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04 薬草茶1


 ふたりの共同生活が始まって4日目の朝。


 薄い灰色の雲が垂れ込める秋曇の空の下、いつものように森へ続く道をふたりで歩いていると、ご近所に住むマーサおばさんに出会った。


「おはよう、テラちゃん。いまから薬草採取に行くの?」


マーサおばさんが優しそうな笑みを浮かべてテラに声をかけてきたので、もちろんテラは元気に挨拶を返す。


「おはようございます、マーサおばさん。これから薬草採取に行ってきます」


「いつも頑張ってて、テラちゃんはえらいわね。でも今日は雨が降りそうだから、早めに切り上げたほうがいいわ。あまり遅くならないようにね。気をつけて行ってらっしゃい」


「はい、ありがとうございます。行ってきます!」


 笑顔で短い挨拶を済ませ、マーサおばさんと別れたあと、リーフとテラは森へ続くいつもの道を辿っていく。


「優しそうな人だね」


「うん。亡くなった母さんのお友達なの。私が生まれる前から母さんと仲良しだったって聞いてるわ。マーサおばさんはとても優しくてステキな人なの」


 マーサおばさんは亡くなったテラの母親の幼馴染で、テラが生まれた時からテラをよく知っており、テラの母親が亡くなってしまってからは何かとテラを気にかけてくれている、とても親切なご近所のおばさんだ。


「おばさん、ちょっと風邪ひいてるみたいだったよ」


「そうなの? リーフって、そういうのも分かるの?」


「意識して見たら分かるかな。ちょっと喉が痛いのかなって。酷くならないといいけど」


リーフは草花が生えている場所が見えなくても位置を探し当てられるけれど、人の体の調子も意識して見れば分かるらしく、マーサおばさんが喉を少し傷めているのを感じ取っていた。


「そうなのね……それじゃ、今日は風邪に効く薬草を採りたいな。おばさんに薬草茶を持っていきたいの」


「うん、僕も手伝うよ!」


「ありがとう、リーフ」


 それにしても。


 リーフが私の肩に乗ってるのに本当に見えないのね。

 精霊は守り人にしか見えないってリーフが言ってたけれど、こんなに可愛い精霊さんが見えないなんて。

 知らなければ分からないままだけれど、知ってしまえば、見えないことがなんだか寂しく思えるわ。

 私はリーフに出会えて、精霊が見えて、嬉しいもの。だけど、このことは他の人には絶対に言えないな。見えないものを信じるのは難しいもの。私がおかしなことを言ってる人になっちゃうわ。

 もしマーサおばさんがリーフを見られたなら、とっても可愛いくて心強い存在だって分かってもらえるのに――そんなことをもやもやと考えていると、リーフが声をかけた。


「ねぇ、テラ。もう森に入るけど、何の薬草にする?」


「あ、そうね。喉の炎症、風邪に効くといえば……リコリス*がいいかしら」


 いつものように緑色の瞳を輝かせ周囲を探っていたリーフがリコリスを感知し、テラに教える。


「リコリスは……あっちのほうにあるみたい」


 リーフが指した方角へ500メートルほど歩いていくと、そこにはリコリスがしっかりと自生していた。

 

「あったわ! リコリス! いつもありがとう。リーフ」


 お礼を言ってテラがさっそく……と採取しようとしたところで、リーフがテラを呼び止めた。


「あ、収穫する前にちょっと待って。試したいことがあって」


「どうしたの?」


 テラの肩に乗っていたリーフがふわりと地面に降りて、リコリスの根元の近くに立ち、なにやら静かに呟く。


「……リーフヴェイル」


 すると、リーフの足元からキラキラとした光の輪が広がり、その光は土に吸い込まれるように静かに溶けていった。


「今まで試したことが無いから分からないけど、もしかしたら薬草茶にしたときに効果が上がるかもと思って」


と話しながら、またふわりと浮いてテラの肩に乗った。


「なるほど……お茶の効果が上がるとすごいわね!」


「うん、そうなるといいなって。だからちょっと試してみたの」


「それもだけど、私、驚いたんだけど……リーフ、飛べるのね」


 リーフの力には慣れてきたテラだったけれど、それよりリーフが飛んだことにびっくりしてしまった。


「あ、そっか。テラの前では一度も飛んでなかったね。テラはいつも手や肩に乗せて運んでくれるから、飛ぶ必要がなくって。隠してたわけじゃないよ」


 確かに隠してたわけじゃないのだろうけど、私が運ぶのをいつも待ってたよね? なんてツッコミを入れたくなったけど。


「……まあ、いいわ。それじゃ、根を収穫して早く帰ろっか。急いで乾燥させなきゃ」


(*スペインカンゾウ)





 森から帰ってくると、テラは作業場へ直行し、早々に薬草茶づくりを開始した。


「リコリスルートは細かく刻んで...っと」


「どんなお茶にするの?」


「早く作りたいから、細かく刻んで早く乾燥させて焙煎するわ。それから保存してあるカモミールを足して。リーフ&テラ特製リコリスルート・カモミール・ティーね!」


「すごくいいね! あ、そうだ。もし効果が出たら、使用期限は1年って説明を加えてほしいの」


「1年?」


「ぼくの力には持続期間があって。守護をかけてその場で終わりというわけではなくて、安定のために最低でも60日持続するの。期間はコントロールできるから、薬草茶を保管しておくかもと思って持続期間を1年間にしておいたから」


「わかったわ。使用期限は1年ね。効果が出るといいなぁ。すごく楽しみ!」


「そうだね。ぼくも楽しみだよ!」


 リーフが使った『リーフヴェイル』は、弱っている植物を元気にさせたり成長させたりする守護の力。成長促進や強化を目的とした自然力を活性化させる守護だった。





 ふたりの生活が始まって6日目、リコリスを採取した日から2日後の午後。


 リーフの力を借りてふたりで作った薬草茶、リーフ&テラ特製リコリスルート・カモミール・ティーが完成し、ティーカップに5杯分ほどの量の茶葉を麻の小袋に入れて、さっそく、マーサおばさんの家へ持って行くことにした。


「こんにちはー!」


 扉の外からテラが大きな声で挨拶をすると、玄関先に出てきたのはマーサおばさんではなく、マーサおばさんの御主人のロイスおじさんだった。


「こんにちは、テラちゃん。今日はどうしたんだい?」


「ロイスおじさん、こんにちは。マーサおばさん、いますか?」


「マーサは風邪引いちゃってね。咳が酷くて今ちょっと休んでるんだ」


 リーフが心配していたとおり、マーサおばさんは風邪が酷くなって寝込んでいるようだった。


「そうなんですね……。実は風邪に効く薬草茶を作ったので持ってきたんです。リコリスルート・カモミール・ティーなんですけど、良かったら飲んでくださいっておばさんに伝えてもらえますか?」


「おお! それはどうもありがとう。テラちゃんの薬草茶は美味しいから、マーサ、きっと喜ぶよ」


「ティースプーン2杯ほどの茶葉にティーカップ1杯分の熱めのお湯を注いで飲んでください! どうぞお大事に」


 普通の薬草茶は風邪に効くといっても劇的な効果があるわけではない。

 リーフと一緒に作った薬草茶の効果はどれほどなんだろう? と思いつつも、その効果のほどはテラには知る由もなかった。





 その日の夜。


 マーサおばさんは咳が酷くなって熱も出ていて、ベッドで寝込んでいた。

 こんなに咳が出ていると、きっとロクに眠ることも出来ないだろうというのは明白な状態だった。


「テラちゃんが作った薬草茶、飲んでみたらどうだい? リコリスルート・カモミール・ティーって言っていたよ」


「そうね。せっかく作って持ってきてくれたし、リコリスとカモミールはきっとすごく良い香りがするわね。風邪にも効くし、いただくわ」


 ロイスおじさんはお湯を沸かし、茶葉を入れたティーポットに熱いお湯が注ぎ込まれた。

 その瞬間、甘い香りが湯気とともに踊るように立ち上り、キッチンの中を満たしていった。

 おじさんはその香りを楽しむように深呼吸すると、顔に穏やかな微笑みが浮かんだ。


「テラちゃんの薬草茶、煎れてきたよ」


 寝室に持ち込まれたティーポットからティーカップへ薬草茶が注がれ、部屋の中には甘い香りが広がり、ほっとする空間が生まれていた。

 マーサおばさんはティーカップの薬草茶を受け取り、ひとくち、ふたくちと飲むと、ついさっきまでゴホゴホと連続して出ていた咳が次第に収まっていった。


「ねぇ、ロイス。なんだか咳が出なくなったみたい」


「すごいな、テラちゃんの薬草茶を飲んだからなのかい?」


「こんなに早く効果が出る薬草茶がある? 私、まだふたくちしか飲んでないわ。それなのに、さっきまでの咳が出なくなってるのよ。一日中、咳が出てたのに、信じられないほどの効果よ」


「テラちゃんの薬草茶しか飲んでないし、それ以外に、こんな急に咳が出なくなる理由が見当たらないな……」


 マーサおばさんは驚きつつもティーカップの薬草茶を飲み干し、咳が収まったおかげで、薬草茶の甘くやわらかな香りに包まれながらゆったりと眠りにつくことができた。


 そして翌日。マーサおばさんはとても気分良く朝早くに目を覚ました。


「なんだかすごくスッキリしてるわ。体もだるくない、喉も全く痛くないし熱もないわ。テラちゃんの薬草茶が効いたのね。こんなに早く治るなんて!」


 リーフにとって初めての試みだったけれど、リーフの力は、薬草茶の効果を上昇させることに成功したようだった。



いつも読んでいただき、ありがとうございます!

楽しんでいただけると幸いです。

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