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45 イーストゲート04 会議 後編


「それと、もうひとつ、いいか? なあ、テラ。人探ししてるんだって?」


 ファルはついさっき、食堂に入る前にテラが言っていた、人探しの件が気になっていた。

 ファルは腕を組みながら、じっとテラを見つめた。


「そうなの。言ってなくてごめんね。亡くなった母のお兄さんなの。私の伯父さん。たぶん守り人だと思うのだけど」


「サウディアにいるのか?」


「分からないけど、伯父さんが子どもの頃に預けられたらしくて、たぶんサウディアだって聞いただけなのよ」


「守り人ってのは確かなのか?」


「確証はないけど、たぶんそうだと思う」


 ファルは考え込むように顎をなでながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「子どもの頃にサウディアに預けられた守り人ね。なるほど。……それ、サウディアじゃなくて、王都じゃねーかな」


 ファルの言葉に、テラの眉が少し動いた。

 まさか、王都……? 予想外の言葉に、テラは戸惑いを隠せなかった。


「え? ファルは何か知ってるの?」


「王都は守り人の情報網が発達してるが、なぜだと思う? 守り人が必要だからだよ。エルディン家の人間は必ず守り人と結婚する。だから、王家に子どもが生まれたら、将来の婚約者候補として国中から同じ年頃の守り人の子どもが集まるんだ。王家が頼まなくてもね」


「それで、伯父さんも!? 王家が頼まなくてもって……」


 テラは思わず身を乗り出した。ファルの話が事実なら、伯父は王都にいる可能性が高いのでは……。


「そりゃ、将来の婚約者候補だからな。小さいうちに預かって、育てて、だよ。守り人なら、可能性はじゅうぶんにあるだろ? それに、王都は守り人が多いぞ? 王家は幅広く事業を展開しているし、守り人はその関連で職に就けるからな。まあ、今では王都には守り人がかなり増えたから、養子もらってなんてのはほとんど無くなったようだけどな」


「そういうことなのね。王都……守り人の情報網……。もし伯父さんが王都にいなくても、その情報網で手掛かりが分かるかもしれないってことよね。当てもなく探すより、何か情報があれば……」


 テラは手を組みながら、考え込んだ。

 今まで漠然としていた伯父探しに、一筋の光が差し込んだ気がする。


「それじゃ、今後の行先はサウディアじゃなく、王都にしないか? リーフもそれでどうだ?」


「うん。王都でいいと思うよ。探している伯父さんの名前は『ヴェルト』。年齢は37歳以上で、おそらく守り人。これだけしか分からないけど」


「年齢は俺みたいな場合もあるからな、はははっ」


 ファルは不老なので年を取らない。見た目と実年齢は必ずしも同じではないのだ。


「それは確かに! 精霊と契約してて不老だったら、実際の年齢とは違うし。それに、『ヴェルト』って名前も、それが正確かどうか……」


 名前に関しても、マーサおばさんは『ヴェルト』というのは『うる覚え』だと言っていた。



 そこでファルが思いついたように、テラの出身を訊ねた。


「テラは北のどこから来たんだっけか?」


「ブライトウッドよ。近くにセイクリッドの森があってリーフはそこにいて。30年ほど前には守り人の男の子が馬車でよく行き来してたって。ね。リーフ?」


「うん。そもそもブライトウッドは守り人が少ない土地なの。今は人口2,000人ほどの村で。だから、出身地である程度は特定できそうかなとは思ってる」


「リモは記憶にあるか? 人口2,000人程度の村、ブライトウッドって。俺、この大陸はほとんど全部周り尽くしたけど、ブライトウッド……行ったかな?」


 ファルはリモと共に150年間ほど放浪の旅をしていたので、ブライトウッドにも行ったかもしれないと考えた。


「ええ、ブライトウッドには1度だけ行ったわ。泊まりはしてないから、通っただけね」


「おお、ありがと。通っただけか。とりあえず、ブライトウッド出身の守り人ってことで探せばよさそうだな。人口2,000人程度だと、守り人はテラの先祖、その血筋、親族、親戚だけじゃないのか? その村にいる守り人って」


ファルは案外いろんなことを知っていた。雑学とでもいうのか、守り人や精霊のことをよく知っているのはリモが教えたからだけれど、150年も共に旅をしていたのだから、当然といえば当然なのかもしれない。


「だいたいそんな感じかな。旅の守り人が住んだりもしてたけど。ブライトウッドには守り人はあまり居ないの。昔は人口も倍以上いたし、守り人ももっといたんだけど……いつしか過疎になったね」


 リーフはいつしか過疎になったと言ったけれど、その原因がリーフ自身であることは言わなかった。


「リーフがいたのに過疎?…………あっ!…………」


 ファルは過疎と聞いて思い出した。リモと旅をしていた時、リモから聞いた話を。


 その地域には数百年前から次期精霊王の精霊がいるけれど、成長するために未完成で生まれた小さな精霊は隠れてしまったと。今も隠れたままで、この地は精霊の加護がなくなったとして人々が離れ、守り人も減ってしまい、信仰もなくなったと。そしてこの精霊は非常に強いから、不均衡を防ぐために他の精霊も近くにはいないと。


「ファル、なにか思い出したの?」


「いや、いいんだ、テラ。とりあえず、イーストゲートからは、王都へ行くってことで決定でいいか? ヘリックスは?」


 ファルは思い出したことを言う気にはならなかった。

 リーフが言わなかった事だし、テラも知らないようだから。



「私も王都行きでいいわよ。王都に行くなら、会いたい精霊がいるのよ。リーフも会っておいたほうがいいと思うのよ。――定住地のためにも」


「定住地? 待って。え? 定住地があるの? いつのまに!?」


 この旅の最大の目的。定住地探し。まさか本当にそんな場所があるの!?

 定住地と聞いたテラはとても驚いた。


「ごめんね。テラにはまだ言えてなかったけど……言おうと思ってたけど、機会が無くて。じつは、定住の候補地があるの」


 リーフは定住地のことをテラにはまだ話していなかったのだけれど、この機会に話そうと決めた。

 たぶんヘリックスは、そのために敢えて『定住地』という言葉を出したのだろうから。



「そうなの!? すごい! 定住の候補地ってどこなの?」


「エルナス森林地帯の真ん中よ」


 ヘリックスが静かに、そしてにこやかに答えた。


「ええっ!! エルナス森林地帯の真ん中!?」


「そうなの。そこに、守り人と精霊が静かに長く暮らせる村を作ろうと思っていて」


 リーフは定住地についての考えを口にした。


 テラのために、不老不死のテラがずっとずっと定住できる地を、どうしても作りたいと思っていた。

 思っていたけど、テラにはまだ言っていなかった。

 でも、話したことでより実現に近づく。ヘリックスはそれを後押ししたのだった。



「守り人と精霊が静かに長く暮らせる村……村ってことは、みんなで一緒に暮らすってことよね!? すごい! そんなことが出来るなんて……!」


 テラは純粋に目を輝かせ、とても嬉しそうに声を弾ませた。

 自然の中でみんなで一緒に暮らす村の風景が脳裏に浮かび上がり、嬉しくなった。

 深い森の中、陽だまりの庭、風に揺れる葉々……そこに精霊と守り人が静かに共存する姿を思い浮かべた。


「それで、王都にいる精霊に会いたくてね。リーフも会ったほうがいいわ。村づくりの時には力になってくれると思うのよ」


「うん、わかった。王都へ行ったら、ヘリックスの言う精霊にぼくも会うよ。それじゃ、王都行きは決定、人探しと精霊に会うことも含めて、王都にはしばらく滞在することになりそうだね」



 このイーストゲートで定住地の話をみんなで共有して、いよいよ『守り人と精霊が静かに長く暮らせる村』を作るために動き出す。

 定住地は、探すのではなく、自分たちの手で作る。


 ファルは、この町でどうしても寄りたい場所があった。

 守り人で、不老で、もういない、親友の墓に――。


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