46 イーストゲート05 ヘリックスの守り人
イーストゲートでの2日目の朝。
市場は早朝から活気があり、テラとファルが泊っている宿は市場が近いのもあってか、宿のある通りは朝から道行く人々が途切れることなく行き交っていた。
耳をすませば市場の活気あるざわめきが微かに聞こえ、朝の空気が賑やかに揺れているようだった。
「ファル、おはよう」
昨夜、食堂で知り合ったこの町の少年、ユリアンが、約束通り『町の案内』のために、朝から宿まで迎えに来てくれた。
今日はイーストゲート2日目、ユリアンに町を案内してもらう予定だ。
「おはよう、ユリアン。来てくれてありがとうな! ユリアンに紹介したい人がいるから、ちょっと部屋まで来ないか?」
宿の受付の前で再会したふたりは、軽く朝の挨拶を交わし、ファルはユリアンを部屋へと誘った。
もちろん、精霊を紹介するために。
「え!? ああ! もちろん行くよ!」
当然、ユリアンも『紹介したい人』というのが精霊だとわかって部屋へと足を運ぶ。
部屋に着くと、テラが部屋の扉を開けて出迎えた。
「おはよう、ユリアン。朝からありがとう」
「おはよう、テラ」
朝の挨拶をしながら、ユリアンはテラの肩に乗っている精霊、リーフに目がいってしまう。
「それじゃ、どうぞ。入って」
部屋の中へユリアンを通すと、目の前に精霊がふたり、穏やかな面持ちで佇んでいた。
ユリアンはその存在感に感激し、しばし言葉を失った。
「ユリアン、紹介するよ。彼女はリモ。俺と契約しているスターチスの精霊で、俺の恋人なんだ」
「私はユズリハの精霊ヘリックス。契約している守り人は居ないの。だから、今は守り人を探しているのよ」
「私の肩に乗っているのは、私と契約しているどんぐりの精霊、リーフよ」
「リモ、ヘリックス、リーフ、僕はユリアン。どうぞよろしく」
ユリアンは、リモ、ヘリックス、リーフの姿をじっと見つめ、穏やかな笑みを浮かべた。
それから背筋をピシッと伸ばし、爽やかな表情へと変わると軽く息を吸い、ゆっくりとお辞儀をした。
すると、ヘリックスは『契約したいかどうか、私からユリアンに直接、聞いてみるわ』と昨夜の会議で言っていたのだけれど、まさかのタイミング、挨拶したかと思ったら即座に話を振ったのだった。
「いきなりだけど、ユリアンは精霊と契約しないのかしら? 私と契約しない?」
「ええっ!……契約!? ヘリックスと!?」
契約を持ちかけられるとは思ってもいなかったため、ユリアンはとても驚いた。
驚きつつも、期待で胸が躍る。
「ええ、私とよ」
ヘリックスはにこやかに微笑んでいる。
「でも、僕は……」
しかし、ユリアンは自身の立場上、無暗に精霊と契約できない事も理解していたため、迷いが出る。
守り人である以上、よっぽどの理由が無い限り、精霊に契約を持ちかけられて嬉しくないはずがないのだけれど。
「迷う気持ちは分かるわ。だけど、私の契約は守り人を縛らないから安心していいわ。契約しても行動を共にする必要は無いの。私と契約すると子孫繁栄を約束して、子どもが生まれたら契約は自然消滅する。加護はそのまま7代先まで続く。私が得るものは『守り人の子孫が代々続く』ということなの。どうかしら?」
ヘリックスはできるだけ丁寧に説明をした。
ファルと契約した時は『若返り』を先に言ったし、ここまで丁寧な説明はしていなかった。
「す、すごいね! 子孫繁栄を約束して、7代先まで加護が続くなんて! こんなすごい契約があるの!? でも……ヘリックスは、守り人の子孫が代々続く、それだけでいいの? 他に何もないの?」
ヘリックスのいう契約は、ユリアンにとって魅力的だった。魅力的すぎて、ちょっと心配になる。
「守り人が代々続く、それがどれだけ大切な事か分かると思うのだけど?」
「そうか……。そうだよね。僕は、結婚相手は守り人でなければならないんだ。これだけは絶対に守らないといけなくて……子孫だって残さないといけない……」
ユリアンは自身の立場を十分に理解していた。
だけど、そのことは一応、ここにいる全員が知らないことになっている……はずであるので、発言には注意しなければならないのだけど。
ヘリックスはユリアンの正体バレしそうな発言はさらっとスルーして、もう一押しの言葉を投げかける。
「私は恋人を見つけたりは出来ないわよ? だけど、子孫繁栄、世代交代を約束するから、ユリアンの助けになるんじゃないかしら?」
「そ、そうだよね! ぜひ! 僕と! 契約してほしい!」
「ええ、もちろん。私との契約方法は、私の手の甲に口づけをすることよ。そうしたら契約が成立して、手首に私の紋が刻まれるわ。ユリアンは若いから若返りは必要なさそうね」
ヘリックスはニッコリ微笑むと、静かに右手を差し出した。
ユリアンはその手をそっと取り、流れるような優雅な動きで片膝をついた。
彼の薄紫色の前髪がわずかに揺れ、窓から射し込む柔らかな朝の光がその横顔を照らす。まるで舞踏会でご令嬢にダンスを申し込むシーンのように、彼は洗練された所作でヘリックスの手を見つめると、躊躇いなくその手の甲へと唇を寄せた。
その瞬間、口づけをしたヘリックスの手の甲から小さな光の粒の渦が発生し、ユリアンをあっという間に飲み込んだ。小さな光の粒が彼を中心に渦を描きながら回り出し、やがて輝きが強まり空間を満たしていく。そして、その光の渦はユリアンの右手の手首に収束し、まるで時間が止まったような静寂が訪れた。
「改めてよろしくね。私の守り人、ユリアン」
「これからよろしく。ヘリックス」
ユリアンは右手首に刻まれたヘリックスの紋を目を輝かせて眺め、興味深げに撫でたり摩ったりしていた。
その様子を静かにじっと見ていたテラは、ふと思い出していた。
ヘリックスの契約シーンを見るのはこれで2度目だ。
1度目はファルとの契約、2度目は今回。
ユリアンの流れるような優美な所作を見たテラは『これは間違いなく王子様!!』と確信したようだった。
「結婚相手は守り人でなくちゃだめなのか。子孫も残さないといけないって、若いのに色々と大変だな……」
ファルはユリアンの立場に同情し、ボソッと呟くように小声でテラに話かけた。
「でもヘリックスと契約したから、もう安心じゃない? 子孫繁栄は約束されるし、少しでも気が楽になったならよかったわよね」
テラは契約によってもたらされる恩恵を肯定的にとらえ、囁くように返答した。
「あ、そうだ、ヘリックス。依り代はどうする?」
「とりあえずファルが持ったままでいいわ」
「わかった。それじゃ……テラ、明日お祝いするから、準備もあるんで今日は別行動な! リーフも連れてくが構わないよな?」
「ええ、わかったわ。それじゃ、今日は別行動して、明日、楽しみにしておくわね! ヘリックスは私と一緒でいいかな?」
「もちろんよ」
「それじゃ、リーフは俺の肩に乗ってくれな」
「うん、わかった、ファル!」
こうして、明日の誕生会の準備のために、テラとヘリックスのふたりと、リーフとファルとリモとユリアンの4人に分かれて、別行動をすることとなった。
◇ ◇ ◇
ファル、リーフ、リモ、ユリアンの4人グループは、さっそく町へと繰り出した。
リーフはファルの肩に乗っていて、リモはファルの隣に。ユリアンはその反対側に位置取っている。
「明日のお祝いって聞いてもいいかな? 明日何かあるの?」
「明日はテラの誕生日なんだ。みんなでお祝いしようってな!」
「そうなんだ! 僕も一緒にお祝いしたいけど、いいかな?」
「ああ、ユリアンはヘリックスの守り人だろ? もちろん一緒に祝ってくれ! で、良い店、知らないかと思ってだな」
「ありがとう! それじゃ、いい感じのお店知ってるから、行ってみる?」
「おお! さすが地元だな! 案内よろしく頼むよ!」
ファルたちはユリアンの案内でしばらく歩いていくと、ユリアンは振り返りながら、自信ありげに店の前で立ち止まった。
「この店だよ」
ファルたちは足を止め、目の前の店を見上げた。
「!?」
その店はどう見ても、一般人には敷居が高いような雰囲気を醸し出していた。
目の前にそびえ立つのは、まるで王族専用かのような豪奢な店。
大理石の柱が並び、扉の装飾には金細工が施されている。店先の看板には どーんと王家印 が輝き、堂々たる雰囲気を放っている。
その名も――『オリーブ・ルミエール』 。
「わあ! とても素敵なお店ね!」
リモは、キラキラと輝く装飾に目を奪われ、ワクワクが隠せない。
「なんだかすごい装飾……」
リーフは店の細部にまで目を向け、圧倒されたように呟く。
「この店、高貴な身分じゃないと入れないんじゃねーのか?」
ファルは、その格式高い雰囲気に、思わず警戒心を抱く。
「そんなことないよ。大丈夫だから!」
ユリアンは迷いなく店の扉を押し開けた。その背中を見て、ファルたちは視線を交わす。
ファルはリーフを肩に乗せたまま、リモと一緒にユリアンの後ろを着いて行く。
「店の中も良い感じでしょ。ちょっとお茶飲んで休憩しよう!」
「洒落てていい感じだが、お茶1杯でも高そうだな……」
「明日のテラの誕生日もここにしない? この店、僕の家族が経営してるんだ! だから、お金のことは心配しなくて大丈夫だよ」
「そうなのか!? ユリアン……やっぱりお前……」
「うん?」
「い、いや。なんでもない……」
隠す気無いだろ? それとも天然なだけなのか?
「僕もこの店には滅多に来ないんだけど、テラの誕生日でしょ? それならやっぱり、女の子が喜ぶような素敵な店がいいかなって」
「このお店は女の子が喜ぶの?」
黙って話を聞いていたリーフが、女の子が喜ぶという言葉に反応した。
「ああ、そうだな。女の子はこういう素敵な洒落た店が大好きだぞ」
「こんなに綺麗でお洒落なお店、利用する機会なんてそんなに無いもの。テラ、きっと喜んでくれるわね」
「テラが喜んでくれるなら、このお店でいいと思う!」
リーフはテラが喜ぶならなんでもいいので、賛成する。
「リーフが賛成なら、決まりってことでいいか」
「それじゃ、明日の予約しておくけど」
「本当に、お金はいいのか?」
「もちろん。食事をとるのは僕とファルとテラだけだよね」
「ああ、精霊が食べないことも知ってるんだな」
「家族が精霊と契約してて身近にいるからね」
「なるほどな」
……間違いなく第3王子だろ……契約してるのは王である父親だ。
「それじゃ、明日の正午に予約しておくね。料理は僕に任せて!」
「何から何まで済まないな。ありがとう、ユリアン」
「どういたしまして。ヘリックスと会わせてくれたお礼でもあるからね!」
「それにしても、このお茶美味いな! やっぱり高級な茶なんだろう?」
「特別なオレガノから抽出したハーブティーだから、ちょっと高めではあるけど、効果は抜群だし、王都ではすごく人気があるんだ」
「へぇ……あ、そういえばテラが買ったハーブティーってこれじゃないか? 木箱に王家印があった茶だ」
「ああ、たぶんそれだよ。買ってくれてありがとうってテラにお礼言わなきゃ」
「テラにお礼?」
「うん、僕の家族が販売してるお茶だからね!」
……これはもう絶対に隠してないだろ……。
天然か? 天然さんなのか??
まさかのツッコミ待ちなのか!?
こうしてお茶の時間もおわり、誕生会を行う場所も決まり、あとはプレゼントの買い物を残すのみ。
ファルはテラの誕生日プレゼントを買うために、ユリアンにお勧めの本屋を聞いてみることにした。
いつも、『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
6月の更新もぜひお楽しみに!