51 イーストゲート10 テラの誕生会2
「それじゃ、会場は2階になるから、移動しよう」
ユリアンの声に導かれ、皆はラウンジを離れ2階へと上る階段へ向かう。
ラウンジから階段へ向かう途中、静かな足音だけが響く。
外から差し込む冬の光がほんのりと冷たい空気を伴って、テラの火照る頬に心地よく感じられた。
テラは、男の子に『かわいい』と言われたことがなかった。
そもそも、年頃の男の子の友達すらいなかったのだから、そんな機会が訪れることもなかった。
それなのに――まさか、リーフに『かわいい』と言われるなんて。
リーフのほうがよほどカッコよくて、可愛くて、素敵なのに。
それなのに、どうしてこんなことになってるの?
し、しかも、髪にキスまで!
テラの思考は混乱し、気持ちの整理がつかない。
ラウンジを歩きながら、気持ちを落ち着けようとしたけれど、どうしても頭の中でさっきの出来事がぐるぐると回ってしまい、顔が熱くなるのを感じる。
歩きながらも、テラは胸の奥でくすぐるような感覚が広がるのを抑えきれなかった。
リーフはファルに呼ばれて少し先を歩いていたのだけれど、その後ろ姿をぼうっと眺めてしまう。
……リーフ。
心の中でリーフの名前を呼ぶ。
そのとき、カリスが屈託のない笑顔で話しかけてきた。
「ねぇ、テラ。今の彼! すっごくきれいな精霊ね! カッコよくてびっくりしちゃったわ! それに、テラの髪にキスしてたし、あの彼がテラのいい人なのね? テラったら、真っ赤だもの!」
「い、いゃ、あのっ、リーフは私が契約してる精霊でっっ、そのっ、そういうことじゃなくてっ!」
「テラが契約してるのってヘリックスじゃないの? てっきりヘリックスだと思ってたわ。そう、彼がリーフなのね。ヘリックスが言ってた、隣に並ぶリーフって彼だったのね! でも、テラ、契約してる精霊にそんなに真っ赤になってたら、大変じゃない?」
カリスの言葉がごもっともすぎて、テラは動揺を隠せなかった。
『いい人なのね?』なんて言われても、そんなわけない、と言い切れる……?
顔が熱い。心までじわじわと赤く染まる気がする。
「そ、そうなんだけど……! リーフがかわいいなんて言うから……」
自分で言葉にしてしまった瞬間、さらに恥ずかしくなる。
まるで、カリスの言葉がテラの中にある 『答え』 をすくい取ってしまったかのように感じる。
それを見て、カリスはくすっと笑った。
こんなに分かりやすく動揺するなんて、テラはリーフが本当に大好きなのね。
◇ ◇ ◇
フォールゴールドの町で、リーフが王子様に初めて変化してから約1か月。
この間に、リーフの力は確実に変化していた。
以前は朝になると小さな姿に戻っていたし、眠るとひんやりしていた。
だけど最近は――朝までこの姿を保ったまま、温かさを持続している。
そのおかげで、朝までぬくぬく――
いや、ぬくぬくどころか 試練だった。
ふと目を開けると、目の前に寝顔。
しかも、腕枕になっていたり、すっぽりと抱き寄せられていたり。
ひどい時はリーフの胸に顔を埋める形で目覚めることすらある。
――なんなのこれ、試練なの!?
それでも、『今日も温めるね!』と笑うリーフを見たら、『やっぱり小さい姿のままで寝て!』とは言えない。
確かに、『眠る時も大きなリーフでいいのに』と思ったこともあったけど……まさかこんな試練になるとは、想像していなかった。
この距離、この状況……
私に王子様耐性なんて無いんですけど!?
もちろん、リーフ的にはただの寒さ対策らしい。
冬は寒くて苦手だと言っていたのを、しっかり覚えてくれているのは嬉しい。
嬉しい……けど!
テラの心は、大揺れに揺れていた。
◇ ◇ ◇
精霊と守り人、合わせて7人となった一団は、2階の会場へと、らせん状の階段を上がっていく。
ちょうどそのとき――
「っ!!!!」
ユリアンが階段で躓いてしまい、普段の完璧な立ち居振る舞いとは裏腹に、体勢を崩して落ちそうになってしまったのだけれど、二段ほど後ろに居たカリスがサッと支えて、事なきを得た。
「おおっと! よかった、私が後ろに居て。大丈夫?」
カリスは、体勢を崩したユリアンをがっちりと掴んでいた。
普通のお嬢様なら一緒に転がり落ちていたかもしれない。
「あ、ありがとう。ごめんね、カリス、だっけ。大丈夫? 怪我しなかった?」
「ええ、私は全然平気よ」
カリスはにっこりと微笑みながら、ユリアンの手をそっと離した。
その笑顔が、あまりにまぶしくて――ユリアンは一気に顔が火照るのを感じた。
「あれ? 熱があるのかな」
カリスはすぐにユリアンのおでこに手を当て、熱を診る。
「熱は無いみたいね。でも真っ赤だし、ちょっと休んでおく?」
そう言うと、カリスは今度はおでこを寄せてきた。
「んー。やっぱり熱は無いみたいだけど。すごく熱そうね?」
ふと、周囲が静かになった気がした。
二人のやりとりが、らせん階段の中心で小さな物語を作り出しているようだった。
「ううん、だ、だ、だだいじょうぶだから」
慣れない距離感に恥ずかしくなってしまったユリアンはしどろもどろ。
王族として常に一定の距離を保たれてきた彼にとって、こんなに近距離で他者と接することは稀で、心臓が跳ねるような感覚は初めてだった。
「そう? もし気分が悪くなったら言ってね。私が抱えて休憩室に運んであげるわ!」
カリスは見目も愛らしいお嬢様だけれど、建築現場に行って勉強もしているし、なぜか鍛えていたりもする快活で元気のいい女の子だった。
「カリスって……すごく元気……それに、なんだかカッコいい……」
ユリアンとカリスの物語は、こんな感じで幕を開けたのだった。
一行は階段を上がり、2階にある小規模パーティー用のホールへと到着した。
豪華な装飾が施された扉を開けると、天井には繊細なシャンデリアが輝き、テーブルの装飾にもさりげない気品があった。
華やかでありながら、どこか落ち着いた温もりを感じさせる空間だった。
いくつかの円卓と、円卓の上には様々な料理が並べられており、ホールの壁沿いにも飲み物や食べ物が用意されていた。
給仕のスタッフが忙しなく行き交い、グラスの触れ合う軽やかな音が、もうすぐ始まる祝宴を告げていた。
「おお! 立食形式か! すげー!」
ファルはさっそくテーブルのほうへ足早に歩いて行った。
「色んな人と話ができる立食形式がいいかなと思って。僕もみんなと話がしたいし、動けるほうがいいでしょう? みんなで賑やかに過ごせるからね」
「いいわね! さすが私の守り人だわ」
「はは。ヘリックスに褒めてもらえると、なんだか嬉しいよ」
「ここのスタッフはみんな守り人なの?」
ヘリックスは、給仕をするスタッフ、楽器を持つ演奏家が守り人なのに気付いて、ユリアンに問いかけた。
「全員じゃないけど、精霊が関わる時は守り人のスタッフを配置しているよ。守り人は多くはないから、引っ張りだこなんだけれどね。王都では、守り人は王族が関係する仕事に就く人が多いんだよ。このサロンも例外ではないね」
「ふふっ。もう隠してないのね? ユリアン殿下?」
「気付いていたでしょ? まあ僕も無理に隠そうとはしていなかったからね。守り人には精霊が付いているし、隠したって分かっちゃうもの。それに守り人は守り人同士でしか分かり合えないから、普通の人に口外したりしないって知ってるから」
「それもそうね」
テラのための特別なひとときが、ここから始まる。
笑顔と歓声に包まれて――誕生会の幕が上がった。
いつも、『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
次回更新を、ぜひお楽しみに!