03 リーフの水入れ2
リーフとテラ、ふたりの共同生活が始まって3日目。
今日も窓の外には朝から澄み渡る秋空が広がり、乾いた風が木の葉をはらはらと舞い上がらせていた。
「ねぇ、リーフ。これ作ってみたんだけど、どうかな?」
テラは昨夜作った葉っぱの水入れをテーブルに置いて、慎重に井戸水を二滴垂らした。
あともう二滴ほどは入りそうなサイズ感の水入れをリーフの前に差し出すと、リーフは興味深そうに目を輝かせて問い返した。
「クズの葉で作ったの?」
「そうなの。リーフが水を飲むための……リーフが持てるような入れ物がないかなって思ったんだけど……家にはちょうどいいものが無くて。葉っぱなら軽くて、リーフにも扱いやすいかなって」
だけど、見るからに大きいよね。これ、持てるんだろうか? とテラは心配になってしまった。
当のリーフは両手でクズの葉の水入れを持ち上げようとしたけれど、やっぱりリーフには入れ物が大きくて、両手を精いっぱい広げても持ち上げるのは厳しい様子だった。
「ごめんね。これだとやっぱり大きかった……」
テラはリーフの様子をじっと見守っていたのだけれど、残念な結果にとても悲しそうに謝るので、リーフはすぐに思いついた解決策を示してみせた。
「ううん、こうすれば大丈夫」
リーフは水入れをテーブルに置いた状態で少し斜めに傾けると、中の水も斜めになって、そこに口をつける。
「ほら、飲めたでしょ」
そう言って微笑んだリーフは、ただテラに悲しい顔をしてほしくなかっただけだったのだけれど、テラは、リーフが私に気を遣ったんだわと申し訳なく思う。
「リーフ、ごめんね。気を遣わせてしまったみたい……」
「気を遣う?……わかんないけど、ありがとう。テラ」
リーフはニコッと笑顔を浮かべると、もう一度葉っぱの水入れを傾け、水を口に含んだ。
「リーフは優しいのね」
リーフの然りげ無い気遣いにほっこりしたテラは、リーフが水を飲む様子を微笑ましく見つめながら、どうしても気になっていたことを訊ねてみた。
「ねぇ、リーフ。リーフはご飯食べないみたいだし、水だけなの?」
「うん。ぼくは水だけでいいの。でもテラの血はだいすき!」
そうだわ、ごちそうって言ってたものねと、テラは契約した時のことを思い返した。
「そうだったね。ごちそうなんでしょう?」
「うん! テラの血は甘くていい匂いがするの! しかもぼくの力を高……あっ」
何かを言いかけて、リーフが自分の口を押さえたので、テラは気になって聞かずにはいられない。
「え、なあに? 力?」
ちょっぴりモジモジとしながら、言いにくそうにリーフはテラの問いに答える。
「あ、あの、定期的に血をもらえたら……ぼくの力が……高まる……」
定期的に? 血を? そうしたら力が高まるって?
ますます興味が湧いたテラは、さらにリーフに尋問するかのように訊ねる。
「どれくらい定期的に?」
「……毎日……1日も欠けること無く……」
「毎日、血を飲み続けたら力が高まる。それは、リーフが強くなるってこと?」
「そう……」
「そんな大事なこと、早く言ってくれないと!」
(お、怒られた……)
リーフは小さくなってうつむいて、微かな声で釈明する。
「でも……痛いでしょ……」
そんなリーフを前に、テラは優しい声でリーフの顔を覗き込むようにして応えた。
「確かにちょっと痛いけど、平気よ?」
「いいの?」
テラの言葉にリーフはパッと表情が明るくなり、少し顔をあげ、上目遣いにテラと目を合わせ、首を傾げて確かめるように聞き返した。
(ゔっ! リーフがかわいすぎるんだけど!!)
リーフの愛くるしい期待した眼差しに少しばかり動揺しながらテラが応える。
「き、今日から毎日、血、飲んでね。力が高まるほうがいいのよね?」
「うん。なんだかごめんなさい……」
(あれ? なんだか誘導されたような気がするけど、もしかして、リーフって策士!?)
リーフが血を飲んだのは契約したときの1回だけだったけれど、リーフがごちそうと言うのだから、テラはさすがに1回ぽっきりでいいと思ってはおらず、リーフが欲しい時に飲むって感じなのかな? と思っていた。
まさか毎日とは思っていなかったけれど。
リーフは成長するために力を高める必要があり、それはどんぐりの象徴である『成長』を意味するもので、リーフの生まれながらの性質。
性質は絶対であり、否応なく、そうあるように生まれたから。
共同生活3日目にして毎日血が飲めることになり、もちろん嬉しいし、自分がそうなるように仕向けたのだけれど、リーフはこれでまた少し、霊核が歪むような感覚を覚えた。
そろそろ薬草採取に行く頃かな? 今日は遅いなと、リーフがテーブルの上でキョロキョロしていると、テラが声をかけた。
「リーフ、ごめんね。今日は薬草採取はお休みするの。昨日言っておけばよかったね」
「今日は行かないの?」
「昨日のローズヒップの種がそのままだし、一昨日に摘んだ薬草もちょっとお手入れしたくて。だから今日は、お休みかな」
「じゃあぼく、何しよう?」
うーん。リーフは自由にしてくれてていいんだけど、ひとりで遊んでてね、なんて言えないし。
リーフにお願いできること何かないかしら? とテラは考えたのだけれど、よく考えたらリーフのことをあまり知らないのよねと気付いて、逆にリーフに聞いてみることにした。
「リーフは何かやりたいこと、ある?」
「やりたいこと?」
しばしの沈黙が続き、
「テラのお手伝いがしたい!」
とリーフが可愛いことを言ってくれたのだけど、小さなリーフに出来ることは、家の中にはあまり無く。
「そうだ! お庭にも薬草があるから、一緒に摘もうか。それと、お花をお部屋に飾りたいの。お部屋に飾るお花はリーフが選んでくれないかな?」
テラの家には花壇と薬草園、といっても薬草園は極めて小規模なもので、庭の一角にテラが採取した薬草や購入してきた薬草の苗などを植えたもの。
花壇はテラが好きな花を中心に、薬効のある花を植えていた。
もちろんリーフには何が植えてあるのか、どんな花が今咲いているのか、見ずとも分かるのだけれど、この場で花の名前を言うような野暮なことはしない。
「わかった! お部屋に飾るお花、ぴったりなのを選ぶね。早くお庭に行こう!」
テラを促し庭に出ると、花壇に咲く秋の花々が爽やかな秋風に揺れて、澄み渡る青空に彩りを添えている風景が目に飛び込んできた。
テラの肩に乗ったリーフは敷地内を一周して庭に咲く花々を見て回ると、選んだ花をテラに伝える。
「決めたよ。寝室にはシラヤマギク、玄関にはアキノキリンソウ、居室にはコスモス。どう?」
「いいわね! もしかして花言葉で選んでくれたの?」
「うん。綺麗に咲いてる花の中から、花言葉も考えて選んだよ」
「リーフは花言葉もよく知ってるのね」
「そうだね。精霊はみんな花言葉を知ってるの。テラも花言葉くわしいよね?」
「私は薬草の勉強するうちに自然と覚えたのよ。効能や効果を意味する花言葉は多いから、花言葉を覚えておくと便利なの」
リーフとテラはもう一度庭を一周して、シラヤマギクとアキノキリンソウ、コスモスを摘んできて、それぞれの花瓶を用意した。
「丈夫」のシラヤマギクは寝室へ。
「予防」「用心」「警戒」のアキノキリンソウは玄関へ。
「調和」「謙虚」「乙女の純真」のコスモスは居室へ。
綺麗に花を咲かせ、花言葉もぴったりの秋の花々をあしらい、部屋の片隅で咲き誇る花々はそれぞれの言葉を宿しながら、その空間にささやかな輝きを添えていた。
夜になって夕食を済ませたテラは、居室のテーブルに裁縫箱を置き、針を出して、テーブルの前に腰掛けていた。
リーフはテーブルの上にちょこんと座っている。
「さてと。私は晩ご飯も食べたし、次はリーフがごちそうを飲む番ね」
テラはにっこりと微笑んで、指先で優しくリーフの頬に触れると、リーフがテラの指に小さな手を添え、すりっとしてきた。
(すりって! すりってしたわ!! リーフったら、かわいすぎない!?)
心臓を鷲掴みされたような感覚がして、ぐはっ! と変な声を出しそうになったテラだったけれど、そこはしっかり堪えて、針を手にする。
「リーフ、ちょっと待ってね」
針を指先に刺すとチクッとした少しの痛みが走る。その指先をギュッと押すと、血がぷっくりと盛り上がってきた。
「これくらいでいいかな?」
「うん。ありがとう、テラ」
リーフは3日前に契約したときと同じように、テラの指先に小さな手を添え、ペロリと舐めたあと、キスをするように唇を小さな傷口に当て、目を閉じてチュチュッと吸っている。
1分にも満たない血の摂取が終わると、リーフがゆっくりと目を開いた。
すると、綺麗な緑色の瞳がキラキラと煌めいて、それはまるで宝石のように輝いていた。
血を摂取したリーフはその場にしゃがみこんで、膝を抱えてウトウトとしていた。
リーフが眠そうにしているわねと思ったら、そのままあっという間に寝入ってしまった。
「もう寝ちゃったの?」
リーフがテーブルの上で座った状態で寝てしまい、テラはリーフを起こしたほうがいいのか、このままがいいのか、これは困ったなと思ったけれど、起こすのは可哀そうねと、毛布代りに小さなタオルをリーフの体に巻くように掛け、穏やかな寝顔をそっと見つめていた。
それからテラは洗い物をしたり、朝食の下ごしらえをしたり、作業場で薬草を仕分けしたりと、寝る前にいつもやっている作業を終わらせる。
さて、そろそろ寝ようかしらとリーフの様子を見に行くと、リーフはやっぱりそのまま寝ていて、起きる気配もないようで。
もう時間も遅いし今起こしちゃうのもね、と諦め、テラはひとり寝室へ向かった。
ベッドに入ったテラは、ふと指先を見ていた。
これから毎日、リーフがこの指先から血を飲むんだよねと、なんだか不思議でほんとに現実なのかと思うのだけれど、ここに針の傷が、と思ったら、どこに針の傷があったのか分からなかった。
「あれ? このあたりに刺したよね。もう傷が分かんなくなってるけど。痛くも無いし。……小さな傷だから、塞がって分かんなくなったのかな?」
まあいっか。針で刺した傷なんてすぐ塞がるよねと、特に気に留めはしなかった。