47 イーストゲート06 精霊のお財布事情
一方、ヘリックスとテラのふたりは、リーフたちとは別行動で町を散策していた。
ヘリックスの依り代は、今日はテラが預かっている。
「ねえ、ヘリックス、市場へ行ってみない?」
「いいわね、市場、行きましょう!」
テラとヘリックスは、イーストゲートで一番の市場へと向かった。
市場は露店がずらりと並び、色とりどりの果物や野菜が山積みになっていて、多くの買い物客でにぎわっていた。
パン屋の店先からは香ばしい匂いが漂い、焼きたてのパンを求める客が列を作り、鶏や羊を売る商人が声を張り上げ、値段交渉をする客の声が飛び交っている。
「さすがに規模がすごいわね」
「そうだわ、テラ。依り代からお財布を出すから、テラに持っててもらいたいのだけど、いいかしら」
「ええ、もちろんよ。というか、ヘリックスは自分のお財布、持ってるの?」
「持ってるわよ。契約した守り人からお礼もらったりするから。だからお財布は持っているし、買いたいものがあれば自分でお金を出すわよ。もちろん守り人に頼んで買ってきてもらうのだけど」
これまで何百人もの守り人と契約してきたヘリックスは、守り人から子孫繁栄のお礼の品として現金を受け取ることもあり、精霊でありながら実はけっこう裕福だった。
「なるほど……。そうよね……。精霊だって欲しいものはあるわよね。……私、リーフにお財布を買おうかしら。……お金を払う時はいつも私が出してたけど、今日みたいに別行動すると、リーフも自分のお財布があったほうがいいよね。それに、薬草を買い取ってもらうのだってリーフがいてこそだもの。リーフの取り分、っていうのかしら」
「それなら、旅の費用分とテラの取り分、リーフの取り分って感じで分けるといいんじゃないかしら?」
「そうね! それがいいわ!」
「リーフ、きっと喜ぶわよ。それじゃ、まずはリーフのお財布ね」
テラとヘリックスは、お財布、お財布……と財布を探しながら歩いていると、革製品を売る露店が目に留まった。
どうやら革職人のおじいさんが露店を出しているようで、ごつごつした手で革を叩いて形を整えていた。
露店の奥では、焚き火が揺れ、革を乾かしている様子が見えた。
「テラ、お財布、あるわよ。革製で良さそうじゃない?」
「ええ、いいわね。リーフに合いそうないい感じのあるかしら」
テラはリーフに似合いそうな財布を探しながら、並べられた商品を手に取って質感を確かめていた。
「いらっしゃい、財布かい? 贈り物かな?」
「はい、お友達の男の子に贈るんですが、どれがいいか迷ってて」
「ほう、男の子、何歳くらいだい?」
「えっと、私と同じくらいです」
「うむ。それじゃあ……これはどうだい? お洒落だし使いやすいよ」
革職人の店主が自信ありげに選んだ財布は、アカンサスの葉模様が型押しされた皮財布だった。
「リーフ柄の型押しなのね。すごくいい感じね!」
まるでリーフを象徴するようなデザインに、ヘリックスも微笑みながら頷いた。
「うん、これに決めようかな。おじいさん、この財布にします!」
「はいよ、まいどあり! その男の子、きっと喜んでくれるよ」
「そ、そうかな……へへ。……あ、あと、私が使う財布もほしいんですが……」
そう言いながらテラは自分用の財布をと思って、並べられている財布に視線を移した。
「テラの財布?」
「今の財布は旅の資金も一緒になってるから、私の個人用にもうひとつ財布があればって」
「なるほど、そのほうがいいわね。どれにする?」
「うーん……」
「嬢ちゃんの財布なら、これはどうだい? これもアカンサスだけど、さっきのより大柄で女性が持つのにぴったりだよ」
店主が選んだのは、同じアカンサス模様だけれど、大柄で優雅なデザインの財布だった。
「わあ、素敵ですね! 女性らしい華やかな感じ!」
テラは手に取ると、その質感の良さと華やかさに感嘆して声を弾ませる。
「あら、すごくいいじゃない?」
「うん! 私のはこれにするわ」
すると、ヘリックスが微笑みながら口を開いた。
「あ、テラには私が贈るわ。私の財布から代金を払って?」
「ええ!? どうして?」
テラはとても驚いた表情を浮かべつつも、ヘリックスに小声で訊ねた。
精霊と会話する時は、人前では小声で話すのが基本だ。
「お財布は自分で買うより贈り物がいいのよ。だから、私に贈らせてもらえるかしら?」
戸惑うテラに、ヘリックスは柔らかく微笑みながら答えた。
「いいの?」
「もちろんよ」
「……それじゃ、お言葉に甘えて。ありがとう! ヘリックス! すっごく嬉しい!」
テラは満面の笑みを浮かべて、ヘリックスにお礼を言うのだった。
お財布を買ったテラとヘリックスは、さらに市場を見て回る。
ヘリックスはリボンを探して、露店の間をキョロキョロと見回していた。
テラがふと前方に視線を向けると、布製品を扱う店が目に入る。
「あっ! ヘリックス、リボンあるわよ! あそこ!」
絹や麻の布が棚に並び、鮮やかな色合いのリボンが風に揺れていた。
「素敵な色合いのリボンがいっぱいね。どれか好きなのはある?」
テラは並べられたリボンを手に取りながら尋ねる。
「さすがに紫は無いわね。染色ギルドが厳しく管理しているし」
「紫以外では何色が好き? あ、でも今のリボンは瞳の色と同じで赤紫色よね」
「このリボンは特別なのよ。私の力で生成しているから」
「へぇ! そうなのね。それじゃ、市場で買うのは何色がいいかしら?」
「そうね。淡いピンクは買いたいわね。あと、テラの瞳の色の青がほしいわ」
テラはヘリックスの好みを聞きながら、リボンを選ぶ。
「それじゃ、これと……これ! どうかな?」
テラは棚から淡いピンクと空の青のリボンを手に取って、ヘリックスに確認した。
「ええ、それでいいわ! ありがとう、テラ」
ヘリックスから預かっていたお財布で支払いを済ませると、ふたりはさらに市場をめぐる。
露店の間を歩きながら、次はどんな品を見つけるのかと期待に胸を膨らませていた。
しばらく市場を歩いていると、前方にリーフたち4人組がいるのが見えた。
「あれっ、ファルたちよ! ちょうどよかったわ!」
テラはリーフのところに駆け寄っていった。
「お! テラじゃないか! 市場巡りか?」
「ええ! ちょっといいかな。私、リーフに渡したいものがあって! リーフ、大きくなれる?」
リーフはファルの肩に乗っていたけれど、テラから品物を受け取るために姿を変えた。
もちろん、王子様リーフだった。
人が多い場所で品物を渡すわけにもいかないので、リーフとテラはササっと路地に入る。
「ね、リーフ、これ! 開けてみて!」
テラはリーフに包みを渡した。これはさっき買ったばかりのリーフの財布だ。
「お財布!?」
「そう、リーフのお財布よ。リーフもお金持っておいたほうがいいかなと思って。だから、はい、これ」
渡したのは現金だ。額にして5,000ŞĿ(シルヴァ)。
5,000ŞĿは薬草6把か7把分、宿泊費なら3泊分か4泊分くらいの額になる。
「お金!?」
「ええ、リーフのものよ。これからは薬草を買い取ってもらった時は、旅の資金とお小遣いを分けようと思うの。とりあえず、今手元にあるお金を分けたのよ」
「すごく嬉しい、本当にありがとう! テラ!!」
ナイスなタイミングでテラからお小遣いをもらったリーフは、まず、ファルに渡すことを考えた。
ぼくのお金……これをファルに渡せば……!
テラの誕生日の贈り物をみんなで買うために、自分のお金を出して一緒に買える、ということがとても嬉しくて、リーフは『お金が持てる』という事を初めて強く意識した。
テラとリーフが路地で話している間に、ファルとユリアンとリモは、ヘリックスと話をしていた。
「ヘリックス、誕生会の場所と時間、決まったから教えておくよ。『オリーブ・ルミエール』って店で正午からだ。ユリアンのお勧めでな。宿から15分くらい歩くかな。金もユリアンが出してくれるんだ」
「そうなの? ありがとう、ユリアン。でも、お金まで。本当にいいの?」
「テラの誕生日だからね。ヘリックスに会わせてもらったお礼でもあるから」
「そう……? それじゃ甘えさせてもらうわね。ありがとう、ユリアン。それで、ファルたちはこの後プレゼントを買いに行くのかしら?」
「ああ、ユリアンに本屋を聞いたんで、今から行くところだ。ちゃんと買ってくるから、任せとけ!」
「ふふ。私もいるから心配ないわ。ちゃんと選んでくるから」
「わかったわ。私たちはテラの靴を買いに行って、明日はテラにおめかししてもらうから、そのつもりでね」
「ん? そのつもりで……? ああ! わかったよ。承知した! ははは」
テラにおめかししてもらう、ということは――リーフの出番だな。
リーフがおめかししたテラを、ちゃんと誉める!
……とはいえ、リーフがそういうことに気づくとは思えない。
おそらく、当日になっても『わあ、テラ! すごいね!』で済ませてしまう可能性が高い。
ならば――俺が教えるしかない!
『そのつもりで』というのは、つまり、リーフに 『ちゃんと褒め方を覚えろ!』ってことだ!
こうして、リーフはリモを相手に 『褒める練習』 をする羽目になった。
ファル、リモ、リーフ、ユリアンの4人グループはテラたちと別れ、本屋へと向かう。
その道中、ファルの 『褒める特訓』が繰り広げられていた。
「その服、とても似合ってる」
「ふふ、ありがとう」
「とても素敵だね」
「うんうん、いい感じね」
「すごくかわいいね」
「うーん?」
「とてもきれいだよ」
リーフが髪をひとふさ手に取って瞳を見つめながら、軽く髪にキスをする。
「これはちょっとドキッとするわね」
リモは笑いを堪えながら 『褒める特訓』を楽しんでいた。
ユリアンもリーフの特訓を眺め、微笑ましい光景に思わず笑いそうになる。
リーフは一通り試してみたものの、どうにもピンときていないようだった。
言葉としては覚えたけれど、『かわいい』という概念を理解できない様子だった。
「なんだかみんな、笑ってない……?」
「いや、笑ってないぞ! まあ、練習しといたら本番ではちゃんと出来るさ。こんなふうに言うってのを覚えておけば、いつでも使えるからな!」
ファルは腕を組みながら、リーフを励ました。
にしても、リーフの言葉は棒読み気味で、ファルは微妙に首を傾げる。
「まあ、あんまり詰め込みすぎても逆効果だし、ひとまずこれくらいでいいか?」
そう思いながら、特訓を終えることにした。
いつも、『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
次回の更新もぜひお楽しみに!