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第2話幕間:火ノ森剛志、現場の声を聴く男

初投稿です。当面の間、週に3回(水、金、日)エピソード更新。

 錆びたシャッターが軋む音とともに、埃っぽい空気が流れ出した。


 「……懐かしいな」


 火ノ森剛志は、かつて勤めていた町工場の跡地に足を踏み入れた。鉄骨が剥き出しの作業場、使われなくなった機械たち。廃業から五年。風が吹くたび、壁のひび割れが軋んで鳴いた。


 「お前、こんなとこで働いてたのか?」


 後ろからついてきた桐原が、白手袋を外しながら口を開く。


 「……ああ。高校出てすぐ、ここで溶接してた。親方の目が怖くてさ、最初は手が震えて火花もまともに扱えなかったよ」


 火ノ森は、壁際に残った作業台に手を置いた。ひびの入った板の感触が、記憶の奥を揺さぶる。


 「けどな、この現場は正直だった。気温、湿度、材質、作業者の手の感覚……それら全部で、鉄の声が聞こえてきた。帳簿の数字じゃわからねぇことが、現場には詰まってんだ」


 「ふむ。まるで“資産が語りかけてくる”ような言い方だな」


 「語ってんだよ、実際。例えば、製品の数が合ってたとしても――塗装の乾きが不自然だったら、それは“昨日作ったフリ”ってことだ。数字が正しくても、匂いや温度が嘘をつくなら、それは“虚構”だ」


 桐原が微笑む。


 「それを“見抜いた”のが、ここか?」


 「……ああ」


 火ノ森はぽつりと呟いた。


 「親方の具合が悪くなって、俺が原材料の仕入と管理を任された。帳簿の数値は完璧だったが、工場の雰囲気が少しずつ変わってきた。金属の質が微妙に悪くなり、納期も遅れがちになった」


 「で、気づいたわけだ」


 「うちの材料が、いつの間にか“同業他社から横流しされた廃材”になってたってな」


 そのときの怒りと悔しさが、今も火ノ森の胸に残っている。


 「帳簿には表れなかった。見かけ上のつじつまは合ってたからな。でも現場は知ってた。機械の音、火花の散り方、匂いの変化――全部が“違う”って言ってた。だけど本社の奴らは誰も聞こうとしなかった。結果、親方は全責任を背負わされて、工場は潰れた」


 沈黙が落ちる。


 桐原がふと問いかけた。


 「それが、“感覚”を信じる理由か?」


 火ノ森は、まっすぐ頷いた。


 「あのときからだ。“数字に現れない事実”を、現場は知ってるって。だから俺は、足で見て、手で触れて、耳で聴く。資産には体温がある。それを無視して机上だけで監査するなんて、俺にはできねぇ」


 しばしの沈黙の後、桐原は口角を上げて言った。


 「─“資声感応アセット・リスニング”、伊達じゃないな」


 「おう。“勘”じゃない。“感じる”んだよ。現場ってのは、理屈より早く“語りかけてくる”。その声を無視したら、また誰かが潰れる」


 火ノ森は最後にもう一度、作業台をそっと叩いた。

 まるで、旧友に別れを告げるように。


 「……だから俺は、帳簿より現場を信じる。数字の裏にある“声”を、聞いてやる監査人でありたいんだ」

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