が悪役令嬢でも、村娘でも僕は君の味方さ。
思う存分、君のやりたいことをやるといいよ」
「ありがとうございます。
その言葉に二言がないと信じています」
「……お手柔らかに頼むよ」
私は口元に冷たい笑みを浮かべた。
――上等だ。
今度こそ、妹に思い知らせてやる。
私がフェイリス家の嫡子であり、グランツ公爵家の妻だということを。
今度こそ私の居場所を誰にも奪わせない。
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