70 王城8 贈る物
ユリアンは遅い朝食を摂った後、ファルの部屋へと出向いた。
朝食はそれぞれ好きな時間に済ませており、テラが一番乗り、次にファル、最後がユリアンだった。
「ファル。これから騎士団の訓練を見に行くんだけど、一緒に行かない?」
「訓練を見学できるのか!? それはぜひとも見たいな!」
「ファルならそう言うと思ってね、今から行こうよ!」
「あ、リモは連れていっていいのか?」
「そうだね、騎士団は男ばかりだし、むさ苦しいからね。リモにはテラかヘリックスと一緒に留守番してもらったらどう?」
「あはは。むさ苦しいって。ま、わかったよ」
「それじゃ、30分後に玄関ホールに集合で」
「了解!」
ユリアンは狙い通りファルを一人で連れ出す約束を取りつけ、足取りも軽くファルの部屋を後にした。
それとなく誘導したつもりだったけれど、ファルが素直に食いついてくれて助かった――内心、ほっとしながらも、どこか小さく笑みがこぼれる。
本当の目的は『訓練見学』ではなく、あの話を切り出すための時間。
タイミングは、きっと今日しかない。
「俺、ちょっくらユリアンと騎士団の見学してくるから、リモ、どうする? 部屋にいてもいいし、テラかヘリックスの部屋に行っとくか?」
元気よく応じたファルは、どこか嬉しそうにそわそわと身支度に取りかかった。
騎士団の訓練も気になるが、ユリアンに『わざわざ誘われた』という事実が、何より嬉しいのだった。
「そうね、ひとりでいてもいいけど……退屈しちゃうから、テラかヘリックスの部屋に行こうかしら」
支度をしたファルとリモが部屋を出ると、まずは近くのテラの部屋のドアを軽くノックした。
けれど、応答がない。
寝てるのかな、と首を傾げながら、ヘリックスの部屋、すなわちユリアンの部屋――小宮殿の一番奥へ向かうことにした。
リモは結局、ヘリックスとふたりで留守番をすることで落ち着いた。
ファルがそのままユリアンの部屋に顔を出したため、わざわざ玄関ホールで待ち合わせをすることもなく、ふたりは訓練施設へと向かうことになった。
「騎士団の訓練施設は室内と屋外にあってね。今日は屋外で訓練をしてるんだ」
「おお! 見えてきた!」
雪が積もる中、外での訓練が行われていた。
「雪が積もってても外で訓練するんだな」
「積雪は珍しいから、逆に、この時でないと出来ないってのもあるからね」
積雪時対応移動訓練は、雪のなかでの巡回や移送の安定性・判断力を確認するためのものらしい。
各ペアが木製の小型そりに荷物を積んで、決められたコースを時間内に移動する。
路面の滑りや傾斜にどう対処するか、雪で視界が悪い想定で、アイコンタクトとハンドサインの連携確認などが行われていた。
ペアで黙々とそりを進める騎士たちの動きには、無駄がなく、どこか儀式のような緊張感があった。
「これ、ただの重労働じゃねえか……?」
「そう見えるでしょ? でも、訓練は地味なほど役に立つんだよ。あ、そろそろ休憩みたいだから、輪に入れてもらおうよ」
「おっ! 騎士さんたちと話せるのか!」
積雪訓練の合間で、若い騎士たちは和気藹々とした雰囲気で何やら盛り上がっていた。
「あっ、殿下! 聞いてくださいよ!」
輪の中にいたひとりの若い20歳前後の騎士が、ユリアンに気付いて声をかけた。
「おい、殿下に対して馴れ馴れしすぎだぞ! 申し訳ございません、ユリアン殿下。ほんと、コイツは」
こう話すのは副団長のレオンだ。
「ははは、構わないよ。それと、こちらは僕の友人のファル。見学するから、みんな、よろしくね」
「ファルさん、副団長のレオンです。以後、お見知り置きを」
「レオン殿、こちらこそよろしく。今日は見学させてもらいます」
ファルが珍しく丁寧な言葉で会話していた。
「殿下、コイツ、やっと指輪が出来たらしくて、皆に見せびらかしてるんですよ」
そう言って話しかけてきたのは、20代半ば頃の青年の騎士だった。
ユリアンは思惑どおりだと口元を緩めながら尋ねた。
「指輪って、あれかな? 婚約者に贈る手造りの……」
ユリアンは思わずニヤリと口角が上がる。
「そうなんです! 殿下も見て下さい! なかなかの出来でしょう!?」
ずいっと差し出された左手の薬指には、綺麗に彫られた葉模様の指輪が輝いていた。
「わぁ! 模様が綺麗だね! 君は器用なんだね! ねぇ、ファルも見てみて」
「おおっ! これ、手造りなのか?」
ファルは手造りの指輪に興味を持ったようだった。
「若い騎士たちの間で流行していてね。恋人や婚約者に手造りの指輪を贈るんだそうだよ」
「へぇ! すごいな! やっぱり難しいのか? よく見ていいか?」
ファルの目が真剣さを帯び、指輪に熱いまなざしを注いでいた。
「難しいかどうかは人それぞれだね。イニシャルを彫る奴もいるし……そうだ、これは俺のだけど、婚約者の名前を彫ったんだ。相手にはお揃いで俺の名前を彫って贈ったんだ」
指輪を見せてくれたのは、こちらも20代前半くらいの若い騎士だ。
「それはいいね。記念になるし、喜んでくれただろう?」
「へへ、まあね」
ちょっと照れたように笑う騎士を見て、ファルもにこやかに笑う。
「お揃いの手造りの指輪か。これはどうやって作るんだ? 指輪自体は買うのか?」
「そうだな、何もないシンプルな指輪を買って、後は彫るだけだね。何を彫るかによるけど、みな1日の仕事が終わってから2~3時間くらい作業して、1週間から10日くらいってところじゃないかな。俺も1週間ほどで作ったよ。なんだ、ファルさんも贈りたい人がいるのか?」
「ああ、恋人に贈りたいと思ったんだ」
騎士は嬉しそうに目を細めながら、素直にうなずいたファルを見て笑った。
「いいじゃないか! きっと喜んでくれるよ!」
「その土台になる指輪はどこで買ったのか聞いてもいいか?」
「ああ、王都にある市場の露店だよ。装飾品を売る露店はけっこうあるから、探してみるといい」
「わかった、ありがとうな! 探してみるよ」
そんな話をしていると、休憩時間も終わり、騎士たちは訓練に戻っていった。
「ファルも手造りの指輪を作るの?」
ユリアンが期待したような眼差しでファルを見た。
「そうだな。ちょうど、リモに何か結婚の証になるものを贈りたいと思っていたんだ」
「結婚の証!? ファル、リモと結婚するの?」
もちろん、ヘリックスに聞いていたので知っている情報だけれど、そんなことはおくびにも出さない。
「ああ、実はリモにプロポーズしたんだ。だけど、ほら、俺たちは書類は要らないし、代わりに何か証明するものがあればと考えていたんだが……」
「いいね! すごくいいよ! 全力で応援するから!」
ユリアンはファルの肩をぱん、と明るく叩いた。
「おお、ありがとうな!」
ファルが照れたように笑うと、ユリアンは嬉しそうに続けた。
「ファルたちはカリスの家に行く予定だよね? カリスの家には工房があるはずだよ! カリスに事情を話したらきっと貸してくれるし、僕からも頼んでみるよ!」
「ああ、いや、それは有難いんだが……カリスの家には工房があるのか。でも、貸してもらうってなったら、俺が自分で頼むよ」
ファルは表情を和らげながらも、真剣な声で返した。
「ふふ、そっか、わかった。……そうだ、僕も指輪作ろうかな」
「ええっ!? ユリアンは手造りなんかしなくても立派な指輪が買えるだろ?」
「何言ってるの、ファル。手造りだからいいんじゃないか。心がこもってる。お金では買えないものだよ」
ユリアンの言葉を聞いて、ファルは驚いたけれど、次の瞬間、笑顔になった。
「……そうだよな。値段じゃない、大事なのは気持ち。ユリアン、良いこと言うじゃないか!」
ファルが腕を組んでうなずくと、ふたりの間にちょっとした静寂が落ちる。
積もった雪の冷たさとは裏腹に、彼らのやり取りはどこまでも温かかった。
「そういえば、ファルたちはここに3泊するってことでいいのかな。3泊4泊くらい、って言ってたと思うんだけど」
「そういやはっきり決めてなかったな。だけど、3泊ってことでいいんじゃないか、たぶんだが」
「わかった。それじゃ、カリスには事前に手紙を出しておくよ。明後日、カリスの家へ行くって伝えておかないとね」
「ところでだが、指輪のサイズってどうすれば分かるんだ? 直接聞くのもなんだし、どうするかな」
「あ、そっか。サイズを測る方法は知ってるんだけど……」
「測る方法ってのは?」
「指に糸を巻いて、指の周りの長さを調べるんだよ」
「ああ、なるほど! しかし、それも本人に気付かれないようにって難しいな。寝てる隙に、かね」
「どうしても気付かれたくないなら、それしか無さそうだね……」
「まあ、サイズが分かればいいだけだからな。寝てる隙を見計らって測るよ」
――と、真顔で言ったファルに、ユリアンは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。
「指輪買いに行くよね? カリスの家に行く前に、市場に寄ろうか」
「ああ、それがいいな。助かるよ」
「全然! 僕も興味あるし、楽しみだよ!」
「そうと決まれば、明後日までにサイズを測らなきゃな」
頼もしげに言ったファルだったが、その頬は少し赤らんでいた。
こうして、この日の夜、ファルはリモの指にそっと糸を巻き、無事サイズを測ることに成功したのだった。
リモは寝返りひとつ打たず、気付く様子もない。
ファルは胸をなでおろしながら、小さくガッツポーズを決めた。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回更新もお楽しみに!