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71 王都での買い物 前編

 

 王城での3泊4日の滞在も、あっという間に過ぎていった。


 テラは物見の塔から王都を見渡す雄大な景色に感激し、ファルは騎士団の訓練を見学した。

 ヘリックスは久しぶりに精霊カルバと再会した。

 そして今日――カリスの家へ移動する日を迎えた。



「リーフ様、またいらしてください!」

「リーフ様、この水、山の朝露から汲んだものなんです!」

「リーフ様、先日の雪を溶かして瓶に……」

「リーフ様、小さなお姿に合わせた服を作ったのでどうぞ」


「こんなにいっぱい……ありがと! すごく嬉しい!」


 リーフは王子様な姿でにっこりと微笑むと、心臓を撃ち抜かれた女子たちが卒倒していた。


 リーフは女性たちからアレコレと品物を受け取っていた。

 それは花束だったり、服だったり、水だったり。


 どういうこと!?

 リーフ、なんだかとても人気者ね!?


 どう見ても、小宮殿専属の女性たちよりも人数が多い。

 テラはリーフのモテモテぶりを目の当たりにし、しばし呆気にとられていた。

 ……リーフがとんでもないわ……



 ユリアンが部屋を改装してまで迎えた精霊で、当のユリアンが『すごく綺麗でカッコいい、見とれちゃうくらいに、魅力的』というほどの容姿のうえ、優し気でカッコかわいい微笑みをこれでもかと振り撒き、小宮殿の女性たちと無邪気に雪遊びを楽しんでいたのだから、彼女たちが浮足立つのも無理はなかった。



「それじゃ、そろそろ出発するよ」


 ユリアンの声を合図に、見送りの従者たちが一斉に頭を下げる。

 御者が手綱を引くと、6人乗りの豪華な馬車が門をくぐり、王城をあとにした。


 従姉かもしれない『シェリー』とは、結局、特に会話もしなかったけど……

 少しだけ残念な気持ちもあったけれど、まだ確定したわけじゃない。

 まずは伯父さんと思われるヴェルト、騎士団長さんに会いたいのだけど、王都にいないのだから仕方ない。

 王都にいる間に、会う機会があれば――。

 テラは遠ざかる王城を見つめながら、そんな思いを巡らせていた。



 馬車は王城を離れ、このまま真っすぐにカリスの家へ向かうわけではなく。

 途中、王都で一番の賑わいを見せる市場へ立ち寄り、3時間ほど自由に買い物などをする時間を設ける予定だ。


 そうして予定通り、市場に到着した6人は、ファルとユリアンの二人組と、残り4人が別れて行動することになった。

 ファルは、『別行動する理由』をリモにどう話そうかと思案していたのだけれど、なぜか当のリモが『ヘリックスと一緒に行きたいところがある』というので、あっさり別行動が決定したのだった。


 別行動をしなければならなかったファルとユリアンの目的は、もちろん、指輪探しだった。



「とりあえず露店を探すか」


 ファルは市場の入り口で足を止め、周囲を見渡した。


「そうだね……って、ほら、けっこうあるんじゃない?」


 装飾品を扱う露店が並んでいる一角には、ぱっと見で10軒くらいの店が目に入った。


「よし、ひとまず何軒か見て回ろう」


 ファルとユリアンはじっくりと指輪を品定めしながら露店を見て回る。

 装飾品の店先には、髪飾りやブローチ、ペンダント、指輪など様々な品が所狭しと並べられていた。


「つい、あれこれと見てしまうな。ははは。髪飾りとか、これ似合いそうだなって」


「ふふ、ごちそう様。ファルが羨ましいよ」


 ユリアンは軽く笑いながら、ひときわ目を引く髪留めに視線を留めた。


「ユリアンは好きな人いないのか? いや、指輪、作りたいって言ってたよな」


「僕の場合は……振り向いてもらいたくてね」


 ユリアンの目線はどこか遠くへ向いていた。


「ああ、そういうことか。しかしユリアンだろ? 振り向いてもらえないなんてことがあるのか……?」


「いい寄ってくる女の子とは違うっていうか……なんだか避けられてて」


「……もしかして、身分の違いとか、そういうことか?」


「わかんないけど……そうなのかな」


 店先に並ぶ装飾品のきらびやかさとは裏腹に、その横顔にはかすかな迷いが漂っている。


「身分ねぇ……でも、確かに、それはちょっとあれだな。気にするなって言っても、相手は気になるだろうし、難しいな」


「やっぱり、難しいのかな? だめなのかな……僕が初めて、素敵だなって思った人なんだ……守り人だし、条件としては問題ないんだ。だけど、僕が王子っていうのがやっぱり相手には……」


「いや、相手にはっきり言われたわけじゃないんだろ?」


「言われてはないね……まだ」


「まだ、か。でも、避けられている理由が分からないなら、何も言わないまま気持ちを伝えないまま、諦める必要はないと思うぜ?」


「そう、だよね。うん、気持ちは伝えたい。なんだか避けられてると思って、自分がどれだけ彼女に会いたいと思っているか、強く実感したんだ。こんなに会いたいって思った人は、今までいなかったんだ」


「そうか。初恋だな! じゃ、指輪、買わなくちゃな!」


 ファルの軽やかな言葉に、ユリアンは小さく笑った。

 少しだけ、肩の力が抜けたようだった。


 コイバナで気持ちを上げつつ露店を見て回り、いい感じのシンプルな指輪を見つけた二人は、対になった指輪をそれぞれ購入した。


 ちなみにユリアンはカリスの指輪のサイズは分かっていた。

 再会した茶会のときに、騎士団長ヴェルトがさりげなくカリスから聞き出してくれていたのだった。

 ヴェルトは気が利く、デキる男だった。



「それと、ファルの服と靴を買おうと思ってね」


「え? なんで俺の服と靴なんだ? え、そんなにボロボロか?」


 ファルは思わず袖口を引っぱり、自分の服をまじまじと見下ろした。


「ははっ、そうじゃなくて、実は結婚パーティーを開こうってみんなと話してね。もちろん、指輪の事は言ってないよ。指輪を渡すのをパーティーの日にしたらどうかなって思うんだ。僕たちが証人になって、見届ける。それで、その時に着る服を買おうってこと」


 ユリアンは少し誇らしげだった。

 準備を進めていることを今明かすのが、どこか嬉しそうに見えた。


「気持ちはすごく嬉しいが……それに、証人になって見届けてくれるってのも……すごく有難い。だが、パーティーなんて……なんか悪いな」


 ファルは照れくささを紛らわせるように後頭部をかいた。

 素直に喜びたい気持ちと、『主役』になることへの居心地の悪さが交差している。


「ああ、当然だけど、結婚パーティーの『主役』は花嫁だよ? リモに大切な日の思い出を作ってもらいたくてね」


 ユリアンの目が優しく細められる。

 そこにあったのは、仲間の幸せをまっすぐ願う、飾らない誠意だった。


 ファルは思わず視線を逸らした。

『間違って自分を主役に置いてしまった男』のちょっとした照れ隠しだった。

 主役になる気などさらさらないのに、リモのためだと聞くと、断ろうとか遠慮しようなんて気持ちは移ろう。


「そうか……そうだよな。指輪の事は言ってないんだよな?」


「当然じゃないか、指輪はサプライズだよ! リモ、どんな顔するか楽しみじゃない? 指輪を贈って、指にはめてあげる。それをみんなが見届ける。これ以上の結婚の証明ってある?」


 その光景を想像した途端、笑いたいような、泣きたくなるような、くすぐったい気持ちが胸に広がっていく。


「……俺、頑張って指輪作らないとな。いや、絶対作る。世界に一つの指輪だ」


「それじゃ、服と靴も買いに行こう! 僕がファルにプレゼントするよ! 結婚祝いだよ!」


「えっ! そんな、まさかとんでもなく高価な服じゃないだろうな!? 俺に似合わないぞ!」


「あはは、そこはちゃんと考えてあるから! 心配しないで!」


 ユリアンはどこか得意げな様子で、ぐいとファルの腕を引っ張った。


 王家御用達のお店に連れて行かれたファルは、ユリアンに言われるがままに試着を何度か繰り返す。


「うん、これがいい。すごくカッコいい。これにしよう!」


「そ、そうか?……かっこ…… いいのか?」


 写りの良い高級そうな金属鏡に映った自分の姿に、ファルはいつになく姿勢を正した。

 どこか少しだけ、背筋が伸びる。


「それじゃ、この服と靴は王城に送ってもらおう。持って行くと荷物になっちゃうからね」


 こうしてファルは、ユリアンが見立てた結婚パーティー準主役の服と靴の準備が整う事となり、これからの指輪づくりに改めて気合が入るのだった。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新をお楽しみに!

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