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フリマ

作者: 通りすがり

今から20年以上も前のこと、当時真紀が住んでいた地域には都内でも有数の大きな公園があり、そこでは週末になるとフリーマーケットが開催されていた。

フリーマーケットには常に多数の出店があり、掘り出し物目当てに集まる客も多く、いつもなかなかの賑わいを見せていた。

真紀も古着などを売るために、友人里香と一緒に度々出店していた。

その日も出店していた真紀と里香は、お昼過ぎになると順番に昼食を取ることにして、真紀が先に昼食を食べに行くことになった。

真紀は公園近くのファーストフードのお店でお昼を済ませると、お腹を空かせているであろう里香と交代するために足早に自分の店がある場所に向かって歩いていた。通りすがりに他の出店しているお店の商品に何気なく視線を送る。

本が好きな真紀は、古本を出品している一店が目に止まった。待っている友人には悪いと思いながらも足を止めて、背表紙を上に並べて置いてある古本を眺める。

すると多くの並んだ古本の中から一冊の本を見つけた。

それは学生時代に好きでよく読んでいた恋愛小説だった。しかしその本は、大学進学や就職などでの幾度かの引っ越しの際にいつのまにか無くしてしまっていた。そして、その本は絶版となっているため、もう二度と手に入れることはないだろうと諦めていた。

まさかその本に、このような場所で再び出会えるとは。真紀は喜びのあまり、小躍りしたい気分だった。

さっそく店主に値段を聞くと、定価よりも安い値だったため、真紀は即断で購入を決めた。

思いもせず良い買い物ができた真紀は、里香のところへご機嫌で戻っていった。



その日の夜、真紀は自宅へ帰るとさっそくソファーに座り、カバンから昼間購入した古本を取り出し読み始めた。

以前に何度も繰り返し読んだ本だったので内容もほとんどを覚えてはいたが、懐かしさにページをめくる手が止まらない。

一気に半分くらいまで読んだとき、ふとあることが気になって、ページをめくろうとした手が止まった。

本のページとページの間になにかが挟まっていることに気づいたからだった。

それは20〜30㎝くらいの長さの白い糸のようなものだった。真紀はそれを指で摘むと目の高さに取り上げじっと見つめた。

これはなんだろう、糸にしては少しだけ硬いような気がする。そうしてしばらく見ていると、突然真紀にはそれが何であるかが分かった。その瞬間に真紀は慌ててそれを手から放り出した。

これは...髪の毛だ。しかも白髪の...髪の毛。

真紀は本を売っていた店主を思い出してみた。いや、あの人は若く髪は黒かった。どうやら店主の髪の毛ではないように思える。

だがよく考えると、あの店主が売っていたからと言ってあの店主の本であったわけではないだろう。

誰のだかわからない白い髪の毛。

真紀は無性に気持ち悪さを覚え、床に落ちたその白髪をティッシュで拾って丸めるとゴミ箱に捨てた。

白髪のせいで古本自体が気持ち悪く思えてしまい、もう読む気が失せてしまった。真紀は古本を本棚の空いているスペースに差し込んで置くと、手を洗いにその場から離れた。



数日後、仕事が休みだった真紀は部屋の掃除をしていた。掃除機をかけ、掃除機の中に溜まったゴミを捨てる。その際にゴミの中に数本ではあるが、白髪が混じっているのに気づいた。

真紀は先日の古本のことを思い出した。

他にもまだ髪の毛が挟まっていて、気づかない間に落ちていたのだろうか。

古本を開いて間を確認してみると、たしかにまだ数本の白髪が挟まっていた。

真紀は古本を持ってベランダに出ると、背表紙のあたりを持って古本をバタバタと激しく左右に振る。するとパラパラと白いものが本の隙間から宙に舞った。

その後、古本を何ページかペラペラ捲って確認したが、もう何も挟まってはいない。

少しホッとした気持ちがした。ただ、気持ち悪くてこの古本を読もうという気は完全に失せていた。ただ捨てるのはもったいない、今度のフリマの時にでも売ろう。そう思い、そのままさっきまで置かれていた位置に古本を戻した。



数日後、その日も部屋の掃除をしていると白髪が何本かまた掃除機のゴミに交じっているのを見つけた。

だが今回は何かが変だと思った。

先日掃除をしたあのときに、古本の間にもう白髪が挟まっていないのは確認した。

たとえまだ古本の間に白髪が残っていたとしても、ずっと本棚に置かれたままだったから床に落ちる機会はなかったはずだ。

もしかしたらこの白髪は自分が外出した際に足の裏にくっつけて持ってきてしまったものなのかもしれない。

とても納得できる理由ではなかったが他に合理的な理由が思いつかず、とりあえずその場はそのように考えて納得するしかなかった。



だがついにその理由がわかる日がきた。

寝付きが良く一度寝たら朝まで目覚めることが滅多にない真紀だったが、その日はなぜか夜中に突然目が覚めた。

枕元に置いてある時計を見るとまだ午前3時前だった。

なぜこんな時間に目が覚めたのだろう。なにか悪い夢でも見ていたのだろうか。まだ起きるには早過ぎる時間だったので、もう一度眠りにつこうと目を閉じた。

するとその瞬間、部屋の中に微かに何かがこすれるような音がした気がした。

ハッとした真紀は、何の音だろうと耳を澄ませるが今は聞こえない。

気のせいだったかなと思っていると、今度は何かを強く擦りつけるような音がした。

音は気のせいではなく間違いなく聞こえる。真紀は音がした方にそっと目を向けると、暗がりの中に何かが動いているのが見えた。

寝起きで視点が合わなかった目が徐々に慣れてくるをだんだんとハッキリ見えてくる。それは人影のようだった。

部屋の中に自分以外の誰かがいると察知した真紀は、恐怖で身動きができなくなってしまった。

真紀は用心深い性格のため、家の鍵は常にかけた状態にしているので、閉め忘れは考えられない。

最初にどこから入ってきたのだろうと思い、そして次にはこの後はどうすればいいのだろうと考えていた。

まずはこの人影を刺激しないようにおとなしく寝たふりをしておこうと真紀は考えた。

そして寝たふりをしながら様子を伺うことにする。

するとその人影は部屋の隅の同じ場所に立ったまま、ずっと何かをしているようだった。

何をしているのだろうと、真紀はさらに目を凝らしてみる。

どうやらその人影は、本棚の前で本を手にしているようだ。そして、その人影は本を片手に持ち、食い入るように読んでいる。

たまに空いている手を頭にやり髪を激しくゴシゴシ搔きむしっている。

それを見た瞬間に真紀は思わず「あっ」と声が出てしまった。

あの白髪...もしかしたらこの人が...。

するとその声に反応して、その人影が本から顔をあげて真紀の方を向いた。

それを見た真紀は「ヒッ」とひきつったような悲鳴を上げた。

それは血の気が全くない青白く痩けた見知らぬ女の顔だった。

真紀の記憶はそこで途切れていた。



翌朝になり目覚めた真紀は、家のドアや窓の鍵をすべてを調べたがやはり開いているところはどこにもなかった。

そして本棚の前、床を見ると昨夜の女が立っていたあたりに数本の白髪が落ちているのを見つけた。

真紀は本棚から昨夜の女が読んでいた本を抜き出して開いてみた。するとそこにもやはり白髪が挟まっている。

その本とはフリーマーケットで買ってきたあの古本であった。


その日真紀はゴミと一緒にその古本を捨てた。

それ以来真紀の部屋で白髪が落ちていることはなかった。

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