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86 フィオネール家14 ヴェルト 前編

 

 リーフとテラが精霊界リーフ・ヴァーダンシアから戻ると、リーフは、懐かしい匂いを瞬時に感知した。


「あれ? この匂い……」


 開けたままの部屋の窓。

 外から微かに漂ってくる、知っている匂い。


「匂い?」


「ねぇ、テラ。騎士団長さんの匂いだと思うの。この血の匂い……」


「近くにいるの?」


「30年ほど前と同じ匂い……近くにいると思うよ」


「そうだわ。ゲストハウスに来た日、ユリアンに聞いたの。騎士団長さんは来週王都に戻るって言ってたのよ。ユリアンの警護をすることもあるから、その時はここに一緒に来るって」


「うん、それじゃ間違いないね。ユリアンと一緒に来てるんじゃないかな。同じ血の匂い……間違いなく、あの頃、森を何度も通っていた子ども……」


「私、1階に下りてみるわ。リーフも一緒に……」


「もちろん、一緒に行くよ」


 手を繋いだままリーフとテラは部屋を出て、中央の階段を下りて行く。


 騎士団長ヴェルトは、ゲストハウスの外に立っていた。

 テラは1階に下りると、キョロキョロとする。


「ユリアンは1階にはいないみたい……ヘリックスの部屋なのかな」


「騎士団長さんはゲストハウスの外に立ってるみたいだけど」


 リーフの言葉に、テラは玄関のほうへと足を向け、ゆっくりと玄関のドアを開けた。

 そこには騎士の服を着た男性の後ろ姿があった。


「……こんにちは」


 テラは静かな声で、後ろ姿の男性に話しかけた。

 すると、その男性はパッと振り返り、丁寧な挨拶をした。


「初めまして、こんにちは。わたくしは騎士団長のヴェルトと申します。本日はユリアン殿下の護衛で共に来ております。以後お見知りおきを」


 少しの笑みを浮かべ、それでもキリッとした目元が印象的な、30代から40代くらいの男性だった。

 テラとリーフはヴェルトの正面まで進み、立ち止まる。


「ヴェルトさん……あ、あの、私はティエラと言います。こちらは精霊のリーフです。よろしく、お願いします」


 テラはおそるおそるといった感じで挨拶を返し、軽くお辞儀をした。


「リーフ様、ティエラ様のお話は殿下から伺っております。これからも殿下と親しくお付き合いいただけますと、わたくしも嬉しく思います」


 ヴェルトはあまり視線を動かしてはいなかったけれど、テラとリーフがしっかりと手を繋いでいるのを確認していた。


 この方々が殿下が言っていたテラとリーフ。

 リーフは次期精霊王であり、この少女が契約している守り人……

 殿下からは聞いていなかったが、ふたりは恋仲だろう。


 ヴェルトは察しが良かった。


「あの、ちょっと聞きたいことがあるのですが……」


「はい、なんでしょう?」


「ヴェルトさんの出身地はどちらですか? 北のほうではないですか? 例えば、ブライトウッド……」


 その問いに、ヴェルトは驚いた。

 誰にも言っていなかった、生まれた土地の名。

 無意識に、眉がピクリと動く。


「……なぜでしょうか?」


 動揺を見せまいと、心を抑え込んで問い返した。


「いや、あの……ア……アウラという妹さんはいませんか?」


 その名前を聞いて、さらに驚いた。

 誰にも言ったことがない、30年前に生き別れた懐かしい妹の名前だった。

 ヴェルトの脳裏に、幼い妹の笑顔が鮮やかに蘇る。


「え!? 君は、アウラの……?」


 動揺しすぎて、口調が崩れてしまう。


「アウラは私の母です……」


 テラの言葉で、もはや、騎士団長の顔はどこかに行ってしまった。

 この目の前の少女が、肉親かもしれないのだ。


「!! アウラが母!?」


 ヴェルトは息をのんだ。

「君は、アウラの娘なのか!?」


「そうなんです。……伯父さんの存在をマーサおばさんから聞いて」


「マーサ! 小さい頃よく遊んでたが……そうか」


 マーサもよく覚えている。

 この少女はマーサおばさんと言ったが、確かに、もうおばさんだなと思わず笑いそうになる。


「アウラは元気にしてるのかな? 君は、見た感じだと15、6歳くらいに見えるけど……」


 妹はどうしているんだろう?

 そう思い、ヴェルトは当然の質問を投げかけた。


「母は3年半ほど前に亡くなりました。父も一緒に……不慮の事故でした」


「!! なんてことだ……。そんな早くに……!」


 アウラは亡くなっている……。

 しかも3年以上前に。

 こんなに早くに、若くして……!


 その事実に驚いたけれど、淡々と話すティエラの様子に、そこまで落ち込んではいないのかとも思った。

 しかし、ふと、目に入ったリーフと繋いだ手に、ぎゅっと力が入っているように見えて、なんとなく納得した。



「それで、君は私を探して、こんな遠く離れた王都まで……?」


「あ、いいえ。探すために旅をしているわけではないので……。ただ、たまたま、騎士団長さんが伯父さんじゃないかって、そう思ったので……」


「そうか……アウラとは私が7歳の時に生き別れて、ずっとそのままだった。今はどうしているのかなって、幸せにしているといいなって、ずっと思っていたのに……まさか、もうこの世にいないなんて……」


 子どもの頃に生き別れたとはいえ、どうしているのか、ちゃんと幸せにしているのか、それはずっと気になっていたことだった。


「ごめんなさい……あの、伝えたかったのはそれだけで……」


「君は、ティエラは今、旅をしているんだよね? 殿下からも聞いてはいるが……」


「はい、私は今、契約しているリーフと、ファルとリモ、ヘリックスと旅をしています。これからも旅を続けていきます。みんな素敵な仲間なんです」


 テラの表情がとても明るく、嬉しそうに話すのを見て、ヴェルトは安心した。

 きっと、良い仲間に囲まれているのだろう。


「リーフ様、わたくしがティエラを抱きしめることを、許していただけますか?」


「……いいよ。肉親だもの。あと、様ってつけないで」


 リーフに許可をもらったのは、リーフへの配慮だけれど、こんなところがさすがの騎士団長だった。


「ティエラ……! 肉親はここにいるから、頼りたい時は頼っていいから、決して、無理はしないように」


 ヴェルトはテラを優しく抱擁した。

 今はもういないアウラの娘。

 テラから見れば、一番近い肉親なのだ。


「あ、ありがとう、ございます……伯父さんが元気でいてくれて、本当によかった……」


 テラは肉親の温もりを感じて、嬉しくなった。

 今はもういない両親の温もりとは違う、力強く、頼もしい温かさ。

 話しかけた時の緊張もほどけて、自然に笑顔がでる。


「ああ、この通り元気にしているよ。それにしてもリーフさ……いや、リーフと契約している守り人が姪っ子だったとは、驚いたよ。素晴らしい精霊と契約をしたんだね」


「はい。リーフはとても優しくて強くて、とても大切な私の精霊です。それと、私のことは愛称のテラ、と」


「リーフ、これからも姪のこと……テラのことを、どうかよろしく頼みます」


 ヴェルトはリーフに頭を下げた。



「もちろんだよ。ぼくはテラの精霊だからね」


『私の精霊』、『テラの精霊』、このふたりの言葉に、ヴェルトは思わず顔がほころぶ。


「ああ、しかし、こうして見ると、テラはなんとなくアウラの面影があるね。アウラの小さい頃の姿しか分からないけれど、成長したら、きっとテラのような雰囲気になったんだろうって想像がつくよ」


「ふふ、確かに、周囲の人たちからは母さんに似ているとよく言われました」


「そうか……アウラに会いたかったな…………。でも、こんなに可愛らしい娘がいたんだ。それだけでも、短くても幸せな生涯だったろう」


「そう、なのですかね……?」


「そうだよ。あとはテラが、両親のぶんまで幸せになることだよ。そうすれば、親は報われるってもんだから」


「ぼくが、テラを幸せにする。約束するよ」


「リーフ……! そんなこと言って、それじゃまるで……」


 リーフの言葉にテラは真っ赤になってしまった。

 まるで『娘さんをぼくにください!』と親に挨拶しているようだったから。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!

次回『87 ヴェルト 後編』更新をお楽しみに!

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