44 イーストゲート03 会議 前編
イーストゲートでの1日目の夜。宿の一室に5人が集まり、静かな会議が始まった。
外はすっかり夜の帳が下り、窓の外にはかすかな灯りが揺らめいている。
部屋の中央には鉄製の小さなストーブがあり、赤く灯る炭の熱がじんわりと広がっていた。ときどき、金属が熱で軋む微かな音が響く。
部屋の隅のテーブルを囲むファルとテラの影が伸び、ランタンの炎がゆらゆらと踊っていた。
「なあ、ヘリックス。食堂で知り合ったユリアンっていう、テラと同じくらいの年頃の守り人がいるんだが」
「依り代の中で聞いてたわ。町の案内というより、私に会わせたいんでしょう?」
「ぼくも聞いてたよ。食堂に入る前から気付かれてたんだね。食堂から漂ってた匂いが強くて、血の匂いが分からなかったんだけど……ヘリックスは気付いてた?」
リーフは多少離れていても血の匂いを感じることが可能だけれど、タレの強い匂いで感覚を鈍らせていた。
「私も気付かなかったわ。でも守り人であることは間違いないわね。精霊が見えているし」
「ユリアン……。ねえ、ファラムンド。名前、聞き覚えない? 第3王子ってユリアンよね? 年齢も今は16歳くらいよ。それに、守り人でしょう? 同じ名前で同じ年頃で守り人、偶然の一致にしては……」
リモはユリアンがこの国の第3王子である『ユリアン・セオドア・エルディン』じゃないかと推察した。
リモの言葉に、テラとファルは思わず顔を見合わせた。炎の揺らめく光の中で、静かな緊張が生まれる。
「え!? 第3王子? 王子様が守り人なの?」
王子と聞いて、テラが身を乗り出した。『王子様』への憧れは健在だ。
ファルは腕を組みながら、少し考えるように眉をひそめた。
「そうだな……言われてみれば……髪の色といい瞳の色といい、エルディン三兄弟の特徴だもんな。そして守り人でもある。王家は全員守り人だからな。テラは知らなかっただろうけど」
「ええぇぇ! 王家って全員が守り人なの!?」
もちろんテラは知らないことだったので、びっくり仰天する。
その事実が、まるで大陸の歴史の大きな軸を見つけたような気がした。
まさか、この国の王家が全員守り人だなんて!
「オレガノのハーブティーを買ったでしょう? 木箱に王家印がついてたけど、オレガノの精霊が王と契約してるの」
リモが王家印付のハーブティーの説明をすると、テラはさらに驚きの声をあげる。
「ええぇぇ! それって、それって……私が知ってもいいの!?」
「普通の人は知らないけど、精霊は皆知ってるし、テラは守り人だし、いいんじゃないかな」
テラがまるで『王家の極秘事項』を知ってしまった! みたいな様子だったので、リーフがさりげなく冷静な見解を述べてくれた。
「まあ俺も長いこと生きてるからな。ずいぶん前だけど、たまたま王都の町に視察に来ていたエルディン家の人らを見かけたことがあるが……精霊が一緒だったよ」
ファルも『守り人なら分かること』だと匂わせると、テラはようやく落ち着きを取り戻した。
「そ、そうよね……。守り人だったら精霊が見えるもの。言われなくたって、見れば分かっちゃうわ……。それにしても、オレガノの精霊……花言葉を思い出したけど、な、なるほど……。だからこその王家なのかな。すごいわね……」
冷静になったテラは、オレガノの花言葉を思い出し、すぐに精霊の性質と結びつけるところがテラらしい。
オレガノの花言葉は『輝き』『財産』『富』『あなたの苦痛を除きます』『自然の恵み』なのだから。
「まあ、それは置いとくとして。ユリアンのことよ。第3王子の可能性はかなり高いわよね。彼、ファルたちと話している時、一度も精霊って言わなかったわ。相当、注意を払っているのがわかるわ」
ヘリックスはいつも冷静にまとめてくれる役だ。
「まあ、それは本人に聞いてみるのが一番早いとは思うが……テラはどう思うよ?」
「第3王子だとして、この町にいるのはたぶんお忍びよね? それなら、聞かないほうがいいんじゃないかな」
「確かにそうだよな……しかし、偽名も使わず、髪色も変えず、よくバレないよな。まあ、リモが気付かなかったら俺も分からなかったが……」
「まさかこんなところに、って誰もが思うだろうから、返ってバレないのかもしれないわね。ファラムンドも私たちも、王家は皆守り人だと知ってるから気付いたけど」
「せっかくだもの。明日、契約したいかどうか、私からユリアンに直接、聞いてみるわ」
ヘリックスがユリアンに直接会う、と決めた。明日は久しぶりに精霊と守り人の契約シーンが見られるかもしれない。ヘリックスの契約シーンはとても美しいのだ。
いつも、『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
次回もお楽しみに!