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69 王城7 雪玉とハチミツ


 王城で一泊した、次の朝。


 テラは早めの朝食を終えた後、小宮殿の一角で意外な光景を目にした。


 庭園から聞こえてくる楽しげな笑い声に誘われるように窓辺に近づくと、侍女や使用人の女性たちがリーフを囲み、何やらお菓子などを持ち寄って、楽しそうにお茶会を開いているように見えたのだ。

 もちろん、その輪の中にはシェリーの姿もあった。

 王都では珍しく、外には雪が積もっていて、女性たちはリーフを囲んでキャッキャッと楽しそうに笑い合っている。



「リーフ、どこに行ったのかなと思ってたら……何をしてるんだろう?」


 テラは興味深げに、その様子をただ眺めていた。


 すると、一人の侍女と思われる女性が、雪玉を作り、手のひらに乗せたのが見えた。

 雪玉をリーフに見せて、何か話をしている。


 次の瞬間、リーフと女性が、お互いの顔が触れ合うほどの近さで、手のひらの雪玉を、左右からパクパクと食べ始めたのだ。


「リーフが雪を食べてる!? あ、雪は水になるから……!」


 水しか口にしないのに、と驚いたけれど、確かに雪は水になる。

 リーフがなんだかビックリしたような様子で、面白そうにパクパクと食べていた。

 女性も、楽しそうにパクパク……

 テラの視線がその一点に釘付けになる。


 いや、ちょっと待って!

 そんな、左右から食べてたら……!


 想像通りの展開だった。


 顔を赤くして恥ずかしそうにしている女性と、周りの女性たちのはしゃぐような笑い声が響いていた。

 リーフは、というと、そんな女性たちの様子を気にすることもなく、無邪気に雪玉を作っていた。


「……リーフったら、モテモテじゃない……」


 そう。わかったわ。

 王都ではそういう遊びが流行ってるのね!

 『羞恥心耐久雪玉パクパク!』

 最後のひと口を食べたほうが勝ち!

 みたいな?


 でも、リーフ、やっぱりモテるのね……。

 あんなに女性たちに囲まれて!

 ……そうよね。あんなにカッコかわいいし。



 テラは少しだけ悔しさを感じた。

 リーフの無邪気な笑顔が、自分以外の女性に向けられていることに、言いようのない感情が胸に広がる。

 悔しいと思う自分が、さらに悔しかった。

 その悔しさをかき消すように、テラはひそかに唇を噛んだ。



 テラは外を眺めながら、ふと気付いた。

 部屋のバルコニーに雪が積もっている。


 バルコニーに出たテラは、指先でそっと雪を掬い上げた。

 ひんやりとして、それでも柔らかい。

 もちろん、雪玉を作ってみた。


 リーフが、あの雪玉パクパクを自分と一緒にしてくれるかも……


 そんな淡い期待がテラの胸に灯る。

 リーフが戻ってきたら……

 こうしてテラは、バルコニーで雪玉をいくつか作り、リーフが戻ってくるのを待つことにした。



「ただいま、テラ」


「おかえり、リーフ。何をしてたの?」


「雪で遊んでたよ! 雪って面白いね! 雪、初めて食べたよ」


「そう。じつは、ここにも雪があるのよ! 雪玉も作ったの」


 テラはバルコニーを指した。


「そこにも雪が積もってるんだね! でも今日はもういっぱい食べたから」


 リーフは体の隅々まで潤ったように満足げに答えた。


「えぇ……」


 テラは無意識に、体が固まったように動きを止めた。

 声が漏れると同時に、期待がバラバラと崩れ落ちる音が聞こえた気がした。

 リーフは首を傾げる。


「? いっぱい水分とったし、しばらくは水分いらない、かな」


 テラは思わず雪玉をじっと見つめた。

 せっかく作ったんだけどな……


「テラ……?」


「ううん、なんでもないよ」


 テラはリーフに背を向けたまま、零れそうになる涙を手の甲でそっと拭った。

 なんでもない振りをしようと、必死に努める。


 ――たったこれだけのことで、なんで泣けてくるの。


 テラは昨日感じた嫉妬心や独占欲、そして今、期待通りにはならないという感情が入り乱れ、それが涙になって心から溢れていた。



「こっち向いて?」


 リーフの声には、普段の無邪気さとは違う、誠実な響きがあった。


「……なんでもない」


 リーフが背中からテラをそっと抱きしめた。


「なんでもなくないよ……?」


 その言葉は温かくて、まるで雪が溶けるみたいに、心の隙間に静かに染み込んでくる。

 

 リーフはテラの体をくるりと反転させると、首を傾げ、テラの顔を覗き込んだ。

 テラの瞳は潤んで、まつ毛は涙で濡れていた。


「テラ、ごめんね。ぼく、泣かせたよね……?」


「私、リーフと一緒に、遊びたかっただけなの」


「うん、それじゃ、今から遊ぼう!」


「でも、もう水分はいらないって……」


「ううん、全然。気にしないで」



 リーフはバルコニーから雪玉をひとつ持ってきて、ベッドに腰掛けた。

 テラはリーフの隣に座り、二人で雪玉を見つめる。

 そして二人で同時にパクパクと左右から食べ始め、テラが最後のひと口をパクッと食べたところで、リーフの鼻が触れるくらいに近づいた。


 リーフの優しい眼差しがテラの潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ、その距離にテラの頬が熱くなる。

 顔を赤く染めるテラを抱き寄せたリーフは、そのままふわりと一緒にベッドに横たわった。


「テラ、かわいい……。ぼくの『かわいい』はテラだけ」


 侍女さんが恥ずかしそうに顔を赤くしていても、リーフが無反応でせっせと雪玉を作っていたのは、テラも見ていた通りだ。

 テラはふとそのことを思い出して、リーフの腕の中ですうっと心が軽くなるような、不思議な感覚と共に、なぜか安堵する自分に気付いてしまった。


 リーフはテラを抱きしめたまま、ゆったりと寛ぐように二人きりの時間に浸る。

 雪に包まれた朝の気配が、まだ遠くの空を白ませている。

 まるで、外の静寂が二人の密やかな時間をそっと包み込んでいるかのようだった。



「あっ!」


「え、なあに?」


「テラに伝えようと思ってて、うっかりしてた。あの、シェリーなんだけど、もしかしたら、テラの親戚にあたるかも」


「ええっ!」


 リーフの予期せぬ言葉に、テラは目を丸くした。


「血の匂い、血縁かなって思ってシェリーに聞いたの。そしたら、父親の名前、ヴェルトって」


 テラの驚きはさらに大きくなった。


「ほんとに!? 伯父さんの子どもってこと!? じゃあ、シェリーは私のいとこ!?」


「それで、ヴェルトは騎士団長で、ユリアン付の護衛でもあるって」


「ええっ!!」


 驚きの連続に、テラはほとんど叫び声のようだった。

 その声は、驚きと戸惑いと、そして微かな興奮が入り混じっていた。


「ただ、シェリーはヴェルトの出身地は知らないらしくて。だから、直接聞いてみないとだけど……今、王都にいないって。騎士団長だから、色々と忙しくしているらしくて」


 テラは顎に指を当てて、しばし考え込んだ。


「そっか。だけど、間違いない気がするわ。だってシェリーは私と血の匂いが似てるんでしょう? それでリーフが血縁かなと思うくらいなんだから」


 リーフも納得したように頷く。


「そうだね、たしかに……そうだけど」


「聞きたかったんだけど、似てるって、どのくらい?」


 テラは、先ほどのざわつきが嘘のように、その類似性に興味が湧いていた。


「テラと似てるけど、シェリーは少しさっぱり……かな。ちょっと違うの」


「そうなんだ……私はどんななの?」


 テラは興味津々だ。


「テラは……もっと濃厚で……甘ったるい」


「濃厚で、あ、甘ったるい ……?」


 テラは自分の血の匂いがそんな風に表現されることに、少し戸惑う。


「とっても甘くて……いい匂い。ぼく、甘い匂いがすごく好き」


 リーフはテラの首筋に顔を埋めた。

 その行動に、テラはドキッとする。


「すごく、好き。甘くて甘くて」


「そ、そう……」


「ぼくのごちそうだって言ったの、覚えてる……?」


 リーフの唇が首筋に当たっていて、リーフが言葉を口にするたびに、首にキスされているような感覚になって、自分で自分が高揚していくのが分かる。


「……お、覚えてるよ……」


「……いつも我慢してたけど……血の話なんてしたら、匂いばかり気になって……ちょっと、抑えられない……」


 テラは恥ずかしくなって首まで真っ赤に染まった。

 リーフの純粋な欲求に、どう反応していいか分からない。

 これ以上リーフの甘い言葉を聞いていたら、心が溶けてしまうのではないかと思うほど、自分がどうにかなってしまいそうだった。


「あ! ファルは? 精霊にモテモテのファルはどんな?」


 テラは半ば無理やり、話題を転換した。


「ファルは、甘い果物かな。柑橘みたいな、フルーティでさわやかで甘くて。みんなが好むような」


「な、なるほど……それでファルは精霊にモテモテ……なのね……」


「テラの血の匂いは……他の精霊には甘すぎるかも? とても甘い匂いだから」


「……なんだか私、ちょっぴり残念な気分になったんだけど……」


「ぼくは大好き。甘くて甘くていい匂い……本当に美味しいハチミツみたいだよ。ハチミツに砂糖たくさん入れて煮詰めたみたい」


 リーフは、最高の褒め言葉を告げるかのように、満面の笑みを浮かべた。


「ハチミツに砂糖……ゲッてなりそうよ……それ……」


「ごめんね、テラ……血の話はおしまい。……ほしくなる」


 リーフはふと我に返ったように、首筋から顔を離した。


「そ、そうね。摂取するには、まだ早すぎるね」


 このまま食べられるんじゃないかと思ってしまうほど、こんなふうに求められたことは一度も無く、テラはリーフが離れて少しホッとした。


 しかしながら、テラはなんとも形容しがたい複雑な気持ちになった。

 リーフが最高の褒め言葉として語る『甘すぎる』血の匂いが、テラにはどこか居心地が悪く、かといって『嫌』だと言うわけでもない。

 精霊がこぞって好むというファルのような『爽やかな甘さ』ではないことに、ほんの少しの残念さと、自分だけの『甘すぎるハチミツ』という特殊性への戸惑いが入り混じっていた。



 リーフはテラを抱きしめたまま、少し下に体を動かした。

 そして、テラの胸のあたりに顔を埋めると、力を解放してそのままスヤスヤと寝てしまった。


 昼食までまだ十分に時間がある。

 だから今は、このままでいたい……かも。

 テラはリーフの光の温もりに包まれながら、時間がそっと流れていくのに身を委ねた。


 この後、ドアをノックする音がしたのだけれど、その音はすでにテラの耳には入っていなかった。


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