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67 王城5 思惑


 ヘリックスはユリアンと共に彼の部屋へと向かっていた。

 ユリアンの部屋は、小宮殿の2階の一番奥だ。


「嬉しいな、ヘリックスを迎えられるなんて」


「あら、そう? でも、私も楽しみよ。殿下のお部屋だなんて、どんな部屋なのかしら」


「僕の部屋はあまり装飾は無いんだ。派手なものは好まなくてね」


 部屋の前で立ち止まると、ユリアンがドアノブに手を掛ける。


「はい、どうぞ」


「ありがとう、ユリアン」



 ユリアンの部屋へ足を踏み入れると、確かに部屋の中は派手な装飾こそなかったが、品のある造りになっていた。


 磨き上げられた白い大理石の床に、柔らかな午後の光が窓から差し込み、白を基調とした壁としっかりとした木の梁を穏やかに照らしている。

 壁の一面には巨大なアルダス大陸の地図がかけられ、その前には読みかけの書物が置かれたシンプルな木製の机があった。

 ほのかに紙とインク、そして微かなハーブの香りが漂い、印象的な、落ち着いた雰囲気が漂っていた。



「とても素敵な落ち着いたお部屋ね」


「この部屋に女性が入るのは、ヘリックス……君が初めてだよ」


 ユリアンは少しおどけたように、ヘリックスに打ち明けた。


「あら、それはそれは。喜んでいいのかしら?」


「ははは、僕には婚約者もいないからね。周囲は早く決めろってうるさくて仕方ないよ」


「ふふっ。もしかして、好きな女性がいたりするのかしら?」


「い、いや、そういう人も特に……いない、かな」


 ユリアンはわずかに目を伏せ、言葉を選んだ。

 しかし、ヘリックスはそんな彼の内心を見透かすように、柔らかな声で尋ねた。


「そうなの? 私てっきり、ユリアンはカリスのことが気になっているんじゃないかと思ってたわ」


 図星を突かれて、ユリアンは戸惑ったように視線をそらし、その頬が、ほんのりと赤く染まったように見えた。


「……いや、あの……カリスには、会えなくて」


 その声には、年相応の恥ずかしさと、わずかな寂しさが滲んでいた。


「あら、そうなのね」


 ヘリックスは微笑んだ。

 どこか納得したようなその表情に、ユリアンは思わず視線を外す。

 自分の気持ちが、どうやら彼女に見透かされている気がしてならなかった。


「……ところでなんだけど、ちょっとユリアンに相談があって、いいかしら?」


「僕に? ヘリックスから相談だなんて、嬉しいな。どんな相談なの?」


「ええ。実は、ファルがリモにプロポーズしたの」


「そうなの? も、もちろんリモは……」


「もちろんリモはOKしたわよ」


「そうだよね! 相談って、もしかして、ふたりの結婚のこと? お祝いだよね!?」


 ユリアンは、まるで自分のことのように興奮した様子で、ヘリックスの言葉を遮るように言った。


「そうなの。ふたりの結婚パーティーを開いてお祝いしたいと思っていて。パーティーには、ふたりを知るカリスも呼んだらどうかと思って。それと、キューピッドのソランも。お祝いだし、人数は多いほうがいいでしょう?」


「すごくいいね! ソランがふたりのキューピッドなの?」


 ユリアンは目を輝かせ、身を乗り出すように尋ねた。


「ええ、王都に到着した日にね、その時、ファルとリモの間で3人で手を繋いで歩いていたのよ。そしたら、ソランがパパとママみたいと言って。それでファルがリモにプロポーズしたのよ」


 ヘリックスが語るその光景に、ユリアンの表情がぱっと明るくなった。


「うわぁ! その光景が目に浮かぶよ。素敵だね!」


「パーティーには、私とユリアン、リーフとテラ、カリスとソラン。6人かしら。そしてファルとリモのふたり。全員で8人ね」


 ユリアンは軽く頷き、指を折って人数を確認する。彼の瞳には、仲間たちを想う温かさが宿っていた。


「うん、場所は……城内がいいと思うけど、どうかな。人目を気にせずゆっくりパーティーを楽しめるはずだよ。食事も用意できるし、時間を気にする必要もない、多少羽目を外しても構わないよ」


 ヘリックスはユリアンの心遣いに感謝するように微笑んだ。


「そうね、それがいいと思うわ。ありがとう、ユリアン」


「パーティーを準備すること、ファルには内緒にしておくの?」


 ユリアンはふと気になって、ヘリックスに尋ねた。


「そうね……結婚パーティーは花嫁が主役だし……。ファル自身も準備する側のほうがいいかしら。だとすると、少なくとも、ファルには言ったほうがいいわよね」


 ヘリックスの言葉に、ユリアンは大きく頷く。


「そういえば、ファルは何か考えてたりするのかな。結婚の記念に何か……贈り物とか?」


「それは分からないわね。ちょっとファルに聞いてみようかしら」


「僕の周りの若い騎士たちの間では、手製の指輪を贈るのが流行っているらしくてね。自分の手で名前を彫ったり、記念日や好きな言葉を彫って、婚約者に贈るそうだよ」


 その話に、ヘリックスの瞳がキラリと輝いた。


「それ、いいわね。貴族や王族は豪華な指輪でしょうけど、手作りの指輪、なかなかいいじゃない? ファルが知ったら、きっと興味を持つと思うわ!」


「ね、いいよね! パーティーのメインイベント、花嫁に指輪を贈る、すごくいいかも!? そしたら、ちょっと華やかに会場も花をたくさん……って思ったけど今は冬だったか……それはさすがに無理かな」


 ユリアンの頭の中に、パーティーの華やかな光景が広がったのだけれど、すぐに季節の壁にぶつかり、少し残念そうな顔をした。


「会場に花……そうね、それについては、リーフに頼んだらなんとかなるわね」


「リーフって花を咲かせたりできるの?」


「ええ、出来るわね。植物は自由自在なのよ」


 ヘリックスの自信に満ちた言葉に、ユリアンの目が驚きに見開かれた。


「それじゃあ、手製の指輪の件はヘリックスからファルに話してみる? 僕がそれとなくファルに話してもいいけど」


「そうね、じゃあユリアンにお願いしてもいいかしら。私はリーフに花の件について話しておくわ」



 ユリアンは自分で言いながら、少し迷いはあった。

 ファルとはまだ深く話したことがない。仲間とはいえ、知らないことばかりだ。

 だからこそ、任されたことが少し意外で、けれど、ありがたくもあった。


 まずは、うまく話のきっかけを見つけられればいい。

 ファルのとっつきやすい豪放さがふと脳裏に浮かぶ。

 託してくれたヘリックスの意図――それは分からないけれど、こうして『自分に向けて置かれた役目』がある。


 さて、どうしようかな。

 ユリアンはこの大役を果たすための段取りを練ることで頭がいっぱいになった。



 ◇ ◇ ◇



 その頃、ファルとリモが案内された2階の部屋では。


 ファルとリモの部屋は、壁一面に暖色系の花模様が織り込まれた大きなタペストリーがかけられ、磨かれた石畳の床には厚手の絨毯が敷かれていた。

 窓には重厚な深緑のベルベットのカーテンが吊るされ、冬の光を柔らかく室内に取り込む。

 部屋の中央には大きな木製のテーブルが据えられ、その周囲には豪華な彫刻が施された肘掛け椅子がゆったりと配置されている。

 奥には天蓋付きのベッドが鎮座し、その横の窓際には、ふかふかのクッションがいくつも重ねられた木製のベンチが置かれていた。



「わぁ、かわいらしくて素敵な部屋ね!」


「女性好みって感じだな。まさかのユリアン好みか!?」


 ファルはきょろきょろと部屋を見回し冗談めかして言った。


「ファラムンドったら! 女性のゲスト向けでしょう?」


「ははは、そうだよな!」


 ふたりはゆったりと椅子に腰かけ、ほっと一息つく。


「ソラン、今頃はもう、新しい家族と一緒なんだよな。孤児院にいたって最後まで俺らに言わなかったってことは、やっぱり、知られたくなかったのかな」


「そうね。可哀想なんて思われたくなかったのかもしれないわね。養子に迎えたご家族が支援していた孤児院なんでしょう? きっと、ソランのことをよく知ってるのね」


「だよな。よかったよ、ほんとに。ソランが幸せになるなら、それが一番だ」


「ファラムンドは、その……子どもって……」


 リモは、子ども好きなファルが、本当はやっぱり子どもがほしいのではないかと、少し不安に思っていた。


「リモ。俺が、何よりも、誰よりもそばにいてほしいって思うのはリモ、君なんだから」


「そうね……ありがとう、ファラムンド」


 ファルの愛情ある言葉に、リモは救われた気持ちになるのだけれど。

 次の言葉に驚きを隠せない。


「俺の()()()は心配性だな!」


「え!? 私ってもうファラムンドと結婚してるの!?」


「え!? 違うのか!? いや、まあ、書類上の手続きとか必要ないし、口で言っただけだしな……。じゃあ、いつ結婚したって言えるんだ!?」


「し、知らないわよ……」


「えぇ……」


 ファルは考えた。

『結婚した』って、一体どういうことなんだ?


 『リモは俺の奥さんだ』って胸を張って言える、明確な証がほしい。

 書類上の手続きは必要ない、となれば……結婚の証として何か贈り物をして、それで結婚した、ということにすればいいのでは!?

 いやむしろ、これ以外に、リモを最高の奥さんにする方法はないのでは!?  と、一筋の光を見出したかのように、ファルの顔に決意が宿った。


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