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80 フィオネール家08 温かな日常


 ファルは工房の一角を借りて、机向かってデザインを起こしていた。

 内側には『2.18 F & L』にスターチスの花冠を模した5枚の花弁のマーク。

 そして外側は、ひらひらとした萼を模した波模様を指輪全体に施す。

 花冠は、指輪をふたつ合わせた時にひとつの絵になるように。


「こんなもんでどうかな」


「うわぁ! いいよ、すっごく! 指輪をふたつ合わせて一つの絵になるのがすごくいい!」


「へへ。がんばって考えたからな!」


「デザイン出来たのか。どれどれ……」


 後ろから声をかけてきたのは工房長だった。


「工房長、どうだ?」


 ファルは少し緊張した声で、感想を聞いてみた。


「おおっ! デザインなかなかいいじゃないか! それに、この二つで一つというのがね、いいアイデアだ! これはいい。うん、とてもいいよ」


 工房長は感心しきりで、ファルをじっと見つめた。

 ファルのデザインの才能に興味が湧いたのだった。


「そんじゃ、工房長にも褒めてもらえたし、頑張って彫るとするか!」


「リモはしばらく留守だし、時間はたっぷりあるからね。だけど、あまり根を詰め過ぎないようにだよ?」


「ああ、ユリアン、ありがとうな! ユリアンもここで一緒に彫るか?」


「僕はデザインをまだ決めていなくてね……はは……指輪を贈る口実も……」


 実はユリアンは結婚パーティーの会場準備で忙しくしていて、指輪のデザインを考える時間もなかった。

 贈る口実も無いからと、後回しにしていたのもあった。


「口実なんて何でもいいじゃないか、と言いたいところだが……ユリアンは殿下だからなぁ。無理にでも贈ると命令みたくなっちまうか」


「くっ……その通りすぎて何も言い返せないよ……」


 立場があり、権力もあるとなると、行動一つが相手の負担になる。

 相手を思えば、下手な事は出来ないのが厄介なのだ。


「ま、指輪は作っておいて、時が来たら渡せばいいさ。いつでも渡せるように、用意しておくという手もあるってことだ。な! ユリアン!」


 こうしてファルは、リモがリーフと共に精霊界へ出掛けている間に、じっくりと時間をかけて指輪づくりに没頭することとなった。



 ◇ ◇ ◇



 リーフがいない間のテラは、というと、ほとんどの時間を薬草茶を作ったり、薬草から薬を作ったりと、旅に出る前のように過ごしていた。


 そんなテラの元にはカリスが毎日遊びに来ていて、薬草を使った料理を楽しんでいた。


「必要な食材は本館から貰ってくるから、何かいるものある?」


「カリスは食べたいものある?」


「鶏肉を薬草で香り付けしたものが食べてみたいわ! あとは野菜スープ! もちろん薬草を入れてね!」


「いいわ、それじゃ、鶏肉とお野菜を何種類かお願いできる? 作り方は教えるから、一緒に作ろう!」


 カリスに持ってきてもらったのは、にんじん、玉ねぎ、キャベツ、カブ、エンドウ豆に鶏肉。

 カリスには、野菜スープ用に野菜を一口サイズ大に切ってもらうことにした。


「カリスは野菜って切ったりできる?」


「えっ! あのっ、出来るわよ!?」


「そう? それじゃ、ちょっとお願いしていいかな? 私、薬草を部屋からとってくるから」


「わかったわ! 任せてね!」


 テラがキッチンを出て、階段を上がっていくとユリアンにばったり出くわした。

 というより、そろそろユリアンがヘリックスの部屋へ行くのでは、とテラは思っていた。


「あ、ユリアン、ヘリックスのところへ?」


 一人部屋のヘリックスの所には、ユリアンが頻繁に訪れていた。

 ファルがいる工房を覗いた後、ヘリックスの部屋へ立ち寄るのがユリアンの日課になっているようだった。


「そうだけど、どうかしたの?」


「ユリアン、今からキッチンに行けないかな? カリスにお野菜を切ってもらっているんだけど……もしかしたら、ちょっと厳しいかもしれないから」


「ええ!? 僕が行っていいの?」


「んん? むしろ、行かなくていいの? カリスが怪我したら大変だし……」


「行く、行くよ! いますぐ!」


「ありがとう、ユリアン。私、薬草を探すから、1時間くらいお願いしていい?」


「わかった! 任せて!」


 テラは自分の部屋へ戻って、薬草を手に取り、ヘリックスの部屋へと足を運んだ。

 時間つぶしのために。



「ヘリックス、入るわよ?」


「いらっしゃい、テラ。ユリアンが来る頃かと思ったら、テラだったわ」


 ヘリックスは優雅に椅子に腰かけてクスクスと微笑んでいた。


「ユリアンにはカリスの手伝いを頼んだの。だから1時間くらいは……」


「カリスの手伝いって何かしら?」


「カリスにはキッチンで野菜を切ってもらってるの。だけど、たぶん……カリスには難しいと思うのよ」


 テラは、カリスが料理が苦手なことはとっくに分かっていた。

 分かっていたけど、ユリアンと一緒だったらと思い、時間を見計らって頼んだのだ。


「ふふっ。ユリアン、そんな手伝いができるかしら?」


「さすがにそこまでは考えてなかったわ……」


「まあでも、ユリアンって騎士たちと一緒にいることが多いらしいから、案外できるのかもね?」




 そして、キッチンでは。


「こんにちは、カリス。野菜切ってるの?」


「えっ! ユリアン! どうしてここに?」


「うん、ちょっと喉が渇いたなと思って、キッチンを覗いたら君がいたから」


「あ、ああ……そうなのね。そう、私、野菜を切ってるの」


「大変でしょう? 僕も手伝うよ?」


「ええっ! ユリアン、野菜が切れるの!?」


 ふと、カリスの手元にある切られた野菜たちに視線を落とす。

 それは、なんとも言い難い状況だった。


「ふむ。じゃ僕はにんじんを切ろうかな」


 何気に綺麗な手さばきで、すすすっと皮をむいて、トントントントンと手早くひと口大にカットしていった。


「えぇぇ……な、なんで、そんなことが出来るの?」


「うーん、騎士団とよく一緒に過ごすから、かな。野営もするし、一緒に食事を作るからね」


「そ、そうなんだ……」


「コツさえつかめば、案外できるものだよ」


 カリスの手元には、無残なカブが転がっていた。

 このままだとカブ無しのスープになる可能性を考えたユリアンは、カブは引き受けることにした。


「そうだカリス、カリスにはエンドウ豆を鞘から取り出してもらいたいんだけど、どうかな」


「そ、そうね! 私、エンドウ豆を担当するわね」


「うん、よろしくね」


 ユリアンはにっこりと微笑むと、エンドウ豆が入った籠をカリスに渡した。


 そうして、エンドウ豆以外の野菜はすべてユリアンが担当し、カリスはがんばってエンドウ豆を鞘から取り出したところで、ちょうどテラがキッチンに戻って来た。



「ごめんね。遅くなっちゃった。でもすごい! ぜんぶお野菜ができてるのね! しかもどれも形がきれい! とても上手なのね!」


 テラが満面の笑顔でとても感心したように褒めた。


「あ、これはほとんどユリアンが……私、エンドウ豆だけなの」


 カリスはテラに頼まれたのは自分なのにと、少し気まずい。


「そう、ありがとう、カリス! エンドウ豆って、鞘から取り出すの面倒だし、数も多くて大変だったでしょう?」


「そんなことないわ、楽しかったわよ」


 カリスは正直大変だったと思ったけれど、そんなことは言わない。

 ユリアンのほうが大変だったと思うから。


「ふふ、よかった。それじゃ、これからお野菜を煮込んでいくわね。あと、鶏肉なんだけど、たくさんあるから、スープに入れるのと、焼いて食べるのとに分けようと思うの。どうかな?」


「いいわね! すごく楽しみ!」


「ユリアンももちろん、食べるよね? というか、ユリアンの分もあるから、食べていってほしいんだけど……時間は大丈夫かな?」


「もちろん、いただくよ。楽しみにしてる」


 ユリアンはにっこりと微笑んだ。


「よかった。あとで味見もしてもらえるかな、ユリアン?」


「ああ、もちろん、味見もさせてもらうよ」


 テラはユリアンの返事にニヤリと口角が上がりそうになったけれど、ぐっと引き締めた。


「ありがとう、助かるわ。私、舌をやけどしちゃって、熱い物を口にするとひりひりするの。味見はカリスとユリアンにお任せするから」


 もちろん嘘だった。

 テラは例え舌をやけどをしたとしても、すぐに治るのだから。

 ただ、カリスもユリアンも、テラがそんな体だとは知らないので信じてくれる。


 テラはまず鶏肉にハーブや塩をまぶして肉の表面に香ばしい焼き色をつけ、しっかりと焼いた。

 そして、肉から出た旨味たっぷりの脂や焦げ付きを使って、ソースを作り始めた。

 鶏肉を焼いたフライパンに残った肉汁に、ワインを少々とバターを加え、さらにタイム、セージ、パセリを刻んで入れる。

 ローリエを加えたあと、とろみとしてパン粉を入れて軽く煮込む。

 塩をわざと、ほんのちょっとだけ。


 ソースはあつあつなので、味見はふたりにお任せだ。



「ちょっとごめんね、味見、しておいてくれるかな? もし味が足りなかったら、何か足してみて」


 テラは特にどこに行くとも言わずに、キッチンから出て行った。



「すごいなぁ、テラ。あっという間に作ったわ。しかも、とても美味しそうよ」


「味見してって言ってたから、味見しようか」


「そうね。味見ってどうやってするのかしら」


 カリスは味見の仕方が思い浮かばなかった。


「小さなお皿、ある?」


「ちょっと待って……あ、これ、どうかな?」


 カリスは棚から小皿を持ってきて、ユリアンに手渡した。


「うん、ありがとう、カリス。このお皿にちょっとだけ乗せるからね」


 カリスは、小皿に乗せた少しのソースに口をつけた。


「ちょっと過ぎてわかんないな……もうちょっといいかしら」


「それじゃもうちょっとね」


「美味しい! これ、いいと思うんだけど、ユリアンはどう?」


 ユリアンは小皿のソースを小指で少しとって、口に運んだ。


「そうだね、もうちょっとだけ塩を足してもいいような?」


 カリスはもう一度小皿を口に運ぶ。


「うん……そうね、確かに少しだけ塩を足すのもいいかも?」


 ユリアンは少し塩を足した。

 テラは塩をわざと少なくしていたので、ちょうどよかった。


「ちょっとだけ塩を入れてみて……どう?」


 小皿に少し多めにソースを乗せると、カリスがさっそくと味見をする。


「うん、すごくいいと思う! ちょっと食べてみて」


「カリス、ここ、ソースがついてる」


 ユリアンは優しく微笑むと、カリスの口元にちょんとついたソースを、そっと自分の指で拭った。

 カリスは息をのんだ。

 ユリアンは拭った指をペロリと舐めると、悪戯っぽく笑いながら満足そうに頷いた。


「うん、美味しいね。いいんじゃないかな」


 カリスは突然の出来事にビックリして固まってしまった。

 ハッと我に返ると、カリスは顔から火が出た。


「ユ、ユリアン、あのっ! びっくりするじゃない!」


「ごめんね。ソースをつけてるカリスが可愛くて、つい」


 ユリアンが首を傾げてにっこり。


「もう……! ふざけないで」


「いいよね、こういうの。僕は恋人が出来たら、こうやって一緒に料理をしたりして、楽しく過ごしたいんだ。料理は好きだし、僕の得意な料理も食べてもらいたい」


 ユリアンは穏やかな目でカリスを見つめた。


「……うっ……そう、なのね……」


 そんなこと言って笑っちゃって。

 ユリアンって王子なのに、変よね!?

 茶会に誘ったりするから、もっと王子王子してるのかと思ったけど……。

 考えてみれば、知り合った時だってユリアンは身分を隠していたし、ちっとも王族っぽくない……。


 建築一筋のフィオネール家は王族とも関りはあるけれど、あくまでビジネス。

 我が家は貴族ではないと誇りをもって教えられてきた。

 そんな環境で育ったカリスにとって、王族とは線を引くべき相手だった。

 父に言われ参加した『あのお茶会』も、父が国王に『一度だけでいいから』と頼まれ仕方なく了承したのだ。



「……ユリアン、ひとつ聞いていい?」


「うん、なあに?」


「どうして茶会に何度も誘ったりしたの?」


「王城にいる僕が誰かに会おうと思ったら、それしか手段がないから。呼びつけたりすると命令になってしまうし、隠れて会うのも可能だけど、バレたら変な噂が立ってしまう。そうなると迷惑がかかる。……だから表向きは茶会ってことにして、会えないかなって……だけど、それも迷惑だったよね? カリスには申し訳なくて……もう会えないと思ってた」


「あの、茶会の件はわかったわ。ごめんなさい。私こそ、色々と考えてしまって……」


「いいんだ。ありがとう、カリス。これからも今まで通り、普通に接してもらえると嬉しいんだけど……だめかな」


 そう話すユリアンの表情は、どこか不安げでカリスの庇護欲を掻き立てる。


「……だめじゃないわ。ユリアンが王城に戻っても、今まで通り、話せたらいいなって思ってるから、そんな顔しないで」


 カリスの言葉に、ユリアンの表情はみるみるうちに明るくなり、満面の笑みがこぼれた。

 二人の間に吹いていたわだかまりの風は消え去り、春の陽だまりのような温かさが満ちていた。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新をお楽しみに!

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