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32 赤いベゴニア3

 

 リーフはこんなに緊張したのはたぶん生まれて初めてで、手に持つ花束が不思議なほど重く感じられた。


 テラ、喜んでくれるかな……

 リーフは不安な気持ちを抑えながら、勇気を振り絞ってテラの正面に立ち、距離を縮めた。


「テラにこのお花を贈りたくて。テラはいつも優しくて、ぼくはお花もペンダントももらって。だから……このお花は、ぼくからの気持ち……」


 少し震えた声と共に、微かに揺れる赤いベゴニアの花束を両手で持って、テラに差し出した。

 テラは驚いた表情で花束を見つめ、次第に優しい笑顔が広がっていく。


「わあ、かわいいベゴニアの花束! これ、私に? すっごく嬉しい! ありがとう! ベゴニア、いつ摘んだの?」


 私にベゴニアを選ぶなんて。リーフったら、なんてかわいいのかしら! しかもこんなに緊張しちゃって!


「今日、ファルに手伝ってもらって摘んだの。どうしても赤いベゴニアにしたくて……」


「そう。私のために探してくれたのね。ほんとにありがとう。赤いベゴニア、すごく嬉しいわ」


 ベゴニアは恋する気持ちを伝えるのにぴったりな花言葉を持つわ。リーフったら、私に恋してるって感じなのかしら!? 幼い子が年の離れたお姉さんや先生に恋しちゃう話って聞いたことあるもの。まさにそんな感じ? ちょっと、かわいすぎない!?


 テラはリーフが可愛くて可愛くて、表情がゆるみっぱなし。テラと同じくらいの背丈になっていても、手のひらに乗れる小さな姿でも、リーフの可愛いさはテラにとっては変わらないのだ。



 リーフは緊張のあまり、言いたいことがグルグルと回って思考をかき乱すのだけれど、これだけは云わなきゃ、とテラの青い瞳をまっすぐに見つめた。



「…………テラ、ぼく、テラが……好き……なの」


 やだ、どうしよう!! リーフがかわいすぎるんだけど!……い、いや、ちゃんとお返事しなきゃだめよね!


 テラの返事は、もちろん、これしかない。


「私も、リーフが好きよ」


 テラも、まっすぐにリーフの緑色の瞳を見つめながら、優しく微笑んで応えた。


「ほ、ほんとに? テラもぼくのこと、好き?」


 リーフはパッ! と明るい表情になって、再確認するようにテラに聞き返した。


「ええ、大好きよ。リーフは血の匂いと同じくらい私のことが好きなの?」


 血の匂いと比べるまでもないリーフは、もちろん即答する。


「血の匂いよりもテラが大好きだよ!」


「そんなに? ふふっ、ありがとう。……そうだ、お花はしおれちゃうと悲しいから、もらったばかりだけどリーフの依り代に仕舞っておいて? 大切に保管しておきたいの。ほんとにありがとう。……リーフからお花を贈ってもらえるなんて想像してなくてビックリだったけど、すごく嬉しかったよ」


 テラはリーフの左頬に右手を伸ばしてそっと触れた。

 そして、リーフの右の頬にチュッと軽いキスをしてニッコリと微笑んだ。


「!!!!」


 頬に残る柔らかい感触に、リーフの霊核が急速に温かさを増していくのが感じられ、リーフは体の奥底から湧いてくるような昂揚感を覚えた。


 テラは前にも一度ぼくにキスした……あの時はよくわからなかったけど……今のは……!?


「でも、もう遅いから血を飲まなきゃ。それに、冷えちゃうし。ね?」


 そう言いながらテラは毛布の上に座り、花束を静かに置いて、裁縫道具から針を出そうと手を伸ばした。


「ま、待って!」


 リーフは柔らかな温かい光を解放しながら、テラの動きを静止するように、後ろから優しく抱きしめた。


「待って。お願い……」


 リーフは、ただこの瞬間を止めたかった。テラの温もりを感じながら、言葉では伝えきれない気持ちを伝えたかった。




「あったかいね、リーフ」


「これからはぼくが毎日、こうしてテラを温めるから」


「温かいのは嬉しいけど、力を使うんでしょう? いいの?」


 霊核がさらに温かく、熱を帯びていくのを感じて、どうしようもなく高まる昂揚感にリーフは少し戸惑いながらも、ありのままの気持ちを声にした。


「もちろんいいよ。すごく幸せな気持ちで……すごく嬉しくて……どうしよう……わからないけど、もっと……」


「もっと?」


「わ、わからなくて……」


「ん?」


「……もっと、テラを温めたい……のかも」


「そう? ありがとう。あ、そうだわ。昨日の夜はファルと何のお話をしたの? リーフが寝ないで頑張ってたみたいで、どんな話をしてたのかなって気になっちゃった」


 テラと一緒に居る時のリーフは、血を摂取したら速攻で寝てしまうのに、ファルと一緒だと寝ないで頑張っていたようで、一体どんな話をしていたのかとテラは興味が湧いていた。


「ファルはね、色々教えてくれるの。もう220年くらい生きてるって」


「ええっ! ファルってそんなに生きてるの! す、すごい……それってやっぱり、前に契約してたっていう精霊と関係あるんだよね?」


 テラは驚いて息をのんだ。220年——それはあまりにも長い時間。ファルがどんな人生を歩んできたのか、想像もつかない。


「たぶん。ファルは不老だったんじゃないかな。不死でなくても、不老で怪我も無く元気だったら不死と同等だもの。でないと人間はそんなに生きないもの。ぼくはテラの血の匂いが一番好みで大好きだけど、ファルの血もいい匂いだなって思うから。精霊はファルをほっとけない、かなり精霊好みの匂いがする。精霊との契約が一度だけってのが不思議なくらい」


 リーフは静かに考え込む。精霊との契約が一度だけというのは不思議なことだった。それほど精霊好みの血の匂いがするのに。


「そうなのね。すごいなぁ、220年……あ、ねえ、ファルのお母さんって守り人だったりするのかな」


「その可能性は半々かな。守り人だとしても生きていない可能性のほうが高いよ。不老不死は稀だし不老もかなり珍しいの。精霊と契約しても、普通の人と同じだけの生涯を送るのが大半だから」


 リーフは稀と言ったけれど、不老不死の力を持つ精霊はリーフだけであり、不老長寿は確かにかなり珍しいけれど、不老だけの場合はかなり珍しいというほどでもないのが実際のところだ。


「そうよね。契約する精霊の性質次第だものね」


「ファルのお母さんが気になるの?」


「そういうわけではないけど、ファルが母さんを思い出したって昨日言ってたから。でも220年も生きてたら……普通に考えたら、家族は誰もいないよね。ファルが契約を即決したり、旅に合流するのをすぐに決められたのは、それを気にする相手が居ない、ほんとに独りってことなのかなって。前の精霊と離れてからは、ずっと独りで生きてきたのかなぁ。220年は……簡単じゃないよね……」


「人にとって220年は決して短くはないね」


「私には今はリーフがいるけど、何年か経って、もしリーフと離れることになったら……私、独りで生きていけるかな。すごく孤独を感じると思うのよ。この世界に独りだけって」


「ぼくは絶対に何があっても、テラを独りになんかしないっっ」


 リーフはテラを包む腕に力を込めてギュッと強く抱きしめると、リーフの強い意志表明と共に霊核が膨張していく感覚がした。


 テラを絶対に独りにしない……ずっと一緒にいる……


「お願い、テラ。独りなんて言わないで。ぼくは離れないから……ずっと、テラといるから……」


 幼さが残る少し高めの声で、テラの耳元でリーフが静かに囁いた。その声と共に霊核が熱を帯び、その熱がテラに伝わっていくようだった。


「ありがとう。 温かくてポカポカしてなんだか眠くなってきたわ。……リーフに血をあげる前に私が寝ちゃう」


 リーフの優しい温もりが、冷えた夜にそっと寄り添ってくれている。テラは目を閉じかけながら微笑み、心地よい温もりに包まれるような安心感を覚えた。


「……うん、そろそろ血をもらう時間……」


 名残惜しそうにリーフはテラを抱きしめる腕を緩めテラから離れ、花束を依り代に保管するために一旦依り代に入ると、小さないつもの姿に戻って依り代から現れた。


 そして、いつものように血を摂取したのだけれど、今夜はテラにお願いしたいことがあった。


「ねぇテラ。ぼくが寝てしまう前に、おまじないを……」


「えっ! ファル? ファルに聞いたのね。もう! ファルったら。秘密にしてたのに」


「テラは秘密にしたかったのかもしれないけど、ぼくはすごく嬉しかったの……おまじない、してくれる?」


「わかったわ。バレちゃったら仕方ないわね。このおまじないは、ほんとは寝る前にするの。早く寝なさいって感じで」


 テラは小さなリーフの白銀の髪に手を伸ばすと、優しく微笑みながらおまじないを口にする。


「今日よりもっと幸せな明日が待ってるわ、ゆっくりおやすみ、リーフ」


 そうして、少し癖のあるふわふわな前髪をそっと分けると、おでこに甘い唇を落とした。


「うん、おやすみ、テラ」


 霊核はほんのりとした温かさに落ち着き、安堵感がリーフの体に広がると、リーフはゆっくり目を閉じて、いつものようにすやすやと穏やかな眠りについた。




(テラのひとりごと)


 あれ? そういえば……リーフは初めておやすみって言ったんじゃないかしら。

 いつも何か話しながら、話の途中で寝てたもの。

 寝たくないのに寝てしまって、リーフはおやすみが言えなかったのね。

 今まで気付かなかったな……

 でも、初めておやすみって言えたわ。

 明日からは、おまじないは寝る前がいいわね。


 それにしても、リーフはどうしたのかしら。

 急に私のこと好きだなんて。

 赤いベゴニアだって、リーフが花言葉を知らないわけがないから、当然分かってて選んでるよね。

 ヘリックスが言ってた『感情が伴わないとは限らない』って、このことだったのかしら。

『精霊だって感情はあるし恋愛だってする』とも言ってたし。

 リーフは力は凄いけど800年も隠れてて人との関係が希薄で……色んな経験をしている最中だもの。

 恋をするのも必要な経験だし、最初の恋が変なトラウマになったら大変よね……。

 とにかく、責任重大だけど、しっかり見守らないといけないわ!

 ……でも、もしもだけど、リーフが、精霊の性質と関係なく本気で私のことが好きなんて、あり得るのかしら? うーん…………まさか、ね……。


『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』

最後まで読んでくれて嬉しいです!ありがとうございます!

次の更新をぜひともお楽しみに!

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