84 フィオネール家12 触れ合い
リーフはリモが言っていたことを思い返していた。
精霊界での7日間の間に、リーフとリモはかなり踏み込んだ会話をしていた。
『精霊には、不要で眠らせたままの機能があるの。それを呼び起こすには、条件が揃わないとダメなのよ』
『ファラムンドとキスすると気持ちがいいし、肌を寄せ合うのも気持ちがいいの。好きな人と触れ合うことは、お互いにとても気持ちがいいことなの。リーフも分かるようになれるのよ?』
『すべてはリーフ次第ね。触れ合うことは、とても大切なことなのよ』
リモの言葉はリーフには新鮮で、知らないことばかりだった。
自信満々の笑みで『リーフも分かるようになれる』とリモに教えられ、嬉しかったし、知りたいと思っていた。
「……テラと触れ合うには、どうしたらいい?」
「!? ふ、触れ合う? あの……この、今の状況じゃなくて?」
お互い抱きしめ合っている今の状況は、『触れ合っている』 と言えなくもないはず。
こんなにぴったりと密着しているのだから。
それでもなお、『どうしたらいい?』と尋ねるリーフに、テラはふと思い至った。
今まさに抱き合っている状態は、リーフの『もてなし』からくる行為の延長であり、本質的なものだとして。
しかし、彼が求める『触れ合い』は、今のこの温もりとは違う意味を持っているのでは――。
リーフの無邪気な問いに、テラの胸に予期せぬ熱が広がる。
「今の状況……? そっか……」
テラを抱きしめて、自分も抱きしめられると嬉しいし、安心するし、落ち着く。
毎晩テラを温めているのは、寒いからだけじゃなくて、自分がそうしたいからで。
だけど、リモの言っていた『触れ合う』とは何か違う気がしていた。
違うと思ったから、テラに尋ねたのだけど――。
「あの、リーフに聞きたい事があって……」
「うん、なあに?」
「リーフは私のこと、どんなふうに好きなの?」
「ど、どんなふうに? え、えっと……? どんなふうにって……?」
リーフはどんなふうにと問われ、首をかしげた。
どう答えていいのか、わからなかった。
「私は……リーフが他の女性と近づいて仲良くしていたりすると、嫌な気持ちになる……。リーフが取られちゃうって、リーフは私だけのものなのに! って思ってしまうの。嫉妬して、独占したいって思うの」
テラにこんなふうに言われたのは初めての事で、リーフは少しばかり困惑した。
嫉妬に、独占……?
けれど、それと同時に、霊核が温もりを増していく感覚がした。
「ごめんね、勝手なこと言って……リーフを困らせたいわけじゃないの……」
「……ううん。……ぼくはテラだけのものだよ。……テラと出会う前から……ぼくがテラの存在を認識したときから、ぼくはテラのものなの」
リーフはテラの頭に頬をすりっとすり寄せた。
リーフの言葉は最初から変わらない。
テラの存在を、血の匂いを認識した日から、リーフにはテラしかいなかった。
契約した時に言った『ぼくはテラだけ』は真の意味で、それが本質的なものだとしても、リーフはテラしか選ばない。
テラはまだ、一度も、リーフに対して恋愛的な意味で『好き』と言ったことが無かった。
けれども、『ぼくはテラだけのもの』と言ってくれたのが、とても嬉しかった。
「ありがとう、リーフ。……私……リーフが…………好き」
この『好き』は、誰がどうみても恋愛的な意味の『好き』だった。
リーフは初めて、テラの言葉の中に今までと違う『好き』が込められているように思えて、霊核はますます温かさを増して、昂揚感が高まっていく。
「リーフは、どんなふうに、私のことが好き?」
テラは嫉妬する気持ち、独占したい気持ちをぼくに打ち明けてくれた。
『どんなふうに』の答えは自分に置き換えてみれば、分かると思った。
「ぼくは…………テラが他の誰かの腕の中にいるなんて……嫌だよ……。そんなの見たくない。ぼくだけがテラを温める……誰にも取られたくない。ぼくは、テラが好き……テラを温めるのは……ぼくだけがいい。ずっと、ぼくの腕の中にいて。おねがい」
リーフは高まる昂揚感に、覚えがあった。
以前にも似たような感覚があったから。
「それは嫉妬してくれて、独占したいってことよね?」
「そう、なのかな……?」
「……そうだよ?」
この昂揚感は……テラにベゴニアの花束を贈った時、テラが頬に『キス』をしてくれて、気持ちがグッと高まったときと似た感覚。
霊核が急速に温かさを増して、体の奥底から湧いてくるような、昂揚感。
そっか。キスしたら、わかるのかな。
このどうしようもない昂揚感をどうすればいいのか――。
「……テラ……」
リーフがテラの名を口にすると、ふたりは至近距離で目を合わせた。
少しの間見つめ合うと、お互いの目線は自然に、次第に、唇へと移る。
言葉はいらなかった。
スローモーションのようにゆっくりと距離が縮まると、ふたりの唇が優しく、そっと、触れ合った。
その瞬間、リーフの昂揚感は一気に高まり、テラを抱く腕に力が入った。
離したくなく、テラの頬にそっと手を添えると、口づけが熱を帯びていく。
「ま、待っ……」
「……もっと」
ベゴニアの花束を贈った、あの時。
『……もっと、テラを温めたい……のかも』って思ったけど……あれは、違ったのかな。
――そうだ……!
リーフが思い浮かべたのは、ファルとリモが再契約した時の光景だった。
『立ち聞きするつもりじゃなくて』と釈明したけれど、立ち聞きじゃなくてしっかり見ていたリーフは、恋人同士のキスはこうなんだ、ときちんと学んでいて、今こそ実践あるのみ。
ただ、ファルとリモの恋人同士のキスは見て知っているけど、それを自分に当てはめて考えたことは無く、今まで我慢していたわけではないし、キスしたいと思ったこともなかった。
今だって、キスしたいと思ったわけではなかった。
どうしようもない昂揚感をどうすればいいのか、と考えた結果がキスだっただけで。
ただ、こうして唇を重ねていることが、まるで当然であるような、必然であるような、そんな気持ちになった。
それがとても嬉しかった。
こうすることが自然で、やっと実現したような、そんな気がして、嬉しくなった。
ぼくは最初から、テラとこうしたかったのかな。
「リーフ……ちょっと、待って……」
熱い口づけに、テラは蕩けるような瞳で、リーフを見つめた。
テラの鼓動はうるさいくらいに激しく鳴り、体は紅潮して、 体温が上昇したせいなのか、血流が増加したせいなのか、全身から甘ったるく匂い立っていた。
「テラ……かわいい……ほんとに、すごくかわいい……大好き……」
「……リーフ……私も……」
「甘くて甘くて…………たまらない……もっと、いい?」
漏れる吐息は熱く、大好きな血の匂いが凝縮されたような濃い甘ったるい匂いがする。
何度でも触れたくて、離すのが惜しくて、『触れ合い』を止められない。
「……もうちょっとだけ……」
「ん……」
今まで知らなかったテラの甘く恍惚とした瞳に、リーフのどうしようもない昂揚感は、ゆっくりと満たされていく。
あぁ、そっか。
この昂揚感が満たされること。
これが、リモの言っていた『気持ちいい』ってこと……。
テラにとって、生まれて初めてのキス。
もちろん、リーフにとっても生まれて初めてのキス。
しかしながら、リーフがテラを放すまで30分ほどが経過していた。
30分という時間! それは、見つめ合い、軽く触れ、深く重ね、言葉のないままで互いを確かめ合った、優しい息遣いを感じる甘く蕩ける濃密な時間の結晶だった。
キスの合間に、ふっと唇が離れて、至近距離で見つめ合う時間。
言葉はなくても、視線だけで互いの『好き』が深く通じ合う瞬間。
その短い別れの後に、再び『触れ合い』を求め、唇を重ねる。
それは、一度知ってしまった『気持ちいい』という感触と、互いへの尽きない欲求に引き寄せられるように。
全身で互いの存在を感じ、腕の中で一体感が増していく永遠にも思える時間。
安堵、喜び、高揚、溢れる想い、安心感、微かな恥じらい――。
これらの感情が繰り返し押し寄せ、二人の間に満ち足りた幸福感が広がっていく。
時間という概念が薄れるほど、その瞬間瞬間が濃密で、甘く、蕩けるような感覚に包まれていた。
そのまま時間が過ぎるのも忘れて、二人は甘い余韻に浸り微睡んでいた。
高揚した感情が落ち着き、テラがふと目を開けると、リーフの顔が目の前にあった。
目に入ったのは、リーフの唇。
その柔らかい唇が、どうしても目についてしまう。
テラは、恥ずかしさでいっぱいになった。
こ、こんなにカッコよくて可愛くて素敵なリーフと……
とうとう、キスしてしまった!!
初めてなのに、あんなに、何度も……!
初めてのキスってこんななの!?
だ、だけど……
リーフのこと、好きだもの。
キスも嬉しかったもの。
嬉しくて、好きが溢れて
胸が苦しかった……
でも、それ以上に、恥ずかしいよ!
テラは羞恥心で気持ちが押され、ここから逃げて隠れてしまいたいと思うのだった。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『85 それぞれの幸福感』更新をお楽しみに!