41 フォールゴールド6 天使改め王子様
ファルにリクエストされ『俺くらい』な姿になったリーフを囲んで、皆がわいわいと賑やかに盛り上がっていたところに、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
手紙を書き終えたテラが、ファルの部屋にやってきたのだ。
「入るわね。リーフ、ヘリックス、お待たせ。手紙書いたから……ええっ!?」
部屋に入って目についたのは、見慣れない姿をしたリーフだった。目が点とはこのことを言うのだろう。
「ああ、テラ、手紙書いたのか、どうした? そんなに驚いて……って、ああ、リーフか!」
「ちょ、ちょっと待って。どうしたの!? リーフよね?」
間違いなくリーフなのだけれど、思わず確認してしまう。
「テラ、どう? これからはこの姿で……」
と言いながら、リーフがテラに歩み寄って、テラの目の前にスッと立った。
あまりにキラキラしいリーフの姿に、テラは息を呑んだ。そして、無意識に後ずさりした。
「リーフ…………王子様、なの?」
リーフの背後で『ぶはっ』と吹き出す声が聞こえたけれど、ふたりの世界には聞こえていないようだった。
「え、ぼくは王子様じゃないけど……」
「あっ、そそそうよね! ちょっとビックリして!」
リーフは精霊界の次期精霊王なので、リモが言っていたように『王子様』というのはあながち間違ってはいないのだけれど、テラには秘密だ。
リーフが大人びて、顔つきが少し変わって……
あんなに可愛くて可愛くて
さっきまで天使だったのに!
確かに、天使な5歳児リーフを抱っこしたのはつい数時間前だった。
テラは可愛いものも大好きだけれど、異性としては少し年上くらいがいいと思っていて、面食いでもあった。
絵本に出てくる『王子様と結婚するの!』なんて可愛らしいことを言っていた幼少期。かっこいい王子様に憧れていた少女期……そう、テラは少女期真っ只中。誰にも内緒だけれど王子様に憧れていた。
テラ目線で、顔面偏差値が限界突破の破壊力。
王子様なリーフは、はからずも、顔が、超好みのど真ん中だった。
少し大人びたリーフは、そんなテラには少々、眩しすぎた。
「あ、い、いいんじゃないかな。……すごくいいと思うよ!……うん!」
動揺を誰にも悟られまいと懸命に隠しつつ、リーフを見上げながら、なんとか感想を言葉にしてみた。
「そう?」
ニコッと微笑んだ顔がまた可愛いらしくて、『カッコかわいい』全開のリーフだった。
「ゔぐっ」
テラは思わずサッと目線をそらし、早まる鼓動に焦りを感じる。
「し、心臓に……わるい……」
テラがボソッとつぶやいた声は、小さすぎて誰にも聞こえていなかった。
その後、部屋に戻ったリーフとテラとヘリックス。
ファルからヘリックスの依り代を預かっていたテラは、依り代をテーブルの上にそっと置くと、ヘリックスは「眠いから!」と言って早々に依り代へ入ってしまった。
少し大人びたリーフと二人きりになり、なぜか気まずい気がするので、早く血を! 早く寝て! と、そそくさと裁縫箱から針を出そうとしたのだけれど、リーフに止められてしまった。
「まだ早いから、今日も温めるよ」
これはほぼ日課のようなものなので、いつもの調子のリーフなのだけれど、テラにとっては今日ばかりはちょっと違う。
「えっ!!」
「え? なにかあるの?」
「いや、なにもないよ……」
「……どうしたの?」
「リ、リーフが、カッコ……いいから……」
「そうなの? それがなにかあるの?」
「なにもないです……」
「テラがなんだか変な気がする……」
「いや、ごめんね! リーフがなんだか別人みたいで! わかってるんだけど……」
「この姿、嫌? みんながこのほうがいいって言ってたけど……テラが嫌ならいつもの……」
「いいのよ! そのままで! せっかく大きくなれたんだし、わざわざ小さくならなくても!」
「そう? テラがいいなら……」
「私が慣れればいいだけだから。ね。そうね、リーフは20歳くらいに見えるわね!」
「そうなの? でもぼく、900歳超えてる……」
「あっ!! そうだよね! ほんと、ごめん……」
「なんだか、テラ、いつもと違うから……やっぱりいつもの姿に……」
「いいえ! 大丈夫! 今日は! 私が! リーフを抱きしめるわ! いい?」
テラは背が高くなったリーフを、ぎゅっと抱きしめた。
サイズ的に無理があるかも……と思ったけれど、座っているのでなんとかなった。
「ありがと、テラ。テラに抱きしめてもらうとすごく落ち着く……」
リーフはテラに抱きしめられ、その胸に頬をすりっとすり寄せた。
――破壊力は抜群だった。
「ンぐ」
「?」
「し、心臓……」
テラの心臓はバクバクと早鐘を打つ。
「え、心臓?」
リーフは驚いて、テラの心臓付近をさわさわさわさわと触ってみた。
「ん……大丈夫だよ。なにもないみたい」
テラは衝撃のあまり、一瞬声が出なかったのだけれど、なにもないと言われ声が出た。
「きゃーー!! リーフのバカーーーー!!」
その声と同時に、リーフを突き放した。
「え、ご、ごめんね? テラはぼくの守護で大丈夫なはずだから。それに、触ってみたけど、テラは脂肪があまり無いから、服の上からでも心臓の状態はわかったし、大丈夫だよ?」
「…………」
テラは両腕で胸のあたりを覆うようにして、顔から首まで真っ赤になっていたのだけれど、リーフをじとっと見て、何か言いたげな様子だ。
「ただ、ちょっと……鼓動が早いから、動悸が……」
リーフが的確すぎて、つい一言、言ってしまった。
「…………もう! リーフなんて、嫌い!」
シーン。しばしの間が空く。
「……ぼくのこと、嫌い……なの?」
「…………」
私だって怒る時は怒るんだから!
「テラ……ぼくのこと……きらい…………」
「…………」
ぐぬぬぬぬ……
「ぼくは……テラが……すき……」
カッコかわいい王子様リーフの緑の瞳が揺らめくと、瞬きとともに涙がぽろりぽろりと零れた。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
泣かせた!? 私が泣かせちゃったわよ!?
「いや、あのっ、違うの。ごめんね。嫌いじゃないよ!」
「きらい……じゃない?」
「いやっ、好き! 大好きだから!!」
「……ほんと?」
「本当よ! とっても大好き! ほらっ! ね!」
テラは突き放したリーフを慌てて再び抱きしめると、さっきより強く、ぎゅっとした。
リーフの柔らかな白銀の髪が頬にかすかに触れて、くすぐったい。
少し癖のある柔らかな前髪をそっと分けると、リーフの濡れた長いまつ毛があらわになる。
指で優しく触れて、涙を拭うと、リーフは安心したように再び頬をすりすりっとすり寄せ、体を預けるようにして、ぴとっとテラにくっついていた。
かっ、かわいいぃぃ!
なんてかわいいさなの!!
王子様が天使っっっ……!!!
テラは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
見目は王子様でも、リーフはやっぱり天使だった。
しばらくたって落ち着いたところで、いつも通りに小さなリーフに戻り、日課である血の摂取と、眠る前のおまじないを滞りなく済ませると、リーフは何事も無かったかのように、すやすやと気持ちよさそうに穏やかな眠りについた。
ヘリックスはというと、依り代の中で聞き耳を立てていたのは言うまでもなく、ふたりの様子が面白おかしくて笑いすぎて涙目になっていた。
テラは寝ようとしたのだけれど、枕元で小さくなってすやすやと寝ているリーフが目に入った。
ついさっきまで自分の腕の中ですりっとして、ぴとっとくっついていたリーフの姿が脳裏から離れず、自分の腕を触りながら『眠る時も大きなリーフでいいのに』と少しの寂しさを感じるのだった。
『刻まれた花言葉と精霊のチカラ』
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