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64 王城2 ソラン 前編


 本城の重厚な扉が荘厳な音を立てて開かれ、厳かな空気が漂う中へと一行は足を踏み入れた。


「わぁ……」


「す、すげぇ……」


 テラとファルは、天井に描かれた壮麗なフレスコ画や、壁を飾る金糸のタペストリー、そして、高く設けられた窓から差し込む陽光に照らされた、磨き上げられた真鍮製の多灯式燭台に息をのんだ。

 足元にはふかふかの絨毯が敷き詰められている。

 リーフやヘリックス、そしてリモも、初めての王城に目を見張るばかりだ。


「談話室に案内するよ。どうぞこちらへ」


 ユリアンはにっこりと微笑んで、談話室へと導く。

 一行はキョロキョロと天井や壁の装飾に目を奪われつつも、ゆっくり足を進めた。



 談話室の扉の外には警護の騎士が見張りとして立っており、扉が開かれ、リーフたち一行とユリアン、案内の若い騎士が談話室に入った。


「改めて、みんな、長旅お疲れ様! 1か月以上ぶりだね! 変わりなさそうでよかったよ」


「ああ、ユリアンもな!」


 ファルはいつものようにニカッと笑った。

 

 ユリアンは報告は届いていると言っていた。

 ソランの事も知っていた。

 ならば、話は早いほうがいいだろうと考えたファルは、さりげなく、ソランが席を外すよう、話を振った。


「なあ、ソラン。せっかく来たんだし、ちょっと城の中を見てみたくないか? かっこいい騎士のお兄ちゃんが案内してくれるそうだぞ?」


 ソランの瞳がキラキラと輝いた。

 騎士に案内してもらえると聞き、身体を少し前に乗り出す。


「え! 騎士のお兄ちゃんが? お城の中、見に行きたい!」


 ソランは瞳をこれでもかと輝かせ、パタパタと小刻みに足を動かし始めた。

 その全身から、はちきれんばかりの期待が溢れている。


 騎士はソランに微笑みながら手を差し出し、軽く頭を下げた。

 ソランは嬉しそうに騎士の手を取ると、一行に向かってニコニコと手を振る。


「それじゃ、行ってくるね!」


 扉が静かに閉じる。

 途端に、張り詰めていた糸が緩むように、場から緊張が抜けていく。

 ファルたちは互いに顔を見合わせ、安堵の息を静かに吐き出した。



 ファルが改めて口を開く。


「で、さっそくで悪いんだが、ユリアンはソランのことをすでに知っているようだし、現状を聞きたいんだが」


 ファルの言葉にユリアンは腕を組みながら、ソランの状況に向き合うように、 少し真剣な表情を浮かべた。


「ソランのことは分かってるよ。

 ある貴族の夫妻が養子に迎えることになっていて、今もソランを待っているよ。

 その夫妻は子どもに恵まれなくてね。それで支援している孤児院にいたソランを引き取ることにしたそうなんだ。

 王都に着くはずの日に彼が来なかったから、 土砂災害に巻き込まれたのではと、とても心配して問い合わせてきたんだ。

 土砂災害の一報は早い段階で王都に入っていたからね。

 問い合わせがあった頃には、もうファルたちはすでに出発して何日か経っていて。

 だから、安否も含めて急ぎ照会したんだ」


 ファルは少し考え込むように視線を落とした。


「そうか……。ソラン、俺にも孤児院とか言わなかったのにな。……まあでも、よかったよ。引き取り先もすでに分かっているようだしな」


「報告では、ファルたちが救出したというのも分かったし、ファルたちと共に王都に向かってることも分かったからね。だから、その夫妻にはちゃんと伝えたよ。頼もしい護衛が付いているから、もう心配ないってね」


 そう言ってユリアンはにっこりと笑った。


「ソランにはいつ伝える? 早いほうがいいとは思うんだけど……。ソランが到着したことはすでに伝達してあるから、今頃は急いでこちらに向かっているよ」


 談話室の窓から差し込む光が、ユリアンの頬に柔らかく触れていた。

 その穏やかな光のように、ファルたちの心にもじんわりと温かな安堵が広がっていくのを感じた。


「ああ、戻ってきたら伝えよう。そのほうがソランも安心するさ。それに、本来ならソランはもっと早くに王都に到着していたんだ。無駄に長引かせるのはよくないだろう?」


「そうだね、それじゃ、昼食をみんなでとって、それからってことでどうかな」


「ああ、それでいいぜ」



 ソランの話が落ち着いたところで、テラがユリアンに訊ねた。


「あの、ちょっと、いい? ユリアンに聞きたいことがあって」


「うん、なあに?」


「カリス、覚えてる? 誕生会で一緒だった女の子なんだけど」


 ユリアンはカリスと聞いてドキッとした。

 胸の奥で心臓が跳ね上がり、その熱が頬にまで伝わりそうになるのを、彼は必死で抑え込んだ。

 鼓動が速まるのを意識しながら、表情を崩さないように努めた。

 ユリアンが忘れるはずがないのだ。


「もちろん、覚えてるよ。カリスがどうかしたの?」


「私たち、カリスの家に行くっ約束してて、王都にあるそうなんだけど、どこなのかなって」


「ああ! カリスの家ね。分かるよ! フィオネール家の邸は王都のはずれ、緑豊かな丘陵地帯に広がる邸宅街の奥にあって、ここから少し離れているんだ」


「ユリアンはカリスがカリス・フィオネールだって知ってたの?」


「知ったのは、王都に戻ってからなんだけどね。王都でカリスに一度会ったんだ」


「そうなのね! カリス、元気だったかしら」


「ああ、元気そうだったよ。……あの、さっき言ってた、カリスの家に行く約束って……?」


 ユリアンは鼓動が早くなっていくのを抑えるように、穏やかな口調を崩さない。


「誕生会のあとに、私たちが王都に行くって話をしたら、カリスがぜひ、王都にある邸のゲストハウスに泊らないかって。だから、王都にいる間はカリスのお邸にお世話になる予定なの」


「そ、そうなんだ……泊まるんだね、カリスのところに……」



 王都で一度会った、というのは、王家主催のユリアンの茶会に、カリスが参加したからだった。

 その時にカリスと再会し、初めて、カリス・フィオネールだと知った。

 茶会の後に個人的に会う場を設け、その日は話も弾んで楽しく過ごした、はずだった。

 が、……それ以来、会いたくても会えなかった。

 何度か個人的な茶会に誘ったのだけれど、忙しいとのことで全て断られており、正直、もう会えないのかもしれないと、半ば諦めかけていた。


 しかし、今――思いもよらなかった『カリスに会う方法』 が、目の前に開けている。

 これしかない、と確信したユリアンはテラに提案した。


「それじゃ、カリスの家へ馬車を出すよ。王都を案内したいから、僕も一緒に」


 ユリアンはワクワクする気持ちを隠しつつ、優雅に微笑んだ。

 これで、ようやくカリスに再び会えるかもしれない。

 そう思うと、彼の胸は期待で満たされた。


 じつは、ユリアンが茶会の後に『個人的に会う』なんてことは、これまで一度も無かった。

 そのため、あのユリアン殿下を射止めた女性がいるらしい、と貴族の間で噂になっていた。


 そんなことになっていたとは知りもしないテラたち一行。


「王都の街中を馬車で行けるなんて! すっごく楽しみだわ!」


「でも……せっかくだし、何日かは王城に泊ってほしいと考えてるんだけど……どう? もちろんずっと長くいてもらっても構わないよ?」


「ええ! 王城に泊る!? ファル、どうする!?」


 テラは目を丸くして、 思わずファルに振り返った。

 その声には、信じられないほどの興奮が混じっていた。


「いいんじゃないか? 王城に泊るなんて、二度とないかもしれないしな! せっかくだし、3泊4泊くらいさせてもらって、美味いもん食おうぜ!」


「そ、そうね。こんな機会、二度とないと思うと……確かに……!」


 リーフが静かに頷き、ヘリックスがニコニコと微笑むと、リモも嬉しそうにファルに寄り添った。

 その場の空気が、どこか華やいだ。

 王城に泊まるという特別な時間が、いま始まろうとしていた。


 ちょうどそこに、扉をノックする音がした。

 どうやらソランが王城探索から戻って来たようで、扉の外からソランのはしゃぐ声が聞こえた。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただきまして、大変ありがとうございます。

次回更新をお楽しみに!

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