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53 イーストゲート12 誕生会の後


 誕生会を終え、テラとリーフは宿に戻ってきた。

 

 ヘリックスはユリアンと話があるらしくまだ宿には戻ってきておらず、部屋の前でファルとリモと別れると、テラは部屋の扉をパタンと閉じた。

 外の喧騒が嘘のように遠ざかり、静かで温かい二人の空間になった。


 テラがふぅっと息を吐くと、リーフが穏やかに声をかけた。


「おつかれさま、テラ」


「リーフこそお疲れ様。今日は本当にありがとう。こんなに楽しい誕生日は生まれて初めてだったわ! 私って本当に幸せ者ね。これもリーフと出会って、こうして旅をしているおかげね」


「テラが楽しめたなら……よかった」


 テラの満ち足りた笑顔を見て、リーフは安堵し、にこやかに微笑んでいた。


「ねぇ、リーフ。オドントグロッサムの花束、リーフが用意してくれたの?」


「お花は知り合いの精霊に頼んで……花束、作ったの」


「そう、ありがとう、リーフ。誕生花、すっごく嬉しいよ!」


「ほんとはぼくが摘んできたかったけど……近くには咲いてなくて」


「でも、リーフが頼んでくれたから、ここにあるのよね?」


「そうなんだけど……」


 きれいにラッピングされ、可愛らしいリボンが結ばれた花束は、大きな萼片と側花弁に繊細な斑紋が入り、まるで芸術品のようにテラの目を楽しませた。

 そして、リーフが気持ちを込めて花束を作ってくれたことが、何よりも嬉しかった。


「ふふっ。ありがとう、リーフ。すごく、嬉しいよ」


 テラは改めてお礼の意味を込めて、リーフを優しくそっと抱きしめた。

 テラの温かい腕がリーフを包み込むと、リーフも優しくテラの背に腕を回し、そのぬくもりを受け止めた。


 王子様なリーフとは身長差があるため、傍から見ればテラが抱きついたように見えるかもしれないけれど、テラにとっては紛れもなく、大切に抱きしめた、という行為だ。



「私、着替えてくるね」


「うん……。待ってる……!」



 テラはヘリックスが用意してくれた可愛いワンピースを脱いで、いつもの服に着替えた。


「やっぱりいつもの服が一番落ち着くわ」


 テラは苦笑しながら、部屋の隅にある二人掛けの長椅子に腰掛けた。


 木の長椅子は長年使われた風合いがあり、表面はツルっとして、手を置くとほんのり冷たさが指先から伝わってくる。



「あの服も似合ってて、可愛かった」


 リーフはテラの右手側に腰を降ろした。

 長椅子は二人掛けだけれど、二人が座っても余裕があり、詰めればあと一人は座れるくらいの幅があった。



「もう、そんなこと言って。……でも、あの服可愛かったな。靴も可愛くて。あんなおめかししたことなかったから、恥ずかしいなって思ったけど、楽しかったよ」


 リーフの視線を感じたけれど、テラはなんとなく視線をそらしていた。

 テラは長椅子にまっすぐ座りつつ、心の中で照れくささを感じていた。



「ねぇ、テラ」


「ん?」


 リーフがズイッと寄ってきた。

 その動きがあまりにも自然で、でもどこか特別で。

 近づいたリーフの気配が、ほんのりと感じられる距離だった。

 そして――

 リーフの指先が、テラの髪をひとふさ取り、そっと撫でる。


「!!」



 こ、これは!


 体を少し右に向けて、顔を上げてリーフの顔を見ると、優しげなカッコかわいい王子様リーフと目が合った。

 リーフは視線を重ねたまま、髪をゆっくりと口元に持っていくと、ちゅっと唇を落とした。


 テラの胸はドキドキと高鳴り、息を止めそうになった。


 誕生会でやった髪キス。これで二度目だけれど、テラがこれに慣れるはずがなく、一瞬で顔から耳まで真っ赤になった。



「テラ、すごく、かわいい……大好き」


「そ、そ、そんな……こと言って」


 動揺したテラは思わず目をそらして、俯いてしまう。まともにリーフが見れない。

 右隣に座るリーフから顔を隠すように、右手を顔の横にもっていく。



「かわいいよ? 顔、隠さないで?」


 リーフはゆっくりと首を傾げ、テラの顔を覗き込むようにする。



「あ、あの、そんなに見ないで……」


「……こんなに、かわいいのに?」


「…………は、恥ずかしいから」


「かわいいって言われるの、いや?」


「い、嫌じゃ、ないけど……」


「テラが恥ずかしそうにしてると、ぼく、すごくかわいいって思うみたい」


「な、なに言ってるの……もう、ほんとに……!」


 テラはリーフから逃げるように長椅子の端へとじりじりと寄った。

 リーフを見れないまま、目を伏せて、視線を泳がせていた。



「服も靴も、かわいいかもだけど、ぼくの『かわいい』はテラだけ」


 リーフの表情を見ていないから、どんな顔してこんなこと……と思ったけれど、穏やかな甘い口調に、きっと優しく微笑んでいるのだろうと感じる。



「う……あ、ありがと……」


「……正直にいうと、かわいいってよく分からなかったの。だけど、テラが教えてくれたの。かわいいの意味。だから、ありがとうは、ぼくのセリフ」


 いつの間にか、二人の間の隙間がじわりと狭くなっていた。



「そ、そっか……」


「……好きの意味も、テラが教えてくれたの」


「わ、わたし……?」


 かわいいと言われて下を向いてから、右手で横顔を隠し、リーフの顔を見ずに会話していた。

 ふと顔をあげて、ちらりとリーフを見ると、目が合った。思わず息が詰まりそうになる。優しい緑色の瞳はキラキラと輝いて、まるで吸い込まれそうだった。



「そうだよ」


 リーフは柔らかな笑みを浮かべていて、声色は一貫して穏やかで優しくて、甘い。


 リーフは私にかわいいって言うけど、リーフのほうがずっと愛らしく見えるのにと思う。

 好きって言ってくれるけど、それって本当の意味で好きなのかな。

 確かに、リーフは変わったと思う。

 それは姿だけじゃなくて。


 フォールゴールドを発ってからの約1か月、リーフが優しいのはそうなんだけれど、それに加えて、甘いと感じる。言葉の端々、声色の端々がとても甘くて、ちょっと困る。


 リーフがじわりと距離を縮めてくるけれど、テラはすでに長椅子の端っこで、逃げるなら立って離れるしかない。でも、なぜか、立ち上がって距離を取ることはできなかった。



「……テラ」


『テラ』と名を口にするのと同時に、顔を隠していた右手を取られ、するりと指を絡めて恋人つなぎになり、テラは驚きつつもドキリとした。

 こんなふうに、優しく、でも確信を持った仕草で手を取られるなんて、初めてだった。



「あ……」


 リーフに向かうように体を開き、右手は取られ、長椅子の端っこに追い込まれる形になっていた。

 テラの心臓は跳ね上がり、息を飲んだままリーフの綺麗な瞳に釘付けになった。



「テラが顔を隠してるから。やっと見れた」


 リーフは柔らかく微笑むと、テラとの距離を30センチほどに詰めた。



「……すごくかわいい、本当に……好き」


 リーフがさらに距離を詰めてくる。



 こ、これは……!




 テラは反射的に目をつぶってしまった。



 これって、まさか、まさか!!


 ていうか、なんで私

 目を閉じてるの!?

 待ってるみたいじゃない!?


 え、待ってたの!? 私!?



 思考回路は、フル回転だった。

 ほんの数秒の間に思考は暴走し、あれやこれやと想像が止まらない。



 顔の近くにフッと気配を感じた瞬間

 息が止まった。


 硬直した。



 しかし、気配は頬の横をすり抜けて、

 ぎゅっと優しい腕に包まれていた。



「まだ早いけど、今日も温めるね」


 耳元でリーフの優しい声がした。



「…………」



 キスされると思った私って!!


 恥ずかしすぎる!!


 しかも自分から目をつぶってしまった!!



 私、期待してた…!?

 そんなはずない、そんなはず……いや、でも……!



 テラは、リモから貰ったしおりを手に持った時、『好きな人、できるといいわね』とリモに言われ、ふと脳裏に浮かんだ顔があった。それが加護の発動条件だとは知る由もなかった。


 あの時、脳裏に浮かんだのは王子様なリーフで、恋が成就するために、テラに対して『素直に心を開く』という加護が働いていた。

 なぜならリーフに『魅了』は必要なく、問題なのはテラの親性脳だったから。

 もちろんこれは、素直に心を開いた先に気持ちがないと意味がないのだけれど、そういう下地があったからこうなっているだけのことである。



「……テラ?」


「へっ!?……あ、えっと、な、なあに!?」


「このまま長椅子に座っててもいいけど、横になる? 疲れてない?」


「いや、あの、まだ夕方だし……ちょっと疲れてはいるけど……」


「それじゃ、少し休もうね」


 その言葉と同時に、リーフは軽やかにテラを抱きかかえ、ふわっと持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこである。


「え! え! ちょ、待って」


「これ、やってみたくて。楽しいね」


 リーフは嬉しそうに笑ってテラを運ぶ。


「やってみたくてって……!? そんな気軽に言われても……!」


「ファルがリモを抱きかかえてたから。ぼくもやってみたいなって」


 リーフは、フォールゴールドの町でジオと会い、テラを大切にすると宣言した。

 ファルがリモを抱きかかえていた様子は、リーフにとって『大切にしている姿』に見え、ぼくもやらなくちゃ! と思った結果だった。

 リーフのテラに対する甘々っぷりは『大切にする』と自身に誓った結果なのだ。



「ええっ……」


「テラはぼくの首に腕を回して?」


 リモがファルの首に腕を回していたので、そう言ってみた。

 テラは言葉に詰まった。


「ね? お願い」


「は、はい……」


 テラがぎこちなくリーフの首に腕を回すと、リーフは嬉しそうに微笑み、満足げな表情を浮かべた。

 その笑顔があまりにも純粋で、逆にテラはますます恥ずかしくなった。



 リーフはテラをベッドに運び、そろりとゆっくりテラを下ろすと、指先がそっとテラの肩を離れた。

 そして、そのままテラに被さるようにして、ふんわりと抱きついた。


 え、え、え!

 ちょ、ちょっと待って!!



 鼻先が触れそうなくらいの距離で、リーフの瞳がまっすぐにテラを捉えた。

 テラの顔の真上で、リーフが柔らかく微笑む。


「テラ……好き……」



 うわー!

 ち、近いっ!

 どうしよう!?


 こ、今度こそ!?

 今度こそ、キ、キ、キス……?



 接近したリーフの顔は、テラの頬をかすめてテラの顔の横で静かに止まった。

 リーフの優しい声が耳元で甘く囁いた。


「疲れたよね? 少し休んで。温めるから」



「あ、うん……」


 キスじゃなかった……。



 ちょ、キスじゃなかったって、なに!?

 リーフに対してこんなこと思うなんて……!

 え、そんなにキスしたい……の!?

 いやいや、そんなわけ……でも、いや、でも……!!

 確かにリーフはすごく優しくて素敵で!

 顔なんて超好みだけど!!



 自爆だった。




 リーフはいつものように、力を解放してテラを温める。

 その温もりは寛容と慈しみの光。

 この温もりに包まれると、ホッとして穏やかで安心した気持ちになる。


 テラはさっきまでのドキドキが次第に落ち着いて、誕生会の疲れもあってか、ドキドキ動揺の連発で疲れたのか、まぶたが重くなって、リーフの腕の中で温かさに包まれるまま眠りに落ちた。


「テラ、寝ちゃった?」


 リーフが寝ているテラの顔を見たのは初めてじゃないけれど、初めて、じっくりと意識してその寝顔を眺めた。こんなにも穏やかで愛らしいなんて。


「テラの寝顔……かわいい……」


 リーフは新たな発見をして、いいことを思いついてしまった。


 このあと、ファルが夕食のためにテラを呼びに来たので、テラはリーフに起こされるのだけど、起こし方が甘過ぎて、起きるのに勇気が必要だった。


いつも、『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!

次回もどうそお楽しみに!

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