65 王城3 ソラン 後編
王城探索から戻って来たソランが、案内をしてくれた若い騎士に連れられ談話室に入ると、場の雰囲気が一気に賑やかになった。
「お帰り、ソラン。お城の中はどうだった?」
「テラお姉ちゃん、すごく楽しかったよ! お庭に噴水があって! 高い塔にも上ったんだよ! ずっと遠くまで見えて、川がキラキラしてた! 強そうな騎士さんたちもいっぱいいて、カッコよかったんだ!」
「そう、いろんな場所を見てきたのね! 楽しかったみたいでよかったわ」
「うん! 騎士のお兄ちゃん! ありがとう! とっても楽しかった!」
「いいえ、どういたしまして」
若い騎士はソランに対して丁寧にお辞儀をしてニッコリと微笑んでいた。
「ソラン、たくさん歩いて、お腹空いたんじゃない? みんなでお昼ごはんにしようか」
ユリアンが昼食に誘うと、ソランは元気よく返事をした。
「うん、お腹空いた!」
「それじゃ、食堂へ移動しよう。昼食の準備は出来ているからね」
ソラン、ユリアン、テラ、ファルの4人はゆっくりと昼食をとった後、談話室に戻る。
昼食の余韻が部屋を満たし、湯気の立つカップの香りが穏やかな空気に溶けていった――のだけど、話の流れが少し静かになった瞬間、ファルがソランを見つめてゆっくり口を開いた。
「あー、えっと、ソラン。少しだけ、真面目な話をしてもいいか?」
ファルが姿勢を少し正すと、談話室の空気がほんのわずかに引き締まった。
ソランはファルの雰囲気がいつもと違うことを敏感に感じ取って、戸惑いながら返事をする。
「……うん……なあに? ファル兄……」
「ソランは、養子として引き取ってくれる人がいるから、王都に向かっていた、そうだよな?」
「……そうだよ。ぼくを養子として迎えたいと言ってくれた人たちがいて……」
「その人たちには会ったことがあるんだろう?」
「うん、あるよ。ぼくが住んでいたところに何度も来てて……とても優しそうな、ふたりで……」
「うん、そうだよな。で、だ。その人たちは、ソランが王都に到着する予定だった日に来なかったから、とても心配して探してくれてたそうだ」
「……そうなの?」
「そりゃそうだろう? 今もソランを待ってる」
「待って、くれてるの?」
ソランは、小さな手をぎゅっと握りしめた。嬉しさと、少しの不安が混じる。
胸の奥で何かが優しくほどけていく気がした。
「もちろんさ! よかったな、ソラン!」
「だけど、でも、そしたら……ファル兄ともテラお姉ちゃんとも、リーフも、ヘリックスお姉ちゃんも、リモちゃんも、お別れになっちゃう……」
「まあな。でも、俺たちは旅をしていて、ずっと王都にはいないんだ。これからまた旅に出るから。とても長い旅に、ソランは連れて行けない。ごめんな。ソランはこれからしっかり勉強して、色んなことを学んで、大きくなって。その時にやっぱり旅をしたいと思ったら、旅をすればいい。俺たちもまた王都に来るから、また会えるよ」
『また会える』という言葉に、ソランの胸に少しだけ希望の光が灯る気がした。
『さよなら』ではなく、また会える――その言葉が、ソランの不安をそっと支え、前を向かせてくれた。
「それに、俺たちはしばらく王都に滞在するから、王都にいる間は会おうと思えば、会えるから! な!」
ソランを養子に迎える貴族の夫妻は、すでに談話室の別室に控えていた。
到着の報を受け、着の身着のまま馬車を走らせ、ソランを迎えに来たのだった。
「それじゃ、いいかな? ソラン。別室に迎えが来てるよ」
ユリアンはソランの目線に腰を落とし、優しく微笑んで手を差し出した。
「…………うん、わかった!」
ソランはユリアンの手を取ると、振り返ってファルたちに元気に声をかけた。
部屋を振り返ったとき、ソランの目に映ったのは――見送る人たちの表情だった。
少し寂しげで、でも、みんな笑っていた。
その笑顔が、ソランを強くしてくれる気がした。
「ファル兄、テラお姉ちゃん、リーフ、ヘリックスお姉ちゃん、リモちゃん、たくさんたくさん、ありがとう! 王都を離れる時は、必ず教えて!」
「ああ、わかった! 必ず教えるから、またな!」
「うん! まただよ! 絶対だよ!」
「わかった、わかった! 絶対だ」
「約束だからね!」
「ああ、約束だ!」
「それじゃ、ぼく……行くね」
「おお、しっかりな! 頑張ってこい!」
「いってらっしゃい、ソラン」
テラの声に、リーフとヘリックスとリモも微笑みながら頷く。
「うん、いってきます!」
ソランの声が談話室に響いた瞬間、空気が震えたかのようだった。
ほんの一歩だったけれど、その足取りには、たしかな未来の重さがあった。
ソランはユリアンに手を引かれ、談話室を後にした。
別室では、旅路の報せを受けていた夫妻が、 今か今かとソランが現れるのを待っていた。
土砂崩れに巻き込まれ一時生き埋めになったこと、救出されたのはソランだけだったこと、救出した旅人たちと共に王都に向かっていること。
王城からの到着の連絡を待ち、今、談話室にいるソランに早く会いたいと逸る気持ちを抑えながら。
ノックの音に扉がゆっくりと開き、ユリアンに導かれて、ソランが現れた。
夫妻は即座に椅子から立ち上がり、ソランに駆け寄った。
孤児院で養子の約束し、迎える準備をしながら王都で到着を待っていた夫妻は、まだ6歳という幼いソランが抱えるものを想いながら、涙ながらにソランを抱きしめた。
ソランは、その腕のぬくもりに、しばし身を委ねた。
夫妻が支援している孤児院で、いつも独りぼっちにしていたソランを不憫に思い、引き取ることを決め、心からソランの到着を待ち焦がれていた夫妻――。
それは、ソランにとって『帰る』という言葉に、初めて本当の意味が灯った瞬間だった。
◇ ◇ ◇
【閑話 ソランの誕生日】
王都へ行く旅路の途中で、ソランはどうしてもリーフにお願いしたいことがあった。
「ねぇ、リーフ。お願いがあるんだけど、いい?」
「ぼくが出来ることなら」
「肩に乗ってほしくて!」
「ソランの肩には乗れないかな。体が小さいもの。肩から落ちちゃう。だけど、ここなら乗れるかな」
テラの肩をふわりと離れると、ソランの頭にストンと乗り移った。
「うわ! リーフが頭に乗ってる! このまま歩いていい?」
「どうぞ。歩ける?」
「大丈夫! 落とさないように歩くから!」
ソランはリーフを落とさないよう、一歩一歩、頭を揺らさないように歩いていく。
「そういえば、ソラン。誕生日はいつ?」
リーフがふと、尋ねた。
「ぼく、誕生日、分からなくて……それで9月1日になってるの」
「そうなの……!? ごめんね……辛いことを聞いてしまって……」
「ちょっと待って。試したいことがあるの。いいかしら?」
ヘリックスはソランの手を取り、力を使った。
繋いだ手から光が発生し、光の渦となってソランを包む。
「もしかしたら、と思ったのよね。今までこんなふうに使ったこと無かったけど。ソラン、あなたの誕生日、2月18日ね」
過去を生まれた日まで遡り、その日数から年月日を特定したのだ。
――若返りの力。その応用で、ヘリックスは魂の記録を遡ったのだ。
「えっ! ほんとに!?」
「ええ、間違いないわ。魂の年輪とでも言うのかしら。2月18日生まれ、誕生花はキンポウゲね。次の誕生日で、ソランは7歳になるわね」
「ぼく、もうすぐ誕生日なんだね! 誕生日がきたら7歳……。今まで、他の子と比べてだいたいこれくらいだろうって……感じ、だった……のに……ありがと、ヘリックスお姉ちゃん……」
ソランは言葉を詰まらせ、目に涙を浮かべた。
「よかったね、ソラン」
頭の上のリーフが、小さな手をそっと伸ばして、よしよし――と撫でてくれた。
「ぼくの誕生日……2月18日。もう嘘の誕生日を言わなくていい……」
「ええ、そうよ。胸を張って答えられるわね」
「うん!!」
元気な声で返事をしたソランは、どこか誇らしげに見えた。