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94 二次会

 

 結婚パーティーが終わり、皆は二次会を楽しんでいた。

 パーティーそのものは約2時間半ほどで終わったため、空は日が傾いているけれど、夕暮れまではまだ時間がある。



「あの、ファル。明後日、旅に出るの? 聞いてなかったから、すごく驚いたんだけど」


 いつもは静かに話すユリアンが、こわばった表情でいつもと違う様子でファルに問いかけた。


 カリスもファルの話に驚いたけれど、ユリアンの普段とは違う空気を察して、成り行きを見守ることに徹した。


「ああ、皆で最初から決めてたんだ。パーティーの翌々日に発つってな。ずっと言ってなくて、申し訳ない」


 ユリアンは頭を下げるファルを横目に、ヘリックスへと視線を向けた。

 その表情には寂しさと僅かな憤りが見え隠れする。


「ヘリックスも言ってくれなかったんだね……」


「ごめんなさい、ユリアン。だけど、いつまでもここに留まるつもりは無かったし、私たちは旅の途中なのよ……」


 ヘリックスの言うことは理解できる。

 しかし、ユリアンはどこか突き放されたように感じた。

 部外者と言われたような気持ちになって、言いようのない寂しさと悲しさが込み上げてくる。



「……明後日、発つときは王城でソランと見送るから。それと、イーストゲートまでの馬車も手配するよ……イーストゲートまでは戻るよね?」


「ええ、イーストゲートまで戻って、それから、目的地に向かうわ」


「目的地は……教えてはくれないの?」


 少しの沈黙が広がった。

 そのやり取りを少し離れた席で窺っていたリーフが慌てたように近づき、声をかけた。


「それはぼくから。……目的地は、エルナス森林地帯なの」


 リーフがヘリックスとユリアンのやり取りを遮るように割って入った形だ。

 目的地を決めたのも、目的を決めたのもリーフ自身だからだ。


「エルナス森林地帯?」


「詳細は言えないけど……だけど、また会えるから」


「そっか……」


 仲間になって、友達になれたと思っていた。

 だけど、詳細は言えないと。

 ユリアンはショックが大きすぎて、動揺が隠せない。

 じっと下を向いて、こぶしをぎゅっと握っていた。



「ごめんね、ユリアン……」


 テラは迷っていた。

 こんなに良くしてくれたユリアンに隠し事をしていて、目的地へ行く理由すら話せないことに罪悪感を感じた。


 私がユリアンに正直に話す覚悟があれば、こんな思いをさせずに済んだのに……。


 カリスにも言っていないけれど、カリスは精霊と契約していない。

 けれど、この国の王子とはいえ、ユリアンはヘリックスと契約している守り人。


 旅を共にしているわけではないけれど、ヘリックスにユリアンを合わせようと動いたのは紛れもなくファルとテラだった。

 ユリアンを引き入れたのはこちら側なのに、隠し事をして、何も話さずに別れようとしている。


 仲間と思ってくれているから、ここまで色々と良くしてくれたと思うと、申し訳なさでいっぱいになった。



「ユリアン、あの、話があるから……ちょっといいかな」


 テラがユリアンに近付いて、耳元で囁いた。

 ユリアンは、テラの真剣な眼差しにハッとして、ゴクリと唾を吞み込んだ。


「わ、わかったよ、テラ」


 テラはユリアンに自身の秘密を話す覚悟を決めたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 テラはユリアンと共に、セオドア宮の中庭に足を運んだ。


「ごめんね、ユリアン。ユリアンに隠している事があって、そのせいでユリアンを傷つけてしまった。リーフが詳細を言えないと言ったのは、私が隠し事をしているからなの」


「もしかして、この前テラが怪我をしたことと関係がある?」


 テラは、言葉を選びながら、静かに続けた。


「ヘリックスとファル、リモは知っているんだけど……。私ね、不老不死なの」


「……不老……不死!?」


 何かあるだろう、とは思っていた。

 恐らく大怪我だったであろうテラの治りきった姿を見た時から、リーフとの契約がどんなものなのかと思ってはいた。

 ただ、まさかの不老不死だとは想像もしていなかった。



「そう。リーフと契約すると、不老不死になるの。私は15歳のまま、年を取らない。イーストゲートで誕生会をしてもらったけど……私は年を取っていないし、つい先日の怪我で一度死んでる。……死んでるというか……普通なら死ぬほどの怪我をしたわ。だから、普通なら死んでた。けど、不死だから……リーフの力で死ななかっただけ。今、私が生きているのは、リーフの力のおかげなの」


「そんなことが……!」


「だから、旅に出たら、もう会えないの。私は年を取らない。時間の流れの中で生きる人たちとは、同じ時間を過ごせないから」


 そう話すテラの横顔は、ユリアンの瞳に寂しそうに映った。


「それで……エルナス森林地帯へ?」


「私以外にも、年を重ねない守り人はいるのよ。だから、リーフが、そんな守り人たちが定住できるように、村を作るって。……私、とても楽しみなの。誰の目も気にせずに、ずっとずっと定住できる村。そこでは薬草を採取して、薬草茶を作って、料理もして、穏やかに、ずっと暮らせる……」


「そうなんだ……。テラ、ずっと苦しかったんだね……一人で抱え込んで……」


「一人じゃないわ。リーフがいるもの。ヘリックスも、ファルも、リモも一緒にいてくれるわ。だから、ごめんね、ユリアン……」


「いいよ。理由が分かって、それを僕に言えなかった気持ちも分かるから……。テラは、親しくなった人と二度と会えなくなると知りながら、辛い気持ちを抱えて、これからもずっと、そうやって生きて……知り合いがこの世界に誰も居なくなっても……」


 ユリアンの目から涙が溢れてきた。

 テラの計り知れない辛さを思うと、自分の抱いたショックや寂しさなど、些末なことだと感じた。


「ユリアンは本当に優しいのね。ありがとう、私のために涙を流してくれて。……だけど、ユリアンに話して少しすっきりしたわ。私、故郷の人たちにも、また会えるって嘘をついて旅に出たの。だから、ユリアンに本当の事を話せて、ちょっと嬉しいの」


 テラは、後ろめたさを感じながらも、誰にも話せなかった秘密を打ち明けられたことへの安堵から、僅かな嬉しさが混じったような複雑な表情で微笑んだ。


「僕も話が聞けて嬉しいよ。だから、また会えるよね? テラが年を取らなくても僕は知ってるから、10年後でも20年後でも、王城に遊びに来てもらって構わないよ」


「さすがに王城へは行けないわ。他の人たちが私を知ってるもの」


 テラは困ったように話した。


「それじゃ、僕が定住地へ遊びに行くよ。それならまた皆に会えるよね?」


「そうね、ぜひ、遊びに来て」


 ユリアンはふと、ヘリックスの力のことを思い出していた。

『若返りの力』


 これがあれば、年を取っても若返り、もう一度生まれ変わったように、新しい人生を送れる、と。

 そしたら僕も皆と一緒に、その定住地で暮らせるのではないか、と。


 いや、ダメだ。

 そんなことは、許されない。


 ユリアンは頭を振って、今考えてしまったことを振り払った。


「ありがとう、テラ。話してくれて。必ず、遊びに行くから」


「そうだ。カリスには言ってないんだけど……時が来たら、カリスに言っても構わないわ。ただ、今じゃないと思ってて……この先、ユリアンが遊びに来る機会があって、カリスも一緒だとしたら、その時にでも……」


「うん、わかったよ」


 二人だけの秘密の話を終えると、ユリアンとテラは二次会を楽しんでいる皆の元へ足を向けた。



 ◇ ◇ ◇



 テラとにこやかに話をしながら戻ってきたユリアンを目にしたカリスは、ユリアンが納得する話が聞けたに違いないと確信した。


 ユリアンに話しかけようとした時、ファルに先を越されてしまった。



「ユリアン、今、話せるか?」


 ユリアンが戻るのを待ち構えていたファルは、彼に声をかけた。


「いいよ、ファル」


 ファルとユリアンは大広間の隅へと移動した。


「テラから聞いたのか?」


「聞いたよ。リーフの契約、この前の怪我、それと守り人の村のこと」


 ユリアンは冷静に答えながらも、テラから聞いたばかりの事実に、まだ心がざわついていた。


「そうか。……黙ってて済まなかった」


 ファルは罪悪感からか、目を伏せて頭を下げた。


「仕方ないよ。テラのこと、勝手に話すわけにはいかないからね」


 ユリアンはファルの気持ちを思いやり、静かに話した。


「テラは俺のことを話さなかったと思うが……俺もユリアンに隠していることがあってだな……」


「もう驚かないよ。テラにも驚かされたからね!」


「そうか? じゃあ打ち明けるが……俺は不老なんだ」


「へ、へぇ……」


 ユリアンは不老という言葉にドキッとしたけれど、平静を装った。


「で、だな。俺はもう、220年ほど生きてる」


「ええっ!!」


 ファルの言葉にはさすがに驚いて、大きな声を出してしまった。


「シーッ」


「ご、ごめん……でも、ほんとに?」


「正確には222年だな。俺が22歳の時に初めてリモと契約して、不老になったんだ。150年放浪してたよ。そして一度契約解除したんだ。契約解除してから50年、俺は年を取った。72歳になったんだ。そしてヘリックスと出会い、若返った。二度目の22歳だ。その直後にリモと再契約したから、22歳のまま再び不老になった。これが今の俺なんだ」


「壮絶すぎて何を言えばいいのか分からないよ……」


 ユリアンは、ファルの壮絶な過去を思うと、言葉を失った。


「俺は、リーフが作ろうとしている『守り人と精霊が定住できる村』に希望を持っているんだ。俺とリモは長い間放浪した。どこにも定住出来なかったからな」


「不老で定住……確かに、難しいね……」


「俺には親も兄弟も、誰もいない。この世界で俺は独りぼっちだと思っていたよ。だけど、家族が出来たんだ。リモはもちろんだが、仲間は家族なんだ」


「そっか……。僕がそこに入ることは出来るのかな……」


 ユリアンは目を伏せ、寂しそうにつぶやいた。


「もう隠してる事は無いぞ? どうして話したと思う? 仲間だからに決まってるだろ?」


「!! ありがとう、ファル……」


 ファルの言葉にパッと顔を上げると、涙が零れてきた。


「おいおい、泣くなって!」


「こんなに素敵な仲間が出来て、もうお別れだなんて寂しくて……だけど、テラと約束したんだ。遊びに行くって」


「ああ、ぜひ、遊びに来てくれ! ユリアンに急かされる前に村を実現しないとだな!」


「僕に手伝えることがあるなら、手伝いたいんだ」


「ああ、その時はぜひ頼むよ」


 二人は肩を組み、ただ静かに笑い合った。


 この瞬間、ユリアンはファルたちとの間に確かに『家族』と呼べるような、温かい絆が生まれたことを実感していた。


 時間の流れの中にいるユリアンと、時間の流れの外にいる精霊たちと共に生きる仲間たち。

 年を重ねても会えると約束してくれた仲間に、新たな希望と温かさを与えてもらったことが心から嬉しかった。




「ユリアン、ちょっといいかしら?」


「カリス! どうしたの?」


「テラやファルと、どんな話をしたのかと思って……」


 カリスもまた、テラから何も言われないことを寂しく思っていた。

 けれど、テラとは友達ではあっても、仲間というわけではないと自己認識していた。

 ユリアンと自分の違い。

 それは、ユリアンはヘリックスと契約しているという点だった。



「うん、二人から色々聞いたよ。全部は話せないけど……僕は納得出来たし、これからやりたいことも出来た。はっきりと分かったんだ」


「そう。ユリアン、さっきまでとは全然違うもの。きっと、良い話をしたのね」


 カリスは少し寂しげな様子でユリアンに訊ねた。


「ごめんね、カリス。……だけど、僕は君と共にありたいと思ってる。これからも、ずっと」


「……それは……どういう?」


「そのままの意味なんだけど……これからきっと、カリスにも伝えられる日が来るから、だから、もしよかったら、僕と……僕と共に……」


「共に……?」


「……旅を、旅をしない?」


「え? 旅をしたいの? 私と?」


 突然の旅の誘いにカリスは目を丸くした。


「ぜひ! 一緒に旅を……!」


「わかんないわ……だって、ユリアン、旅になんて行けないんじゃないの?」


 しかし、カリスは現実的だった。

 イーストゲートあたりまでならいざしらず、それより遠くへなんて難しいのではと考えた。


「そこはっ、どうにかするから!」



 カリスの困惑をよそに、ユリアンの心は確信に満ちていた。

 いつか、カリスにすべてを話せる日が来る。

 そして、その旅路の先に、テラやリーフ、そして仲間たちと再び出会える未来があると信じていた。

 テラから受け取った希望、ファルと交わした友情、そしてカリスへの想い。

 そのすべてが、彼女と共に新たな道を見つけたいという、強い決意へと変わっていた。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!

次回『95 幸せな夜』更新をお楽しみに!

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