75 フィオネール家03 ファルの相談事
カリスがゲストハウスを出たところで、ファルがユリアンと共に彼女の後を追って出てきた。
ファルがカリスに工房を借りたいと、結婚の証となる指輪づくりのための相談を持ちかけるためだった。
テラたちが、カリスを追って出て行ったファルとユリアンを待っていた約20分の間に、繰り広げられていた秘密の相談だ。
「すまん、カリス。ちょっと話があって」
ファルがカリスを呼び止めた。
「ファル、話があることは手紙でユリアンから聞いてたわ。どんな話かしら?」
「工房があるなら、ちょっと借りられないかと思ってだな」
「ええ、敷地内に工房はあるわ。何か作るの?」
「実は、リモと結婚するんだが……」
ファルは少し照れくさそうに頭をポリポリとかきながら視線を泳がせた。
「えっ! リモと結婚!? ほんとに!? おめでとう、ファル!」
カリスはとても嬉しそうにファルの手を取ってブンブンと上下に振る。
「で、だな。結婚の証として指輪を手造りしたくてな。名前を彫ったりして」
「なるほど! 結婚の証に世界にただひとつの指輪を作りたい! ってことね! そういうことなら、工房、使えるように話をつけるわ。ちょっと時間をもらえるかしら? 必ず使えるようにするわ!」
カリスは『任せて!』と言わんばかりに胸を張った。
「ああ、すまないが、よろしく頼むよ」
ファルはカリスに頭を下げた。
「それでね、カリス。ファルとリモの結婚パーティーを開くんだ。カリスにもぜひ、来てほしい。場所は王城なんだけど……どうかな?」
ファルの横にいたユリアンが、続けてカリスに声をかけた。
なぜか少しだけ、おそるおそる、といった感じに。
ユリアンの内心は、僕に会ってくれないカリスが、王城に来てくれるだろうかと不安に思っていたのだった。
「ユリアン、当たり前じゃない、参加するわよ!」
ユリアンの不安が吹き飛ぶくらいに、カリスの返事は間髪入れずに即答だった。
その答えに、ユリアンは緊張が解けてホッと安心した表情に変わった。
「それとだが、指輪のことはリモには内緒なんだ」
ファルの心配事は、リモにバレないようにすることだった。
「そう、なるほどね。ファルが工房へ足を運ぶときは、リモに何か理由をつけなきゃならない。そのあたりをどうするかってところかしら」
リモに内緒で作業する、となると、一人で出掛ける理由が毎回必要になる。
いつも一緒に行動してきたことが、今回ばかりは支障になってしまう。
「僕がファルを連れ出しにくるってことでもいいよ」
「ユリアンが? 連れ出す理由はどうするの?」
「騎士団で何かの練習、とか……?」
「それを毎日? さすがに毎日じゃ……」
カリスは眉をひそめる。
「ああ、いや。何を彫るかにもよるが、1日2~3時間作業して1週間から10日くらいかかると思うんだ。ただ、毎日じゃさすがに不自然だろう?……それほど長時間でなくていいんだが」
カリスとユリアンのやり取りに、ファルは説明を付け加えた。
「そう、作業時間は20時間前後ってところかしら?」
カリスはファルの説明を聞いて、すぐにトータルで必要な時間を計算した。
「ああ、そうだな。たぶん、それくらいか?」
「それじゃ、1日集中して作業する日、2~3時間だけ作業する日、1日空けて、また1日集中して作業する日、1日空けて、2~3時間だけ作業する日、みたいにするのはどう? 具体的には、1日集中して作業する日を2回とる。それだけでもかなり進められると思うんだ。残りは、1日のうち2~3時間だけにして、作業しない日も設ける。どうかな?」
ユリアンが指を折りながら、スケジュールを組み立て、ファルに具体案を出した。
「ああ、いいね! さすがユリアンだな。それがいい。2~3時間だけの日は俺が自分で適当に何か言い訳するよ」
「うん、1日集中して作業する日は、僕がファルを連れ出すよ」
「私も1日、リモを連れ出してもいいわ」
「リモを?」
ファルがきょとんとしてカリスに尋ねた。
「ええ、ファルの用事ばかりだとおかしな気がするもの。1日は私がリモを連れ出す。どうかしら?」
「どんな理由でリモを連れ出すんだ?」
ファルが興味深げに尋ねた。
「リモが興味を持ちそうなこと、教えてくれる?」
カリスの問いに、ファルは手を顎に当てつつ、宙を見上げながら考えた。
「そうだな……リモは、花かな。時々しおりを作ったりもしているし」
「へぇ! 花はなんでもいいの?」
「いや、スターチスだな。スターチスの精霊だからな」
「え? もしかして……スターチスのしおり、恋が成就するって有名な……あっ! もしかして、テラの誕生会でリモが贈ってたしおり!?」
カリスはハッと思い出して、目を見開いた。
スターチスのしおり、それは恋愛成就のお守りとして一部の界隈では有名なのだ。
「ああ、それだ。テラに渡したものは特別に加護を変えてあるってリモが言ってたが……」
「だって、有名だもの。なかなか手に入らないって。……そっか。誕生会のときは、リモとテラが話していたのは聞こえなかったし、どんなしおりかも見えなくて分からなかったの。だから、気付かなかったんだけど……。私、リモを連れ出す方法、思いついたわ!」
あまり長く話しても怪しまるから、と言って、カリスはバタバタと急ぐようにして本館へと戻っていった。
「ファル、ちょっと聞いていいかな」
「? 改まってどうしたんだ?」
「リモのしおりって、誕生会でテラに贈ったものだよね? あの時は、リモとテラはふたりだけで話していたし、僕も知らなくて」
カリスの話を聞いていたユリアンは、しおりに興味を持ったようだった。
「ああ、ユリアンも知らなかったんだな。リモのしおりには加護が付いているんだ。相手を魅了するんだと」
「そ、それで、恋が成就するんだ……」
ユリアンは驚いたように目を丸くして、感心するように頷いた。
「だけど、誰にでも効果があるわけじゃないらしいぞ? 嫌われていたりするとダメだってリモが言ってたな。そりゃ、嫌われているのに『魅了』でどうにかしようなんてな」
「嫌いな気持ちを無視してまでは……ってことだね」
「そうだな。リモが言うには、友達以上恋人未満とか、友達だけどあと一押しがほしい、みたいな。少なくとも、友達としての好意くらいは無いと厳しいんだと」
「そうか……じゃあ、僕がしおりを持ってもダメかもしれないってこと……」
ファルの説明を聞いて、ユリアンは残念そうな表情でうつむいた。
「そんなにか? ユリアンが指輪を贈りたい相手の事だろ?」
「そうなんだけど……」
「ユリアンを嫌う子がいるとは思えないんだがな。せめて、友達くらいには思ってないのか……?」
「うん……友達と認めて貰えていない気がする……最初は仲良く出来てたと思うんだけどね。王子だと知ってから……もう全然会ってくれなくなって」
「そうなのか……それで、手造りの指輪を贈りたいと。……なかなか大変だな。しかし、この国の王子様がこんなに想っているのに袖にする女の子、どんな子かちょっと会ってみたいぜ……」
もう会ってるんだけどね……と思いつつ、さすがにそれを打ち明ける勇気は無かった。
この穏やかで優しい、みんなの温かな空気を、微妙な空気にしたくなかった。
「ユリアンは夕食には一緒に行くだろ? とりあえずヘリックスの部屋にいくか?」
「いや、僕は夕食は遠慮しておくよ。僕はゲストハウスには泊まらないからね」
そう言ったユリアンの横顔が、ファルの目には少し寂しげに映っていた。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回更新もお楽しみに!