34 共通の目的
ファルとリモの熱い再契約シーンをニコニコと満足そうに眺めていたヘリックスは、落ち着いたところでファルに声を掛けた。
「さて、どうしようかしら。とりあえずリーフに入ってもらう?」
「リーフ起きてんのか?」
「ええ。たぶん気配に気づいたんじゃないかしら。精霊が増えてるから。リーフ、入ってきて」
リーフがテントの外に来ていることに気付いていたヘリックスは、リーフにテントに入るよう促した。
ファルは……スターチスの精霊を愛してる……スターチスの精霊も……愛してるって……
テントの外で悶々としていたリーフは、ヘリックスに呼ばれてハッと我に返り、そろりとファルたちのテントに入っていった。
「ご、ごめんね。立ち聞きするつもりじゃなくて……」
「ふふっ。分かってるわ。テラは起きてるの?」
「テラはまだ寝てる。精霊の気配が増えたから、ぼくだけ起きて。どうしたのかなって」
精霊の気配が増えたことに気付いたリーフは、何が起こってるのかと気になってヘリックスとファルのテントに向かったのだけれど、3人の様子にテントに入ることが出来ずに、外で成り行きを見守っていたのだった。
「リーフ、紹介するけど、リモっていうんだ。俺の恋人だ」
「こ、恋人!」
精霊じゃなくて恋人って言った……!
「私、スターチスの精霊でリモっていうの。ファラムンドは私の恋人なの。よろしくね」
「!! よ、よろしく……」
守り人じゃなくて……恋人って……!
一々驚くリーフの反応が面白いので少しからかいたくなったのだけれど、そこは敢えて見なかったことにして、ヘリックスは話を進めた。
「それで、どうする? って話なのだけど」
「そ、そうだね。ぼくはファルとヘリックスに任せるよ……たぶんテラもそう言うと思うけど……」
リーフの言葉に、ファルは確認の意味を込めて、改めてリーフに訊ねた。
「リーフたちはそもそも、サウディアを目指して旅をしてるんだよな。薬草探しで」
ファルはリモと再契約したため、ヘリックスに着いて行く理由がなくなり、旅の目的によっては別々の道を行くことも視野に入れていた。
「そうだけど、定住地探しの旅でもあるの」
「定住地……探し?」
定住地探しと聞いて、ファルは自身のこれまでの旅を思い返し、ゆっくりと息を吐いた。
定住——それは彼が何度も夢見て、何度も打ち砕かれてきたもの。
放浪の旅を続けるうちに、ファルの心はその希望を諦めるようになっていた。
「テラは不老不死だから一つの場所に定住できないの。だから、テラとふたりでずっと暮らせる場所を探す旅なの」
リーフの言葉に、ファルは少し眉を寄せる。
旅の目的が違うようで、どこか似ている。
彼自身も長い年月をかけて、リモと共に同じように『居場所』を求めていた——けれど、それが叶わないことも知っている。
「そうか。それだったら……俺も似たようなもんだな。俺は150年間、リモと一緒にずっと放浪の旅だったからな。定住地、見つかるのか?」
「テラには言ってないけど、ここしかないだろうなって場所は、最初から頭にあるよ」
ファルは興味を抱きながら問いかける。
「俺にも教えられないか?」
「ファルは150年も放浪して、分かってると思うの。定住できる町なんて無いってこと」
「ああ、そうだ」
ファルは分かっていた。
この大陸のどこにも、不老である守り人が定住できる町など無いことを。
「だけど、この大陸のすべてを回ったの?」
リーフの問いに、ファルは腕を組んで少し考え込んだ。
目を閉じて、旅の記憶を一つずつ思い返していく。
訪れた町、渡った川、超えた山々——そのすべてが長い放浪の日々の断片となっていた。
「ああ、全部……いや、行ってない場所はあるな。エルナス森林地帯だ」
ファルは眉を寄せながら答えた。エルナス森林地帯。
人を寄せ付けない広大な未開の森——そこに定住するという発想は、これまで考えもしなかった。
だが、リーフの反応を見て、ふと思い至る。
「え? まさか、エルナス森林地帯に定住するつもりか?」
エルナス森林地帯は東西約800km、南北約500km。
この広大で深い深い森は方位磁石を狂わせるため、人を寄せ付けない未開の森林地帯となっており、その中心部にはセイヨウトネリコの巨木がある。
その問いに、ヘリックスが微笑んで答える。
「なるほどね。それはいい考えだわ。守り人と一緒に住む土地でしょう? 人間はひとりもいない。エルナス森林地帯、いいと思うわ。リモもそう思わない?」
リモも静かに頷いた。
「たしかに、エルナス森林地帯なら誰の目を気にすることなく、守り人と過ごせるわ。とても素敵ね……他の精霊や守り人もいるなら、小さな村みたいな形にするといいかもしれないわね」
その言葉に、リーフは深く頷いた。
テラと二人きりで生きる場所ではなく、ほかの精霊や守り人と共に暮らせる安息の地——それがエルナス森林地帯なら、可能なのかもしれない、と。
「そう。エルナス森林地帯に定住するなら、ほかの精霊や守り人も一緒にと思ってて。ファルは不老になったよね? ファルも一緒にどうかな。テラもそのほうが嬉しいと思うから」
ファルはしばらく黙ったまま考えていた。
150年もの放浪の旅。彼が望んでいたものは何だったのか——それを今、改めて問い直す。
「リモがいいってなら、俺は着いて行くだけだ」
その言葉には、決意と安堵が入り混じっていた。
「そうね。それじゃ、とりあえずこのまま旅を続けるってことでいいかしら」
話のまとめ役になっているヘリックスは、みんなで旅を続けるという方向で話を進めた。
「ぼくはテラと一緒にサウディアへ行くからね」
リーフは微笑みながら言うと、ファルが朗らかに言葉を継ぐ。
「いいぜ! まずはサウディアに行って、薬草探して、茶を飲むんだろ? ついでに他にも精霊と守り人がいたら誘ってもいいしな。定住地には人が多いほうがいいだろう?」
彼の言葉に、リモが静かに微笑んだ。
「私も守り人探さなきゃいけないし」
ヘリックスはファルとの契約が解除されたので、再び守り人探しだ。
「ヘリックス、ほんと、申し訳ない」
「いいわよ。あ、私の依り代は……とりあえずファルがそのまま持っててくれる?」
「もちろん、俺が大切にちゃんと持っておくぜ」
ファルはいつものようにニカッと笑ってみせた。
「決まりだね。ファル、ヘリックス、リモ、長い旅になるけどよろしくね。これからも一緒に!」
リーフが『これからも一緒に』と締めくくると、皆が笑顔で頷いた。
こうして、テラ抜きでエルナス森林地帯で定住するという話が進み、4人はその共通の目的を持って旅を続けることを決めたのだった。
定住話がひと段落したところで、リーフがテントに居ないことに気付いたテラが、ファルとヘリックスのテントにやってきた。
「おはよう、ファル、ヘリックス。リーフこっちに来てるかしら」
「おはよう、テラ。ちょっと入ってきてくれ」
テントの中から聞こえたファルの声に導かれて、テラはファル達のテントに入った。
そして、そこに見慣れない精霊の姿を見つけ——驚きに目を見開いた。
「え! 新しい精霊さん?」
ファルは少し得意げに笑いながら説明する。
「俺が昔契約してた精霊で名前はリモ。俺の恋人なんだ。さっき再契約して、リモも旅に着いてくることになったんだ。よろしくな!」
「え! え? ええ!?」
テラは言葉にならない声を漏らしながら、リモとファルを交互に見つめる。
その視線を受けながら、リモが微笑んで自己紹介をする。
「私はスターチスの精霊で名前はリモ。ファラムンドは私の恋人なの。よろしくね」
「は、はい! 私はティエラ、みんなテラって呼ぶの。よ、よろしく」
こ、こいびと……
ファル……
なんだか色々すごい……
次々に押し寄せる情報を整理しようとするも、思考が追いつかない。
頭の中がぐるぐると回り続ける中、ヘリックスが話を続ける。
「私はまた守り人探しよ」
「あ、ああ、ヘリックス、そうよね! うん!」
しっかりしなくちゃと思いつつも、心のどこかがまだ動揺していた。
けれど、リーフが促すように声をかける。
「テラ、とりあえずぼくたちのテントに戻ろう。朝食とか出発の準備もあるし」
「そうね! じゃ、みんな、またあとでね!」
テラには何が何だかさっぱりで、衝撃すぎて思考が追い付かないようだった。
思考の整理がつかないまま——『恋人』という言葉だけが、ずっと頭の中で反響していた。




