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68 王城6 再会の晩餐と血の匂い


 晩餐の会場は1階の大広間に準備されていた。

 広間では、この小宮殿専属の従者、侍女、使用人、騎士らが全員、一糸乱れぬ様子で並び、客人を出迎えていた。

 ユリアンが招待したリーフ、テラ、ファル、リモ、ヘリックスの5人を皆に紹介するための配慮だった。


 まず、朗らかな笑みを浮かべたファルとリモが、談笑しながら大広間に入室した。

 次に、その場の空気を一変させるかのように、 リーフとテラが静かに足を踏み入れ、最後にヘリックスとユリアンが入室した。


 リーフとテラが入室した瞬間には、大広間に感嘆にも似たわずかなざわめきが走った。

 侍女たちの間でひそやかな囁きが広がり、騎士たちもまた、リーフの姿に釘付けになっていた。

 ざわめきの理由は、やはり『改装された部屋』に案内された客人たち、そして何よりもリーフのあまりに美しい容姿にあった。


 小宮殿にやって来た時には小さな姿だったリーフが、部屋へ入った途端に姿を変えた様子は、ふたりを案内した侍女と執事が目撃していた。

 姿を変える精霊など聞いたことが無く、その話はあっという間に侍女や使用人たちに広がり、特に女性たちの間では、そのあまりにも完璧な造形に『おそろしいまでに美しい』『格好良いのに可愛らしい』とのウワサで持ち切りだったのだ。



 客人5人とユリアンの6人が揃い、立食式の晩餐が始まると、大広間は賑やかな談笑と、皿とフォークが触れ合う軽やかな音、そして食欲をそそる豊かな料理の香りで満たされていた。

 それぞれが皿を手に料理を選びながら、会話が弾む。


 ユリアンが最も聞きたいと願っていたのは、土砂崩れの現場で起こった、『その瞬間』の真実だった。

 書面からは決して伺い知れない、その時の出来事を。


 ユリアンはファルに声をかけ、切り出した。


「ソランは……どうやって助けたの?」


 その言葉には、王家の者として、また個人として、真実を知りたいという知らずにはいられない想いがにじんでいた。


「俺だけだったら、どうにもならなかったよ」


 りんご酒の入った陶器のカップを手に持ちながら、ファルはリーフに視線を移す。


「リーフがいたから助かった。リーフの力で土砂に埋もれた馬車を探し出して、土砂の中の隙間を補強して、壊れた馬車を壁を少し浮かせてくれたんだ。俺はその間に子どもを引っ張り出しただけだ」


「そんなことがあったなんて……!」


 ユリアンは目を見張った。

 そんな力を持つ精霊がいるなんて想像すらしたことがなかった。


「二次災害に巻き込まれないように、救助に当たっていた人々をも守っていたからな。リーフがいなかったら、たぶん、誰ひとり無事じゃ済まなかったよ」


「……やっぱりすごいんだね……! リーフをこの宮殿に迎えられて本当に光栄だよ」


 精霊の力は、精霊によって違う。

 リーフはどんぐりの精霊だ。どんぐりの精霊が持つ力は、どんぐりが象徴するものすべてだろう。

 ユリアンは改めて、どんぐりの力の可能性に思いを巡らせた。



 ファルとユリアンがそんな会話をしていたその時、少し離れた位置でテラと一緒にいたリーフが、ふと振り返った。

 彼の瞳が、ある一点に吸い寄せられるかのようにキラリと光る。

 リーフは血の匂いに反応したのだった。


 リーフとすれ違った侍女見習いらしい女性は、年の頃はテラと同じか少し上くらいで、テラの血の匂いに似た、甘くていい匂いだった。



 実のところ、王都に入ってからというもの、守り人の血の匂いがかなりの頻度で感じられて、それは匂いが混じり合うほどで、王都の守り人の多さに少しばかり困惑していた。

 リーフだけでなく、ヘリックスとリモもそれを感じ取っていた。


 一般的に、1000人にひとり程度、とされる守り人が、王都ではその倍、あるいは数倍はいると思われた。

 リモは何度か王都へ来たことがあるのだけど、100年前より増えていると感じた。


 王城に入るとそれはもっと顕著で、守り人の血の匂いが混じり合い、まるで絶え間ない騒音のように、精霊たちの意識を苛み、 辟易していた。

 精霊からすると、守り人多すぎ! という感じだ。


 大陸全土で見れば、守り人の数は減っているというのに、王都では増えている。

 王都に集中し過ぎてしまったのもあるし、地方では守り人同士で結婚し、守り人の子孫を残すことが困難で、また、精霊を目にしなければ自身が守り人だと認識しないまま生涯を終える『隠れ守り人』も地方では多いのだ。テラも15歳でリーフに会うまでは、自身が守り人だと知らなかった。


 この王城内には、守り人が大勢いる。

 守り人が同じ場所に何十人も集まっていれば、精霊にとっては匂いが混ざり過ぎて個々を判別しにくいのだ。

 そんな環境下で血の匂いを意識し続けるのは非常に疲れるため、王城に入ってからは匂いを意識しないようにしていた。



「甘くていい匂いがする……」


「リーフ、どうしたの? いい匂い?」


「テラの血の匂いに、似てる……」


 テラは、思わずリーフを見つめた。


「血の匂い? 私の血に似てるの?」


「うん、似てる……」


 リーフの言葉に、テラは驚きを隠せない。

  リーフは、そのままその侍女を目で追い続けている。

 その視線に、テラは胸の奥に微かな、しかし確かに存在する、得体の知れない不安のようなものが広がるのを感じ、 少しだけ胸がざわついた。


「そんなに、似てるの?」


「うん、甘くていい匂い……」


「そ、そうなんだ……」


 テラは少しだけ動揺した。

 自分の知る唯一無二だと思っていたものが、そうではないかもしれないという事実に、彼女の心は静かに波立った。


 そもそもリーフは、私の血の匂いが好きで、私と契約した。

 遠い過去に契約していたライルと同じ匂いだと言っていた。

 とても懐かしくて、とても悲しくて、とても大好きな匂いだと。

 ライルと同じ匂いだなんて奇跡だとリーフ自身が言っていたのだ。

 それほど大好きな匂い。

 リーフが好きだというこの血の匂いは、自分だけだと思っていた。



 リーフは血の匂いがどうしても気になったのか、意を決したように女性の元へと数歩近づき、 その女性に話しかけていた。


「何を話してるのかな……」


 テラはリーフの様子が気になって仕方が無かった。



 ◇ ◇ ◇



 リーフどこに行ったんだろう?


 晩餐を終え、テラが小宮殿の廊下を一人でトボトボと歩きながら、ふと庭園に目をやった。

 そこにいたのは、探し人であるリーフと、先ほど血の匂いが似ていると言っていた女性だった。


 二人は 何やら楽しそうに、顔を輝かせながら ニコニコと笑い合っているように見えた。


「リーフだって……色んな人と話をしたい、よね……」


 テラはそう口にしながらも、胸の奥にじんわりと広がる嫌な気分に、思わず眉をひそめた。

 こんな感情を抱く自分が嫌になった。


『血の匂いが似てる』って言ってたもんね……。


 その言葉が、頭の中で繰り返される。

 テラは部屋へ戻り、椅子に腰かけ、なんとなくぼうっとしていた。


 どれくらいそうしていたのか、しばらくすると、部屋の扉が開き、リーフが戻ってきた。


「ただいま。さっき、テラの血の匂いに似た、シェリーっていう女の子に会ってたの。近くにいると本当にすごく似てて驚いたよ」


 テラは、胸の奥がざわつくのを感じた。

 リーフの言葉が、まるで冷たい雫のように、彼女の心に染み渡る。

 自分だけだと思っていたのに。

『シェリー 』、その名前が頭の中で響く。


「そ、そう……」


 テラは、それだけしか言葉が出ず、リーフから目を逸らした。



 外は雪が降り始めていた。

 きっと明日の朝には、辺り一面が真っ白な雪景色になる。


 案内された部屋は、暖炉があって温かいけれど、当然、夜間は火を落とす。

 そろそろ寝支度のために、使用人の誰かが部屋を訪れるはずで、その後は寒くなるし、今夜は雪だ。

 まるで、この部屋の温かさだけが、今のテラの心の安らぎを保っているかのように思われた。



「テラ、この部屋はとても暖かいけど……」


 リーフが話しかけたちょうどその時、部屋のドアがノックされ、暖炉の管理を任されている使用人が入室し、暖炉の消火と安全確認を手際よく行うと、約5分間程度で退室していった。

 パチパチと音を立てて燃えていた火が静かに息を潜め、 部屋のぬくもりが、静かに遠ざかっていくのを感じた。



「テラ、暖炉の火も消えたから、今日も温めるね」


 肩を寄せながら囁くリーフの甘い声に、テラは胸のざわつきを感じつつも、 いつものように頷いた。


「いつもありがと……。その前に、血を摂取しないと……」


「うん。ぼくのほうこそ、毎日ありがとう、テラ」


 微笑みながら話すリーフの言葉に、テラは一瞬、複雑な感情を胸に秘めながらも、 テーブルに置いていた裁縫箱から針を取り出して、いつものように指先に刺す。

 リーフはこの時だけは、必ず小さなリーフになるのだけど、大きな姿で血を摂取したことが無い、というのが一番の理由だったりする。


 そして、テラを温めるために、再び王子様なリーフへと柔らかな光を纏いながら姿を変えた。


 リーフはテラを軽やかに抱きかかえると、ベッドへと足を運ぶ。

 お姫様抱っこはリーフが何度もするので、さすがのテラもこれには慣れてきた。

 だけど、今夜のテラは、リーフの首に回す腕に、ついぎゅっと力が入る。

 まるで、自分だけの居場所であることを確かめるかのように。


 リーフはそろりとベッドにテラを下ろし、毛布をかけると、自身もするっと毛布に入った。

 これもいつも通りだった。


 テラの首元に腕を通して腕枕にし、肩を抱いて引き寄せ、そのまま腕の中に包み込むと、リーフは力をゆっくりと解放して、ふたりは温かな光に包まれ……あとは、朝までぬくぬく――。

 なのだけど、今夜のテラは、リーフの背中に腕を回して、なんとなく、ぎゅっとした。


「テラがぎゅっとしてくれるの、すごく嬉しい」


 リーフは優しく甘い声色で話すと、テラの横顔にすりっとすり寄せた。


 その温かさが心地よい。

 この温かさは……ここは、私の居場所……。

 テラはそんな、少しだけ自分勝手な願いを、胸の奥にそっと仕舞い込んだ。


「……あ、あの、いつものおまじないも……」


 テラは、自分の心にまとわりつく、わずかな不安を振り払うかのように、 リーフに言葉をかけた。

 テラの言葉に、リーフは少しだけ身体を離し、テラの顔を覗き込む。


「うん。いつものおまじない、お願い」


「今日よりもっと幸せな明日が待ってるわ。おやすみ、リーフ」


 抱きしめられていた腕からちょっと離れて、リーフのおでこにキスをする。

 柔らかな唇が触れると、リーフの表情がほんの少し緩んだように見えた。

 その瞬間、テラの胸にじんわりと温かさが広がり、心のざわめきが少しだけ和らいだ気がした。


 おまじないのおでこキスの後は、再びリーフの腕の中にすっぽりと納まり、この体勢がいつの間にか『おやすみの定位置』になっていた。

 同じベッドで端と端に離れて寝る、なんてことは一度も無い。

 この定位置がいつの間にか、テラの安堵になっていた。


「おやすみ、テラ」


 つい、リーフをぎゅっとしていたテラだったけれど、どうしてそうしたのか、テラにもよく分からなかった。

 ただ、この温かい腕の中にいたい。

 そんな切実な思いが胸を締め付け、ただ、ぎゅっとして、離したくなかった。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただきまして、大変ありがとうございます。

次回更新をお楽しみに!

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