48 イーストゲート07 出会い~カリス 前編
リーフに財布を渡し、ファルたち4人グループと別れたテラとヘリックスは、しばらく市場の中を歩いていた。
その途中、市場の拡張工事が行われている一角を通りかかった。
この大陸で2番目に発展しているこの町では、さらなる発展のため、あちこちで拡張工事が進められていた。
工事現場では職人たちが掛け声を上げながら資材を運び、どこか鉄と木材の香りが混じった空気が漂っている。
市場の賑わいがすぐそばにありながら、ここだけは異なるリズムで時間が流れているようだった。
「ねぇテラ、あそこにいる女の子、守り人よ」
「えっ!? 守り人の女の子?」
市場の拡張工事現場で、工事を見学しているのか、淡いベージュ色の長い髪の少女が工事現場の人たちに囲まれて、何やら談笑している様子がうかがえる。
「守り人の女の子、初めてだわ。話してみたいなぁ。私よりちょっと年上かな」
「そうね、テラより少し年上かしら。でもこの工事現場、これは……」
ヘリックスは工事現場に掲げられている旗を見ていた。
その旗はこの現場を仕切っているギルドの旗で、紋章が描いてある。
その紋章はアカンサス。『アカンサス工匠会』のものだった。
テラとヘリックスが少し離れた場所から工事の様子を眺めていると、ちょうどその時、守り人の少女がふたりのほうに振り返った。
その少女は一瞬ビックリした様子でテラたちを二度見したのだけれど、すぐに満面の笑みを浮かべて、大きく手を振った。
「えっ! えっ! 手を振ってる? 私に?」
「守り人だから私が見えるでしょう? 精霊と守り人だ! と思って、手を振ってるんじゃないかしら」
「そ、そっか!」
テラも大きく手を振って返す。
すると、守り人の少女は、待ってて! という感じの身振り手振りをしていたので、テラは嬉しくなってその場で待つことにした。
しばらくすると、守り人の少女が風のような軽やかさで、テラたちの元へ駆け寄ってきた。
「こんにちは! 精霊さんと守り人さん! 私、カリスっていうの。ふたりは旅人さん?」
水色の瞳が印象的な守り人の少女は、とても快活そうな笑顔で話しかけてきた。
「こんにちは! 私はティエラ。呼び方はテラでいいわ。こちらの精霊はヘリックス。旅をしてて、昨日、この町に着いたんです」
「そうなのね! もしよかったら町を案内するけど、どう?」
「ほんとに? ヘリックスはどうかな? 案内、してもらう?」
「ええ、案内してもらえると助かるわね」
「そ、それじゃ、ぜひ、お願いします!」
「年も近いと思うし、普通に話してね! どこか行きたいところはある?」
「私、ちょっといいかしら? 靴のお店に行きたいのだけど、案内してもらえないかしら」
ヘリックスが靴の店と言ったことで、テラはとても驚いた。
「それなら、おススメが何軒かあるわ! 一緒に行きましょう!」
3人は市場の賑わいの中へ、軽快に歩みを進めた。
「ねぇ、ヘリックスは靴を買いたいの?」
精霊のヘリックスが靴!? と思ったのは言うまでも無いのだけど。
テラはちょっとだけ疑問に思って、ヘリックスに訊ねた。
「ええ、テラに靴を買ってあげたいから」
「えっ!? 私の靴なの? どうして?」
ヘリックスは穏やかに微笑みながらテラを見つめた。
「明日、テラの誕生会でしょう? 洋服は私が持っているものでテラに合いそうなのがあるから、それを着てもらおうと思っているのよ。でも、靴は新調ね」
「ど、どうしてヘリックスがそこまで……!?」
「だって誕生会だもの。主人公はおめかししないといけないわ」
当然、と言わんばかりの真面目な表情で、ヘリックスはキッパリと言い切った。
「素敵ね! テラは明日が誕生日なの?」
「そうなんだけど……ヘリックスが私に気を遣ってくれてて……」
テラが申し訳なさそうに話すのだけれど、ヘリックスは意に介さない。
「ただ、洋服がね、一度、合わせられたらと思っていたけど、機会が無かったの。服は依り代に入れてあるから、すぐ出せるのだけど」
「それなら、私が泊っている宿がすぐそこだから、いいわよ! 私の部屋で合わせてみない?」
カリスはとても嬉しそうに期待を込めた目でヘリックスに提案してみた。
「あら、いいの? 助かるわ、ありがとう。カリス」
もちろんヘリックスはニッコリと微笑みながら、その提案に乗る。
「ちょ、ちょっと待って。ふたりで話を進めちゃってるけど……」
「はいはい、それじゃ、ほら、すぐそこ! あの宿だから。行こ!」
テラはカリスに引っ張られるように歩き出した。
ヘリックスはにこやかにその後をついていくのだった。
カリスが泊っている宿は、テラたちが泊る宿よりも高級そうな雰囲気で、テラは少しばかり気後れした。
宿に入ると、カリスの案内で部屋へと通されたのだけれど、部屋の広さもテラたちが泊る部屋の倍ほどあり、室内の装飾や家具も凝っていて、テラは圧倒されてしまった。
「カリス、なんだかすごい宿に泊まってるのね……」
テラは思わず独り言のようにつぶやいていた。
「それじゃ洋服を出すから、待ってて」
ヘリックスは部屋へ入るや否や、さっそく依り代へと消え、次の瞬間、薄い水色のワンピースを手にして現れた。
「すごい! ほんとに依り代からお洋服を持ってきたのね!」
カリスが目を輝かせると、ヘリックスは微笑んでワンピースを広げた。
「どうかしら。テラのサイズに合うと思うのだけど」
テラはそっとワンピースに触れた。
繊細な刺繍が施され、布地はしっとりとした滑らかさを持っている。
「わあ、かわいい! 色も薄い水色で刺繍も上品ね! すてきなワンピース! テラの瞳の色にとても合うんじゃないかしら!」
しかし、その美しさに反して、テラの表情は少し曇る。
「ええ……。すごくかわいいけど、私に似合わないんじゃ……すごく高価そうだし……」
「ちょっと着てみて! 着ないとわからないでしょう? ほらほら!」
カリスに押されるように、テラはワンピースに袖を通した。
「こういうの着たことないし……似合わない気が……」
ヘリックスは満足そうに頷いてにっこり。
日頃からテラをよく見ていたヘリックスは、彼女のサイズがぴったり合うことを確信していたのだった。
「とても似合ってるわ! サイズもぴったり! これに合わせる靴を買うのね? ヘリックス?」
「ええ、どこか良いお店はあるかしら?」
「わかったわ! 案内するから任せて! テラはそのワンピースも着ていくといいんじゃない? 羽織るものは私が貸すわ」
「ええ!? 私、この服を着て外にいくの?」
「ありがとう、カリス。カリスはこの町に詳しいのね?」
宿泊しているということは、この町の住人ではないのだけれど、ヘリックスの想像どおり、カリスは色々と詳しそうで、また、ちょっとした仕草から育ちが良さが見て取れる。
ヘリックスは工事現場にいたカリスを観察していて、なんとなく察していた。
カリスは『アカンサス工匠会』の関係者、というより親族だろうと。
『アカンサス工匠会』は古い歴史のある建築系の職人ギルドで大陸随一の技をもつ。本拠地は王都で、代々フィオネール家が経営しているギルドだ。
「ええ、何度も来ているし、よく知ってるから安心して! それじゃ、テラはこれを羽織ってね!」
カリスはテラにおしゃれで上品な真っ白いコートを手渡した。
「えぇ……私の意見は……」
こうして半ば強引に薄い水色のワンピースを着せられて、真っ白なコートを羽織ったテラは、戸惑いながらも、少しずつ気持ちを整えるように歩き出し、カリスとヘリックスと共に靴屋へと向かうのだった。
いつも、『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
次回更新を、ぜひお楽しみに!