42 イーストゲート01 出会い~ユリアン 前編
5人での旅になって約1か月。リーフとテラの旅も約2か月が経過していた。
この約1か月、季節の移ろいとともに旅路は静かに進み、ノーサンロードを南下しながら、道々の景色は冬の色を濃くしていた。
朝の空気は凛と澄み、夜は吐く息が白く空へと上り、ちらちらと風花が舞う日は冬の訪れを感じさせてくれた。
枯れ枝が風に揺れ、微かな軋む音が静寂の中に溶け込んでいた。そんな季節の変化を肌で感じながら、5人の旅は日々の歩みを積み重ね、ノーサンロードを南下してウェストクロスから約550キロ。
王都への分岐点となる町、イーストゲートへと辿り着いた――。
ここは、アルダス大陸の東部レイジア地方にある『王都エルドリア』への分岐点の町イーストゲート。多くの旅人、商人が行き交う、この大陸で2番目に大きな町だ。
そして、明後日12月29日は、テラの誕生日。
テラの誕生日をイーストゲートでお祝いし、年末年始をこの町で迎えるために、ここでの1週間の滞在を決め、さっそく宿を探す。
イーストゲートは王都への分岐点なだけあって、宿場町として宿もたいへん充実しているようで、町には多くの宿屋があった。
多くの人で賑わう市場のそばにある宿に決めた5人は、日暮れまでまだ時間があるからと、荷物を置いて市場を見て回ることにした。夕食はそのまま外で済ませる予定だ。
「さすがイーストゲートね。王都へ繋がる分岐点だもの。市場の規模もすごいし、人も物もたくさんだわ」
テラはイーストゲートの活気に驚きと戸惑いを隠せない様子だ。
「そうだ、テラが探しているサウディア地方の薬草って、この市場にもあるんじゃないか?」
「そうね。他にも色んな薬草があるかもしれないし、薬草店に行ってみたいわ!」
「よし、それじゃ、薬草を扱っている店を探そうぜ!」
夕暮れ時の市場はまだまだ活気があり、賑わう人込みの中を縫うように歩いて行く。
市場の雑踏に紛れ、ふと漂う独特な香りがあった。乾いた葉の青い匂い、甘くスパイシーな香りが混ざり合い、テラの肩に乗ったリーフの緑の瞳がきらりと光を帯びた。
「テラ、あっちのほうから色んな薬草の匂いがする。薬草のお店があるんじゃないかな」
リーフが教えてくれた方向へ一行がまっすぐ進んで行くと、大きな薬草卸店が目に入った。
「おっ! ここじゃないか?」
イーストゲートの市場に構えるだけあって、なかなかの規模の店構えだ。
店に足を踏み入れると、テラは期待と少しの緊張を胸に、店主に声をかけた。
「すみません、こちらにムーンピーチ・フラワーはありますか?」
「いらっしゃい。ムーンピーチフラワーなら置いてあるよ。薬草と薬草茶、どちらもあるけど、買っていくかい?」
ムーンピーチフラワー。テラの故郷には自生していないため、薬草の本に載っていた、南にあるというこの薬草を手に入れたくてサウディア地方を目指していたのに、イーストゲートにあった。
それもそのはずで、サウディアではムーンピーチフラワーは珍しくない薬草だった。サウディアに近いイーストゲートでは普通に出回っていて、簡単に入手できるのだ。
「あるんですね! どうしよう……。ほんとはサウディアまで行って手に入れたいと思ってたけど……」
旅の目的のひとつだったのに、こうもあっけなく手に入れていいんだろうか……。
嬉しいはずなのに、少し胸がモヤッとした。
「テラ、とりあえず見せてもらうといいんじゃない?」
ちょっとだけ拍子抜けして少し迷っていたテラに、リーフが耳元で声をかけた。
もちろん、リーフの声は店主には聞こえていない。
「そうね……。あの、ムーンピーチ・フラワーを見せてもらうことは出来ますか?」
「ああ、もちろんいいよ。ちょっと待ってもらっていいかな」
店内には乾いた葉の香りが満ちていて、その中にふわりと甘くスパイシーな香りが混じっていた。
「うちは鮮度を最も重視してるからね。入手した薬草はプランターや植木鉢で育てていて、買い手がついたら採取するんだ」
店主が店の奥から持ってきたのは、30センチほどのムーンピーチフラワーの苗が3株。冬の寒さの中でも、しっかりと根を張り、赤く色づく完熟した実がなり、葉はやや硬質になりながらも青々とした色を保っていた。
「冬越しの間は特に水分管理が重要でね。これも温度を調整しながら育ててるんだ」
店主は得意げに説明しながら、その生き生きとしたムーンピーチフラワーのプランターをテラの前に差し出した。
「プランターに植えてあるのね。これなら、いつでも新鮮な葉を採取できるわ。今なら完熟した実も収穫して……」
「いいね。これ、このまま買える?」
薬草茶の原料として葉を買うよりも、プランターに植えられた状態で手に入れれば、リーフの力を使ってからの採取が可能になる。
テラは店主に訊ねた。
「あの、プランターごと買うことは出来ますか?」
「プランターごと? うーん……このプランターだったら4,000ŞĿでいいよ」
思ったより安くて、テラは目を丸くして驚いた。
「4,000ŞĿ! とてもお手頃ですよね!?」
「ああ、ムーンピーチ・フラワーならこれくらいかな。珍しい薬草ってわけではないからね」
「それじゃ、プランターごと買います!」
店主は満足そうに頷きながら、しっかりとした手つきでプランターを持ち上げた。
「おお、そうかい。まいどあり! 他にいるものはあるかい?」
「あとは、ムーンピーチ・フラワーの薬草茶と、それから……サウディア地方やレイジア地方特有の薬草などがあれば教えてもらえますか?」
「ああ、それなら、レイジア地方……というより、王都特製って言ったほうがいいか。王都・王城のオレガノから作られたハーブティーがあるよ。鎮静作用があって効き目が抜群なんだ。どうだい?」
王都特製と聞いてテラは目を輝かせた。
「王都特製! ぜひ飲んでみたいわ! そのハーブティーも一緒に買います!」
サウディア地方へ行く前にムーンピーチ・フラワーのプランターと薬草茶を手に入れ、王家印のハーブティーまでも手に入れて、期待以上の収穫に胸が躍る。テラはニコニコとご機嫌な様子で、プランターを愛しげに眺めていた。
ファルは薬草卸店でひとつ買い物をし、先に店の外に出てテラを待っていた。
「なぁ、サウディアへ行く理由がなくなってしまったんじゃねーか?」
テラが店から出てきたところで、ファルがテラに問いかけた。ファルには、サウディアへ行く目的を『薬草探し』としか言っていなかった。
テラは少し考え込むように目を伏せ、それから静かに告げた。
「サウディアへは行きたいの。ううん、行くつもり。……言ってなかったけど、実は人を探してて」
「人を探しているのか。そういうことなら、行かないとだな。……ま、とりあえず、晩飯どうする? この辺りで何か食わないか?」
「そうね! お腹空いちゃったし、どこか入ろう!」
市場の食堂街をしばらく進んで行くと、鼻孔をくすぐる美味しそうないい匂いがもわぁっと漂ってきた。
「たまんないなぁ! この匂い! テラ、あの食堂じゃないか?」
「ほんとに美味しそうな匂いね! 行ってみようよ!」
香ばしいタレの匂いに釣られたテラとファルは、顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれた。
腹ぺこなふたりは、躊躇うことなく賑わう食堂の暖かい灯りの中へと吸い込まれていった。
いつも、『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
続きもお楽しみに!