83 フィオネール家11 リーフ・ヴァーダンシア
冷たい空気にどこか春の予感を混ぜたような、柔らかな日差しが差し込む、静かな朝。
リーフの腕の中で目覚めたテラは少し顔を上げ、リーフの寝顔を確認する。
思わず、ふっと笑みがこぼれ、安心したように彼の胸に顔を埋めた。
リーフがいる。
そのことがこんなにも嬉しいなんて。
間違いなく、私はリーフが好き。
離れて、辛いことがあって、はっきりした。
いえ、前から分かってはいた。
ただ、誤魔化そうとしてきた。
リーフのせいにして。
でも……親みたいな気持ちになっていた私は、もう終わり――。
リーフへの想いを実感しながら、彼の胸に頬を寄せる。
少し前まではこの定位置が恥ずかしくて仕方がなかった。
今でも恥ずかしいけれど、それよりも嬉しさが勝っている――。
「ん……朝……?」
リーフが目を覚ました。
「リーフ、起きた? おはよう」
テラは顔を上げて、穏やかで声で囁いた。
「うん、おはよう」
リーフはテラが腕の中にいるのを確認するように、彼女の淡い金の髪をそっと撫でた。
「リーフは今日は何か、予定……あったりするの?」
「……ねぇ、テラ? テラを連れて行きたい場所があるの」
「連れて行きたい場所? どこ?」
「……精霊界、なんだけど……」
「精霊界……? すぐ、行くの?」
「うん、すぐに行きたいかな」
「それじゃ私、顔を洗って着替えるから、ちょっと待ってて」
そう言ってテラはベッドから出ると、バタバタと出掛ける準備を始めた。
リーフもベッドから出て、その様子を眺めながら、ふと、部屋の隅に視線を移した。
「この服は……もう、見ないほうがいいよね」
部屋の隅に無造作に置かれていたあの服を、依り代の中に仕舞った。
霊核がぎゅっと締め付けられた気がした。
リーフは椅子に腰かけ、そうして待つこと、15分ほど。
「お待たせ、リーフ。急いだから髪がちょっとボサボサだけど」
「ううん。それじゃ、依り代はここに置いておくね。ここに帰ってくるために必要だから」
依り代であるどんぐりをテーブルに置くと、リーフは優しく微笑んで、テラを抱き寄せた。
「ヴェルデシア、リーフ・ヴァーダンシアへ」
すると、光に包まれた二人は、精霊界はリーフの住処『リーフ・ヴァーダンシア』へと転移した。
「ようこそ、テラ。ここがぼくの住処、リーフ・ヴァーダンシア。精霊界のぼくの家」
「すごい! とてもきれいな場所なのね!」
澄み渡る青い空と、緑に囲まれた浮島。
浮島には『森の王』ともいわれるオークの大木が立ち、枝を大きく広げていた。
周囲は様々な草花、清らかな水を湛えた池、そばには木造のこじんまりした建物もあった。
「あの大きなオークの樹は? 幹に扉があるわ!」
「あの樹が家だね。ぼくもまだ入ってないの。昨日、この浮島に名前をつけたばかりなの。……ここに初めて来て、名前をつけて、急いでテラの元に帰ったから。だから、一緒に入ってみよう?」
「リーフもまだ入ったことがないお家なのね。二人で初めて入るなんて、なんだか私たちの新居みたい」
テラは無意識に『新居』という言葉が口から出てしまった。
新居といっても、『私たちの新居』と言えば特定の意味を指す言葉にも聞こえる。
「新居?」
「いや、あの、気にしないで」
リーフが『新居』の意味を知らないみたいで少しホッとした。
「テラ? 手をつないで歩こう?」
「うん……!」
指を絡めて手を握り、周囲を眺めながら、ゆっくりと大きな樹へと向かって歩く。
「ぼくとテラの家、テラが気に入ってくれると嬉しいんだけど」
「ふふ。お庭がとても広いから、薬草園を作りたいな。お花もいっぱい植えて」
大きな樹の扉の前まで来たところで、ふたりは立ち止まった。
目線を合わせて、お互いににっこりと微笑む。
「テラ、一緒に扉を開けよう?」
「うん!」
ふたりでドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
「わぁ! すっごくかわいい!」
一階は、螺旋階段を囲むようにちょっとしたスペースがあって、棚や小ぶりな机、椅子なども置かれていた。
「螺旋階段が中心になってるのね」
「上に上がってみようか」
手を繋いだまま、ふたりは螺旋階段を一歩ずつ上っていく。
「二階の部屋は可愛らしいテーブルと椅子があるのね! 食堂? 談話室って感じかな」
「樹の枝の上に造られた部屋、なかなかの広さがあるね」
さらに螺旋階段を上っていくと、3階部分、ここが最上階だった。
「ここが一番上のお部屋になるのね。大きなベッドだわ! ここは寝室なのね。丸い窓が可愛い!」
テラはベッドの上に跳び乗って外を眺めていた。
「素敵ね! どこまでも空が続いて、下には海かな? 海みたいだけど雲もあるのね? 緑の島がたくさん! 不思議だわ! すっごく綺麗ね!」
「ここ、気に入った?」
「もちろん! とても気に入ったわ!」
テラが振り返ると、リーフがすぐ真後ろにいてテラを優しく抱きしめた。
「好き?」
その問いは、この場所や家についてだろうけれど、別の含みがあるような気がした。
「……うん……好き……」
「よかった……」
見つめ合うふたりは、そのまま自然に、ゆっくりとベッドに横たわった。
「ここは、ぼくが生まれた時に作られていたけど、ずっと名前もつけずに、来る機会もなくて、そのままになってたの」
「それで名前をつけるために?」
「住処というのは精霊の力の回復場所でもあって。精霊は力を使い過ぎると強制的に精霊界の住処に戻る。けれど、住処に名が無ければ住処には戻れず、精霊界の中心部に戻るの」
「ここは中心部から遠いの?」
「1万キロ離れてる。だから今回、名前をつけるために、1万キロを飛んで、ここに来て、名前をつけたの」
「そっか。だから10日間って言ってたのね」
「ごめんね、テラ……」
「ううん。リーフは早く帰ってきてくれたもの」
「だけど……」
「私、リーフに会いたかったの。早く帰ってきてって思ったの。そしたらリーフ、早く帰ってきて抱きしめてくれた。すごく嬉しかった……」
テラの空の青の瞳がゆらりと揺れて、目に涙が浮かんでいた。
リーフはテラを包む腕に力が入った。
ぎゅっとして二度と離れないように。
「ありがとう、リーフ。リーフの腕の中は心地よくて、気持ちいいね」
「気持ちいい?」
「うん……気持ちいいよ」
「……よかった……」
テラはリーフの腕に包まれていることに安心感を覚え、リーフもまた、テラの温もりを感じられることに癒されていた。
テラの言葉に、リーフは精霊界でリモと話したことを思い返していた。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『84 触れ合い』更新をお楽しみに!




