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85 フィオネール家13 それぞれの幸福感

 

 リーフはふわふわとした幸福感で満たされた微睡(まどろ)みの淵から現実に引き戻され――といっても、現実も満たされていて夢も現も大差ないのだけれど、ただ、現実のテラはどういうわけか腕の中で背を向けたり、ちょっと潜ったりと、何やらモゾモゾしていた。


「ん……テラ……どうしたの?」


 リーフの声はいつもと変わらず、優しくて甘い。


「いやっ、あの……なんでもないよ……」


 テラは頬を赤らめつつも、まるで挙動不審な様子で必死に照れ隠しをしていた。

 リーフは思わず笑みが溢れる。


「そろそろ、戻る?」


「あ……うん……」


 テラはそれがちょっぴり残念で、もう少し二人きりでいたいと思い、言葉を続けた。


「戻る前に、お庭をもうちょっと見てみたいかも……」


「それじゃ、外を散歩して戻ろうか」


「……うん」



 しっかりと恋人にぎりで手を繋いだ二人は、螺旋階段を下りて、オークの樹の家の外に出た。


 これまでも何度も手を繋いでいたけれど、二人の関係が変わってから初めて繋ぐ手は、テラにとって、なんだか特別な気がして、照れくささが増す。


 ただ手を繋いでいるだけ。

 それなのに、テラの意識はそこに釘付けだった。

 これまで当たり前だったはずのリーフの手が、今はひどく熱い。

 ぎゅっと握り合うたびに、まるで『離さないよ』『離れたくない』と囁き合っているみたいで、テラの胸は甘くくすぐったい感覚に満たされた。


 すると、リーフがふと語り始めた。


「ぼくはテラと初めて手をつないだ時から、それがすごく嬉しかった。どうしてか分からなかったけど、温かくて、安心して落ち着く感じがして……」


 リーフは、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。


「これって、テラと『触れ合う』のが嬉しかったから……」


 リーフも『手を繋ぐ 』ことを初めて『触れ合い』として意識していた。

 嬉しい理由が分かったことで、手を繋ぐことが特別になった瞬間だった。


「私も、リーフと手を繋ぐのが……特別になったよ」


 澄んだ空気が満ちる庭園は心地よく、涼し気な風が優しく頬を撫でる。

 青空の下で見るリーフは、白銀の髪がキラキラしていて緑の瞳が麗しくて、目が合うと、ニコッと微笑む笑顔が眩しかった。


 そんなリーフについ見惚れて、ハッとして目をそらした。


「こ、ここは、人間界の季節とは関係が無いのかな……?」


 人間界は冬なのに、ここはそれほど寒くなく、テラは冬じゃないように感じていた。


「誰の住処なのかで、感じる季節が違うの。ぼくの住処は秋のように感じるんじゃないかな。ぼくがどんぐりの精霊だから」


「すごいのね。ここはずっと秋ってことなのね。それじゃ、植える草花も秋のものがいいね」


「うん。ゆっくり、ふたりで庭を手入れをしよう?」


「ふふっ。とても楽しみ! あの、池のそばにある木造の建物は何かな?」


 澄んだ水を湛える池のそばに建つ、こじんまりした木造の家。


「木の家には水場も無いみたいだったから、生活するにはこっちの木造の家のほうが現実的ってところじゃないかな」


「今度来た時に、見てみる?」


「そうだね。また今度、ゆっくり見に来よう。ここにはいつでも、来られるから」


 木々の葉が風に揺れる音が心地よく響き、二人の間には言葉にならない喜びが満ちていた。

 ただ手を繋ぎ、同じ景色を眺めるこの瞬間が、何よりも尊く感じられた。



 ◇ ◇ ◇



 リモが戻ったファルの部屋では、ファルが気持ち良さげに寝ていたので、リモはファルを起こすことなく、ベッドの端で眠りについた。


 朝になって、ファルが起きてリモがベッドの隅で寝ている姿を目にし、びっくりしたのは言うまでもなかった。

 けれど、起こしてくれなかったことに少しの寂しさを感じて、ファルは朝から拗ねていた。


「起こしてくれたらよかったのに……」


「だって、気持ち良さそうに寝てたから」


「しかしだな、リモがこんな端っこで寝てたなんて! 俺が起きてたら、そんなことさせないのに」


 ファルは不満そうに、リモが眠っていたベッドの端を指さした。


「ごめんね、ファラムンド。そんなに寂しかったの?」


「それ、聞くのか?」


 リモが少し微笑んでそう尋ねると、ファルはムッと顔を背けた。

 その横顔には、寂しさと、それを指摘されて照れるファルの姿が見て取れて、リモは愛おしさを覚えた。


「もう……機嫌直して?」


「今からもう一度寝る」


「ええ!?」


 ファルはベッドの上でリモの方に体を寄せ、腕を広げた。


「リモ。ちゃんと、俺のそばに来て」


「もう、どうしたの?」


 リモはくすりと笑い、ファルの腕の中に滑り込んだ。


「リモがいるのに、気付かなくてごめんな」


「そんなこと、いいのに」


「俺はよくないんだ。……そういや、リーフは?」


「リーフはすぐに部屋に戻ったわ」


 ファルの温かい腕の中で、リモは顔を上げて優しく微笑みながら答えた。


「そうか。じつはテラが……いや、これ、言っていいのかわからないんだが……」


「知ってるわ。精霊界にいた時、リーフは気付いてたの。それで急いで帰らないとって。だから早く帰って来たのよ」


「それならよかった。テラな……二日間、部屋から出てこなかったんだ。みんな心配してたんだが……」


「リーフが言っていたけど、テラの怪我、普通なら命を落とすほどのものだったそうよ」


「……そんな痛み、想像もできないな……」


「今頃は、きっとリーフがテラを癒しているわ」


「ああ、そうだな……」


 しばらくの沈黙の後、リモはファルの胸にそっと顔を埋め、尋ねた。


「ファラムンドは私がいない間、何をして過ごしていたの?」


「ええっ!? ああ、いや、えっと……ユリアンとよく出掛けたりしてたよ」


 もちろん嘘である。

 ファルは指輪づくりをしていて、ちょうどリモがリーフと留守にしたのもあり、たっぷりと時間をかけて指輪を作っていた。

 そして、リモが帰ってくる直前に、その世界に一つだけの指輪を完成させていたのだった。


「そう、ユリアンと仲良くなったのね」


「ああ! ユリアンは王子なのに全然そんなそぶりも見せないもんな。ほんと、いいヤツだよ」


「そう……ごめんね、ちょっと眠くなっちゃった。力がまだ回復してないみたい……」


「ゆっくり寝ていいぞ? 俺はそばにいるからな。……おやすみ、リモ」


 ファルはリモの瞼にそっと口づけをした。


「……ありがとう、ファラムンド……」


 リモはファルの腕の中で、安堵したようにそっと目を閉じた。

 その穏やかな寝顔をファルは愛おしそうに見つめ、彼女の髪を優しく撫でた。

 窓から差し込む朝の光が、二人をそっと包み込んでいた。



◇ ◇ ◇



 精霊界から戻った二人は、それぞれの居場所に戻り、それぞれの幸福感に浸っていた。


 ヘリックスの元には、朝早くからユリアンとカリスがお邪魔していた。

 テラが二日間も部屋から出て来なかったのを心配してのことだった。


 しかし、リーフとリモは昨夜遅くに戻ってきて、今は部屋でゆっくりしている。

 ヘリックスはそんな二人を察してか、ユリアンとカリスを足止めすべく、結婚パーティーの段取りを話し合おうと持ち掛けた。


「リーフとリモはもう帰ってきてるんだけど、リーフはテラの事があるし、リモはとても疲れているの。だから、私たちだけで結婚パーティーの段取りを決めようと思うの」


「そうなんだ! 二人とも帰ってきたんだね。予定より早くてホッとしたよ」


 リーフとリモが帰還したと聞き、ユリアンは胸をなでおろした。

 結婚パーティーは三日後に控えている。


「そう。テラのところにはリーフがいるのね……よかった。テラ、元気になってくれるわよね……?」


 カリスもテラがいつも通りの元気なテラに戻ってくれることを願う。


「リーフがいるから、テラの事はもう心配いらないわ。カリスもユリアンもありがとう、心配してくれて」


「全然だよ。心配するに決まってる。でも、リーフが戻ったなら安心だね。……それじゃ、結婚パーティーの段取りって話だよね?」


「ええ、日にちは18日で確定でいいわよね。それから人数の確認かしら。主役のふたりを含めて8人、これも確定ってことで。ユリアンのほうはどんな感じかしら?」


「会場は小宮殿の大広間に決めたよ。そこをリモの色、ピンクを基調にして飾り付けようと思っていてね。スターチスの鉢をたくさん用意する手筈だよ! 勝手にで申し訳ないけど、数を揃えるには時間がちょっと必要だったから」


「あら、全然よ。有難いわ! 会場はお任せでいいのかしら? 私たちが手伝うことはないの?」


 会場についてはすっかりユリアン一任となっているため、さすがのヘリックスも申し訳なく思った。


「今のところは、大丈夫かな。料理も任せて。時間は午後1時からってことで考えてるよ」


 会場も料理も準備が進んでいて、しかもほとんどがユリアン一人の判断で決めていた。


「さすがユリアンね。そういえば水はどうする? 乾杯のとき、精霊たちも水があると一緒に乾杯できるでしょう? 精霊が好む水はある?」


 カリスは精霊の飲み水が気になっていた。

 精霊は水の味に敏感で、フィオネール家のカスタスも水には拘りがあった。


「カリスはよく気が付くよね! 水は……そうだな、カルバがよく飲んでいる水でもいいし、ちなみに城内の井戸の水なんだけど、もしカリスのお勧めがあれば」


「そうね、うちのカスタスは、敷地内の飲み水を飲んでるわね」


「そっか。どの水が良いのかちょっと分からないけど……いくつか用意して、その中から好きな水を飲んでもらえるよう、手配するよ」


「ところでだけど、パーティーのメインイベントは指輪を渡すことになるわよね? 司会は誰が適役かしら」


「それはやっぱり……」


 ヘリックスとカリスはユリアンを見つめていた。


「あ、僕?」


「ふふ、そうね。ユリアンが適役じゃない? ちょっとした形式ばったものも知ってそうだもの」


「そうかな? ヘリックスこそじゃないの?」


「ここはやっぱり、ユリアンでお願いしたいわ」


「うん……まあいいけど」


 ユリアンはまんざらでもない、といった表情だった。


「ありがとう、ユリアン。それと、衣装は届いたかしら?」


「ああ、届いてるよ。ファルの衣装もリモの衣装もね。別々の部屋に、シワにならないようきちんとかけてあるよ。当日はそれぞれの部屋で準備してもらうよ」


「なるほど! 当日、二人はお互いの衣装を見ないまま、本番を迎えるわけね!」


 カリスはユリアンの配慮に感心した様子で期待した眼差しを彼に向ける。


「ね、いいでしょ? ほんと、楽しみだよ!」


「私も楽しみでワクワクするわ!」


「あとは……守り人の演奏家たちにも来てもらうよう、手配してあるよ」


「へぇ、演奏家まで! さすが、ユリアンね。……順序としては、まずみんなに会場に入ってもらっておいて、ファルとリモが入場する、でいいのかしら。そして、メインイベントの指輪の贈呈かしらね。リーフにはちょうど良いタイミングで、花を一斉に満開にしてもらうという形で」


「そうだね。そして、次に、全員で乾杯をする。食事の途中で、ファルとリモには二人で特製スイーツをカットしてもらって。配膳もしてもらって、みんなはそれを食べる、と」


「へえ! そういうの、いいわね! 二人で最初に行う作業っていうの? それをみんなに配って、みんなで食べる。素敵ね!」


 カリスはユリアンの案にすっかり感心していた。


「でしょう? それから、ソランの誕生祝いもして。パーティーはここまでだけど、二次会も好きなだけやってもらって構わないよ。カリスが使用する部屋も用意するから、遠慮なく泊まっていって?」


「え? 私も泊まっていいの?」


「もちろんだよ。パーティーの前日と当日、宿泊する前提で用意するから。特にファルとリモには、前日からの泊りがけのほうが、ゆっくり準備できるし。だから皆で前日から城に来てもらえたらいいかなと思ってるんだ」



 こうして、ファルとリモの結婚パーティーの計画は、三人の手によって着々と具体化されていった。


 大切な二人の門出を祝う特別な日が、すぐそこまで迫っていることを予感させるように、それぞれの胸には温かい期待が膨らんでいた。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!

次回『86 ヴェルト 前編』更新をお楽しみに!

※更新は明日です。

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