52 イーストゲート11 テラの誕生会3
「「テラ、誕生日おめでとう!」」
「みんな、ありがとう! こんなふうにみんなにお祝いしてもらって、すごく幸せ。ほんとにありがとう」
「これはみんなで相談して選んだプレゼントなの。誕生日おめでとう、テラ」
リーフがテラに大きな包みを渡した。その包みには赤いリボンが掛けられ、可愛らしい花束が添えられている。
「開けていい?」
「もちろん!」
テラは目を輝かせて、リボンをほどき、包みをゆっくりと丁寧に開けていく。
「わぁ! 薬草図鑑!! 欲しかったの! すっごく嬉しい!!」
包みの中身は、それだけではなかった。
図鑑と一緒に、ブックストラップに紙束と羽ペン、インク、そしてスターチスのしおりもセットで入っている。添えられた花束は、もちろんテラの誕生花であるオドントグロッサム。
その全てに、テラは静かに、でも確かに心の奥から溢れる感謝を感じていた。
「ほんとに、みんな、ありがとう……」
テラの空の青の瞳が揺らいで、少し涙目になっていた。
「気に入ってもらえたみたいでよかったわ」
ヘリックスはテラが喜んでくれたようでホッと満足の笑みをこぼす。
「スターチスのしおりは恋愛成就の加護が付いているから、テラの恋は必ず成就するのよ。テラに好きな人ができれば、なのだけど」
リモはテラの好きな人はリーフだと確信していた。でも、わざわざこうして話すのには、理由がある。
「ふふっ。私、もう恋愛は諦めていたけど、こんな私でも成就するの?」
テラはしおりを手に持ち、リモに訊ねた。
こんな私、の意味は、もちろん不老不死ということだ。テラは不老不死になって恋愛も結婚も諦めていた。
「もちろんよ。諦めることなんてないんだから。好きな人、できるといいわね」
大事なことなので2度言った、ではないのだけれど。
「ありがとう、リモ。なんだか嬉しくなっちゃった。ふふふ」
テラは『好きな人、できるといいわね』とリモに言われ、ふと脳裏に浮かんだ顔があった。
加護が発動する条件。テラがしおりを手に持ち、脳裏に浮かんだ人物を想像したとき。
リモはしおりがじんわりと光を帯びるのを、見逃さなかった。
『テラは誰を思い浮かべたのかしら? もちろんリーフでしょうけど!』
リモは内心、自分の目論見通りになったとワクワクするのだった。
ちなみにこの加護はリモと契約する必要のないもので、リモがしおりを商品として販売しているように、誰でも受けられる加護だ。
具体的には、『好きな相手を魅了する』という加護になるのだけど、テラに渡したものはテラ専用に加護を変えた特別製だ。
「このあと、誕生日のテラと、明日が誕生日のカリスには、『オリーブ・ルミエール』特製のスイーツがあるから、楽しみにしててね」
ユリアンがテラとカリスに対して、おそらく一番のお楽しみとなる特製スイーツがあることを告げた。
「私もいいの!? すごく嬉しい! 『オリーブ・ルミエール』の特製スイーツだなんて! 帰ったら友達みんなに自慢しようかな!」
カリスは特製スイーツが用意してあると聞いて大はしゃぎだった。
「そうだわ、カリスの紹介をしないと! それにみんなのことも紹介しなきゃ」
「あ、テラ? あなたは今日の主役だから、私から紹介するわね」
カリスの紹介役はヘリックスが買って出てくれた。
「まず、こちらがカリス。昨日、町で出会ってテラと意気投合して友達になったの。誕生日も一日違いってことで、来てもらったのよ。それから、私たちの紹介ね。ひとりひとり、軽く紹介していってもらえるかしら?」
「よっしゃ。俺はファラムンド。みんなファルって呼んでるよ。となりのリモと契約してる。リモは恋人なんだ」
「私はスターチスの精霊でリモ。ファラムンドは私の守り人で恋人なの。よろしくね」
「ぼくはテラの精霊、どんぐりの精霊で名前はリーフ。よろしくね」
「僕はユリアン。ヘリックスの守り人だよ。どうぞよろしく、カリス」
「そして私、ユズリハの精霊ヘリックスよ。改めてよろしくね」
「最後に、私はティエラ。皆にはテラって呼ばれてるわ。リーフの守り人よ。よろしくね、カリス」
「みんな、契約している精霊、守り人さんなのね! 私はカリス。契約している精霊は居ないのだけど、私もいつか契約したいなと思ってるの。今日は急な参加になってしまったけれど、皆さんに出会えて、とても嬉しく思っているわ。どうぞよろしくね!」
だけど、さっきの階段の彼、ユリアンっていうのね。もしかしてだけど、第3王子のユリアン殿下?
でもみんな普通に話してるし…………なるほど、私わかっちゃったわ。みんな知らないふりしてるのね! そういうことなら、私も知らないふりをしなくちゃ。
さすがのカリスだった。
控えめなリュートとフルートの演奏が静かに流れる中、食事をしながらそれぞれ談笑して、にぎやかで和やかなひとときが過ぎていく。
そこへ、お待ちかねのお楽しみ、オリーブ・ルミエール特製のスイーツが運ばれてきた。
「テラとカリスはこちらのテーブルへどうぞ」
ユリアンはふたりをテーブルへと導くと、テラの椅子にそっと手をかけた。軽く引いて座りやすくするように促しながら、穏やかな笑みを浮かべる。
「どうぞ、座って」
カリスにも同じように椅子を引いてあげると、彼女は驚いたように瞬きをした後、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、ユリアン。さすが、紳士なのね!」
「オリーブ・ルミエール特製のスイーツ『蜂蜜とナッツのタルト』、誕生日ということで特別仕様なんだよ」
テーブルに並べられた、ふたつの『蜂蜜とナッツのタルト』は、誕生日のお祝いにふさわしく華やかに仕上げられていた。
タルト生地はほんのり黄金色に焼き上げられ、その表面は艶やかな蜂蜜のグレーズで丁寧にコーティングされている。
ナッツはアーモンドやクルミ、ヘーゼルナッツが贅沢に散りばめられ、香ばしさを引き立てる。
ふんわりとしたホイップクリームがタルトの縁を彩り、上には食用花として薔薇の花びらがそっと添えられている。
さらに、ほんのり金粉が散らされ、お祝いムードを演出していた。
「すごい! こんなタルト、見たことない! なんてゴージャスなの!」
カリスが目を丸くして、弾んだ声で興奮した様子だ。
「うわぁ……こんなの見たことも食べたことも無いわ……」
テラは驚きつつもタルトをまじまじと眺めていた。
給仕のスタッフがタルトを切り分けてくれ、テラとカリスの前にそれぞれ置かれた。
「「いただきます」」
ひと口頬張ると、サクサクのタルト生地としっとりした蜂蜜の甘さが口の中に広がった。
ナッツの香ばしさとカリッとした食感が絶妙なアクセントになり、噛むほどにその風味が豊かに感じられる。
クリームのやわらかな口どけと、薔薇の花のほのかな香りが余韻として残り、それは『祝福の味』そのものだった。それはまるで、この日の幸せが舌の上でほどけるように。
「ファルもどうぞ」
「え、ユリアン。俺もいいのか?」
「もちろんだよ」
ファルが椅子に座ると、目の前にタルトが置かれた。
「いただきます!」
ファルがタルトをひと口食べた瞬間、口の中いっぱいに広がる優しい甘さと香ばしさ――思わず目を閉じて、その味をじっくりと楽しんだ。
「うまいなぁ! こんな美味いお菓子初めて食べたよ、長生きするもんだな!」
「えっ? 長生き?」
ファルはどう見ても20代前半だ。不老なので実年齢は違うのだけれど。
テラとリーフ、ヘリックスは知っているけど、誰にでも言う事ではないのは分かっているので、笑って誤魔化す。
「ははは、22歳、長生きだろ? いやぁ、いろんな経験してきたからな、うんうん。それにしても、ほんと美味い!」
ファルはあっという間に平らげた。
「ファルったら。二度と食べられないのに、もうちょっと噛みしめて食べたら?」
テラがファルの食べっぷりに少し呆れたように言うと、ユリアンがクスクスと笑う。
「余ったら、持って帰っていいから」
「え! 持って帰っていいの?」
テラが身を乗り出して目を輝かしていた。
依り代に入れておけば、いつだって新鮮、鮮度が保たれるのだ。
美味しいタルトも、依り代に入れて保管しておきたい! と考えるのは当然だった。
「やったな! テラ! 依り代に入れとこうぜ」
「ちょっと、恥ずかしいから大きな声で言わないで」
「依り代に入れておくって?」
ユリアンが不思議そうに聞き返した。
「ああ、依り代に入れておくと、鮮度がそのままなんだよ」
「そうなの!? すごい……! それって、とんでもないことだよ!?」
「だよな! 俺も知ったときは驚愕したもんだよ。リーフが教えてくれたんだ。荷物もすべて依り代の中だぞ? すごいよな!」
「いや、ほんとにすごいね……」
ユリアンはファルから聞いた依り代の特性に驚いた。依り代は知っているけれど、初めて聞いた利用方法だった。
これが本当に可能なら、物の運搬や保存の在り方が一変する。こんな貴重な情報を得られるなんて。
心からこの出会いに感謝したい思いだった。
テラの誕生会の穏やかで温かい雰囲気の中、カリスもすぐに打ち解けていった。
カリスは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、皆の言葉をかみしめる。
こんな素敵な人たちと出会えたことが、とても嬉しかった。
いつも、『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
次回は、誕生会の後の話です。
どうそお楽しみに!




