56 イーストゲート15 再会の約束
テラの誕生会が終わる少し前――。
宴の余韻が静かに漂う中、テラとカリスは少し離れた場所で言葉を交わしていた。
窓の外では日がゆるやかに傾き、淡い光が部屋の隅を照らしている。
「ねぇ、カリス。カリスは宿に泊まっていたでしょう? しばらくイーストゲートにいるの?」
「私は明後日イーストゲートを離れるの。急遽、家に戻らなきゃいけなくなっちゃって」
「そっか……。よかったら、もう一度会えないかと思ったんだけど……」
テラが残念そうに話した。
「明日はちょっと無理だけど、明後日、ここを離れる前に会いに来るわ。せっかくテラという素敵な友だちができたんだもの。会いに来るから、待ってて」
カリスはテラの純粋さに触れ、飾らないテラとの時間は新鮮で、心地よく感じていた。だから、最後にもう一度会いたいと思った。
「あ、でも、カリスは忙しいんじゃない? 私が行くわ」
「いいのよ。明後日には全ての段取りをつけて、身一つで発つ予定だから。テラと会うのは、私も楽しみなの!」
テラはカリスの気さくで飾らない言葉に、胸が温かくなるのを感じた。初めての同年代の同性の友だち――。
「そう……? それじゃ、明後日、また!」
「ええ、また、明後日ね! 必ず会いに来るわ!」
◇ ◇ ◇
そして、12月31日のお昼頃。
イーストゲートの空は澄み渡り、冬の日差しが石畳の街並みに柔らかく降り注いでいた。
テラが窓から外をのぞくと、手入れの行き届いた美しい装飾が施され、気品を漂わせる馬車が、宿泊している宿の前に停まっており、そこからカリスが軽やかな足取りで降り立った。
カリスが家に戻る前にテラに会いに来たのだった。
「こんにちは、テラ」
「カリス! ありがとう、わざわざ会いに来てくれて」
「1時間くらいしか時間がとれないみたいなの。ごめんね」
「全然! あの、これ、受け取ってもらいたくて」
テラはハボタンの鉢をカリスに渡した。ハボタンはカリスの誕生花だ。
ハボタンの鉢にはリーフが力を使い、長持ちするよう、守護をかけておいた。
「わぁ! とてもきれいなハボタン! 私の誕生花、ありがとう! すごく嬉しいわ!」
カリスは目を輝かせながら鉢を受け取り、指先で優しく葉に触れた。その瞬間、リーフの守護の光でハボタンが微かに輝きを帯びたように見えた。
「リーフの守護がかかってるから、鉢植えだけれど長持ちしてくれるはずなの。でももしよかったら、お庭に植え替えるといいかもしれないわ」
「ええ、わかったわ! 帰ったら庭師にお願いしてみるわね」
「カリスの家はここから遠いの?」
「あ、言ってなかったかな、私、王都に住んでいるの」
「え?! 王都なの? 私たちもイーストゲートの次は王都に行くのよ」
驚きのあまり、テラは少し身を乗り出した。
「ええっ!? そうなの? それじゃ、王都でも会えない?」
カリスは少し考えるように目を細め、そしてふと顔を輝かせると、言葉を続けた。
「というか、王都にくるなら、どこかに泊るんでしょう? 私の家に泊らない?」
「カリスの家に!? そんな、いいの? カリスの家って、そんなに広いの? 迷惑にならない?」
「全然大丈夫よ。お部屋も余ってるし、敷地内のゲストハウスも使えるわ!……そうよ、ゲストハウスに泊ればいいのよ! いいアイデアでしょ! やったわ! これでテラともまた会えるわね!」
テラは驚きながらも、少しだけ頬を染める。王都のお邸なんて、どんな世界なのか想像もつかない。
まさか、次の目的地でまた会えるなんて思っていなかった。
「ちょっと待ってね。カリスのお家に泊るって話、みんなに聞いてみないと。みんなは隣の部屋にいるの。呼んでくるから」
「あ、いいわよ。私が行くほうがいいでしょ?」
テラとカリスは、ファルの部屋に移動した。
「こんにちは、ヘリックス、リモ、ファル、リーフ。2日ぶりね!」
「みんな、あのね。カリスのお家が王都にあるから、私たちが王都に着いたら、カリスのお家に泊らないかってカリスが誘ってくれてるの。どうかな?」
「ええっ!? カリスの家は王都なのか。俺たちが泊って、大丈夫なのか?」
テラの説明にファルは驚きの声をあげつつ、カリスに尋ねた。
「ええ、問題ないわ! ゲストハウスもあるし、本邸にもお部屋はいっぱい余ってるから」
「へぇぇ……! カリスの家は立派な邸なんだな」
「ふふっ。さすがにフィオネール家ね。有難く、お言葉に甘えさせてもらおうと思うのだけど、リモもいいわよね?」
ヘリックスは王都でアカンサスの精霊に会うつもりだったため、カリスがフィオネール家のお嬢様だと知った時から、偶然とはいえ、探す手間が省けたと思っていた。
「フィオネール家? ああ! それはすごいわね。リーフもいいよね?」
リモは名前を聞いて少し考えた。そして、パッと思い出した。
「うん、ぼくはどこでもいいよ。……フィオネール家……んん?……もしかしてアカンサス? ヘリックスが王都で会いたい精霊って、アカンサスの精霊?」
フィオネール家は王家よりも長い歴史をもつ古い家系で、代々アカンサスの精霊と契約してきた。
リーフもいつか聞いた記憶を辿り、アカンサスを思い出していた。精霊界の建物はすべてアカンサスの精霊によって建造されている――もちろんリーフの住処も例にもれず、だ。
「まあ、そういうことね」
ヘリックスがにっこりと微笑んでいた。
「それじゃ、王都に着いたら、フィオネール家の邸に来てね! 待ってるわ!」
そんな話をしていると、馬車の御者が迎えに来た。
「カリスお嬢様、そろそろお時間ですので出発なさいませんと……」
「うん、わかったわ。あ、それと、リーフっ」
「ん、なあに? カリス?」
「リーフって、とってもかわいいのね! びっくりしちゃったわ! 誕生会のときはすっごくカッコよくて驚いたけど、今日はこんなに小さくてとっても可愛いんだもの! テラが好きになっちゃうのも頷けるわ! ふふふっ」
「あ、あのっ、いや、ちょっと待って、カリス!」
カリスの発言にぎょっとしたテラは、否定しようとカリスに声をかけた。
「それじゃ、みんな、王都でね! また会いましょ!」
カリスはそんなのお構いなしに再会の約束を口にすると、風のように部屋を後にした。
御者が手綱を軽く引き、馬が静かに蹄を鳴らす。
カリスが乗り込むと、馬車の窓からふわりと手を振った。
王都での再会を楽しみにしながら、テラは宿の窓からカリスの姿を目に焼き付けていた。
いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』をお読みいただき、ありがとうございます!
第二章『旅』ノーサンロード編はこれで終わりまして、次回からは第二章『旅』王都編が始まります。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!