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77 フィオネール家05 工房とリモへの相談

 

 リーフとヘリックスが、カスタスとやり取りをしていた同じ頃。

 ファルがゲストハウスの食堂で朝食をとっていると、カリスが息を切らしながらやって来た。


「ファル、おはよう! ちょっといい?」


 いつもの快活な声で問いかけるカリスに、ファルも朗らかに応じる。


「おう、カリス。おはよう!」


「工房、借りることが決まったから、工房の場所の確認と工房長に挨拶だけしてもらいたいの。食べ終わったらすぐに行ける?」


 その言葉に、ファルの顔に期待の色が浮かぶ。


「おお! わかったよ。急いで食べるからちょっと待ってくれ!」


 ファルは大急ぎで朝食を済ませると、その足でカリスと共にゲストハウスを後にした。


 工房の場所は本館の裏手にあり、すぐ横には貯水槽がそびえる高台があった。

 ゲストハウス一号館から徒歩で3分少々ほどの距離だ。

 水路に沿って木立を抜け、二人が工房へと足を運ぶと、既に工房の責任者、工房長がふたりの到着を待っていた。


 カリスの父が経営する『アカンサス工匠会』は、大陸随一の建築職人ギルドとしてその名を轟かせている。

 王家とも古くからビジネス上の付き合いがあるが、フィオネール家は爵位には目もくれず、ひたすら建築の道を極めてきた一族だ。

 この工房こそが、その粋を極めた技術の塊と言える場所だった。



「こちらが工房の責任者、工房長なの」


 カリスの紹介に、ファルは深々と頭を下げる。


「ありがとう。工房を使わせてもらえるなんて、本当にありがたい。しばらくの間、使わせてもらいます」


「手造りの指輪を作るんだって? 騎士の間で流行ってるって聞いたことがあるよ。恋人に贈るんだろう? がんばって作らないとな! がははっ」


 工房長はそう言い残し、すぐに自身の仕事に戻っていった。

 ファルの為に空けられた一角の作業台には、様々な工具が並べられている。


「そうだ、カリス。結婚パーティーは18日に決まったんだ。だから、17日までには完成させないといけなくてな」


「そう、18日ね! わかったわ! 楽しみね」


「そういや、どうやってリモを連れ出すんだ?」


「リモにはしおりで稼いでもらうわ。ふふふっ」


「ええっ!?」


「リモのしおり、とても貴重なのよ? 私、こう見えても、社交界にお友達がいっぱいいるの。リモのしおりが欲しいって子がいるのよ」


「いや、どう見たって、カリスが社交界で友達たくさんってのは、間違いないだろうけど……」



 工房長に挨拶を済ませ、工房の場所も確認し、ファルとカリスは一旦ゲストハウスへ戻った。

 そして、ファルが部屋へ戻るのと一緒に、カリスは部屋にお邪魔することにした。


「ねぇ、リモ。相談があるのだけど、いいかしら」


 カリスの声には、いつもの快活さに加えて、どこか含みがある。

 リモは優しく微笑んで答えた。


「カリスからの相談? ふふ、なにかしら」


「リモのしおりのこと、聞いたの。それで、相談があって」


 カリスは単刀直入に本題に入った。

 リモは少し意外そうな表情を見せたが、すぐに冗談めかして問いかける。


「カリス、しおりが欲しいの? 好きな人がいるのかしら」


「いえ、私じゃないのだけど、リモのしおりって、とても貴重でしょう? なかなか手に入らない。それでね、欲しいって子がいて。しおりって、今持ってるのかしら?」


「そうね、作り置きしているからいくつかあるわ。加護はその都度つけるのよ」


 カリスは、さらに踏み込んだ質問をする。


「あの、テラに贈ったものって、加護が特別だったんでしょう? そういうのって、他の人にも出来たりするの?」


 テラに贈ったしおりの特別な加護について聞かれ、リモの表情はわずかに真剣みを帯びた。


「状況が分かれば、特別な加護をつけることは可能よ。状況が把握できないと難しいわね」


 その言葉に、カリスは内心でほくそ笑んだ。

 リモが『特別な加護』を施すことが可能であると確認できたことは、カリスにとって大きな収穫だった。


「わかったわ。よかったら、お願い出来ないかしら。どうしても、欲しいって子がいるの。そして、可能なら、話を聞いて加護をつけてあげてほしいの。代金は相応の額を支払わせてもらうわ!」



 しおりの話をしていたところに、リーフとヘリックスがファルの部屋を訪れた。

 カスタスと話を済ませたふたりが、リモに相談するためにやってきたのだった。


「ちょっとリモに相談があって、いいかしら」

「ごめんね、リモ。ぼくのことで相談があるの。ぼくの部屋に来てもらえる?」


「なんだ? みんなリモに相談があるのか? はははっ」


 カリスの次はヘリックスにリーフもか! とファルは冗談交じりに笑い飛ばした。




 リーフとヘリックスはリモを連れ出し、テラがいる部屋へと移動した。

 

「ただいま、テラ。ヘリックスとリモもいるんだ。それで、ちょっと話があるの。いい?」


「? おかえり、リーフ……」


 ヘリックス、リモ、テラが椅子に腰かけると、リーフはこれから10日間精霊界へ行くこと、ヘリックスまたはリモに付いて来てほしいことを話し始めた。


「リーフ、10日間も留守にするの……?」


 テラは急な話に困惑した様子で、リーフをじっと見つめた。


「ごめんね、テラ……、それと、依り代も持って行くから」


「依り代も持って行くのね……リーフ、ちゃんと、戻ってくる?」


 テラは瞳に心細さと不安を宿し、心配そうに尋ねた。


「戻るよ。戻るために、リモかヘリックスに付いて来てもらうことになるから」


 リーフは、ヘリックスとリモへ交互に視線を向けた。

 リーフの視線を受けたヘリックスは、リモに相談を持ち掛けた。


「リモ、お願いがあるのだけど、リーフと一緒に精霊界へ行ってもらえないかしら? 私、ユリアンを放っておけないの。ここにいる間しかユリアンの助けになれないから」


 リモは一瞬、目をぱちくりとしたけれど、にこっと微笑んだ。


「ふふっ。私も気付いてたわよ。カリスは手強いでしょうね」


「え? どういうことなの?」


 テラはリモとヘリックスの会話が理解が出来ず、訊ねた。


「ユリアンの片思い。だから、ちょっと手助けしようと思ってるのよ」


「そ、そうだったの! 私、気付かなかったな……」


 テラはびっくりしつつも、顎に手を当てて、二人のこれまでの様子を思い返してみる。


「いいわ。私がリーフに付いて行くわよ」


「ほんとに!? ありがとう! リモ!」


 リモの言葉を聞いて、リーフはホッとしたようにお礼を口にした。


「リーフにはファラムンドを助けてもらっているし、これからだってまた助けてもらうかもしれないもの。リーフが精霊界へ行ってくれると、私も安心だわ」


「ほんと、ごめんね。ぼく、みんなに迷惑をかけてしまって……」


 リーフは平謝りだった。

 元はといえば、自身の身から出た錆なのだから。


「迷惑じゃないわ。それより、すぐ行くわよね?」


「……うん。あまり時間がないから、準備が出来たら……すぐにでも発とうと思うんだけど……いいかな」


「わかったわ。ファラムンドに話してくるから……30分後くらいでいい?」


「うん、わかった。ぼくも30分後までに準備しておくよ」


 リモがリーフの部屋を後にすると、テラがバタバタと洗面台へ向かった。

 裁縫箱から針を取り出して、いつもより深く針を刺す。

 軟膏などを入れる為の空の陶器の瓶の蓋をあけ、血をポトリポトリと落とした。


 さすがにちょっと痛いけど……

 10日間なら、最低でも10滴必要よね。


「テラ!?」


「留守の間も、血がいるでしょう? 用意するから、待ってて」


「テラ……ありがとう……ごめんね……」


 リーフはテラに申し訳なくて、テラの気遣いに泣きそうになった。




 リモは一旦部屋へ戻ると、ファルとカリスに説明をした。

 もちろん、リーフの事情については伏せつつだ。

 ファルはまだしも、精霊と契約していないカリスには、精霊界のルールや詳細について知ってもらう理由も無いためだ。



「ええ!? リーフと一緒に精霊界へ? 10日間も?」


「そうなの。だから、カリス、さっきの話は帰ってきてからでもいいかしら」


 さっきの話というのは、しおりの件だ。


「もちろん、帰ってきてからで全然かまわないわ」


「リモ、結婚パーティーには間に合うよな?」


「ええ。でも、時間がないから、すぐに発つわね」


「そうか……精霊界、どんなところか想像もつかないが……」


 ファルとリモは150年以上を共にいるのに、リモは精霊界の住処へファルを連れて行ったことがなかった。

 リモの住処は一面の花畑に木造の家でとても可愛らしい造りになっていて、ファルにとっては落ち着かないだろう、と思ってのことだった。


「精霊にとっては庭みたいなものよ。心配はいらないわ。そしてね……今度、ファラムンドを私の住処に連れて行くわね」


 なぜだろう、とリモは自分でも不思議に思った。

 これまで一度もそうしようと考えなかったのに、今は自然と、彼を連れて行きたい気持ちになったのだ。


「え? 俺も行けるのか?」


「ふふ。戻ってきたらね」


 リモは、ファルと契約してからは一度も住処へ戻っていなかった。

 ファルを置いて精霊界へ向かうのは、リモにとって初めてのことだった。

 きっと寂しい思いをするだろうと案じたリモは、精霊界が遠い場所ではないと彼に感じてほしいと願い、そう約束したのだ。


「それと、私の依り代は、この部屋に置いておいて。何も無いとは思うけど、万が一にでも失くしてしまったり、破損したりすると機能が失われて、私、ここに戻れなくなるから」


「ああ、わかった。依り代はこの部屋に大事に保管しておく」


「それから……そうね。着替えなどは出しておいたほうがいいわよね」


 そう言うと、リモは依り代からファルの荷物を出した。

 旅の荷物一式、食料、全財産、ほぼ全て。

 といってもファルの荷物は多くはないのだけど、戻るのが遅くなっても困らないように、だ。


「気を遣ってくれてありがとう、リモ」


「私こそよ。ありがとう。帰ってきたらちょうど結婚パーティーね。楽しみにしてるわ。愛してる、ファラムンド」


「俺も愛してる。リモ、気を付けて行ってくるんだぞ」


 ファルとリモは抱き合い、しばしの別れを惜しんだ。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は明日になります。お楽しみに!

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