82 フィオネール家10 帰還
リーフとリモは、フラクシスと別れ、リーフの住処へ向かって一直線に飛行していた。
人間界では、エルナス森林地帯のセイヨウトネリコからリーフが宿るセイクリッドの森の神殿まで約1,000キロあり、方角はほぼ北へまっすぐだ。
精霊界では方角は同じ。
距離だけが10倍になるのだ。
ゼロ地点のセイヨウトネリコからまっすぐ北へ約1万キロメートル。
ここにリーフの住処がある。
当初の予定では、一日1,000キロメートルほどの飛行を想定し、10日間としていた。
けれど、少しでも早く帰ろうと二人で話し合い、一日1,200キロメートルの飛行を続けていた。
精霊は最速でも時速100キロほど。
一日1,200キロメートルならば、一日早く帰還できるという計算だった。
そうして飛行を続けていた5日目。
リーフは、テラの異変を察知していた。
自身の精霊因子が、テラの中で大きく働いている。
しかも5分という時間をかけて。
それが意味するものは、テラが重体といえる傷を負ったということだった。
リーフは理解していた。
テラは不老不死だけれど、痛覚がある。
神経系の伝達と細胞レベルでの修復は別だということ。
そして修復には多少の時間がかかる。
それがどういうことなのかということを。
――早くテラの元に帰らないと!!
移動距離は残り5,000キロメートルほどあるけれど、悠長なことは言ってられない。
「ごめん、リモ……ぼく、早く帰らないと……テラが大変な目に……」
リーフは空の青のペンダントをぎゅっと強く握りしめた。
「どうしたの?」
「テラが大怪我して……回復に5分もかかってた! 不死じゃなきゃ、命を落とす怪我なの! 早く帰らないと……!」
「わかったわ。それじゃ可能な限り長時間飛んで行くしかないわね」
すでに最速のスピードで飛んでいた二人が早く帰るためには、一日の飛行距離を伸ばすしかなかった。
「ごめんね……リモ。ぼくの都合に巻き込んで……」
「私だって、もしファラムンドがって思うと、あなたと同じよ」
二人は回復のための睡眠を削り、飛行距離を伸ばして、日程の短縮を図る。
もっと長距離を飛んで……!
リーフとリモは長距離飛行を続け、残り200キロメートルほどになったところで、視界の遥か先に、わずかな点のような浮島が見えた。
近づくにつれ、それは大木であることが分かった。
浮島に立つ、オークの大木だ。
ふたりは日程を大幅に短縮し、7日目にリーフの住処に到着した。
リモはギリギリだった。
これ以上の力を使うと、自身の住処に強制帰還となる寸前のところだ。
高さ40メートルはありそうなオークの大木が立ち、直径5メートルほどの幹には木の扉が備え付けられていた。
大木は大きく枝を張り、枝には木造の部屋が二つほど見えた。
リーフの住処は、浮島の大木に造られた、木の家だった。
「名前、つけるよ。ここは、『リーフ・ヴァーダンシア』ぼくの住処だ」
住処に名をつけると、自動的に人間界にあるリーフが宿る場所、セイクリッドの森の神殿と接続する。
次に、リーフは持ってきたどんぐりの依り代を手に持った。
「リーフ・ヴァーダンシア、依り代に接続」
リーフの言葉に、浮島全体、そして依り代が淡く光を放った。
「完了ね。よかったわね、リーフ。それじゃ、すぐに戻るけど、いいかしら?」
「うん、お願い」
「リーフと共に『私の依り代へ』」
リモの依り代がある場所へリモと共に戻ることで、リーフはテラのそばへと帰ることができる。
このためだけに、リモに付いて来てもらった。
リーフとリモは、テラが怪我をした日の翌々日の夜遅く、日付が変わる前に、帰還した。
ふたりがリモの部屋に戻ると、ファルは寝息をたててぐっすりと眠っていた。
「本当にありがとう、リモ。ぼくはテラの部屋に戻るね」
「ええ、すぐにテラの所へ行ってあげて」
リーフが静かに部屋に戻ると、テラはベッドでひとり眠っていた。
テラの顔を覗く。
涙の跡がうかがえる。
「テラ、ごめんね。大変な時に一緒にいられなくて。君を守れなくて……」
リーフはそっと毛布に入ると、テラの首元にそろりと腕を入れて、腕枕をした。
動かすと起こしてしまうと思い、すぐにでも抱きしめたかったけれど、我慢して。
「ん……?……リーフ……?」
「ごめんね、起こしちゃったね」
「……リーフ……!!」
テラは驚いて体を起こした。
リーフも体を起こして、ベッドの上で向かい合う。
「リーフ、おかえりなさい。早かったのね。こんなに早く帰ってくるなんて」
「ただいま。テラに早く会いたくて。急いで帰ってきた」
リーフがふわりと微笑んだ。
「……リーフ……」
テラの目からポロポロと涙がこぼれた。
リーフは手を伸ばすと、テラを引き寄せ、ぎゅっと強く抱きしめた。
「リーフ……すごく痛かったの……怖かったの……」
ぼんやりと薄暗い部屋の隅に、乾いて赤黒くなった染みがべっとりと着いた、破れてしまった服が無造作に置かれているのがリーフの目に入った。
リーフの霊核がズンと重くなった気がした。
「テラ、テラ……ごめんね。……ごめんね。二度とテラから離れない。君を守るから」
「うっ……うぅ……っっ」
テラはリーフの胸に顔をうずめて、止めどなく涙を流し続けていた。
こんなにも嗚咽するテラを、リーフは初めて目の当たりにした。
そんなテラを、ただ、抱きしめることしかできなかった。
いくらかの時間が経ち、テラの涙が落ち着いて、リーフはテラに言葉をかけた。
「テラ、横になる? 温めるから」
「……うん……」
毛布に包まり、テラをすっぽりと腕の中に抱いて、力を解放して温める。
「毎日抱きしめるから……。ずっとぼくの腕の中にいて」
「……うん……温かいね、リーフ……」
「今日よりも幸せな明日が待ってるよ。おやすみ、テラ」
いつもはテラがリーフに対して施している、おやすみのおまじない。
リーフは初めて、テラのおでこに優しい唇を落とした。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回、『83 リーフ・ヴァーダンシア』
更新をお楽しみに!