72 王都での買い物 後編
一方、リーフ、テラ、ヘリックス、リモの四人組は、ヘリックスが先頭に立って、守り人が経営する店を目指して歩いていた。
「じつは、結婚パーティー用のリモのドレスと靴を買いたいのよ」
「ええっ! リモは知ってるのね?」
結婚パーティーの件は本人たちには内緒で進めると思っていたので、テラは驚いていた。
「内緒でと思ってたんだけど、服や靴を用意するのに、内緒というのはさすがに無理があると思ったの。ファルの服と靴はユリアンに頼んでるのよ」
ヘリックスはリモと二人きりで留守番をした際――ユリアンがファルを騎士の訓練見学に誘った際に、リモには結婚パーティーを計画している事を打ち明けていた。
「確かに……内緒のままじゃちょっと無理よね。わかったわ、それじゃ、今からリモのドレスと靴ね。でもどうするの? 普通のお店で?」
「私、カルバからいいことを聞いたのよ。守り人が経営している衣装屋さんがあるんですって。だから、その店へ向かってるの」
「へぇぇ! そうなのね! それだとリモがドレスや靴を選ぶことが出来るわけね! っていうか、精霊って人の服や靴、着たり履いたりできるの? リーフは服は脱げないって言ってたのよ?」
リーフと旅を始めた頃、テラが温泉に入ろうと勧めた時、『服は脱げない』と言っていたのを覚えていた。
「リーフはそういう説明をしたのね。確かに着たり脱いだりではないわ。だけど、消せるの。精霊が生まれた時に身に着けている物は霊力で生成されているけど、人の服を着ようと思えば、着れるのよ」
「へぇ……。リーフ、そうなのね?」
「そうだね……詳しく説明する必要は無いかなって言わなかったけど……」
素知らぬ顔をして話をただ聞いていたリーフは、テラに話を振られて少しばかり困惑していた。
「だから、王城の人たちがリーフに服をくれてたのね!」
「ああ、王城にいるカルバはね、時々人の服を着るって言ってたから。ずっと同じ服だと飽きちゃうって。まあ、彼女はおしゃれ好きだから。だから王城の人たちは精霊が服を着替えるって知ってたんじゃないかしら」
「ぼくは飽きないから、このままでいいし……」
「いや、私、何も言ってないけど……リーフは着替えるのが嫌ってことなのね」
テラはリーフをじとっと見つめながら、少々、呆れていた。
なんだかんだと話しながら市場を進んで行くと、守り人が経営するという衣装屋に到着した。
「いらっしゃいませ。精霊様もいらっしゃいませ」
二度言うのは、精霊も見えてますよ、という王都の守り人の店ならではのアピールだ。
「うわぁ、ほんとに守り人さんのお店なのね!」
テラは守り人の店ということに感激が隠せない。
「今日はどのような衣装をお探しでしょうか?」
「そうね。彼女の色に合うドレスと靴を見繕ってもらえるかしら」
ヘリックスが店員に声をかけた。
「ピンク系の色はたくさん取り揃えておりますので、少々、お待ちくださいませ」
リモはピンクのスターチスの精霊で、オレガノの精霊カルバも似た色合いを基調としている。
カルバの紹介店、ピンクが取り揃えてあるのは、カルバがよく来るからに違いない。
そして、ずらりと並べられたピンク系統のドレスと靴の数々。
並べられたドレスの中には、淡い桜色から、深みのあるローズピンク、すみれ寄りの青みがかったものまで、まるで花畑のようなグラデーションが広がっていた。
「わぁ、素敵ね。どれもいいのだけど……」
リモが目を止めたのは、淡いピンク色で大きめのリボンが付いた高めのヒールの靴と、スターチスの花を思わせるような、たくさんのフリルがあしらわれたスフレピンクのドレスだった。
「ねぇ、着てみて!」
テラが目を輝かせて試着を勧めた。
そうして、待つこと約10分ほど。試着をしたリモが現れた。
リモは少し恥ずかしそうにドレスの裾をつまみながら、小さくくるりと回ってみせた。
「きゃぁーーー! 素敵! すっごく、もう、ほんとにすっごく可愛い!!」
テラは大興奮だった。
「リモ、とてもよく似合ってるわね。可愛いわ」
ヘリックスは大満足の笑顔だった。
「うん、色もリモにすごく合ってると思う!」
リーフは褒めるのに慣れていないけれど、しっかり褒める。
「リモ、サイズはどんな感じかしら? 靴もどう?」
ヘリックスはドレスをじっくり見ながら尋ねた。
「うん、そうね……ドレスはきつくはなくて、逆にちょっと大きいかしら。靴はピッタリよ」
「サイズは調整してもらえばいいものね。ドレスはこれにする? まだ時間はあるし、他のドレスも試着してみる?」
「ううん、このドレスがいいわ」
「それでは、こちらのドレスでサイズ調整をしましょう。少しお時間がかかりますが……数日以内にお届けも可能です。いかがいたしますか?」
店員は仕切っている風のヘリックスに尋ねる。
「パーティーの会場は王城だから、そっちに届けてもらうのがいいわね」
「承知いたしました。では、王城へということで、承りました」
リモのドレスと靴も、王城へ届けてもらうことになり、着々と結婚パーティーの準備が進められていった。
ドレスと靴の買い物を終えた4人は、集合時間までまだ少し時間があるということで市場巡りを楽しんでいた。
「さすが、王都の市場ね。規模がすごいわ……無いものは無いんじゃないかな。それに、なんだかお洒落な店が多いわ」
テラは立ち並ぶ店、露店の数、そしてやはり王都らしいというか、どことなく全てがお洒落で洗練されているように見えた。
「テラは何か欲しい物は無いのかしら?」
ヘリックスが尋ねた。
「うーん、今は特に無いけど、でもお店を見ているだけでも楽しいよね。そうだ、お菓子を買いたいわ! 王都ってどんなお菓子が有名なんだろう? ヘリックスは知ってる?」
「王都ってやっぱりオレガノだから、防腐剤や鎮静剤、香料かしら」
オレガノと言えばやはり防腐剤。
ほかに鎮静剤や香料、または薬草茶として、エルディン家は昔から香り高いオレガノを販売して富を築いてきた。
城内には製造所まであるのだ。
また長年の経験から、オレガノだけではない、その他の調味料も製造販売を手掛けていた。
「オレガノってお菓子に使われたりするのかな?」
「オレガノ入りの焼き菓子があったかしら。以前、見たことがあると思うの」
リモは以前、王都を訪れた際に、焼き菓子があったことをふと思い出した。
以前といっても100年前くらいの話だけれど。
「リモが見たことあるなら、きっとあるわよね! 見つけられると嬉しいんだけど」
そんな会話をしながら市場の中を歩いていると、リーフが匂いに気付いた。
「テラ、オレガノの焼き菓子、あるみたいだよ」
「えっ! リーフ、ほんとう? どこかしら!」
「もうちょっと先かな。焼いた感じの匂いに混じって、オレガノの香りがする。小麦とか蜂蜜とか……たぶん焼き菓子じゃないかな」
しばらく歩いて行くと、お菓子など甘味を扱う露店が立ち並ぶ一角があった。
「このあたりはお菓子の露店がいっぱいなのね! たまんない!」
「あ、ここじゃないかしら。ほら、オレガノ・ジャンブル。これね。ずいぶん昔に見たままだわ」
「わぁ! これが、リモが見たっていうオレガノのお菓子なのね! 美味しそうよ!」
さっそく財布を取り出し、オレガノ・ジャンブルを買い求めたテラは大満足の様子だった。
テラは早く食べたい気持ちを抑えつつ、さらに周辺の露店に目を移す。
「えっ! どんぐりのお菓子があるんだけど!!」
どんぐりはナッツの分類だけれど、あく抜きが大変なのもあり、大昔ならいざ知らず、この時代ではすでに、食用として重用されていないナッツだ。
森の動物には重用されているけれど。
「どんぐり粉! え、どんぐりこ? わー、かわいい!」
どんぐり粉を練って、どんぐりの形にした、コロコロと丸い『どんぐり団子』だった。
「買うわ! どうしよう! かわいくて、とっても美味しそう!」
テラ……そんなにどんぐりが好きだったの!?
前にも、栗よりどんぐりが好きって言ってたけど……
あれ?
もしかして……ぼくを好きって言ってくれるのって、まさか『どんぐり』が食べたいだけだったり……!?
『どんぐり』 精霊であるリーフは、眉間にしわを寄せ、呆けたようにその様子を見つめていた。
リーフの表情を見ていたヘリックスは、笑いを堪えるのに必死だった。
それを眺めていたリモは、静かに頭を抱えるのだった。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回更新もお楽しみに!