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62 ユリアンとカリス


 ユリアンはイーストゲートでリーフたちと別れ、駅馬を飛ばして、年始早々に城へ戻っていた。


 王命により現王である父、アイリオス・エドガー・エルディンに謁見したが、その用件はユリアンにとって瑣末なものに過ぎなかった。彼は一刻も早くカルバに会いたかった。

 面会を終えるやいなや、城壁の陰に広がるオレガノ畑へと足を運び、父が契約する精霊、カルバに再会していた。


 そこにいたのは、薄いピンク色と赤紫を基調としたエレガントなスリーブロングドレスを纏い、薄い赤紫色の長い髪と赤紫色の瞳を持つ女性の精霊王だった。

 その背中には、空を統べる王にふさわしい、大きく優美な羽が生えていた。


 王家であるエルディン家は代々守り人一家であり、結婚相手に必ず守り人を選ぶのは、オレガノの精霊カルバが好む、『この血を絶やさない』という契約のためだ。

 エルディン家はその契約によって富と財産、自然の恵みが約束され、そしてカルバは、『現』空を統べる精霊王でもあった。



「ねぇ、カルバ。これ見て」


 ユリアンは右手首をぐっと前に出し、刻まれた紋を光にかざした。

 誇らしげに目を輝かせながら、僅かに胸を張った。


「ユリアン、ヘリックスと契約したのね」


 カルバは微笑みながらユリアンを見つめた。


「そうなんだ! イーストゲートで知り合ってね。ヘリックスを知ってるの?」


「ええ、知ってるわよ。ヘリックスとは長い付き合いだし、精霊王の世代交代のときはヘリックスが見守っているの。彼女は世代交代、子孫繁栄の象徴だもの」


「ヘリックスはすごいんだね! 僕はそんなすごい精霊と契約したんだ!」


 ユリアンは改めて右の手首の紋に視線を落とすと、その小さな証にそっと唇を重ねる。

 胸の奥で、誇らしさと静かな感謝が温かく重なり合うのを感じていた。


「でもどうやってヘリックスに会ったの? ヘリックスはもっと北のほうにいると思っていたわ」


「ヘリックスは5人で旅をしてたよ。ファルという男性、テラという女の子、それから、リモとリーフという精霊が一緒だった」


「リーフ? リーフがいたの? ヘリックスと?」


 カルバの瞳がわずかに揺れた。思いがけない名前を聞いたかのように、ユリアンの顔をまじまじと見つめた。


「うん、そうだよ。リーフも知ってるの?」


「ええ。会ったことは無いけれど、知ってるわ。この大陸で精霊王を除けば一番強い精霊。そして、次期大地を統べる精霊王よ。精霊なら誰もが知ってる。彼が精霊王になったら歴代最強になるわね」


「リーフってそんなに強いんだ……! しかも次期精霊王だなんて!」


 ユリアンは身を乗り出すようにしてカルバを見つめた。

 胸が弾み、口からこぼれそうになるほど、次の言葉が心に溢れていた。


「……す、凄いな……! だから、ヘリックスがリーフに付いていたってこと?」


 ユリアンの問いに、カルバは静かに答える。


「大地を統べる精霊王の世代交代の期限まで……あと、100年ほどだったかしら。たぶん間近で見守っているのね」


 カルバの言葉はユリアンの好奇心をさらに刺激し、彼は感動を隠せないでいた。


「もう、早く皆に会いたいよ。それにね、リーフってすごく綺麗でかっこいいんだ。小さい姿はとっても可愛いのに。なんていうか……見とれてしまうくらいに、魅力的なんだ」


 リーフへの純粋な憧れと興奮を隠すことなく熱っぽく語るユリアンを、カルバは笑顔で見つめる。


「ふふっ。そうなのね」


 その時、ユリアンは『あっ!』と思い出したことがあって、身を乗り出した。


「そうだ、カルバに聞こうと思ってたんだ。仲間のファルが言ってたんだけど、旅の荷物は依り代の中だって。カルバは知ってた? 依り代の機能っていうのかな」


「依り代に荷物を?」


 ユリアンの唐突な質問に、カルバはわずかに眉をひそめた。


「しかも鮮度がそのままだって。お菓子のタルトを依り代に入れておこう! って言っていたよ。それを聞いて本当に驚いたんだ」


「……そんな使い方……今まで気付かなかったわ」


 これまで想像もしなかった依り代の機能に、カルバは驚きを隠せない様子だった。

 さらに、ユリアンは得意げに付け加えた。


「ファルは、リーフが教えてくれたって話していたよ」


「そう……。それは試さないといけないわね。あとでアイリオスに話しておくわ」


 依り代の新たな可能性に、カルバは強い関心を抱いたようだった。


「うん、ぜひそうして。あ、リモは知らないの?」


「もちろん、リモも知ってるわよ。リモはとってもかわいらしい精霊だったでしょう? 彼女は愛がすべてだから、守り人とは恋人関係なのよ。スターチスの精霊は、守り人と愛し合う精霊なのよ」


「そうなんだ。いいね、なんだか。ちょっと羨ましいかも」


「あら、精霊と恋人同士になりたいのかしら? ユリアンは」


 少しからかうように笑みを浮かべ訊ねた。


「まさか。僕には子孫を残すという使命がある。精霊とは子どもを作れないだろう?」


「そうね。だけど、ユリアンはヘリックスと知り合いになったわ。ヘリックスは世代交代と子孫繁栄を象徴とするけれど、もうひとつあるのよ。それは――『若返り』……その意味、あなたには分かるかしら?」


「年をとっても若返ることが出来るってこと?」


「そういうこと。ヘリックスに頼めば、何度でも若返って、何度でも生き返ったように人生を送れるわね」


 カルバは静かに微笑みながら一瞬遠くを見つめた後、ゆっくりとユリアンへ視線を戻す。


「……そんなことができるなんて」


「まあ、ヘリックスがそんな望みをわざわざ叶えてあげるかどうかは知らないけど。でも、ヘリックスの存在は脅威になるから、あまり多くの人に語らないほうがいいわね。悪用されると大変だもの。これをユリアンに言ったのも、あなたが次期国王だからよ。ヘリックスを知ったのだから、知識として知っておくほうがいいと思ったの」


「え!? ちょっと待って。僕が、次期国王!? 」


「ええ、そうよ。私が選ぶ守り人が国王になるって知っているでしょう? 私が選ぶのはユリアン、あなただから」


「でも、僕はヘリックスと契約してしまったし、それは……」


「問題ないわ。むしろ良かったんじゃないかしら。子孫繁栄が約束されているんだもの。現王はまだ現役なんだし、ユリアンが家族を持つほうが先でしょう?」


「そ、そうだね。僕の結婚が先、かな。そうか。それなら契約が被ることもないのか。でも、兄さんたちは知ってるの? カルバが僕を選ぶって……」


「知ってるわ。アイリオスも知ってるわよ。知らなかったのはユリアン、あなただけ。だってあなたが一番年下なんだもの。あなたが生まれた時に、私が宣言したのだから」


「そうなんだ……そういうことだったの……」


 ユリアンはふと手を握りしめた。

 自分の未来が、知らぬ間に決まっていたことに気づく。

 だけれど、王子として生まれた以上、それは当然だ。


 ユリアンは幼い頃から、なにかにつけ『あなたが王になれば云々……』と言われてきた。

 兄がふたりいるのに、帝王学の勉強の時間も長く、兄たちよりも、どういうわけか厳しく教えられてきた。

 不思議だったけれど、次第に、僕が選ばれる可能性が一番高いのかも? とも思っていた。

 兄たちは自由に得意分野を学び、カミル第1王子は政治と軍事に精通している。

 セシル第2王子は学問や文化に興味を持ち、知識が豊富で知識人たちと深いつながりを持っている。


 カルバに選ばれたこと。

 それ自体に特別な驚きはなかった。

 いきなり聞かされてびっくりはしたけれど。

 ただ、それをカルバに聞かされたことで、一つの歯車が正しく噛み合ったような気がした。

 そもそも、いつ誰がカルバに選ばれてもいいように、と育てられたのだから、今聞いても、生まれた時に決まっていたとしても、大した差はない。

 『自分が選ばれた』だけのことなのだから。



「ねえ、ユリアンはまだ決めてないの? 相手を」


「まだ決めてないよ。よく分からなくて」


「そうなの。でも、そろそろ決めたほうがいいわね。もう16歳でしょう?」


「そうなんだけど……今回城に戻ってきたのも、その話で。僕が決められないからってお茶会を開くとか……正直、あまり気が進まない……」


「お茶会くらい出たら? 守り人の女の子たちを何人か呼ぶんでしょうけど、ユリアンが出会うきっかけはそんなにないもの。一度に複数の守り人の年頃の女の子と出会えるなんてラッキー! くらい思わなくちゃ」


「うん、わかってるけど……僕はまだ婚約とか結婚とかは……。もちろん将来的には結婚する。だけど、今はまだ、決められない……」


 ユリアンは目を伏せ、指先でオレガノの葉をなぞった。

 決められない──その言葉の裏に、ひとつの姿が浮かび上がる。


 ユリアンの脳裏には、テラの誕生会で出会った少女、カリスの姿が映っていた。



 ◇ ◇ ◇



 1月の半ば。王家主催のお茶会が開かれた。


 しぶしぶお茶会に出席したユリアン。

 男性は当然ユリアンだけだ。周りはみんな年頃の女の子。

 『この中から選べ』と圧をかけられているようで、気が重かったユリアンだったけれど、ひとりの女の子が目に飛び込んできた。


「……まさか、この場に君がいるなんて!」


 ユリアンの驚きの声に、相手の少女は困惑したように答える。


「ユリアン殿下、お久しぶりです……」


 無視してくれればいいのに。

 ……目立たないようにしてたのに。


 カリスの心境としては、『最悪』だった。

 カリスはイーストゲートから慌てて王都に戻ったけれど、どんな用件なのかは聞いていなかった。

 まさか、ユリアン殿下の茶会に出席するためだとは、夢にも思っていなかった。

 王都に戻り、話を聞いて、仰天し、頭を抱えた。



「カリス、君に会いたいと思ってたんだ」


 ユリアンは率直に告げた。


「そ、そうでしたか……」


 カリスは戸惑いを隠せない。正直いうと、カリスは変装しようかと思ったくらいだった。

 できれば、このまま気づかれないままでいたかったのだ。


「カリスは僕の事、気付いていたの?」


「はい……あの、誕生会での自己紹介のときにお名前をお伺いして、その時に気付きました。殿下には大変な失礼をしまして……申し訳ございませんでした……」


 『大変な失礼』というのは、誕生会での『らせん階段の出来事』を言っていた。

 殿下と知らずに、馴れ馴れしい態度をとってしまったと。


 ただ、会う機会はほぼ無いだろうと思っていたし、殿下が身分を隠しているぶんには、問題ないと思っていた。

 カリス自身、今まで茶会の招待を全て蹴って来たのには理由がある。

 いくらフィオネール家が由緒正しい家柄だとしても、爵位はない。

 貴族でもないのにどうして茶会に参加しなければならないのか、と思っていた。

 二度と参加する気も無いけれど、今回は父の顔を立てて仕方なく、参加しているのだ。

 父がどうしてもと言うから!


 身分なんか関係ないところで会うならよかったのに。

 こうして正式な場で会うなんて。

 しかも婚約者候補選定の茶会だなんて。

 こんな形で再会するなんて……正直、最悪だわ……。

 カリスは心の中でそう呟いた。



「カリス、ユリアンでいい。かしこまらないで」


「でも……それは」


 ユリアンは少し目を細めて、カリスを見つめた。

 遠慮がちな彼女の様子に、小さく息をついたあと、静かな声で言葉を紡ぐ。


「君には普通に接してもらいたいんだ。イーストゲートで会った時と同じように」


「…………わ、わかったわ……ユリアン」


 カリスにユリアンと呼ばれ、満足した笑みを浮かべると、さらなる要望を出してきた。

 さすが王子様だ。


「君とたくさん話をしたいんだけど……」


 ユリアンは微笑みながら、その目には確かな期待が込められていた。


「この場では難しいから……時間、あるかな。よかったら、この後、ふたりきりで会えない?」


「え、ええ、大丈夫よ。それじゃ、あとで」


 さすがに茶会の場に来ておいて、『用事があるから帰ります』とは言えない。

 カリスはぎこちなく微笑んだが、心の中では深いため息をついていた。

 逃げ場はない。この場で断る理由もない。

 そして何より、ユリアンの瞳に込められた期待に、彼女は押し流されるような感覚を覚えた。


「彼に伝えておくから、それじゃ、終わったら。楽しみにしてるね。君とちゃんと話せたら、それだけで嬉しいんだ」


 そう言うと、そばに控えていた騎士団長のヴェルトに視線を向け、手配の合図をした。

 カリスはこの場に来たことを、後悔するしかなかった。


いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、大変ありがとうございます。

次回更新をどうぞ、お楽しみに!

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