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57 イーストロード


 年が明け、1月2日。


 イーストゲートでの1週間を終えたリーフ、テラ、ファル、リモ、そしてヘリックスの5人は、旅の目的地を王都へと変更し、ノーサンロードから東へ延びるイーストロードを進むこととなった。


 朝の空気は冷え込み、街道沿いの枯れ草はうっすら霜に覆われている。

 足を踏み出すたび、霜を砕くシャリシャリという音が静けさの中に響いた。


 低く垂れ込めた冬空のもと、昇りはじめた朝日が白い息を照らし、それがゆっくりと空に溶けていく。

 吹き抜ける風は肌に刺さるほど冷たく、マントをしっかりと巻かなければ凍えてしまいそうだ。


 イーストロードは、イーストゲートと王都エルドリアを結ぶ全長約500キロの街道。徒歩なら25日ほどの旅程となる。


 旅人たちの足元を覆うのは乾いた土と霜の残る石畳。

 空気はひんやりと澄み渡り、遠くの丘には冬枯れの木々が静かに並んでいる。



「王都まで25日間くらいよね。今まで通り、のんびり行こう!」


 テラは手荷物のカバンを肩に掛けながら、ファルに声をかけた。

 リーフたち5人は特に急ぐ旅というわけではなく、風景を楽しみながら歩き旅をすることを選択した。


 道端の雑木林では、冷たい風に揺れる枯れ枝がかすかな音を立て、冬の静けさが辺りを包んでいた。



「そうだな。急ぐ旅でもないし。そういや、ユリアンはもう王都に着いてる頃かね」


 ヘリックスはユリアンとの話をみんなに共有していた。

 もちろん、ユリアンが王子であり、王子であることを隠そうと思っていなかったということも含めて。


「そうね。駅馬を使えば6日、早ければ3日で着くから。まあそんなに急いでたのかは知らないけど」


 イーストロードには駅馬があり、500キロ離れた距離をわずか3日~6日で移動可能だ。

 ヘリックスは駅馬の話をしつつ、ユリアンをふと思い浮かべる。


「このイーストロードだけだもんな。長距離の駅馬がしっかり整備されているのは」


「500キロの距離を結ぶ駅馬が王家の手できちんと管理、運営されているから、イーストゲートまでは王子が単独で遊びに来れるってことかしらね」


 ヘリックスの推察はその通りで、駅馬があるからこそ王子の単独行動が許されており、イーストゲートまでがその行動範囲となっている。


「ははは。しかし、王命って、なんだろうな。ま、俺達には関係ないが……。王子様も大変だな」


「王都に着いたら王城にも行かないといけないわね」


 ヘリックスはユリアンから預かった紋章入りのチェーンペンダントにチラリと目をやる。


「王城か~。長生きの俺でも、さすがに王城内には行ったことは無いからな! 長生きしてみるもんだな!」


 さすがのファルも王城に足を踏み入れたことは無いので、王城への招待には喜びが隠せない。


「王城ってどんなところかな。すごいなぁ。夢にも思ってなかったわ」


 テラは王城への招待にワクワクして期待に胸を躍らせていた。




「なぁ、テラ。カリスも王都に戻ったんだよな。馬車だったから、まあ馬車の種類とか、馬数にもよるが、最速で5日。6日から12日ってところか。今頃馬車に揺られて王都に向かってるんだろうな」


「カリスは急遽、家に戻らなきゃいけなくなったって言ってたわ」


「ユリアンもカリスも、なんだか忙しいな。だけど、まあ、家族がいるってことは良いことだ」


 ファルにもテラにも、自身の行動を左右されるような家族がいない。そのことを暗に示した言葉だった。


 それを聞いたリモが言葉を紡ぐ。


「私たちはもう、家族みたいなものじゃない?」


 リモの言葉に、ファルは一瞬照れたように驚いたものの、嬉しそうに笑った。


「ああ、そうだ。俺たちは家族みたいなもんだな。これから村を作って、一緒に暮らすんだからな」


「ふふっ。すっごく楽しみ! みんなは私の家族かぁ! 嬉しいな!」


 新しい家族、みんなと一緒に暮らす村、どんどん想像が膨らんで、まるで夢のようで嬉しくて顔がほころぶ。

 テラは改めて、リーフが計画する『守り人と精霊が静かに長く暮らせる村』に思いを馳せ、喜びを嚙みしめていた。



「ところでリーフはどうしたんだ? まだ寝てるのか?」


「そうなの。私が朝起きたときは、リーフも起きてたんだけどね。眠いからって依り代に入っちゃって、そのままずっと依り代から出て来てないの。たぶんまだ寝てるんだと思うわ」


「珍しいな、というか初めてだよな? リーフが依り代で寝てるなんて」


「そうね、契約してから今まで一度も、こんなこと無かったから……。夜、眠れなかったのかなぁ。いつも夜はすぐに寝てたし、昨日の夜も私が寝る時はリーフも寝てたんだけど……」



 じつは、最近のリーフは寝たふりをしていた。そして、テラが寝たのを見計らって起きるのだ。

 リーフが言っていた『いいこと思いついた』というのは、テラの寝顔を見るために、寝たふりをして起きていることだった。


 血の摂取後は速攻で寝てしまうリーフだったけれど、ファルと一緒だと頑張って起きて話を聞いていたし、眠気や安堵感よりも勝る興味があれば、案外起きていられる。


 テラの誕生会の夜から寝たふり作戦を決行していたリーフだったけれど、夜中に眠くなって寝てしまっていた。しかし、4日目にしてついに、『徹夜できた!』というわけだ。

 一晩中、テラの寝顔を眺めていたリーフは、朝になってテラが起きたので依り代に入って寝ただけなのである。



 ◇ ◇ ◇



「テラ、寝たかな?」


 むくっと起き上がったリーフはテラの枕元でじっとテラの寝顔を眺めていた。


「寝顔、かわいいな。どうして今まで気付かなかったのかな。こんなにかわいいのに」


 じっと見ていると、時々、口がむにゃむゃと動いたり、眉間にしわを寄せたり、ちょっと微笑んだりといろんな顔をしているのが分かった。


「どんな夢を見てるのかな?」


 思わず、テラの頬をツンツンとすると、テラが顔を動かしてちょっとびっくりした。


 唇にそっと触れてみると、唇を少しとがらせた。


「……かわいい」


 こうしてリーフはテラの顔を一晩中眺めては顔を触って、まるで宝物を見つけたように、そっと秘密の幸せをかみしめていた。



 ◇ ◇ ◇



 お昼頃になって、リーフが依り代から姿を現した。


「ごめんね、いま起きた」


「おはよう、リーフ。珍しいね。昨夜は眠れなかったの?」


「うん、ちょっと眠かっただけ」


 リーフはテラにちょっとした嘘をついてしまったけれど、言わないほうがいいと思っただけで悪気はない。これはリーフの初めての秘密の楽しみなのだから。



 テラとファルは途中の見晴らしの良い丘陵地の片隅で休憩をかねた昼食をとり、イーストロードを東へと進む。


 そして、夕暮れ時。

 日が沈む前に到着した駅場がある町で、イーストロード1日目の宿をとることにした。


 イーストロードは駅馬が整備されている街道なだけあって、歩き旅でも野宿せずに宿泊しながら王都まで行けそうなのは助かる。

 駅馬の宿場では、煙が立ち昇る炉の周りで旅人たちが暖を取っている姿が見えた。

 馬の息も白く、時折鼻を鳴らして寒さを訴えているようだった。



 駅馬近くの宿をとり、テラとファルはふたりで宿近くの食堂へと向かう。

 旅人や商人も多く、料理の種類も豊富なとても充実した食堂で、テラとファルは地元のハーブを使ったスープと羊肉のスパイス煮込みを注文した。


「スープは地元の味って感じね! ハーブが効いててすっごく美味しい!」


 立ち上る湯気の向こうに、ハーブの香りがふわりと鼻をくすぐった。


「この羊肉のスパイス煮込みもすげー美味いな!」


「あったまるね! 寒い冬にピッタリ!」


「野宿もいいけど、やっぱ美味い飯だよな! ははは」


 満たされたお腹と、静かな宿の灯。遠くに響く駅馬のいななきが、旅の始まりを知らせるようだった。

 明日もまた、新たな道が待っている――イーストロードの旅は、まだ始まったばかりだ。


いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』をお読みいただき、ありがとうございます!

このエピソードから『王都編』となります。

これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。

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