91 結婚パーティー1
ファルの部屋の窓の外には、まだ冬の寒さを残した透き通った空が広がり、柔らかな朝の光が差し込んでいた。
それは、まるで新しい季節の始まりを祝福するかのように、部屋の隅々までを優しく照らしている。
今日は待ちに待った特別な日。
それぞれが胸の高鳴りを抑えきれないまま、祝福に満ちた一日が始まる予感に満ちていた。
朝食を済ませ、しばらくすると、ファルの部屋には侍女が7人訪れた。
ファルには3人、リモには4人の侍女が付き、双方を別々の部屋へと案内する。
いよいよ、本番衣装に着替え、準備を整える時間だ。
セオドア宮専属の者だけでは人手が足りないため、今日は本城からも守り人限定で侍女や給仕らに応援に来てもらった。
恐らく、セオドア宮にユリアンが来て以来、初の大掛かりなイベントだ。
ユリアンは準備に不備がないかと昨日までに入念にチェックを済ませていた。
会場となる大広間前の通路から入り口まで、満開に咲き誇るスターチスのプランターがずらりと並べられていた。
この花は、フィオネール家の敷地でリーフが満開にしたものを運んできたものだ。
そして、大広間の中には、苗のままのプランターがぐるりと取り囲むように並べられており、これはタイミングを見計らってリーフに満開にしてもらう予定だ。
それらに混じって、土のままのプランターがあった。
これは種から成長させるために仕込んでいるものだ。
用意してあるのは赤いサルビア。
ヘリックスがファルの誕生花を知っていたため、ファルに聞く手間が省けてラッキーだった。
そして、正午半すぎ。
アフタヌーンドレスに身を包んだテラとカリス、そして、リーフとヘリックスも今日はいつもと違う装いで大広間に入った。
招待されている騎士団長ヴェルトとソランも、大広間にすでに入っている。
リーフとテラが入った瞬間、ざわっとしたのは言うまでもなかった。
それはリーフがあまりにも美しかったからで間違いはない。
「わあ! カリス、とても素敵!」
テラがカリスの所に駆け寄って、話しかけた。
「テラも深いグリーンがすごく似合ってて、いい感じね! それに、リーフとお揃いなのね! まさに恋人、いえ、婚約者って感じよ」
カリスは少し後ろでヘリックスと話しているリーフを見て、悪戯っぽく言ってみた。
「え、ええっ! もう、からかわないで」
「からかってないわよ。本当のことだもの。誰がどう見たって、そういう風にしか見えないわよ? それにしてもリーフ、カッコいいわね。あれはちょっと反則だわ。精霊がおめかしなんてしたら、人間にはとてもとても勝ち目はないわね」
そこへユリアンが颯爽と大広間に入って来た。
ユリアンが入ってきたとたん、周囲の空気が変わったのがわかった。
「みんな、準備お疲れさま。いよいよだね」
きっちりとした濃紫のジャケットに身を包んだ姿はさすがの王子様だった。
「ちょ、ユ、ユリアン……! ユリアンの服って、それなの!?」
驚きの声をあげたのはカリスだ。
「わあ! カリスったら、ユリアンとお揃いなのね! まさに恋人、いえ、婚約者って感じかな!?」
テラは、先ほどカリスに言われた言葉をそのまま返した。
カリスがどんな反応をするか、内心で少し楽しみにしながら。
「なに言ってるの、テラ! 違うわよ。たまたまよ!」
「ありがとう、カリス。ドレス、着てくれたんだね!」
ユリアンはカリスの姿に目を奪われた。
「いやっ、あの、ユリアン、これはね、侍女さんが色は気にすることないって言ってたし、あの中で一番好みだったのを選んだだけでっ!」
「カリスは優しいね。僕が選んだと聞いて、その中から選んでくれたんでしょ? 僕が選んだドレスを着てくれた、それだけで嬉しいよ。まさか同じ色になるとは思わなかったけど」
ユリアンはカリスとお揃いの衣装に満面の笑みを湛えていた。
そんなユリアンの表情に、給仕や警備の騎士、侍女たちが『彼女が殿下の想い人!』と確信を持ったのは言うまでも無かった。
「そ、そうよね! たまたま、同じ色になっちゃったのよね。仕方ないわ! 私は気にしないから、ユリアンも気にしないで! それと、大事なことを言っていなかったわ。素敵なドレスをありがとう。ユリアン」
「いいえ、どういたしまして」
「私も、リーフの分と私の分、たくさん用意してくれて、本当にありがとう、ユリアン。この通り、ふたりでお揃いで着たの。リーフは初めて服を着替えてくれたのよ」
「そうなんだ。なんだかリーフらしいね。ところでテラは、リーフと恋人になったんだよね?」
「え、えっと……リーフとそんな話はしてないよ……」
「そうなの? ヴェルトが言ってたよ? リーフとテラは恋人だって。それに、リーフはテラを幸せにするって宣言してたのは僕も聞いていたし……傍から見れば恋人なんだけどな。リーフに確かめてみたらどうかな?」
「う……機会があったら、リーフに聞いてみる……」
テラはユリアンの言葉に戸惑い、頬を染めた。
そんな会話をしていると、侍女がユリアンの元に来て『間もなくです』と告げると、ユリアンはニッコリと微笑んで頷いた。
「そろそろ主役のふたりが入場するから、みんな椅子に座ってね」
午後1時、間もなく、ファルとリモが入場する。
◇ ◇ ◇
時間は少し遡り。
準備を終えたファルが、リモを迎えるために彼女が準備をしている部屋へと訪れた。
しかし、部屋に入ったところでファルは少々待たされることになった。
「お待たせいたしました。リモ様の準備が整いました」
侍女に声をかけられ、ファルは部屋の奥へと歩を進めた。
「!!」
ファルは、息をのんだ。
そこに立っていたのは、あまりにも美しく着飾ったリモだった。
「ファラムンド、とても素敵ね! よく似合っているわ」
「い、いや、それより、リモ。すごく綺麗だ……綺麗で、とても可愛い……」
スターチスの花を思わせるような、たくさんのフリルがあしらわれたスフレピンクのドレス、淡いピンク色で大きめのリボンが付いた高めのヒールの靴。
「ふふ、ありがとう。ファラムンドもすごく素敵。カッコいいわ」
ファルの衣装は、淡いグレーのジャケットに、濃いグレーのパンツ。
ネクタイはリモのドレスと同じスフレピンクで、胸元にスターチスを模したコサージュをつけていた。
ファルはリモの手を取ると、そのまま口へと運び、軽くキスをした。
抱きしめたいと思ったけれど、せっかくの装いだし、口づけしたいと思ったけれどせっかく完璧に化粧をしているしで、しぶしぶ諦めた。
ファルが腕を曲げてリモの横に差し出すと、リモがそこに手を添える。
優しい微笑みを交わすと、ふたりは大広間に向かって歩き出した。
大広間の前の通路は満開のスターチスで埋め尽くされていた。
「こんなにたくさんのスターチスをこの時期に満開にさせるなんて、これはリーフね」
リモは、目の前に広がるスターチスへと視線を向け、感嘆の声を漏らした。
「いつもながら、リーフはすげぇな。だけど、こんなにたくさんのスターチスは初めてだよ。リモが宿るあの場所にも、ここまでたくさんのスターチスは無かったもんな」
「ふふっ。そうね。本当に、壮観ね。スターチスの花畑の中を歩いているみたいよ。あとでリーフにお礼を言わなくちゃ」
そうして、ふたりは大広間の扉の前で立ち止まった。
「ここで少しだけお待ちいただきます。扉が開いたら、そのまま進んでください。中に案内役がおります」
ファルは深呼吸した。
扉の向こうでは、皆がお祝いの為に集まっていて、たぶん笑顔で待っている。
すると、扉の向こうからしっとりとした音楽が聞こえてきた。
「ファラムンド、いよいよね」
「ああ、いよいよだ」
「お待たせいたしました。扉が開きます」
大広間の扉が、ゆっくりと開かれ始めた。
扉が開くと、大広間の華やかな様子が目に飛び込んできた。
壁一面には花柄のタペストリーが飾られ、天井からは白から様々なピンク色へと変化する柔らかなシフォンの布地が幾重にもドレープを成していた。
まるで、春霞に染まる空の下にいるかのようだ。
そして、その豪華な装飾に囲まれるように、これから咲き誇るのを待つかのように、たくさんの苗のプランターが静かに並べられていた。
フルートとリュートの調べがしっとりと大広間に響き渡る中、ファルとリモがゆっくりと歩き出した。
そして、二人の姿を捉えた瞬間、会場のあちこちから温かい拍手が沸き起こり、二人の歩みに合わせて大広間を満たしていった。
リーフやテラ、ユリアンやカリス、ヘリックス、ヴェルト、ソラン、そして給仕や警備の騎士、侍女たちまでもが、心からの笑顔で二人を迎える。
テラは、リーフと隣り合って、満面の笑みで拍手を送っていた。
その隣で、リーフは瞳を輝かせながら、ファルとリモを見つめている。
カリスとヘリックスは互いに顔を見合わせ、その美しい光景に微笑んだ。
大広間の奥、メインテーブルの前まで歩みを進め、二人は皆に向かって深々と一礼をした。
すると、拍手は一段と大きく鳴り響く。
ファルとリモは、満面の笑みで拍手を送る皆の顔を見渡した。
その祝福に、二人の目にはじわりと涙が滲んだ。
祝福に満ちたその空間で、二人の人生で最も幸せな一日が、今、始まろうとしていた。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『92 結婚パーティー2』更新をお楽しみに!
※更新は明日です!