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50 イーストゲート09 テラの誕生会1


 イーストゲートでの3日目。今日は12月29日、テラの誕生日だ。


 誕生日を祝う会は、セシル第2王子が手掛けるサロン『オリーブ・ルミエール』にて正午から催されることになっている。



 リーフとファルとユリアンの男性陣3人組は、先に誕生会が行われるサロンにやって来ていた。


「ユリアン、急に一人追加して悪かったな。テラがひとり呼びたい女の子がいるとかで。しかも誕生日が1日違いって……」


「ううん、大丈夫だよ。一人追加くらいなら全然平気だから。それと、このサロンの特製『蜂蜜とナッツのタルト』も、ちゃんと二人分用意できるって料理長が言ってたし、心配はいらないよ」


「ほんと、すまないな。恩に着るよ、ユリアン」


「任せて、と言ったからには、ちゃんと用意しなきゃだからね!」


 ユリアンの表情には少し誇らしげな色が浮かび、それがファルには頼もしさに映った。




 誕生日を祝う会は、2階の小規模パーティー用のホールで行うことになっていて、リーフとファルとユリアンはラウンジで女性陣の到着を待っていた。


 ラウンジは温かみのある照明に包まれ、壁には品のある絵画が飾られ、柔らかい椅子が並べられていた。

 奥には暖炉があり、静かに薪が燃える音が響いていた。ほのかに香る木の匂いが、心を穏やかにしてくれる。



「なぁ、リーフ。ヘリックスから聞いたんだが、テラ、おめかしして来るんだと」


 ファルが椅子に腰掛けながら、にやりと笑う。


「おめかし?」


「ああ、ヘリックスがテラにおめかしさせるって。だから、リーフ、ちゃんと誉めなきゃだめだぞ」


「あっ! そうだよね! ちゃんと、髪型とか服装とか、そういうのを誉めるって」


「そうそう。練習しただろ? あと、リーフ、ちゃんとその背丈のままだぞ? 小さい姿だとリーフのほうが可愛いってなるからな。ははははは」


「わ、わかった!」


 今のリーフは、テラより背が高いカッコいい姿、みんなが口を揃えて褒める『王子様なリーフ』だ。

 テラの横に並ぶには、この姿が一番いいに違いない。


「でも、本当に、今のリーフすごくいいね。最初に見たリーフは小さくて可愛らしくて! 買い物に行った時も思ったけど、今のリーフはちょっと嫉妬しちゃうくらいカッコいいよ!」


「ぼく、自分の美醜はよく分からなくて……。だけど、褒められてるのは分かるよ! ありがとう、ユリアン!」




 会話が一段落しかけたその時、ギィ、とわずかに軋む音とともに、扉が静かに開き、テラとヘリックス、リモ、そして友達になったというカリスの4人がサロンに姿を現した。

 微かな空気の流れが、テラの髪を揺らす。



「こちらは、テラの友達で守り人のカリス。みんなよろしくね。ここは目立つから、詳しくはあとで紹介するわね」


 ヘリックスがカリスを手短に紹介すると、カリスはスカートの裾をもって軽く礼をした。



 ヘリックスはいつもと変わらなかったけれど、リモは髪型を変えていた。

 瞳の色と同じ淡いピンク色のリボンを結び、ハーフアップに整えられた髪は、彼女の可愛らしさをさらに引き立てている。


 テラもまた、いつもとは違う姿だった。

 薄い水色のワンピースに身を包み、いつもの三つ編みを解いて髪をゆるやかに流している。その髪には、彼女の瞳と同じ空の青のリボンが結ばれていた。


 そんな二人の変化に、ラウンジの雰囲気が少し華やいだような気がした。



 リモは少し照れたようにファルの前へと進み、そっと彼を見上げた。


「カリスが髪を結ってくれたの。リボンはヘリックスからのプレゼントなのよ。どうかしら?」


「リモ、すごく似合ってる、とても可愛いよ」


 ファルの言葉に、リモが恥ずかしそうに少し俯き加減で微笑む。

 その仕草がさらに愛らしく、ファルはリモをふわりと抱きかかえると、おでこに優しいキスをした。




 テラは、この年になるまで、といっても15歳だけれど、こんなおしゃれをすることが無かった。

 だから、恥ずかしさのあまり、視線を落としてしまう。

 自分だけ浮いているのではないかと、心の中がざわつく。


 けれど、その様子をじっと見つめていたリーフが、ゆっくりと歩み寄った。


「テラ、とっても素敵だよ。その色の服もすごく似合ってる。それに、すごく、かわいい……」


 その言葉に、テラは一層うつむきそうになる。でも、静かに響いた『かわいい』という言葉が、心をくすぐるように染み込んでくる。



 リーフは、ファルと一緒に『誉める練習』をしたとき、正直『かわいい』という感覚がよく分からなかった。

 かわいいって、どういうものなのか? どんな感じなのか?


 だけど、おめかしをして恥ずかしそうにしているテラを見たとき、不思議と自然に言葉が出た。

 考える間もなく、口をついて出てしまった。

 そのことにリーフ自身も驚いた。


 リーフが初めて『かわいい』という感情に気付いた瞬間だった。

 これが『かわいい』って思う気持ち……!

 霊核がじんわりと温かみを増して、気持ちがふわっとする。


 練習ではうまく掴めなかった『かわいい』という感情が、今ははっきりとわかる。

『かわいい』は、ただの言葉じゃなくて、『本当にそう思ってしまう気持ち』 なのだと。



 その言葉が静かに響いた瞬間、テラの耳まで赤く染まる。

 恥ずかしさと戸惑いが入り混じるなかで、そっとリーフを見上げると、ふたりの瞳が重なった。

 リーフの緑色の瞳は微かに光を帯びていた。



「テラ、ほんとに、すごく、かわいい……」


 リーフはそっとテラの髪をひとふさ取り、指先で撫でるように整える。

 そして、空の青の瞳をじっと見つめながら、その淡い金の髪に静かに口づけを落とした。


 これも、ファルに教わったことだった。

 だけど、不思議なことに、今は教わった通りに動いたのではなくて。ただ、自然にそうした。

 初めて、自分の意志でテラに触れる――そうしたいと思ったから。


 リーフにとって、自分の行動に自分で驚いた瞬間だった。

 テラにとっては、まるで心を撃ち抜かれたような衝撃だった。


 テラは顔が熱くなる。今、自分の顔がどれほど赤いのか、なんとなく分かる。

『心臓が飛び出る』なんて言うけれど、まさにこれだった。


いつも、『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新を、ぜひお楽しみに!

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